350.仕事はどんどん片付けないといけない。忙しいのは嫌だ。
思った以上に遅い夕食になった。
それというのも、適度に叩きのめしたレフスト伯を治療した後、夕食を共にすることになったからだ。急に人数が増えたため厨房は戦場と化し、リーラが手伝わなければならない有り様だった。
「改めて謝罪しよう。アルマス殿。この度は失礼をした。今後、聖竜領及び、聖竜とその眷属には協力を約束しよう」
会食用の部屋で食事が始まるなり、レフスト伯が宣言した。謝罪はしているが、とても機嫌が良さそうだ。ちなみに連れてきた仲間たちは、別のテーブルで料理を貪っている。
「ありがたいが。随分簡単に言うものだな」
「最初からそのつもりだったのだろう」
ワイングラスの中身をつまらなそうに眺めながら、ヘレウスが言った。ちなみにグラスの中は水である。こういう時、酒を飲まないようにしているそうだ。
「ガハハ! ばれていたか! なに、聖竜領とは強引にでも縁を持つべきだと思っていたのでな。良い機会なので、押しかけさせて貰ったというのが本音だ」
「この状況は想定内だった、ということですか?」
「勿論よ! 帝国五剣が揃って強いという者が弱いわけなかろう! 故に、俺が負けることは不名誉ではないのだ。むしろ進んで実力を認めれば、武闘派派閥も余計なことをするまい」
サンドラの問いかけに力強く答えられた。
何もメリットがないように見えるが、なぜそんなことをした? 武門の家で惨敗は不名誉なのでは? いや、違うな。これはもしかして、貸しというやつか?
「まさか、俺達と組むために負けに来たのか? 帝国貴族が」
「それが出来る男だよ、レフスト伯は……。こうして押しかけても、私もサンドラも拒否しないし、正面から挑めばアルマス殿も悪く扱わない目算があったのだろう」
「そう褒めるな! 半分は賭けみたいなものだがな! ああ、愉快だった! 勝てればもっと良かったんだがなあ! ガハハ!」
苦々しげに言ったヘレウスをレフスト伯が笑い飛ばした。そうか。こういう計算が働く男だから、微妙な顔をしていたんだな。しっかり貴族なわけだ。見た目に反して。
「頼もしい味方ができたと理解します。今後、聖竜領との取引や便宜を期待しても?」
「応とも! 陛下と謁見した者と知己を得た。他のロクでもない貴族との諍いよりも余程楽しいことができそうだ!」
「アルマス殿気をつけろ。豪快で気安い人物に見えるが、裏でしっかり計算しているぞ」
「お前ほどあからさまじゃないだけだ! ガハハ!」
武人でありながら貴族としてのバランスもある、か。味方をしてくれているなら、とりあえずは良しとすべきだろう。便宜やら協力やらはサンドラとヘレウスに考えて貰ったほうがいいだろうな。
「そうだ。せっかくだから耳に入れておきたいことがある。観光している時に、ヴィクセル伯の手の者から接触があった。近い内にこちらに来るはずだ」
「……詳しく聞こうか」
手短にヴィクセル伯の使いと接触した時のことを伝える。ついでにアイノ達が困ったこともだ。
「ふん。ヴィクセルめ。動きは早いがやり方が気に食わんな。正面から菓子折りでも持って挨拶すればいいだろうに」
『菓子……か。興味深いのう』
『聖竜様、落ち着いてください』
帝都に来てからちょっとしたことで出てくるようになったな。帝都中のあらゆる名物を食べ尽くす気だろうか。
「レフスト伯の方で彼の動向はわからないか? 何分、出方が読みにくい」
「そうだなぁ。ヘレウスより俺のほうがあいつと付き合いがあるが……。ドワーフ王国からの収益が激減してから、大分気を悪くしているのは事実だ」
「アルマスと接触したのはその件でしょうか? ドワーフ王国とのことなら、わたしに話すべきだと考えるのですが」
「さすがはヘレウスの娘、道理がわかっているな。お前さんの評判は帝都に響いている。交渉は難しいと思ったのかもしれんな。最悪、ヘレウスもついてくるし」
「私がついてくるのは最悪だと?」
変な所で反応するな、この父親。サンドラとヘレウス相手に商談する気が起きなかったというのはわかる。
「すると、俺相手に何かの交渉を仕掛ける気だったわけか」
「応とも! 考えるに、謁見の間で披露した冷房の魔法だろうな。あれを使って一商売しようって腹だろう。冷房もできるなら、暖房もできるのだろう?」
この男、やはりなかなかのやり手だな。さりげなく、手持ちの技術を探りにきた。
まあ、このくらいは話しても平気か。
「勿論、暖房も可能だ。ただ、十年や五十年という長期は難しいな。そこらじゅうに出来るものでもない」
俺が嘘を言うと、ヘレウスとサンドラも同時に頷いた。力を無駄に披露する理由はない。
しかし、こうなるとアイノがますます心配になってくるな。同じことを出来ると知られたら、色んな輩が寄ってきてしまう。後で詳しく注意しておこう。
「アルマス殿は平気だろうが、サンドラはじめ他の者も気をつけることだ。何かあったら、こちらからも連絡を入れよう」
まるで水のようにグラスの中のワインを飲みながら、レフスト伯が言った。
「そうそう。あの冷房の魔法、俺の屋敷にもかけてくれまいか? 実は、女房にせがまれたのがここに来たきっかけでな……」
ワインを飲み干すと、ちょっと照れながらレフスト伯が言った。奥さんの要望が最後のひと押しになったのか。計画は成功しているが、何とも……さては愛妻家か?
「実は先にハギスト公の屋敷で魔法をかけることになっている。予約が増えそうだから、早めに済ませてしまいたいな」
「では、今のうちに使いを出しておこう。明日の午前にでも可能にする」
ここはヘレウスの力を頼ろう。仕事はどんどん片付けないといけない。忙しいのは嫌だ。
「では、俺の屋敷はその後に頼むぞ。絶対だからな! 妻と子供が楽しみにしているんだ! ちゃんと礼はする!」
「いや、ちゃんと代金は取らせてもらうぞ。もともとそういう予定だ」
「既に概算が出ています」
サンドラの口から出た金額を聞いて、レフスト伯は顔を青くした。高めに設定しないと、予約だらけになってしまうからな。仕方ない。








