385.サンドラがこちらを見ながら言った。別に最近は何もしていないと思うのだが
南部から屋敷に戻った俺と邪竜アレクは、到着するなり執務室に通された。
そこにいたのはサンドラとリーラ。少し疲れた様子の領主が席を勧める。
リーラの手によって入れられたお茶が用意されると、サンドラが口を開いた。
「無理やり休ませた上に、急に呼び出してごめんなさいね」
言いながら、机の上に一枚の封書を置く。魔法具で送られてくる簡素なものだ。送り主は、魔法伯ヘレウス。サンドラの父だ。
「帝都と連絡が取れたのか。ようやくだな……」
「大雪の被害があったのはクアリア周辺までみたいね。普通の生活をしている地域まで魔法具が届けば、連絡は取れたみたいなの」
「それでこれには何が書かれているんだ?」
興味深げに見ていたアレクが聞いてくると、サンドラは中身を出して俺達に見せた。
文面は簡素で、明確な内容。実利優先の魔法伯らしい文章がそこに並んでいる。
「クレスト皇帝がここに来る? それも近日中がいい? 飛ばせるならすぐにでも竜で帝都に来いだと?」
ものすごく急いだ話だ。例年だったら、聖竜領で静養するために来るのだが、それを今だと? いや、違うな。用紙はもう一枚ある。
「……なるほど。被害状況の視察のためか。皇帝自ら不便な所に来る必要があるのか?」
「そうだぞ。俺から見ても貴人を迎えるような状況にも見えない」
「だからこそよ。雪って、溶けちゃうでしょう? だから、後になると疑う人が出てくるの。被害が明確な今のうちに皇帝自ら視察して、いろんな補償なんかを出せるようにするみたい」
「なんだと! そんなことがあるのか!」
アレクが憤っていた。俺も気持ちは同じだが、案外そんなものかなとも思う。イグリア帝国は広い。雪を見たことない者だって多いだろう。大雪で身動きがとれない、という事態の深刻さが伝わらないのは十分に有り得る。
「意図はわかった。それでも、皇帝が来るのは大げさだと思うんだが」
普通は高位の役人くらいじゃないだろうか。それも帝都ではなく、東都からの派遣くらいがちょうど良いように思える。
「お父様に現状報告をしたの。当然、邪竜……アレクのことも書かなきゃいけないでしょ?」
「それもそうか」
俺はすべて納得した。何となく、流れで受け入れていたが、六大竜が直接訪れているというのは異常事態だ。それも歴史的な。
「そういうものなのか……。この国の人間は慣れていると思ったんだが」
「慣れてはいないと思うわ。わたし達はちょっと怪しいけれど」
サンドラがこちらを見ながら言った。別に最近は何もしていないと思うのだが。
「皇帝自らの視察か。地域の被害を重く見ていることのアピールにもなるだろうな。補償のたぐいも迅速になりそうだ。それで、俺は送り迎えか?」
「ええ、お願いしたいの。前は三日かけたけれど、今回は一日で。非常時だから、特別急いだことにしましょう。これをやった後はハリアは少し休んでもらうわ」
あくまで、帝都へ一日でつくような高速は例外的なもの、というアピールのためだ。その気になれば日帰りも可能だと知られた場合の影響を、サンドラは非常に強く警戒している。 移動時間の短縮は文字通り世界が変わる。余計な手出しをするものを出来るだけ減らしたいのだ。他にもヘレウスと共に多くの情報工作をしている節もある。マノンがたまに苦情を言いに来るからな。
「イグリアの皇帝か。俺も同行していいか? それに、空からの眺めも見てみたい。この姿だと飛べないのでな」
「ふむ……」
「領主として許可します。アルマスが一緒だし、これまであなたは私達に多くの力を貸してくれましたから」
俺が悩む間もなく、サンドラからの許可が出てアレクの同行が決まった。
◯◯◯
「うわぁ。本当に真っ白になってるわね。無理して連絡取って良かったわ」
二日後、俺はアレクと共にハリアの客室内にクレスト皇帝と共にいた。現在地はクアリア上空、真っ白になった地域全体を晴天の下で確認できる。
その光景に、クレスト皇帝だけでなく同行した役人や護衛も目を奪われている。そもそも、空に上った時から景色に見とれていたが、大雪が降った地域にさしかかってからは目つきがかわった。
「俺やサンドラは何度か空から見ているが、驚かされた。最初は街道すら判別できなかったからな」
「でしょうね。何とか物流は生きてるみたいね。これ、降りたらもっと凄い光景が待ってたりするの?」
「倒壊した家屋などは片付けに入っているようだ。ただ、山奥の村などまでは俺ではわからないな」
「そう。わかったわ」
地上への目線を離さず。ただ一言、クレスト皇帝はそう語った。
「詳しくはスルホとサンドラに教えてもらいましょう。ね、言ったでしょ。実際に見るのが大事だって」
顔を上げて話す先は役人たちだ。どうも、帝都では「雪など溶けるから放っておけばよいのでは?」という意見が大半だったらしい。それを、サンドラの父ヘレウスやクレスト皇帝などが強引に押し通したらしい。ちなみに今回ヘレウスは同行していない。皇帝出張のあおりを受けて激務になったそうだ。
「あれだけ働いたのに、空からは殆ど変わらんようにしかみえないものだな」
ぼそりと眼下の景色を見ながらアレクが言った。初日の往路の際、しみじみと語り合ったことだが、何度も言いたくなるのだろう。空から見下ろすと人の営みというのはあまりにも小さく見える。
「降りればしっかり頑張ってるんでしょう。貴方達が作った生命はたくましく生きているのよ」
「そのようだな」
アレクが皇帝を一瞥する。この二人、意外と相性がいいようで、挨拶するなり何時間も雑談していた。
「む。クアリアの外に雪かきで発着場を作ってくれてあるな。ハリア、あそこに着地してくれ」
「わかったー」
サンドラとスルホの仕事を目ざとく見つけた俺達は、そちらめがけて徐々に高度を落としていった。
この来訪で今後の人々の生活が少しは楽になると良いが。








