383.過去に一体どんなことがあったんだろう
結論を言うと、雪はものすごく降った。俺の記憶にないほどだ。聖竜様もとても驚いていた。なにせ、俺の頭まで埋まるくらいの積雪だったのだから。
「ただいま。聖竜領よりも町中の方が歩きにくいなんて不思議な気持ちね」
そう言って、サンドラが事務所内の椅子に座る。来客用のもので、臨時で領主席になった場所だった。
今、俺達がいるのはクアリアの出張所だ。
大雪が降ってから三日。聖竜領内が落ち着いたのもあり、サンドラがスルホと打ち合わせをするためやってきた、という事情である。
「雪を置く場所の多い聖竜領の方が道の確保が容易だからな。ここも大通りは何とかなりつつあるが、狭い路地で苦戦している」
マルティナのいれてくれたお茶を飲みながら伝える。俺はずっと雪かきだ。
幸い、あの日からずっと晴天が続いている。おかげで聖竜領とクアリア間の街道は使えるようになった。レールが一部歪んだため、少し揺れる所があるが動けるだけマシというものだろう。
「スルホ兄様と話していたのだけれど。聖竜領までの経路上にある平地に雪を置くことにしたの。川へ捨てすぎると溢れる恐れがあるから捨てるのは禁止ね」
「そういう恐れもあるのか。気づかなかったな」
現状、雪を動かすので精一杯だ。その後の処理まではあまり想定していなかった。大量の雪を山中の小川に捨てたらまずそうなので自重したが、正解だったらしい。
「過去の記録にあったの。例年通りの積雪なら大丈夫なんだけれどね、大雪の時に同じことをしたら土地が水没した地域があるって」
「恐ろしい話だな……」
そう言ったのは邪竜アレクだ。彼もまた、この出張所に来ている。真意はわからないが、相変わらず仕事を手伝ってくれる。
「困りましたわ。まさか、クアリアにいて事務所に泊まり込みをするとは。市場は早めに再開して助かりましたけれど」
所長席にいたマノンがため息をついた。彼女はずっと、この事務所にいる。自宅まで雪が多すぎるし、雪かきをしている中型ゴーレムなどで危ないからだ。
例年にない大雪で、クアリアの住民はかなり窮屈な暮らしを強いられている。
「まずは元の生活に戻さないとだもの。クアリアに限っていえば、少しずつ良くなってる。大通りの除雪が進めば、次は路地。問題は、それ以外になるわ」
サンドラに促され、リーラが周辺の地図をテーブル上に広げた。それを見て、マノンをはじめとした出張所の面々も集まってくる。メイド達も含めて、緊急事態に休み無しで出勤だ。
「周辺の農村や街道か。……通行不能で孤立している箇所が多いな」
ありふれたこの地域の地図だが、赤字で書き込まれた内容は深刻だった。どの農村もどこかしらの街道にバツ印がついている。聖竜領やクアリアのように除雪にゴーレムを使えるわけでない地域は、閉ざされてしまっている。
「ハリアに手伝って貰って、食糧や怪我人、病人の輸送をできないかと思うのだけれど」
『どうですか、聖竜様?』
『構わんじゃろう。しかし、フリーバがドワーフ王国に向かっているから一人だけじゃぞ?』
『それも承知の上でということでしょう』
『何もしないよりは良いということじゃな』
正直、ハリア一人で輸送できる量はたかが知れている。それでも、やらないよりは全然いいだろう。それにこれは各地の様子を知れるという重要な利点がある。空から現状を把握できるのは今後の方針を立てるうえで非常に役立つだろう。
「聖竜様も許可してくれた。空から周辺を見るだけでも違うだろう。この仕事は誰がやるんだ?」
「クアリアの高官と、聖竜領からは……アイノさん、かしら。聖竜関係者が同乗した方が良い気はするし」
「む。しかしアイノはゴーレムを作る仕事があるぞ?」
現在、聖竜領とクアリアの魔法師が協力して除雪用ゴーレムの生産中だ。アイノはその中心で頑張ってくれている。
「そうなのよね。でも、他に人が……」
「俺が行こうか? 地域の事情に詳しくはないが、そこは聖竜兄者経由でアルマス達に相談できる」
突然そう言ったのは邪竜アレクだった。彼はじっと地図を見つめながら、こちらを見ずに話を続ける。
「お前たちは俺に色々と気遣ってくれるがそれも無用だ。これだけのものを見て、六大竜として力を貸さないわけにはいかない。ああ、それと聖竜領から誰か同行者が欲しい。常識に疎いからな」
最後の方になって少し照れながらアレクは顔をあげた。
「ルゼに同行を頼んだらどうだ? 医者だから怪我人や病人もその場で診断してもらえる」
「そうね。戻り次第すぐに頼みましょう。邪竜アレク、協力に感謝します」
サンドラが頭を下げると、その場の全員がそれに習う。
「気にしなくていいと言った。聖竜兄者だったらこうすると思っただけだ」
戸惑いつつも、大したことじゃないと言わんばかりに邪竜は頷く。
『うう、あの邪竜が立派に人とコミュニケーションをとっておる。アルマス、わかるかこの感動が?』
『いえ、全然わかりませんが』
過去に一体どんなことがあったんだろう。聖竜様、密かに心配してたんじゃないか?
「良い話もあるわ。ドーレス達がドワーフ王国で商談をまとめたわ。明日にもフリーバが帰ってきて除雪用の道具が配布される。費用は領主持ち。これから生産される分もね」
事務所内の面々が少し表情を明るくした。
大量の雪に立ち向かうために、まず道具がないのだ。ゴーレムが通れない路地など、木の板や鍋の蓋で立ち向かう人がいるほどだ。
クアリア内の鍛冶場でもエルミアの図面を元に徐々に道具の生産が始まっている。本当に少しずつだが、俺達はこの状況に対応しつつある。
「サンドラ、俺はゴーレムを沢山作って街道の除雪をしようと思うんだが」
「ちょうどそのお願いをしようと思っていたの。いいかしら?」
「もちろん」
聖竜領とクアリアが繋がったなら、後は他の地域だ。こうなったら不眠不休でゴーレムを操り、主要な街道だけでも通行可能にしてしまおう。
「では、早速作業に入るよ。皆、無理をしないようにな」
休憩は終わりだ。席を立ち、外に向かう。今こそ、この力の使い所だ。








