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第3話 隠された真実

「……クリスタル様、なぜそう思われたのですか?」

「サイラス、しつもんにしつもんを返すな。しんじつを話せ」


 いくら凄んだところで幼い子供の声だ。微塵も迫力はないに違いない。

 けれど、母親を亡くし倒れたばかりの子供を前に、これ以上嘘はつけないと思ったのかもしれない。

 サイラスは苦渋に満ちた表情で重い口を開いた。


「御身を欺いたことをお許しください。ですが、これはアンネマリー様の指示だったのです」

「お母さまの、しじ?」

「はい。あの男、いえ、ヴァルスター伯爵は、そもそもアンネマリー様が子供を産むこと自体を反対しておりました。そして生まれてくる子供が女児の場合は不要だと家令に……」

「サイラス、なんということを言うのです! クリスタル様にお伝えすることではありません!」

「かまわない。サイラス、つづけてくれ」

「……はい」


 ある時偶然、サイラスは生まれてくる子供が女児だった場合、秘密裏に養子に出すよう父が指示しているのを聞いたそうだ。

 それを知った母はわざわざ王宮から信用できる産婆を呼び、出産に臨む。そんな中生まれてきたのは女児──つまり、それが私だったのだ。


 幸か不幸か父は生まれてきた赤子に興味がなかったらしい。産後床につくことが増えた母も部屋に人を近づけなかったため、私が女児だと気づく人間もいなかったようだ。


「そうだったのか……」

「クリスタル様、アンネマリー様は早くにご両親であるアメシス公爵夫妻を亡くし、それは寂しい思いをして育ちました。いつも温かい家族が欲しいと仰って……。ですからクリスタル様が生まれた時は、本当にお喜びになったのです。ですが、まさかこんな早くに亡くなられるなんて」


 ハンカチで目頭を押さえるハンナは、元々は母の乳母だったのだ。私より長い時間を側で過ごし、ずっと成長を見守ってきたのだ。その悲しみは計り知れない。

 サイラスにしてもそうだ。剣を捧げた主を亡くした今、一体なにを思っているのか……。


「わたしはお母さまのことをなにも知らなかったのだな……。教えてほしい。アメシス公しゃく夫妻、わたしのおじいさまとおばあさま、なぜ亡くなられたのだ?」

「公爵夫妻は外交で他国に赴かれた際に、乗っていた船が難破したのです。アンネマリー様がまだ十歳の時でした。それはもう嘆かれて……」

「クリスタル様、アンネマリー様がクリスタル様を男児としてお育てになったのは、その件も関係しているのです」

「サイラス、どういうことだ?」


 サイラスの話によると、庇護者である両親を亡くした母は、以降成人して結婚するまでの間を王宮で育つ。その際にアメシス公爵領と財産の一部は、王家の預かりとなったのだそうだ。

 そしてこの財産は王族典範で定められた規定により、アメシスの名前を継ぐ人物のみが受け継ぐことができる。


「生まれてくるお子様が女児ならば、アメシス家の財産は保護者であるヴァルスター伯爵の管理下に置かれます。ですが男児の場合は、成人するまでは王家預かりのままなのです」

「つまり、このままわたしが成人すれば、ヴァルスターの家とくとは別にアメシス家のざいさんも受けつぐのか。……もしや父はこの件を知らないのか?」

「はい。これは王家でも限られた一部の人間と、アメシス家の人間、つまり我々だけが知る事実です」

「……なるほど。だが、それではまるで」


 ──母は父を信用していなかったようではないか。


 咄嗟にでかかった言葉を、無理矢理口の中に押し込める。

 生まれた赤子が女児だった場合、アメシス家の財産はヴァルスターが管理できるのだ。その事実を知るならば、女児誕生は父にとって慶事だったに違いない。

 父と母は政略結婚ではなかったと聞いている。貴族には珍しく二人は恋愛で結ばれたのだと。だがそれも違ったのだろうか。


 ふと、母が父のことを話していた光景が蘇る。

 あれはいつだったか、母が窓から外を眺めていらっしゃったことがあった。あまりに熱心だったのでなにを見ているのかお尋ねしたら、母は庭の花を見ていたと仰ったのだ。


『──昔、まだ私がお城に住んでいた時に、誕生日のお祝いに欲しい物はないかと聞かれたのです。だから、お花が好きですとお答えしたわ』

『お母さまはお花が好きなのですね』

『ええ、そうよ。そうしたらお誕生日に山のようにお花が届いて。真っ赤な薔薇に見事な百合、見たこともない珍しい花に、年に一度だけ咲くという貴重な花……。そんな豪華な花の中に、一つだけとても小さな花束があったの』

『ちいさな花束? おたんじょう日のおくり物なのにですか?』

『それがね、その花束は野の花で作られていたのよ。きっとご自分で花を摘まれたのでしょうね。茎の長さはどれもバラバラで、結わいているリボンもそれは変な結び方になっていて……。でも、お母様はその花束が一番嬉しかったわ』

『どうしてですか? だって野の花でしょう?』


 幼かった私が無遠慮にもそう尋ねると、母は悲しげに瞳を瞬かせた。


『私は幼い時から身体が弱くて、あまり外に出たことがないの。ですから外にはこんな花が咲いてますよ、と教えてくださったようで、その花束が一番嬉しかったのです』

『そうなのですか』

『ふふ、その花束をくださったのが、貴方のお父様よ』

『え? お父さまが野の花をつんだのですか?』

『ええ。素敵な方でしょう? ですから、きっといつかは本当の貴方のことを……』


 母はそこで口を噤み、再び視線を庭に戻した。

 けれどその瞳がなぜか悲しそうに見えて、私は……私はあの時なんと言ったのだろう。

 どうしてもその次の言葉が思い出せなくて目を瞑った私を、ハンナが心配そうに覗き込んだ。


「クリスタル様、大丈夫ですか? また熱が上がったのではないですか?」

「いや……だいじょうぶだ」

「いけません。昨日は本当に熱が高くて危険な状態だったのです。どうか無理なさらず横になってくださいませ」

「待て。もう一つだけ聞きたい。わたしが女だと知っているのはハンナとサイラスだけなのか?」

「ええ。クリスタル様をお取り上げになった産婆は、高齢だったためもう亡くなっております」

「……そうか。ハンナ、サイラス」

「はい、なんでございましょう」

「……今までありがとう」


 あの日、自分が女だと否応なく自覚させられた瞬間に感じたのは、正しく絶望だった。


 必死の思いで築き上げてきた全てが一瞬で崩れ去った絶望。

 信じていた人間に欺かれていたのだという絶望。


 だが、今ならわかる。この二人は私を守ってくれていたのだ。

 だから、もういい。

 真実が得られて、私はもう満足だ。

 神の悪戯かはたまた気まぐれか、この幸せな夢を見せてくれたことに感謝しなければ。



 そのまま眠りに落ちた私は知らなかった。

 ハンナとサイラスが困惑したように私を見つめていたことも、次に目覚めた時これが紛れもない現実だと知って、私が驚愕することも──




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