382.魔法陣も詠唱もない。これが世界を作る存在の能力ということか
街道の方は手付かずだったので、雪が手強い。そもそも、聖竜領からクアリアまでの街道はちょっとした山地を通る。俺が地形をいじって極力なだらかにしたものの、見晴らしの良い場所とは言えない。場合によっては雪を捨てる場所がないので、そういう場合は仕方なく道の片側に寄せることにした。
俺はロイ先生が作った中型ゴーレム二つを操作しながら、順調に雪かきを進めていた。両手が大きく広く、それでいて地面に上手に設置するようにされた整地用のゴーレムだ。
「レールを傷つけないようにしたいが、難しいな」
既にレールも含めて雪に埋まった街道は、まとめて除雪するしかなかった。前もってレールを温める仕組みでもあれば、そこだけ雪が積もらずに済んだかもしれないが。いや、この降雪量だとそれも難しいか。
「聖竜兄者とお前が慌てるわけだ。これでは人々の生活が立ち行かなくなるな……」
俺の作業を見ていた邪竜アレクが、壁のようにそそり立つ雪に触れながら言う。
「本当に怖いのはこれからだな。地域によっては潰れる家屋などが出るかもしれない。人の背丈ほどもある雪だ、溶けるのにどれだけ時間がかかるか……」
「お前の魔法で吹き飛ばすことはできないのか?」
「……雪だけ吹き飛ばすような器用なものはないな」
そもそも、俺は潜入や小規模戦闘に特化した魔法師だった。大規模魔法は詳しくない。知っている知識の範囲だと、そこらじゅう火の海になって除雪以前の問題にしかならない。
「自然というのは厳しいものだな。ところでこのゴーレムというの、面白いな。一つ俺にも操作させてくれ。覚えた」
「わかった。試しにやってくれ」
ゴーレムの片方の制御を外すと、すぐにアレクの魔力がそちらに干渉した。強大で精密な魔力だ。この短い時間にゴーレムの使い方を把握したらしい。
「少し、強化してみよう」
ゴーレムが形を変えた。腕と足がより力強く。それと、雪をどかす両手が若干広く。
「凄いな。すでに発動しているゴーレム魔法に干渉できるのか」
これは俺にもできない技だ。一度発動した魔法に後から修正を加えるなんて。六大竜だからこそだろう。
「恥ずかしながら、これが限界だ。六大竜と呼ばれても、無理やり人の姿になればこの程度よ」
「十分頼もしい。このまま進もう」
除雪作業は続く。空から降り注ぐ雪は多く、早く、密度を増していた。風も強い。当然、気温も低い。俺達が普通の人間だったらすぐに耐えきれなくなっていただろう。
「む。空を見てくれ。あれはフリーバだな」
雪の夜空に突如、光り輝くものが見えた。それが客室を抱え、光の魔法具を沢山つけたフリーバだとすぐにわかった。
「あれだけ明るければ。クアリアの人たちも見逃さないだろう」
きっと聖竜領の誰かが思いついたんだろう。良い考えだ。
「そうか。無事に行き来できると良いな。ところで、クアリアまで後どのくらいだ? 徒歩だと勝手がわからん」
「そうだな。そろそろ半分くらいかな」
振り返って、除雪の終わった街道を見る。既に積もり初めてはいるが、大分マシだ。レールに傷がついたり歪んだり、大きめの敷石がめくれたりしてしまった。後で補修せねばなるまい。しかし、今はこうして通り道を確保するのが一番大切だ。
「半分か。もうひと頑張りするとしよう」
「悪いな。宜しく頼む」
『二人とも、聖竜領の方はフリーバが飛び立ったので、朝まで休むようじゃ。今のところ何も起きていないから安心するがよい』
聖竜様の優しい声を聞きながら、俺達はひたすら無言で作業をした。
クアリアに到着したら、スルホがいた。
「お待ちしておりました。お二人共」
雪の降りしきる中、クアリアと接続する門まで来ると詰め所から領主が現れたのである。
「ここで待っていたのか? この時間に?」
時刻は深夜だ。いくらなんでも寝ている時間である。
「眠っているような状況ではありません。サンドラからの手紙を受け取りました。既にドーレスさんとエルミアさんはドワーフ王国に向かっています」
「そうか。出張所の面々はどうしている?」
「僕の仕事を手伝って貰っています。クアリア内の職人へ道具の生産依頼の準備。朝になったら大騒ぎですね……」
頭に雪を積もらせながら、スルホが自分の町を見渡す。俺達の魔法で明るく照らされた周辺だけ見ても、すでに大人の腹くらいまで積もっている。クアリア内の街路には人が一人どうにか歩ける程度の隙間が作られていた。
「恥ずかしながら、除雪はこれが精一杯です。魔法師達と相談して土木用のゴーレムを大量生産して貰う予定です。どうか、お手伝いをお願いします」
「……わかった。俺やアイノが工事の時に使う、魔力供給用の陣を設置しよう。そこへ向けて魔力を供給する。ゴーレムの持続時間は三十日程でいいか?」
その言葉にスルホは顔を明るくした。
「良かったです。アルマス様は聖竜領が気になっていると思いましたので」
「勿論気になるが、今は向こうにアイノもいるしな。それに、ここに頼もしいお方もいる」
邪竜アレクを見ると、スルホは深く頭を下げた。実は二人は面識がある。この前、出張所を訪れた時に挨拶をした。
「偉大なる六大竜よ。人の世界に力を貸してくださること、心より感謝致します」
「気にしなくていい。この世界に降り立った以上、可能な範囲の手助けはしたい」
アレクは当然だとばかりに答える。
「差し当たって、俺は何をすればいい? 魔力供給だけか?」
「何とか連絡用の魔法具が使えまして、サンドラと話し合いました。ハリアさんに手伝ってもらい、小規模な集落を見回る手伝いをしてもらいます。アルマス様は、こちらでゴーレムを作った後、再び元の道を除雪しながら戻って頂ければ」
「街の中は大丈夫なのか? 聖竜領よりも大変そうに見えるが」
アレクが心配そうに街の様子を見る。農地が多く見晴らしの良い聖竜領と比べると、建物の多いクアリアの方が積雪は深刻な問題に見える。これでは人々が外に出ることすら困難だ。
「幸い、この地域の職人はゴーレムの扱いに長けています。広い道の除雪だけでも何とかなる、と思いたいのですが」
「そうか。アルマス、俺はこちらの手伝いをしたい。ゴーレムの扱いは覚えたしな。この領主とマノンに相談しつつ行動する」
「それは助かるが。いいのか?」
何が出来るかは未知数だが、俺以上の力を持つ邪竜アレクの存在は頼もしい。クアリアに残って色々やってくれるなら、安心して聖竜領に戻ることが出来る。
「構わない。それと調べてみたいこともあるんだ。む……聖竜兄者が変なことをしたらすぐ連絡すると言っているぞ」
「それは安心だな。では、スルホ。そういうことだ。何かあったら教えてくれ」
「わ、わかりました。では、アレク様、宜しくお願いします」
「宜しく頼む。まず、一番困っていることはなんだ?」
「み、道が使えないことでしょうか?」
「では、俺がゴーレムで除雪しよう。その辺の岩を使わせてもらうぞ? あと俺もアルマスと同じで疲れ知らずだから気にしなくていい」
言いながらさっさと歩き出して、近くの岩をゴーレムに変えるアレク。魔法陣も詠唱もない。これが世界を作る存在の能力ということか。
『やる気みたいだから許可したけど、大丈夫でしょうか?』
『まあ、悪いことはせんとは思うよ。何かあったらすぐ連絡するぞい』
聖竜様からちょっと軽い返信があった。とりあえずは平気らしい。
「……シュルビアが東都に行っていて良かったかもな」
「はい。本当にそう思います」
少なくとも、東都はここほど雪は降らない。その点は良かったと思う。
「では、俺は戻らせてもらう」
そう言い残して、俺は再び除雪しながら聖竜領に戻っていった。
雪はやはり、止みそうにない。








