386.一応、ちゃんと考えて行動しているんだ
クレスト皇帝はクアリアに到着すると、すぐにスルホとサンドラと共に会議室に入った。同行した役人たちも一緒だ。
これから長い話し合いが始まるのだろう。普段、冬の療養で来た皇帝を出迎える時とは比べ物にならない緊張した面持ちで二人の領主が出迎えをしたのは非常に印象深かった。
そして、俺と邪竜アレクは屋敷内の一室でのんびりしていた。
「うむ。ひと仕事終えた後のお茶は美味いな。領内の情勢も落ち着いているようだ。見た感じ、雪が溶ける速度も若干早い」
「実は大地の力を調節した。このあたりの雪は少し早く溶ける程度にしてある」
「そんなことを……平気なのか?」
「大丈夫だ。ほんの僅かだ。聖竜兄者と調節した……お前は会議に参加しなくていいのか?」
同じくお茶を飲んでいるアレクから問われる。一緒にお茶菓子も用意してくれたようだが、そちらは辞退した。まだ緊急時だ。食事をしなくても生きていける者に気を使う必要はない。
「今回の大雪における俺の役割は主に除雪。つまり、この体を活かした除雪や力仕事だな。それが一段落ついて、皇帝の送迎をした時点で仕事は一段落だと思っている。……政治とは程よく距離をとっておきたいんだ」
「そうか。意外としっかり考えているんだな。たしかにお前が権力を振るうのは望ましくない結果になりそうだ」
失礼な感心の仕方をされた。一応、ちゃんと考えて行動しているんだ。うっかり権力を持って領主にでも収まったら後々大変なことになってしまう。六大竜の眷属の領主なんて、貴族たちからしたら脅威でしかない。
聞きたいことはもうないとばかりに近くに積まれた本の山に手を付け始めたアレクに色々言おうと思ったが我慢しておく。むしろ、しっかりその辺りの意図を汲み取ってくれたのにこちらが感心したほどだ。
「意外だな。そんなに本好きだとは」
「歴史、文化、社会情勢。必要な情報を得るのに手っ取り早い。文字と数字による記録は人の生み出した偉大な発明だ」
『嵐の時代』について書かれた歴史書に目を通しながら、短く返事をされた。
『邪竜はワシらの中で一番好奇心旺盛なんじゃよ。色々思いつくから、騒動を起こすが、良いこともするのじゃ。混沌の浄化方法もこやつが頑張って考えたんじゃよ』
『なるほど。聖竜様はあんまり本に興味を持たないですものね』
『い、いや、ワシだって勉強するときはするんじゃぞ? 基本的に大体観測してるからいらないだけでの』
『聖竜兄者が怠惰なわけじゃない。今の俺は情報を得る手段が限られているからな。使えるものは何でも使うだけだ』
『うむ。えらいぞ。これで事前に相談してくれればもっと偉いんじゃがなぁ……』
『それは反省しています……』
『六大竜も色々あるんですね』
途中からアレクも混ざってきた会話にはそう言うしかなかった。たしかに、勉強熱心だ。この世界に現界しているとはいえ、これが聖竜様だったらこうはいかない……と思う。
「失礼致します」
書物に目を戻したアレクを見習おうかと、地域の歴史書に目を通していると、部屋に入ってくる者がいた。
「マルティナか。話は終わったのか?」
扉の向こうに立っていたのは戦闘メイドのマルティナだった。主のマノンも今日の会議に参加している。今頃、皇帝の前でガチガチに緊張していることだろう。
「小休止に入っております。まだ、長くかかるかと。本題ですが、皇帝陛下が、アレク様とお話したいとのことです」
「俺に?」
「はい。ご用件までは把握しておりません」
ふむ、と本を閉じて立ち上がると、アレクはマルティナの前に立つ。
「連れて行ってくれ。興味がある」
「では、こちらに」
一瞬、マルティナがこちらを見た。「ご一緒しますか?」という気遣いを感じたので、軽く頭を横に振っておく。指名された者だけいけばいいだろう。
「失礼致しました。アルマス様、ごゆっくり」
扉が閉まるのを見守ってから、俺は読書に戻った。
◯◯◯
本当にゆっくりしてしまった。
サンドラ達の話し合いは夜まで続き、俺の出番はなかった。驚いたことに皇帝がいるのに晩餐もなく、軽い食事のみで済ませてずっと会議を続けていた。皇帝の本気を感じ、自分の見積もりの甘さを恥じるばかりだ。
サンドラが会議を終えて出てきたのは深夜になる前くらいだった。
「大丈夫か? 話し合いとはいえ長時間は堪えるだろう?」
リーラ経由で招かれたわけだが、その様子に心配せずにはいられなかった。明らかに疲労の色が濃い。
「こちら、昨年の眷属印になります。どうぞ」
リーラが淹れたお茶を飲むと、サンドラはほうと小さく息を吐いた。
「できる限り資料を用意した甲斐があってね、話がどんどん進んだの。皇帝陛下が意欲的だから、スルホ兄様もわたしも頑張ってしまって、夕食の時間も忘れかけてしまったわ」
「良い話し合いだったようだな」
満足げな顔を浮かべて、サンドラは頷く。
「帝国からかなりの補助が出る予定になったわ。金銭以外にも傷んだ畑や街道の修繕の資材、各種物資。今回、第二副帝クロード様とも話を通したうえで来てくださったの」
「それは凄いな……」
つまり、皇帝が第二副帝と協力してことにあたるという体を整えてくれていたわけだ。
「ほとんどが、春が来てからになるのだけれどね。冬は何度も降雪があるから、心配だわ」
「先行きが明るいだけでも違うものだと思うぞ」
援軍や補給のあてがない戦いほど嫌なものはない。将来が暗いと自然、人は後ろ向きになる。
「そうね。わたしも少し気楽になったかも。まだ話し合いは続くけれど」
「話し合いといえば、アレクが皇帝に呼び出されていたが何かあったのか?」
「よくわからないの。アルマスこそ、何かわかるんじゃないの?」
「いや、検討もつかないが」
一体、何が起きているのだろう。かなり気になる。
そんな話になった所で、ちょうど答えがやってきた。
「夜分に失礼するぞ。ちょっと良い話があったんでな」
ノックと共に室内に入ってきたアレクは上機嫌な様子で続けた。
「クレスト皇帝を俺の眷属にすることになったぞ」
わけがわからなかった。








