349.上司に苦労している方々なのかもしれない
禿頭の筋骨隆々とした中年男性が目の前にいる。なぜか上半身はほぼ裸で、直接胸当てだけつけている。痛くないんだろうか。周りに並ぶ男たちは普通の格好で、それぞれ剣やら槍やらを持っている。よく見ると微妙に気まずそうな顔をしているな。上司に苦労している方々なのかもしれない。
「貴方がレフスト伯で間違いないんだな?」
「なぜ確認する? レフスト伯爵といえば俺のことだぞ」
どうやら、この貴族らしさを感じさせない、辺境の森で蛮族とかやっていそうな男がレフスト伯らしい。
この際見た目はいい。問題は、なんのためにここにいるかだな。
サンドラ達は俺の後ろで様子見の構えだ。関わりたくないのだろう。
「えーと、何のようだ? ヘレウスの許可は得ているのか?」
対応に困るな。このくらいしか言えない。
「勿論だ。俺は礼儀正しい男で通っている。用件はお前だ、聖竜領の賢者アルマス」
礼儀正しい男の姿ではないなと言いかけたが何とか抑えた。余計なことは言わないほうがいい。
「噂によると、お前は帝国五剣を超える実力だというじゃないか。皇帝陛下だけでなく、あのロジェ殿すらそれを認めたとか」
「それは単純な事実だと思うが」
「納得いかんのだ! 帝国きっての武門の家である我が家を差し置いて、そのような評判を得るのが! それも、何百年も前に聖竜と契約した人間などという胡乱な存在だぞ!」
「そ、それはあまりにも失礼では!」
「いや、マイア。問題ない」
思わず声をあげたマイアに言う。この男の言うことはもっともである。帝都から見れば俺の存在ほど胡散臭いものはない。武門の家とか言うなら、俺の存在自体が面子を潰している可能性もある。
手っ取り早く、全員叩きのめしておわかり頂くべきだろうか?
そう考えた時、屋敷の前に馬車が止まり、ヘレウスが現れた。
「良かった。まだ始まっていなかったか。我が家の庭は狭い上に、町中なんだ。配慮して欲しいものだよ……」
ぼやきながら現れた屋敷の主は気疲れした様子だった。レフスト伯の顔を見た瞬間など、ため息をついた。
「おお、ヘレウス。今日は早いじゃないか!」
「急いでも来るとも。……アルマス殿、すまない。彼に押し切られてしまった」
「珍しいな。口先でどうにかできなかったのか?」
「レフスト伯は幼い頃からの腐れ縁でな……。ああ見えて家の力がとても強い。何度か危ない時に力を貸してもらっている」
借りがあるとなると、ヘレウスも無碍に出来ない人物ということだな。あと、明言しなかったけど、向こうはヘレウスのことを友人だと思っているのだろう。そんな顔をしている。
「まあ、俺とヘレウスは互いに協力関係というやつだ。今回は少々、無理をしてしまったがな! しかし、すぐにでも聖竜領に帰られたら困るので、こうして押しかけたのよ!」
「押しかけたってわかっているんだな」
自覚的な行動なわけだ。見た目に反して、貴族らしく老獪な手を使えるのかもしれない。そうでなければ、帝都で元気よく動けないだろう。ヘレウスすら対応に困ってる有り様だしな。
「すまない、アルマス殿。彼の要望に答えてやってくれ。……手加減はしないでいい」
最後の一言に少々個人的な感情が覗いていた。
だが、有り難い一言だ。
「わかった。相手をするのに異存はない。しかし、せっかくだ。何か報酬が欲しいな」
俺にとっては迷惑極まりない話なだけだ。帝都にいる間、なにか美味いものでも食わせて貰えないかと思ってそう言ってみた。
「よかろう。そうだな、我が家が持つ街道の権益を活かして、あの竜の停泊地をしっかり整備しよう。余計な手出しをしてこない場所をな」
思ったより凄い話が出てきた。本当に権力があるんだな。そして、俺達がここに来る途中に迷惑を被ったこともしっかり把握しているというわけだ。
「アルマス様! まずは私がお相手致しますよ!」
さてやるか、と思ったらマイアが出てきた。いつの間にか、剣を腰に佩いている。リーラが屋敷内から持ってきたのだろう。
「そうだな……いや、やめておこう。ここは俺がやるべきだ」
仲間に任せてしまうと、俺の実力が伝わらない。レフスト伯も望んでいない。ここは一つ、しっかりと理解して貰うのが重要だ。
俺は杖を取り出し軽く振ってみた。聖竜の杖を戦いに使うのは久しぶりだ。最近は魔物狩りすら人がやってくれていた。
「な、何もない所から杖が?」
「聖竜領の賢者は魔法師だぞ。魔法と武術を合わせた誰も知らない武芸で戦う」
「な、なんだと……」
ヘレウスが得意げに適当なことを言って相手に圧をかけ始めた。楽しみ始めてないか、この男。レフスト伯にストレスをためていたのかもしれないな。
「よし! 話は決まったな! では、少々場所を……」
「いや、ここでいい。俺は一歩も動かないから、全員でかかってくるといい。順番でも同時でもいいぞ」
杖を振って魔法で障壁を張る。そもそも、これを破ることが人間には難しい。見た感じ、彼らの中には魔剣持ちも魔法師もいない。不可能だ。
「……よかろう。今の言葉、後悔するでないぞ!」
俺の言葉を挑発と受け取ったのか、レフスト伯ご一行様は大変やる気を出して武器を構えた。さて、どうやって無力化していこうか。……適当に殴ればいいか。
杖を構え、レフスト伯に向かって宣言する。
「来い」
鋭い気合の声と共に、次々とレフスト伯と武芸者達が襲いかかってきた。
その後、十五分くらいかけて、ボコボコにした。








