45.聖竜領に来たエルフは、そんな文化を持つ人々だった
昼を過ぎて時間が出来た俺は、森の中のご近所さんへと向かっていた。
エルフの道を少し歩けば、十名程度が暮らすエルフの村がある。
森の様子が徐々に変わり、木々がありながらも木漏れ日で十分明るいという不思議へと変わっていく。
エルフの村は、森の木々に魔法をかけて作られている。
エルフは木々や自然に干渉する魔法を使える。
俺やロイ先生の使っている人間の魔法とは違う系統の、エルフだけが使える特殊な力だ。 恐らく、起源としては竜の力に近い。木々など一部の対象にしか使えない上、効果も限定的だが、なかなか不思議な技だ。
エルフが森に魔法をかけることで、植物がそれまでにない形に成長し、優しい光の溢れる幻想的な村が生まれるのだから。
今、俺の目の前に広がる光景は、これまでの聖竜の森とは全然違ったものだ。
足下はエルフの道。他より背を伸ばして葉を広げた木々の間から差す光が程よい明るさを保っている。
エルフの住居はいくつかの老木が寄り添うように形を変えたものと、聖竜領で作った材木を組み合わせた巨木のような家だ。
そんなエルフの家が建ち並ぶ小さな森の集落を俺は眺めつつ、村の中心に向かう。
「む。やはりここにいたか」
村の中心の広場は、何本かの老木を使って今まさに大きな工事が行われている最中だ。
巨木はそのまま柱となり、伸ばした枝が壁となる。足りない所を普通の木材などで補って完成するというエルフの工事現場だ。
人間の家ほどの規模ではないが、工事は手早く森に優しい。
今作っているのはエルフ村の中心になる屋敷だという。
そこでは、数名のエルフと護衛の男性二人が作業をしていた。
「おお、アルマス様! おはようございます!」
「ございます!」
筋肉質で大柄な男性二人はそれぞれ、ベッテルとビリエルという。
どちらも似たような体格だが、髪の長い方がベッテルで、坊主の方がビリエルだ。
ちなみにベッテルは絵が得意で、夢に出た聖竜様を最も上手に描いて見せた。
ビリエルはスティーナの下で大工としての腕前がめざましく上達しているらしい。
二人とも、領内の建築ではなく、エルフ村の手伝いをスティーナに命じられている。
別に仕事ができないのではなく、むしろ信頼されているからだ。
「二人とも、作業は順調か? 資材が必要なら持ってくるが?」
俺がここに来たのは……暇だからだ。仕事は午前中で片付いてしまった。大きな出来事がなければ、俺の日常なんてこんなものだ。
森の中を歩きがてら、エルフの村の様子見に来た、それだけである。
「大丈夫っす! この前運んで貰いましたから!」
「エルフの皆さんも手伝ってくれますしね」
そう言って見ると、二人の近くにエルフの差し入れらしい食事が置いてあった。野菜や果実だけでなく、肉まである。二人のために用意してくれたのだろう。
この二人はエルフ村の建築を初期から手伝っていることもあり、仲が良い。この前など、ベッテルがエルフ達と楽器演奏の練習をしていた。
ちなみに俺はたまに建築用の資材を運んだり、ルゼとの相談に乗るためにくる。嫌われてはいないが、なんだか敬意を払われている気がしてくすぐったい。
「エルフの建物は面白いな。これが屋敷になるとは」
目の前にある樹木が寄り添った建築物を見る。人間のものとは根本的に違う文化だ。
「はい。このまま大きくして一階建ての建物になります。拡張するときは上や横に新しく作って繋げるんですよ。ちなみにこれは冬の間の住居です」
近くで作業をしていた女性のエルフが教えてくれた。
「冬の間は皆がここで暮らすのか」
「はい。その方が暖かいですし。エルフは村全てが家族ですから」
聖竜領に来たエルフは、そんな文化を持つ人々だった。
穏やかだが好奇心もあって、友好的だ。
「冬の間。お邪魔してもいいかな。なんなら暖房の魔法をかけるから」
「それは助かります。私達も聖竜様のお話をお聞きしたいです」
俺の発言に、エルフはとても喜んだ。
エルフ達は、聖竜様をとても敬ってくれる。俺が通訳みたいになって、ちょっと会話をするくらいだ。夢に現れたことでその信仰心のようなものが強まったのかもしれない。
「ところでアルマス様、なにか御用っすか?」
「いや、時間が出来たので散歩に来ただけだ。サンドラに休めと言われてな」
「ああ、なるほど。アルマス様の心配までするとは、サンドラ様らしい」
「ほんとっす。サンドラ様は心配性だから」
「そうなのか?」
「ええ、元々俺達二人も、エヴェリーナ家の中でちょっと浮いた存在だったっす。人間関係、上手くなくて」
「貴族様の護衛をするにはがさつすぎるとか、色々言われてましてねぇ。でも、サンドラ様だけは違った」
「サンドラ様はまだ小さいのに賢くて、俺達にも気を配ってくれたんすよ。自分だって大変なのに。だから、俺達はここまで来たっす」
「アルマス様に会うまでは危険な魔境に来るつもりでしたから。自分らがサンドラ様の盾になる所存だったですねぇ」
「……サンドラは昔からそういう性格だったのだな」
俺の想像以上に人望がある。というか、なんか人間的に負けてる気がする。今の二人の話からするともっと小さい頃の話だぞ、これは。
「サンドラ様のおかげで、ここで色々学べるし。エルフにも会えるし、良かったっす」
「でも、頑張りすぎてないか心配なんで。アルマス様もたまに気にしてください。自分らが頼むの変ですけれど」
「わかった。まあ、俺よりもサンドラの方が休むべきだと思うしな」
とりあえず、今度ハーブでも差し入れよう。いや、前にそれで無理をして熱を出したな。別のものを考えるか……。
「あの、アルマス様……」
俺が考え事をしていると、いつの間にか子供のエルフがやってきた。
以前、ウイルド領とやりあった時に人質にされていた少年だ。あの後、家族ごと聖竜領に移住してきてくれた。
彼の手には、枝で作られた籠があり、その中には木の実やキノコが満載されていた。
「森で採れたものです。お口にあうかわかりませんが……」
「貰っていいのか? む、いくつか知らないものも混ざっているな」
「この森の秋は豊富ですから。僕らだけが知ってるキノコなんかも混ざっています。もう加工済みですから、食べられます」
エルフだけが食べ方を知る作物だと。なんと希少な。
「そんな貴重なものを……いいのか? いや、俺が貰ってもトゥルーズに調理してもらうことになるんだが」
「はい! 是非もらってください!」
弾けるような笑顔で言われては貰うしかない。待ってろよトゥルーズ、その腕を振るってもらうからな。
「散歩に来ただけで頂き物をしてしまい、申し訳ないな。困ったことがあれば言ってくれ。俺はエルフ達と良き隣人でありたいと思っている」
「ぼ、僕もアルマス様の近くで過ごせて嬉しいです!」
なんだか少年はとても元気になった。若者は元気で良いな。
「そういえば、ルゼはどこだ? てっきりここにいると思ったんだが」
この屋敷の建設はエルフ村の大事業だ。若長の姿が見えないのはいいのか。
「ルゼ様はマイアさんと一緒に地図作りの冒険に出ちゃいました。怪我人とかいないからって……」
すぐ近くで、ベッテルとビリエルが無言で頷いた。
責任者がたまに不在なのが、エルフ村のちょっとした問題なのだった。
そんなわけで、ようやく描写できた聖竜領のエルフ村でした。








