360.勢いで持ってきてしまったが、ここで渡すのは不可能だな。
聖竜領らしい景色、それはゴーレムとレール馬車なのではないかと思う。
クアリアや領内をつなぐレール馬車は移動の要だ。帝都でもまだ見られない快適な乗り物でもある。帝国各所でも徐々に広まりつつあるという。
そして、各種労働を支えるゴーレム。こちらも忘れてはいけない。
俺とロイ先生、そして職人組合。三者の努力の結晶だ。形も多岐にわたり、農作業や土木工事など、色々なところで目にすることができる。
屋敷の外に出て、広がる畑の中を歩くとそんなゴーレムの姿が各所に見えた。帰ってきたな、という気がするな。
そんな感慨と共に、辺りを見回す。畑の周辺ならば庭師のアリアがいるはずだ。運が良ければ、ロイ先生も一緒だろう。仲良し夫婦だからな。
すぐに二人は見つかった。畑の中に設けた休憩所。木陰のある場所で休んでいる。なぜか、サンドラとリーラも一緒だ。
「サンドラ達も手伝っているのか。珍しいな」
「久しぶりに帰ってきたことだし、体を動かしたかったの」
「お嬢様が外で作業をするのは貴重です。逃しません」
お茶を飲みながら、領主主従は涼しい顔で言った。
アリアとロイ先生も近くにいる。ゴーレムに寄りかかって、二人仲良く座っていた。
「アルマス様。おかえりなさいー」
「大変だったようですね」
今や夫婦となった二人は幸せそうにそう挨拶してくれた。
「畑の手入れか? もう小麦の収穫は終わったのに、忙しいな」
「主にサンドラ様との相談です。南部に牛舎ができたので、肥料を運搬できないかな、と」
「ゴーレムを使うわけか。数頭の牛の分で畑全体を賄えるのか?」
「さすがに無理ですねー。でも、使えるものは欲しいですから」
牛がいれば相応に糞がでる。これを利用する発想は当然だ。肥沃な聖竜領の土地だが、肥料は必要だ。殆ど外部から買っているから金銭的にも大きいと聞く。
「あちらの人達に専用のゴーレムを用意して、運用して貰おうと思うの。あとは動く時間を決めて。置き場所も必要ね」
「休耕地に撒いてみるのも良いですねー。色々と助かります」
「麦の収穫が終わったばかりなのに元気だな」
「秋はアリアさんが一番元気になる季節ですから」
ロイ先生の方が少し疲れた様子だ。この時期は薬を飲んだりしてちょっと無理することもある。アリアの隣にいるのは幸せそうだが。
「サンドラの方は帝都にいる時よりも落ち着いて見えるな」
「そうね。やっぱり、自分の仕事だけ考えていればいいのが楽なのよ。向こうは余計な事柄が多すぎて……」
「社交のお誘いも沢山ありましたからね。旦那様が上手く言って回避できましたが」
「そういえば、俺もその手の事には呼ばれなかったな」
裏でヘレウスが色々と手を回していてくれたのだろう。貴族のパーティーに連日呼ばれるとか、想像するだけでうんざりする。
そんな思考をする辺り、俺もサンドラも帝都での生活は向いていないのだろうな。
「それで、アルマスは何をしに……お土産を配っているのね?」
「そうだ。これを配るのが俺の仕事だ」
「その義理堅さはわたしも感心するわ……。ロイ先生たちの分も買っていたのね」
「ああ、この通り……」
鞄の中から例のお菓子とは別に、二人のための土産を取り出す。
「アリアには今年出たばかりの農業関係の書籍。ロイ先生にはちょっとめずらしい国外の魔法具だ」
「あ、これは欲しかったやつです。ありがとうございますー」
「へぇ、面白そうですね。やはり変わった仕組みが?」
「ああ、多分、分解すると面白いぞ。……すまん。後で屋敷に置いておけばいいか?」
勢いで持ってきてしまったが、ここで渡すのは不可能だな。
「リーラに渡してくれれば、屋敷で配るのだけれど?」
「こういうのは直接会って話すのがいいんだ」
「お父様もたまにあるわね、こういうこだわり……」
あいつがそういうのを発揮するのは家族相手の時だけだけどな。まあいい。
「アルマス様、私が受け取って置いて宜しいですか? すぐにお嬢様とお屋敷に戻りますので」
「ああ、頼む」
とりあえず、リーラに渡しておく。
「では、そろそろ私達も作業を再開しましょう」
アリアが言うと、ロイ先生が近くの背もたれ代わりにしていたゴーレムに指示を出し始めた。
小麦が刈られたため、聖竜領の畑は茶色い地面が目立つ。改めて耕すなり、さっき話したように肥料を混ぜ込んだりするのだろう。
「そうだアルマス。ヴィクセル伯のその後のことなのだけれど」
「もう連絡があったのか?」
「ええ、今朝、魔法具で連絡があったわ。わたし達が飛び立ってから、すぐに家の中で動きがあったみたい。元当主と三男は失脚。遠くの町で暮らすことになるそうよ」
「そうか、失脚か……」
これで、俺達に挨拶した次男と現当主があの家を回していくわけだ。ヘレウスも一枚噛んでいる。地方都市送りになった上で身動きが取れなくなるくらいの対処はしているだろう。
「当面は、安心して帝都の行けそうだな」
「そうね。次はもう少し落ち着いて帰りたいわ」
涼しい顔でそう感想を述べると、サンドラはリーラと共に屋敷へ帰っていった。
さて、次はどこへ行こうか。








