365.口先の約束だけで済まされてはたまらないということか
「あ、アルマス様。お疲れ様ですなのです」
クアリア出張所のすぐ隣にある建物、ダン商会クアリア支部。そこに入ると疲れ切ったドーレスが出迎えてくれた。
「どうしたんだ? 戦場でもないのにそんなボロボロになるドワーフなんて初めて見たぞ」
「そ、それが仕事が立て込んでおりましてですね……。と、とにかく立ち話もなんですから、どうぞ……」
「あ、ああ……。そうだ。眷属印の茶葉を持っているからこれを淹れてくれ」
何となく持ち歩いている物がこんなところで役に立つとは思わなかった。
ドーレスは礼を言いつつ受け取ると、従業員にそれを渡す。
忙しいのは把握していたけれど、これは一体どうしたことだろう?
「つまりですね。サンドラ様とアルマス様が帝都に行ってから激務が始まったのです」
打ち合わせ用に部屋に入り、お茶が用意されるとドーレスはしみじみと語り出す。
「特に商売らしいことはしていないはずだが?」
「ヴィクセル伯の息子さんであるオルヴァ様という方から大量のお問い合わせが来てますです」
「なるほどな。色々やったからな……」
結果的に、あの家の代替わりを強行したようなものだ。その後、多少の融通を利かせる的なことを言った覚えはあるが。商人だからな、口先の約束だけで済まされてはたまらないということか。
「一応、事情はサンドラ様から聞いてありますですが。ちょっとどうしたものかと思案中です。大きすぎる商売はできかねますから」
「元々、聖竜領がドワーフ王国との交易を始めた煽りで傾いた家だからな。交易品を少し融通するなどでどうにかならないか?」
「やはりそうなりますですね。聖竜領かクアリアに関係者を配置して、ドワーフ王国の品を捌いて貰いましょう。間には勿論、ダン商会が入るということで!」
「いいのか? というかできるのか?」
「できるのです! ほら、間にダン商会が入るだけなら、何カ国も関税が重なるよりもお安いですし」
そういうものか。いや、そもそも帝国内のドワーフの交易品は安くなっていたのか?
「ま、そもそも、交易品自体はあんまり著しく値下げしていなかったのです。国内のドワーフ製品が値崩れする恐れがありましたので。……なので、利益が凄くて」
「間に一つくらい入る余地はあるということだな。安心したよ」
ドーレス及びダン商会が欲深くて助かった。儲けられる所では儲ける。しっかり商売しているのは安心だな。
「そうだ! 他にも帝都で商売に繋がりそうなものはありましたか! ハリアさん達が行き来するなら、儲け話に繋げないとですから!」
商魂。そんな言葉が聞こえて来そうな勢いで身を乗り出してきて聞いてくるドーレス。今回は置いてけぼりにしてしまったからな、もう少し力になるべきか。
「……そうだな。多分、俺の作ったハーブ類は人気が出ると思う」
「むむむ。眷属印は大量生産できない希少性が売り。なによりアルマス様の負担になってしまいます。いっそ聖竜領産ハーブや薬草を売り出しましょうか……。そうすると森の中に大農園。投資が必要ですね……」
エルフ達の労働時間が極大化しそうな話になってきた。具体的になったらルゼに謝りにいこう。
「ああ、そうだ。南部に牛達が来ただろう? 彼らの作ったミルクやバターで出来たクッキーを食べたんだが、とても美味しかったぞ」
「忙しくて忘れていました! その手がありましたです! 焼き菓子なら日持ちはするはず。ところで、聖竜領ならではの効能などは?」
「ない……と思う。今のところは確認されていないな」
そもそも南部は聖竜の森からも遠い。聖竜様の加護は薄くなるだろう。現状、聖竜領の産物で、効能が高そうなのは、聖竜の森、聖竜領内の畑、その他の地域、といった順番だ。聖竜様から遠ざかるほど、力は弱まる。
「そうですか。でも品質が高ければ売りになりますし。そうだっ、ハーブや薬草を混ぜれば!」
何やら思いついたらしく、ぶつぶつ言い出した。うん。これは良さそうだな。
「俺から言えるのはこのくらいだな。具体的な所は他の面々に相談してくれ」
「はいです! 助かりますです!」
長居すると色んな商材のアイデアを求められそうだ。お暇しようか。
そう考えて席を立とうと思ったところで、室内に新たな人物が入って来た。
聖竜領の鍛冶師エルミアである。ドーレスとドワーフ同士仲が良い彼女だが、クアリアにいるのは珍しい。
「こんにちはですだ。アルマス様。お願いしたいことがあって、失礼しましただ」
若干のドワーフ訛りを残しつつ、ドーレスは二つの箱をテーブル上に置く。
それぞれの箱から、強い魔力を感じる。
「これは? 魔石だな。どこで手に入れた?」
片方には強い魔力を帯びた一つが、もう一つの箱には小さな物が四つほど。小さな方は小指の先ほどもない。
「大きいものは、マイアさんの実家から送られてきたものですだ。なんでも、婚約者の方の実家の蔵の中で保管されていたものですだ」
「小さなものは、マイアさん達がこれまで氷結山脈で魔物狩りをして出ていたものですね。小さすぎるので、もっと沢山集まったら魔剣用にと溜めていたものです」
そんなことをしていたのか。エルミアがマイア向けの魔剣を作ろうとしていることはかねてから知っていたが、素材の魔石がないことが問題だった。
「あの婚約者、本気だな」
「ですです。そして、今こそ使い時だと思うです」
「その通りですだ。立派な魔剣を持っていれば、どこに行っても侮られないですだ」
そういうことか。エルミアの鍛冶の腕前は来た時に比べて大分上がっている。実力的には問題ない。それに、マイアが元々持っていた魔剣は俺が折ってしまった。
「なんでそれを俺に話すんだ?」
「氷結山脈のものはアルマス様の担当なのでは?」
「そうですだ」
そうだったのか……。別に俺はあそこまで管理しているわけではないんだが。
「魔石を見つけた皆が納得してるならいいだろう。あとは、マイアの許可だな。その魔石がここにあるということはそちらも解決済みだろうが」
「はいです! 「エルミアさんのお好きな時に使ってください」と言われてるです」
「では、許可を頂きましただ。う、腕が震えるだよ」
彼女たちなりにマイアを励ます方法を考えた結果ということだろう。……しかし結局、氷結山脈の魔物から大きな魔石は出なかったか。本当に希少なんだな。あの婚約者の実家、大丈夫なんだろうか?
俺のそんな余計な心配をよそに、ドワーフの娘二人はこれから作る剣についてで盛り上がっていた。できあがりが楽しみだ。








