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引きこもり賢者、一念発起のスローライフ 聖竜の力でらくらく魔境開拓!  作者: みなかみしょう
第十七章「聖竜領の春と新しい家」

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389.普通の日々

 慌ただしく邪竜アレクの旅立ちの準備が進み、一通り終わった頃には冬も後半戦となっていた。

 彼の要望通り、よく晴れた冬の朝、発着場に聖竜領の主だった面々とクレスト皇帝が立ち並ぶ。


「良い朝だ。辺りがよく見える。俺はここの景色が好きだぞ」

「雪も大分溶けたしな。次に来る頃には元の美しい景色が戻っているだろう」

「楽しみだ。今回は混沌の魔石が出来たら早めに戻るつもりだ。案外雪が残っているかもな」


 そういうと、全員を一度見回してから、アレクは深々と頭を下げた。

 言葉通り、朝の寒さが少し緩んできた気もする。相変わらず寒いが、季節は確実に移り変わっているのだ。


「皆の者、とても世話になった。いや、今後も世話になる。六大竜の一つとして、良き関係が続くことを願う」

「余がいる間はそうしてあげるわよ。邪竜アレク、呼び名の割に優しい人」


 クレスト皇帝が前に出てきて、胸を張って言う。見たこともないくらい穏やかな顔をしている。あるいは、皇帝でない彼女はいつもこんな風なのかもしれない。


「その件なんだがな、そもそも邪竜と名乗ったのが若気の至りというか。聖竜兄者に合わせてかっこよく名付けたというかだな……」


 何やら顔を赤くしつつ、アレクがぼそぼそ語り始めた。


『ま、誰にだって若い頃はあるというものじゃ。ワシらは止めたんじゃが「邪竜がかっこいい!』と言って聞かなくてのう……』

『そんな事情が……』


 これはどう反応を返したものか。悩ましいな。


「じゃあ、余が邪竜の別名を広めてあげるわ。皇帝の椅子に座ってるうちくらいならそのくらいできるでしょ」

「む……それはいいのか?」

「いいのよ。呼び名なんて時代で変わるものでしょ。邪竜以外の名前、考えておくのね」

「わかった。世話になってしまうな」


 未来の眷属相手に、邪竜は随分と心を許しているようだ。ものすごく相性が良かったのだろう。


「サンドラ、領主としてなにか伝えておくことはないのか?」

「そうね。……困った時、戻って来る時には連絡を入れてください。手は尽くしますから」

「ああ、わかった。本当に世話になったな。お前が領主でなければ、今のような旅立ちはできなかっただろう」


 そう言って、背中の荷物を目線で示す。

 アレクの来ている服も、荷物も、すべて聖竜領で作り上げた新品だ。疲れ切った旅人風の見た目ではなく、黒を貴重とした頑丈そうで目立たない服装へと姿を変えていた。

 最初はもっと荷物が多かったのだが、究極的に食事や睡眠が必要ないし、長旅なので量を減らそうという話になった。そのため、案外軽装だ。


「次に会える日を楽しみにしている。そうだな……いや、全員に挨拶したい気持ちもあるが、今生の別れというわけでもない、これくらいにしておこう」


 色々言いかけて止めたらしい。軽く一礼すると、今日のために用意した小型客室へと向かっていく。

 雪かきの終わった冬の発着場を一歩ずつ歩き、いざ乗り込もうという瞬間、アレクが振り返った。


「そうだ。聖竜兄者とちょっと話し合ってな。今年はちょっとだけ春が早めにくるようにしておいた。世界に影響がない程度だから、本当にちょっとだからな。六大竜からの礼だと思ってくれ」

「…………」


 唐突な情報に全員が絶句している間に、アレクは客室に乗り込んでいった。

 そのまま、ゆっくりとハリアと共に上昇し、旅立っていく。


「季節を早めるとか、そんな大変なことをしてもいいの?」

「いや、わからん……」


 サンドラの素朴な問いかけに、俺はそう答えるしかなかった。


◯◯◯


 アレクを乗せた航空便はそのまま南へと飛び去っていった。誰よりも長く手を振っていたクレスト皇帝は、彼が視界から外れると両手を腰に当てて満足気に笑った。


「行っちゃったわね。退位後の楽しみができて良かったわ。また連絡しなくちゃ」

「そんな気軽に眷属になっていいのか?」

「いいのよ。皇帝辞めた後にやることできるんだもの、何もないよりマシよ。大分先だけれどね」


 そういうと、クレスト皇帝はサンドラの前に立った。


「余はこれからクアリアに戻って各種話し合いをするから。そしたら帝都に戻るわ。航空便の手配をお願いね」

「は、はい。宜しいのですか?」

「宜しいのよ。今年はここでのんびり過ごすわけにもいかないじゃない。次の冬に期待するわ。さ、戻るわよ」


 そのまま部下達を伴って、慌ただしく去っていくクレスト皇帝。俺達はそれをじっと見送った。


「賑やかなことだ。とても助かったが」

「ええ、そうね。……これから大変ね。春になって雪が溶けきったら、やることが多いわ」


 高台になっている発着場から、聖竜領内を見渡す。まだ雪が多く、本来の姿には程遠い。ところどころ、雪山ができているのが大雪の影響を感じさせる。


「街道の修繕、雪の下の畑の世話……といったところか」

「実は他にも沢山あるの。例えばメイド学校建設用に集めた資材も雪に埋まっちゃったからどうなってるかわからないし、港予定地も雪捨て場にしたからグチャグチャなのよ……」

「後から問題が追加されそうだな……」

「そういうものでしょ。いつも」

「それもそうだな……」


 思えば、サンドラがこの地に来て以来、色々なことがあった。土地を耕したり地形を操ったり……大体土木作業をしている気がしてきたな。いや、ハーブ栽培などもしているし、冷蔵や冷凍設備も作った。


 大事なのはその都度起きた問題は何とかできていたことだ。それどころか、アイノの治療を早めることすら出来た。

 人らしい生活も実現した、仕事もあるし、大事な妹も自立しつつある。


「なあ、サンドラ。実は少し前から思っていたのだが」


 冬の日差しを浴びて眩しく輝く雪原を見ていたサンドラが、こちらを見る。相変わらず人形の様な美しい顔立ちだが、出会った時より少し成長が見られる。髪も少し伸びた。大人っぽくなったといえば、本人は怒るだろう。年齢的には成人扱いされて当たり前だからな。


「なにかしら? 嫌な予感がするのだけれど」

「いや、既に俺はスローライフというのを達成している気がしてな。仕事はほどほどにあるが、割と時間の自由は効く。その上、アイノも帰ってきた」

「…………」


 その言葉を聞いて、サンドラは絶句していた。なんだろう、見たことない顔だ。


「ついに気づいてしまったのですね、アルマス様。お嬢様は早々に気づいていたのですが、あえて指摘せず、たまに仕事を振ったりしていたのです……」


 何故かリーラが申し訳無さそうに教えてくれた。


「何故、そんなことを?」

「……気に入らなかったのよ。わたしはどんどん忙しくなるのに、アルマスは落ち着いてるから。何とか気づく前に隠居できるくらい仕事を効率化したかったのに」

「それは無理なんじゃないか?」


 聖竜領は現在進行系で注目されている領地だ。今後しばらく、いやかなりの間、領主は多忙になる。


「あの、アルマス様。あまりはっきりした物言いは……」


 焦ったリーラを前に、サンドラが物凄く久しぶりに地団駄を踏み始めた。


「もうこうなったら無理やりどうにかするしかないかしら! そうだ、マノンに領主を変わってもらうのは!?」

「マノン様の代わりがおりません。本人も辞退するかと」

「それなら、思い切って隠居してお父様から適任な人物を送り込んでもらう?」

「それは無理だろう。少なくとも、君がもっと領地を盤石にしてからでないと引き継いだ相手に全て持っていかれてしまう」

「ぐぐ……。最後の手段として、お父様に魔法伯をやめて貰って、領主になって貰う手があるのだけれど」

「国が混乱するからおやめください」

「最後の手段として危険すぎるぞ」


 サンドラの父ヘレウスは、娘が頼んだら本気で実行しかねない。イグリア帝国のためにもやめて欲しい。


「……やっぱり、今のまま忙しく働くしかないのね」


 最初から無理を言っているのはわかっていたのだろう、サンドラはがっくりと項垂れた。


「そう気を落とすな。俺もアイノも協力するから」

「そうですよ。全員、お嬢様の味方です」


 二人がかりで励ますと、サンドラは顔をあげて、とぼとぼと屋敷への道筋を歩き出した。

 なんだか気の毒だから、もっと力を貸すとしよう。これから大変そうだしな。


「なるほど。春を早めたか」


 ふと気づいた。除雪されて地面が見えるようになった道には、ほんの僅かだが草が芽吹き始めている。アレクの言ったことは本当らしい。


「どうしたの、アルマス?」

「いや、雪解けが早そうだから、アイノやロイ先生と協力して大規模に働こうかと思ってな」


 そう答えながら、俺は今後のことを相談すべくサンドラ達と共に屋敷へと向かう。

 いつもどおりの日常を過ごすために、少し頑張るとしよう。


 今の生活は、やっと手に入れた普通の日々なのだから。

 

お読み頂きありがとうございます。

アルマスとサンドラの物語はこれで終わりです。

5年以上という長い期間、本作にお付き合い頂き、心から感謝致します。


最後にもう一話、各登場人物を箇条書きにした一覧を用意していますので、良ければお読みください。

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