380.雪の降る日は静かなので嫌いではないのだが、今日はそれが不気味に見える
聖竜領に戻り、屋敷にアレクと荷物の多くを置いて森の中の自宅へ帰る。
その間にも降りはじめた雪は順調に積もっていた。クアリアよりも降雪量が多い地域だが、これは極端な気がする。
「ふむ……」
帰宅して、アイノと軽く休憩しつつ、窓の外を眺める。
もう日が暮れているが眷属としての俺の目はしっかりと森の中を見通せる。
木々の間を縫うように降ってきた雪がしっかりと積もっている。
やはり、量が多い。森に入る頃には既に靴が埋まるくらいの積雪になっていた。今はその倍はあるだろうか。
雪の降る日は静かなので嫌いではないのだが、今日はそれが不気味に見える。
『聖竜様、どう思いますか?』
『氷結山脈の方はもっと極端なことになっておるぞ。久しぶりに来たのう、これは』
やはりか。いつかくるとは思っていたが、こんなに早いとはな。
「兄さん、どうしたの?」
俺が外を眺めながら聖竜様を話していたのに気づいたアイノが、不安な様子で聞いてきた。
少し悩む。ここでアイノを頼っていいかを。いや、違うな。既にこれまで立派に仕事をしていたじゃないか。なら、妹の力を借りることに躊躇してはいけない。
「アイノ、順番に話すぞ。聖竜領は数十年に一度、大雪が降る。多い時は俺の首の辺りまで埋まるほどだ。一晩で一気に降ることもある。今の降り方はそれに近い」
「え? それで、どうすればいいの? えっと、ゴーレム?」
真剣な顔で居住まいを正すアイノ。しっかり考えていて偉いぞ。
「それもある。まず、アイノは屋敷に向かって今のことをサンドラに伝えてくれ。途中で雪がやめば幸いだが、そうでないと潰れる家もあるかもしれない。避難が必要だ。ロイ先生と協力して、土木用のゴーレムを作るんだ。雪をどかすのに使える。詳しくは、サンドラの方が良い方法を思いつくだろう」
「兄さんは?」
「エルフ達の村に行く。あそこも中央の大木を講堂のように作り変えてあるから避難はできるが、孤立が心配だな……」
エルフ達は最悪、孤立しても何とかしそうだ。ユーグを始め、何人か人間もいるが何とかなるとは思う。いや、どうだろうか。相当な期間動けなくなるかもしれない。
「エルフについてはルゼと相談する。今のうちに屋敷か講堂に連れていくことも考える。問題は南部の牛飼い達だな」
「そうね。避難してもらう?」
向こうは距離がかなりある。日常的に孤立しているようなものだ。様子を見ながらハリアたちに運んで貰おうか……。
「あそこの建物は頑丈に作ってある。ハリア達に運んでもらうことも念頭に置いて対応することになるだろうな」
あそこは牛小屋も住居も特別製だ。暖房の魔法もかけてある。エルフ並に孤立しても平気な人々だ。多少は余裕があると見るべきだろう。
「今言えるのはこのくらいだな。すぐに動こう。痛みやすい食料があれば、一緒に持っていくと良い」
「わかった。準備してすぐ屋敷に行く。兄さんはエルフ村に」
「ああ、気を付けてな」
それだけ言うと、俺はアイノに送り出されて足早に外に出た。
エルフ村につくと、既にルゼが人を集めていた。中心部にある大木に少ない住民が集まり、静かに過ごしている。
「既に避難しているとは、見事だな」
「アルマス様。やはりこの雪はただごとではないのですね?」
ローブについた雪をはたき落としながら、真っ先に現れたルゼに伝える。
「運が悪いと大人でも埋まるほどの雪が積もる。ここでしばらく過ごすか、屋敷まで行くか決めて欲しい」
「…………そうですね」
ルゼは自分の周りに集まったエルフ達を見回す。他に不安そうな顔をしたユーグ達研究者もいる。
「今のうちなら屋敷までいけますか?」
「ああ、今ならいける」
「今後、怪我人や病人が出るかもしれません。一箇所にいるべきでしょう」
たしかにそうだ。俺には抜けていた視点だな。来てよかった。
「よし。すぐに荷物をまとめて屋敷に向かおう。夜だが、明かりの魔法を使う。先頭は俺だ」
「わかりました。みんな、屋敷の方までいくわよ! 寒いけど頑張って!」
ルゼの号令で、エルフ村の避難が始まった。
エルフ村の住人と共に屋敷に近づくと、既にサンドラが動いているのがひと目でわかった。
村の中心である講堂に明かりがついている。それも、いつもより沢山。人影も見えた。
俺はルゼと相談してまずは講堂を目指すことにした。恐らく、あちらが作業の中心になっているはずだ。
「良かったアルマス。こちらに来てくれたのね。ルゼ、エルフ村の人用の部屋を用意してあるからそちらへ」
講堂の前まで行くとサンドラとリーラがやってきた。広場には魔法の明かりが灯り、小型のゴーレムを使ってロイ先生とアイノが雪かきをしている。
「判断が早いな。まずは屋敷を使うと思っていたんだが」
「前にクアリアの記録で読んだの。何十年かに一度、すごい雪が降ることがあるって。アルマスが言うなら間違いないと思ったの」
「できれば、このまま晴れてて空騒ぎに終わって欲しい所だ」
言いながら夜空を見上げるも、見えるのは魔法の明かりに照らされて振り続ける雪だけだ。なんか、勢いが更に強くなってる気がするな。もう膝まで積もってしまっている。ドワーフや子供は移動が困難になるだろう。
「まずは中へ、アルマスが全館に暖房の魔法をかけてくれていて助かったわ」
「アイノ達の手伝いをしたいんだが? ……いや、方針を決めてからだな、そういうのは」
今、広場の周りの雪かきに俺が加わることはない。他にやれることがあるだろう。
「聖竜領で大雪の経験があるのはあなただけよ。色々と教えて頂戴」
緊張した面持ちのサンドラに続いて、俺は講堂の中に入る。暖かく明るい空間に入ることで、気持ちが落ち着くのがわかった。内部では人々が身を寄せ合って過ごしていることだろう。冬の寒い夜というのは、思った以上に精神にくるものだ。
さて、俺にどれだけのことができるだろうか。








