388.出来るんだろうか、そんなこと
翌日、俺とアイノは目覚めてすぐに領主の屋敷に向かった。到着するなり、サンドラに相談があると執務室に入る。昨夜のうちに聖竜様から話が通っていたのでアレクも一緒だ。
「というわけだ。差し当たって、俺の工房を作るのに協力して欲しい」
「工房? 研究所ではなくて? そのくらいの大事業に聞こえたのだけれど」
混沌浄化の魔法具を作る。その相談を受けたサンドラは、俺の申し出に怪訝な顔をした。
「実は、少し冷静に考えてみてな。そもそも、混沌というものを俺達以外は感知できない。まずは、それを見つけるための道具を作らなければならないんだ」
「そういえば、魔法に関する書物でも見たことないものね。今のところ感知できるのは六大竜とその眷属だけ……」
「一応、私も見れるみたいです。だから、存在が怪しいというわけではないのですが」
「混沌は世界創造の力に近しい。特殊な魔力だ。人がそれと知ることができれば、魔法は新たな段階に入るかもしれん」
「なんだか話がより大きくなってきたのだけれど……」
アレクの発言にサンドラが難しい顔をした。現状、混沌については雲を掴むような話になる。俺やアイノが頑張って、まず普通の魔法師に「見る」ことができるようにする必要があるだろう。
「その件だが、一つ思いついたことがある。俺が混沌をここに持ってこようか?」
ずっと黙っていたアレクが控えめにそう申し出た。
「それはつまり、見えないものを見えるようにするどころか、運べるようにするということだろうか?」
出来るんだろうか、そんなこと。と一瞬疑問に思ったがすぐに、近い事例に思い至った。
魔石だ。魔物たちの中に出来る魔力の結晶。
「混沌の魔石、のようなものを作れるということか?」
「お前たちの言葉だとそのようなものになる。試したことはないが、できるだろう。……多分」
最後の一言がちょっと不安を誘うな。
「質問があるのだけれど。それって、聖竜領内に置いておいて大丈夫なのかしら? 土地とか人に悪い影響が出そうなのだけれど」
「アルマスの家の近くに工房とやらを作ると良い。森の中は聖竜兄者の聖域だから、悪影響は起きない。むしろ、時間と共に浄化されるかもしれん」
「最悪、俺や聖竜様が浄化できる。その点でも問題ないな」
「そう。それならばいいけれど」
サンドラの心配ももっともだ。未知のものが一番怖い。
「アレクの言う通り、俺の家の近くに工房を作ろう。それから地道に研究だな。魔石化された混沌が用意できるなら、影響などについても記録できるかもしれん」
「それなら私もお手伝いできそう。頑張るわ」
仕事が増えてしまうのは問題だが、これは必要なことだ。割り切っていこう。一応、道路工事関連は減ってきていることだしな。
「では、早速俺は混沌採取の旅に出るとするか。水竜の眷属を借りていいか?」
「気が早くないか? 旅立つにしても準備がいるだろう? 食料とか、連絡方法とか用意できるぞ」
立ち上がったアレクがそれを聞いてすぐに着席した。素直な反応である。
「手間を掛けるが、旅立ちの準備を頼む」
とりあえず、話はそうまとまった。
◯◯◯
邪竜アレクの旅立ちが決まってから、屋敷内のメイド達がにわかに慌ただしくなった。準備するものが多いのだ。あいつは殆ど荷物を持たずに聖竜領にやってきた。服や鞄といった日用品から用意しなければならない。一応、大雪が降る前から作業はしていたので、割と早く出来そうだ。
俺の方も久しぶりに魔法具を作成した。
「なんだこれは? 葉っぱか?」
「……鳥を模したものだ。連絡用の魔法具で、手紙を挟んで魔力を通すと、自動的に決まった場所に飛んでいく」
机の上に連絡用の魔法具を三つほど置いて、説明をする。よくあるものだが、今回はさすがに俺が作った。造形面でアイノが協力しようとしてくれたが、断らなかった方が良かっただろうか。
「ふむ。三つの行き先は……書いてあるな。眷属アルマス、妹、領主の屋敷か」
「誰か不在でも連絡は届くだろう。少なくとも、屋敷ならメイド達が受け取ってくれる」
見た目はともかく眷属制作の特別性である。速度も早く、頑丈だ。世界のどこからでも届くと聖竜様も言っていた。
「感謝する。現状報告などに使わせてもらおう」
「それと、この護符も持っていってくれ。こちらからお前に連絡用の魔法具を届けるための目印だ」
「そんなことが可能なのか?」
「今回初めて作った。実験だな」
連絡用の魔法具は基本的に決まった場所に向けて飛ぶ。旅人に目印をつければ相互にやり取りできるんではないかと思いつき、試作してみたものだ。
「試してみよう。最悪の場合は聖竜兄者経由で連絡をさせてもらう」
「そうしてくれ。世界中どこにいても、助けにいくと約束しよう」
眷属としての使命ともいえるだろう。この世界に六大竜がいて、悪いことをしていないならば、可能な限り協力する義務がある。
「先ほどリーラに教えてもらったんだが、新しい服がもうすぐできるそうだ。一通り整ったら、天気の良い日に旅立ちたい」
「承知した。俺達も使えそうなものをまとめておこう」
「感謝する。眷属アルマス」
六大竜にして邪竜アレクは、静かに頭を下げた。本当に腰の低い創造主だ。








