371.どうやら、追い詰められて新たな力に目覚めたようだ
聖竜領の冬。一番賑やかなのは領主の屋敷となる。
これは冬の間仕事がなくなる農家の人々が家族連れでやってくるためだ。空いている部屋や食堂を使い、親には仕事を、子供達には遊びや勉学を提供している。
親への仕事はクアリアから回してもらった内職や、領内のポプリ作りなどである。エルフ達から教わった細工物などもあり内容は多岐に渡る。
子供達へは文字や計算などを教える。やる気のある農家をクアリア領主スルホから回して貰ったおかげで、当初から順調だ。
冬は温かい領主の屋敷で。人口の少ない小領地だからこそできる施策だが、意外と好評である。また、今年に入ってから変化もあった。
農家の親達も文字と計算を習い始めたのである。普段意識することはないが、文字や計算がわからず損をする者は驚くほど多い。子供達の勉強の成果を見て、思う所があったのだろう。
他にもアリアによる農業指導など、農家にとっては冬は内職と勉強の季節となっているわけだ。
「こんにちはアルマス様。どのような御用件ですか?」
「クアリアに行ったついでにわかりやすそうな本を買ってきた。良ければおいてくれ」
「いつもありがとうございます」
子供用の教室になっている部屋にいるメイドに、本を三冊ほど渡す。内容は冒険ものだとか、読みやすそうな物語だ。俺も何かできないかと思い、この時期は定期的に読み物を寄付している。まあ、試しにやってみたらアイノが物凄く褒めてくれたので、続けることにしたわけだが。
「あ、アルマス様だー。こんにちはー」
「アルマス様ー、またご本ー?」
「トゥルーズさんに聖竜様用のお菓子作ってもらってー」
本を置いて満足したら子供達に絡まれてしまった。農家の子達で、親と違って俺に対する怖れが少ない。最後の一人などトゥルーズが余分に菓子を作って配るであろうことを見越しして発言するしたたかさがある。
子供の相手は苦手だが嫌いじゃない。こうして元気よく子供が育っているのは良い時代の証拠だ。
「トゥルーズに菓子か。新作でも考えてたら聖竜様が喜ぶんだがな」
「ホントに聞いてくれるんですか!」
菓子について話した子供が目を輝かせた。本気にするとは思わなかったのだろう。
「そうだな。お前たちが勉強を頑張ったら俺からも頼もう。冬は長いからな、毎回菓子を作るわけにもいかないんだ」
毎回子供の要望に応えていたらきりがないからな。そんなことをしたら、サンドラに怒られる。菓子は高級品でたまにしか出ないもの。そのくらいの位置付けが良いだろう。
『なんじゃ。菓子はなしかの』
『聖竜様は帝都の方からもお供えが来るからいいじゃないですか』
『それはそれ、これはこれ、なのじゃ』
子供より諦めが悪い。なんて上司だ。
子供達に別れを告げて、聖竜様の相手をしつつ屋敷内を歩く。今更ながら、この建物はいつの時代のものなんだろうな。前に食器類を分析してもらったけど、よくわからなかったらしい。
聖竜様が保管していた物件だから、相当古いものなのかもしれない。『嵐の時代』のはるか昔。記録がなくなってしまった時代の可能性まである。
そんなことを考えていると、慌ただしい足音が聞こえて来た。
「いた! アルマス様! ようやく見つけましたですよ!」
「どうしたドーレス。そんなに慌てて」
割と珍しい光景だ。いつも元気な彼女だが、慌てることは少ない。つまりは非常事態かそれに類するものが起きたということだが。
「エルミアの魔剣が完成したですよー! 今からマイアさんとお披露目したいので是非お外にお願いしますです!」
「なんだと! それは面白そうだな。サンドラも呼ぼう」
「もう声をおかけしたです。今、防寒着を用意してますですよ」
冬の聖竜領は娯楽が少ない。こういう出来事は大歓迎だ。
俺はドーレスと共に他の者にも声をかけるべく、屋敷内を回ることにした。
◯◯◯
結局、屋敷にいる殆どの者が外に出てくることになった。なんと、手が空いているメイドまで見物している。冬だからこんなものだ。
俺とサンドラを中心に作られた最前列、その前には新しい剣を持ったマイアとエルミアがいる。
その向こうには試し切り用らしい丸太や岩が並んでいた。岩はこの見せ物のためにロイ先生に頼んでゴーレムにして動かして貰ったらしい。ロイ先生は魔力が少ないので大切に扱ってほしいのだが。本人はアリアと一緒になんか楽しそうだから良いか。
「皆さん、お集まり頂きありがとうございます! 早速本題に入りましょう! これがエルミアさんの打った新しい魔剣です!」
凛々しい宣言と共に鞘から抜き放たれた剣が、冬の日差しを受けて銀色の刃を輝かせた。
おおっ、というどよめきが一同から漏れる。当然だ、鞘から抜いただけで、剣が魔力の輝きを放ったのだから。
エルミアがマイアのために打ったのは長剣だった。以前使っていた細身の魔剣とは大きく違う、質実剛健とした、力強い造り。柄には小さな魔石が配置されている。
なにより目を引くのは刀身に埋め込まれた大きな赤い魔石だろう。不思議なことにその周辺だけ透明になっていて、そこが線となって柄まで伸びている。
「まるで魔石同士がつながっている魔法陣のようだな」
「そうなのです! エルミアさんが言うには、自然とこうなったそうでして。この刃も全て金属製なのに魔石の周りだけ何故かガラスのように透明になったとか」
「び、びっくりしただよ。思うがままに槌を振るっただけなのに、そうなっただ」
「魔剣は自ら望んだ形になるというが……」
「その噂、本当なのね……」
さすがにこれは俺もサンドラを驚きだ。製作者の手を離れたかのような出来上がりを見せた魔剣は相当な力を持つという。
「それで、どのくらいの斬れ味があるんだ? 強い魔力は感じるが」
「はい! ではお見せしましょう! てぃっ」
言うなりマイアは素早く動いて丸太に向かって魔剣振った。軽く、素早く、気負いのない動きだ。
直後、見物客が大きくどよめいた。
丸太が五つに分割されて、地面にバラバラと倒れたからである。
「すごいわね……」
「はい。達人の技と魔剣の力の組み合わせですね」
サンドラは素直に驚き、リーラが落ち着いて評価する。戦闘メイドである彼女には見えていたようだな。あの瞬間凄まじい速度で剣を振ったことを。
「魔剣の力は速さと斬れ味というところか?」
「それだけではありません! チェアアア!」
今度は気合の叫びと共に大岩に向けて一振り。魔剣の魔石が一瞬輝いたかと思うと、人が見上げる程の岩が真っ二つになっていた。
その断面は、恐ろしいほど平らで滑らかだ。
「速度を犠牲にした一撃も出せるのです!」
「凄まじいな。魔剣自体が複数の力を持つのか」
あまり詳しくないが、相当のものが出来たんじゃないだろうか。少なくとも帝国東部有数の魔剣だろう。
「見事だ、エルミア。国に帰ったら何か称号とかつくんじゃないのか?」
「あ、あたじにそんな大げさなの、勿体ないですだよ。マイアさんのおかげですだ」
「いえいえ、全てはエルミアさんの御力です! あ、少しは家の力もすこしありましたが!」
その言葉に周囲の皆から笑い声が上がった。どうやら、帝都行きの不調からは立ち直ったようだな。
「できれば聖竜様に剣の名前をつけてほしいのですが。宜しいでしょうか!」
「なんだと?」
『なんじゃと』
急に雲行きが怪しくなってきたぞ。聖竜様はこういうの、かなり苦手だと思う。
「駄目だったでしょうか?」
不安げな顔で聞かれてしまった。
「ちょっと待ってくれ。少し話す」
『どうしますか? 俺に投げないでくださいよ』
『いきなり逃げ道を塞いで来たのう。……せ、聖竜の剣とかじゃ駄目じゃろうか?』
物凄く焦りながら言われた。
『悪くはないですが、あの剣の由来に聖竜様は関わってないですよね。作られた土地はたしかにここですが』
魔剣の素材はドワーフ王国産の金属にマイアの実家が集めた魔石。製造工程に聖竜様はおろか俺も関わっていない。こんなことなら何か差し入れでもすべきだったか?
仕方ない、ここはサンドラに……。
「うっ……」
その場の全員が期待の眼差しで俺を見ていた。サンドラもだ。まずい、とても誤魔化しにくい。
『口先で切り抜けるのも難しそうなんですが』
『思わぬ所で最大の危機がきたのう……。そうじゃ、アルマス。マイアから剣を預かっておくれ』
『? わかりました』
ここは指示に従うしかない。聖竜様のすることだ、変なことにはならないだろう。
「マイア、剣を俺に渡してくれないか?」
「わかりました」
すんなり俺の手元に魔剣が来た。思った以上に軽い。
『剣を掲げよ』
『こうですか?』
言われた通りに剣を掲げると、刀身の魔石が眩いばかりの銀色の光を放った。
「おおっ」
「魔剣が!」
人々が三度目のどよめきと共に魔剣を見る。
エルミアの魔剣は少しその姿を変えていた。
先端の魔石は銀色に代わり、刀身にある透明な部分もうっすらと輝いている。
『ど、どうじゃ。これで聖竜の剣になったじゃろう。魔石に干渉できてよかったわい』
どうやら、追い詰められて新たな力に目覚めたようだ。
「聖竜様からの祝福だ。これより聖竜の剣と呼ぶがいい。……この剣にふさわしい振る舞いをするようにな」
「……は、はい! ありがとうございます!」
危なかった。何とか取り繕えたぞ。マイアは感動に打ち震えて涙目になってるのがちょっと申し訳ない。
こうして、後に聖竜領の守護者が持つと言われる魔剣が誕生したのだった。
『聖竜様、あの魔剣どのくらいの強さになったんですか?』
『うーん。かなり? この大陸最強くらいかもしれんのう』
流れでとんでもないものを生み出してしまった。今後は気をつけよう。








