369.空からの景色というのは、価値観を一変させる可能性を感じてしまう
帝都行きで華々しくデビューした聖竜領航空便だが、順調に運行されている。というか、これまで運行した回数は俺達の帝都行きを含めて合計三回だ。しかも、二回の行き先は近場。
依頼は選ぶし高く。敷居は限りなく高くしてあるので当然とも言える。どこかの商会から高級品の輸送を頼まれる可能性の方が、人の移動よりも頻繁になりそうまである、とのことだ。
そんな中、人を運ぶ仕事が入った。しかも長距離。
目的地は東都。乗客は第二副帝クロードと、その妻ヴァレリーである。
「やあやあ! アルマス殿、元気そうで何より! しかし凄いねぇ! ついに竜の運ぶ空飛ぶ船に乗って聖竜領に迎えるとは! 最初の客になれなかったのが残念だよ! ところで飛んでいる間、周りの空気はどのような魔法で安定させてぐふ」
挨拶の勢いそのまま質問に入った第二副帝に妻の一撃が入った。
「お久しぶりです、アルマス殿。ご壮健なようで何より」
「二人ともいつも通りのようで安心したよ。さっそくだが、乗ってくれ」
苦悶の表情をしている第二副帝を先頭に客室に迎え入れる。久しぶりの東都、ちょっと見ていきたい所だが、今回は彼らの送迎が目的だ。滞在時間は実質ゼロと言える。
「ふぅ。アルマス殿にとっては慌ただしい移動になるね。少し城で休んで貰えばよかったかな?」
「そうしたら、貴方が一刻も早く飛び立ちたくて落ち着かないでしょう。これはサンドラからの指示でしょう?」
「その通り。よくご存知だ」
好奇心旺盛な第二副帝が空飛ぶ乗り物を前に落ち着いていられるはずがない。周囲に迷惑をかける前に飛び立ってしまおう、というのがサンドラの考えだった。どうやら正解のようだな。
「じゃ、行くよ。ちゃんと座ってて」
今回の輸送はハリアではなくフリーバが担当だ。特に問題もなく、ふわりと客室が浮かんでいく。
「おお! 見ろヴァレリー! どんどん城が小さくなる! 東都の全景が見えるね! こうして見ると、人間の暮らせる領域は狭いものだねぇ」
「本当。世界は広いわ……」
空からの景色を初めて見たものは、大体こういう反応になる。
しばらくの間、クロード達は景色に夢中になっていた。会話の合間に「偵察」「地図」「流通」などの政治的な単語が飛び交っていた。彼らの立場だとどうしても、そういった発想に行ってしまうだろうな。空からの景色というのは、価値観を一変させる可能性を感じてしまう。
「ふぅ……。いや、思った以上に良いものだね。お願いした甲斐があった」
「珍しいだけでなく、速度も早い。本当に便利だわ。帝都が近くなる」
夫婦揃って好感触なようだ。きっと、上客になってくれるに違いない。
「二人とも、すぐにクアリアに向かうということでいいかな?」
「うん。それで頼むよ。シュルビアのことが心配だからね」
「スルホには申し訳ないけれど、産後のことを考えると東都の方が良いですから」
今回、二人は聖竜領の収穫祭に参加した後、シュルビアを連れて東都に戻る予定だ。理由は出産。実母がいる上に、設備が整い冬の寒さが厳しくない東都の方が過ごしやすい。産後の生活を考えると、実家に帰省して産もうという判断になったらしい。
「スルホが納得しているなら問題ないよ」
「本音ではクアリアで産んでほしかっただろうけどね。シュルビアが少し前まで病弱だったことを考えると、東都の方が安心できると判断したみたいだよ」
「アルマス殿がいれば大抵の病気は何とかなりそうですけれどね」
ヴァレリーが褒めてくれるが、俺は軽く笑って誤魔化すことしかできない。彼女を助けられたのは、たまたま魔法具が原因だったからで、そもそも俺は医者ではないのだ。
聖竜様から授けられた力で多少は回復魔法が得意だが、ことが出産だと尻込みしてしまうな。
「いざとなれば、航空便を飛ばしてスルホを連れてくるよ。いつでも連絡してくれ」
「それは頼もしい! そうだ、帝都では大変だったようだね。僕も色々と手回ししておいたんだけれど、力になれず申し訳ない」
「そうなのか? 行動してくれるだけでも十分ありがたいが」
帝都にいる間、第二副帝の存在を感じるようなことはなかった。この男のことだから、しっかりとした手回しをしていそうなものだが。
「アルマス殿は社交に出ませんでしたから。そちら方面で対策を打っておりました。とはいえ、東都からだと申し訳程度の策ですが」
「ま、出なかったのは正解だよ。きっと面倒事が増えて滞在時間が伸びていたろうからね」
面倒だからとパーティーのたぐいは断りまくったんだが、それが良かったらしい。今後も出来るだけ出ない方向でいこう。帝都は面白いが、面倒も多いと今更ながら実感してきた。
「ありがとう。そうして、気を使って貰えるのは助かるよ。俺よりもサンドラが心配だったからな」
「上手く立ち回ったみたいだね。あの子はよくやっているよ」
「今回はマイアが少々不慣れなところを見せたようですね」
そう言ったヴァレリーの顔には若干の同情が含まれていた。
「そうだな。聖竜領ではあまりないケースに当たってしまった。だが、今はクアリアで色々と経験して、自信を取り戻しているよ」
簡単に、マノンと共に働くマイアの話をする。すると、ヴァレリーの顔がわかりやすく、ほころんだ。
「良いことです。あの子は私と同じように、硬いところがあるから、貴族間の立ち回りなどで苦労すると思っていたので」
「意外と気にかけていたんだな」
「そりゃそうさ、イグリア帝国は広いけど、腕の立つ女剣士は数が少ない。ヴァレリーからすると、大切な仲間なんだよ」
「そうですね。以前はともかく、今のマイアは好ましい。ちょっとした仲間意識みたいなものがあるかもしれません」
帝国五剣にここまで気にかけられるとは、あいつもなかなか大物になったな。家柄からすると、そもそも大物か。ほとんど忘れてしまっていたが。
「良ければクアリアに行ったら稽古をつけるなり、助言するなりしてやってくれ」
「ええ、そうさせて貰います」
「わあ! 氷結山脈がもうこんな近くにあるよ! 本当に早いなぁ!」
外を見たクロードが少年のような顔をして歓声をあげた。それを見るヴァレリーは優しい目をしている。夫の性格に救われることもあるのだろうな。詳しくはわからんが。
その後、降りる直前にマイア用の魔剣が製造中であることを話したら、「うらやましい! ねたましい!」とヴァレリーが本気の恨み節を発して台無しになった。話題の選択に失敗してしまった。マイアには今度謝っておこう。








