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引きこもり賢者、一念発起のスローライフ 聖竜の力でらくらく魔境開拓!  作者: みなかみしょう
第十七章「聖竜領の春と新しい家」

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376.そう、別段悪いことをするために来たわけではないのだ

『なんで駄目なんだ! 眷属アルマスは相当旅慣れてるだろ! 混沌浄化は兄者だって臨むところじゃいのか!』

『それはそれ、これはこれじゃ! アルマスにはやることがある。勝手に人間の姿に現世に出おって。無茶をしすぎじゃ。せめてワシに相談せんか!』

『だって、試したら出来ちゃったから……。連絡もとれないし』

『……むぅ。まあ、こうして会えたのはよしとするのじゃ』


 頭の中がさっきから騒がしい。原因は言うまでも無く、邪竜と聖竜様だ。

 屋敷で勧誘を断った後、俺は邪竜と握手を交わした。すると、聖竜様の気配が降りてきて邪竜が会話できるようになった。


 それから一時間、ずっとこの有様である。割と本気で聖竜様が怒っている。

 ちなみに場所は屋敷である。このまま自宅に帰るわけにはいかない。アイノと過ごす貴重な時間を失ってしまった。一応、連絡は入れておいたが。念のため、屋敷には来ないように言っておいた。アイノは邪竜の勧誘にうっかり乗る可能性がある。


『質問があります。混沌浄化の旅というのはどれくらい続くのでしょうか?』

『めぼしい所を潰し続けるわけだから。数百年は余裕だな!』


 聖竜領どころかイグリア帝国自体がどうにかなっていそうな年月だ。せめて、今居る人々を見送ってからそういう活動をしたい。


『そも、今のところ世界の混沌は落ち着いておる。六大竜ともあろうものが、そんなに焦って動くことはないのじゃよ』

『小さな芽を今のうちに摘んでおきたいというだけなんだ、兄者。それに、他の兄弟だって眠り続けるのは寂しいだろう』

『むぅ……』


 他の六大竜が眠っているのにも理由があるのだろうか。この辺り、聖竜様はあまり教えてくれない。話からすると、混沌絡みだとは想像がつくのだが。


『情勢が落ち着いているなら、ここで少し考えるのはどうですか? 慣れない世界で苦労したようですし。今後の方針を考えるには良い場所だと思うんですが』

『さすが眷属だな! それは良い考えだ!』

『……先送りしただけに思えるんじゃが。いや、そうじゃな、ワシも混乱しておる。急いで結論を出すべきではないじゃろう』


 とりあえず、二人とも納得してくれた。


「ふぅ……。では、そういうことで。滞在中は聖竜領の屋敷に泊まってください。食事も用意できますが、冬場は量に限度があるのでご注意を」


 一応、釘を刺しておく。さっきは沢山食べていたが、あれは冬の貴重な食料でもある。冷蔵冷凍設備があるので、聖竜領の食糧は潤沢とはいえ使いすぎは望ましくない。

 邪竜は眷属並といっていた。その気になれば俺と同じで食事も必要ないはずだ。


「うむ。それは気をつけよう。つい美味くて夢中になってしまった。ここの御飯は美味しいな」

『そうじゃろうそうじゃろう』

「それは料理人にも伝えておきます。とりあえずは睡眠……は必要ないのか」

「いや、少し休みたい。混沌の浄化で疲労があるんだ。眠らせて貰おう」

「では、そのように。明日以降は領内を見て回るなり、話し合いをするなり、色々やりましょう」

「頼もしいぞアルマス。俺は兄者と話せるようになっただけでなく、お前と会えたのも嬉しい。感謝する。聖竜領がなければ、俺は世界に一人だった」


 ぺこりと一礼された。……思った以上に苦労したんだろうな。


『アルマスよ。後はワシが話をしておくから良い。今日は屋敷に泊まり、明日以降に備えるが良い』

『そうさせて貰います』


 とりあえず、竜同士の話もついたので、俺はいつもの部屋に向かうのだった。……森の中の自宅に戻りたいな。


○○○


翌朝、早朝からサンドラの執務室に呼ばれた。当然ながら内容は邪竜の扱いについてである。


「昨日いいそびれたのだけれど、ありがとう。すぐに来てくれて」

「いや、こちらこそすまない。身内の不始末で……いや、身内? なのか? 不始末はまだ起きてないか」

「アルマス様もまだ混乱しているようですね」

「正直、そのとおりだ」


 早朝の紅茶を飲みながら全員が困惑気味に話が始まるという珍しい状況だった。こんな時でもリーラの淹れるお茶は美味しい。


「とりあえず、邪竜の話したことは真実だ。世界には混沌と呼ばれる悪い魔力があり、放置していると自然災害や魔物の発生を引き起こす。聖竜領はそれを浄化する役目を担っている」

「それは、他の六大竜がいる場所も同じということ?」

『うむ。そのとおりじゃ。邪竜のとこは今どうなってるかわからんがな』

「そうらしい。俺も他の場所には行ったことがない。ただ、サンドラ達が来るまでは浄化が仕事の大半だったのは事実だ」

「出会った頃に聞いた記憶があるわね。それで、混沌が減った今のうちに直接浄化を行うため、邪竜は人間の姿になっているというわけね」

「そのようだ。目的がはっきりしているのが救いだな」


 そう、別段悪いことをするために来たわけではないのだ、邪竜は。さっきの聖竜様との口喧嘩でもわかるように、優しい性格故の行動ともとることができる。


「聖竜領に立ち寄ったのは手伝ってくれる眷属を迎えるため。それと、他の六大竜と連絡をとるため」

「既に一つは上手くいっている。聖竜様と接触したことで、再度話せるようになったようだ」

「それは何よりね。……それで、同行者についてどう考えているの?」


 サンドラの問いかけに、俺は少し考えを巡らせる。目の前で湯気をたてるカップの中の紅茶は綺麗な琥珀色で、波一つ立っていない。俺の今の心境のように。


「聖竜様と邪竜が望むなら俺は同行する。アイノを指名したら基本的には拒否する」


 非常に個人的だが、アイノに関してだけは譲れない。責任感の強い子だから、邪竜と話すとうっかり同調してついていってしまう可能性がある。本人の意思は尊重したいが、ようやく人生を踏み出した妹がいきなり旅立つのは良くないと思う。


「そう。安心したわ。わたしも同じよ。基本的には本人の意思を尊重するけれど、無理についていくのは反対」

「ちなみに聖竜様も同じだ」

『まあのう。あんまり気軽に人生捨てるのはよくないと思うんじゃよな』


 少なくとも、俺が人生を捨てるのは気軽な決断ではなかった。だから、聖竜様は受け入れたくれたのだろうな。


「邪竜はしばらく様子見をして滞在すると言っていた。その間に、別案でも出せればいいのだが」

「そうね。役立つかはわからないけれど、いくつか考えてみるわ。問題は、彼がどう考えるかね」

「そればかりはわからないな。俺も初対面だ。ところで邪竜は? 食堂にもいなかったが」


 今朝の朝食、トゥルーズの所で昨夜のように食べているかと思ったのだが、姿を現すことはなかった。屋敷内にも気配がない。俺でも感知できないほど隠れている可能性もあるにはあるが……。


「邪竜なら、朝から領内を回ってるわよ。色々と説明したら「実際に見てみたくなった」と言って」

「なんだと。領内の面々に説明は?」

「大丈夫。リーラがメイドたちに号令をかけたから」


 焦る俺に、サンドラが落ち着いて紅茶を飲みながら答えた。さすがだ。


「少し、心配だな。様子を見てくるよ」

「ええ、わたしもできる限り協力するから、なにか気づいたことがあったら教えてね」


 俺は足早に執務室を出て、領内の様子を見るべく屋敷の出入り口に向かった。

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