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そなえよつねに

作者: 唯月たつき

初投稿です。

稚拙な文章ですが精いっぱい書きました。

楽しんで読んでもらえるよう、山登りに興味を持ってもらえるように書いたので、ぜひご覧ください。



「大丈夫?」

ふと頭にお兄さんの声が聞こえてくる。


家族で山登りに行ってから半年後。

あたしはあの時助けてくれたお兄さんに憧れてから、家族にお願いしてキャンプに連れてってもらったり、ひとりで家から近い山に上っていた。

あの山ならもう何回も登ってるし、あたしも体力がついてきた。

もう少し大きい山に一人で挑戦してみようかな、なんて。

今日もひとりでいつもの山に登りに行こうと準備をしていると、下の階からお母さんの声が聞こえる。

香菜かなー! 夕方雨が降るらしいわよー!」

どうやら雨が降るらしい。

時計を見ると、今の時間はお昼過ぎ。

夕方までには帰るし、まぁ、大丈夫でしょ。

降るとしても小雨ぐらいだろうから……折り畳み傘を持っていこう。

部屋の大きな鏡の前に立ちクルッと回る。

「うん、バッチリ!」

かわいいTシャツと新しく買ってもらったジャケットがひらめく。

バッグに軍手、水筒、お菓子、折り畳み傘を入れる。

よしっ!

っと意気込み、あたしは軽々とバッグを背負って玄関に走る。

「おかーさーん! いってきまーす!」

「あっ、気を付けてくるのよー!」

扉を開け放ち軽快に駆けていく。

「あの子、大丈夫かしら……」

母の口からこぼれた不安はあたしの耳には届かなかった。




「次は~、登山口前~登山口前~」

ップシューー。

扉が開いてすぐ、バスから飛び降りる。

登山口は立て看板が二つ。

一つは簡素的に「登山口」と書かれた、もう一つには「登山受付、案内所」と書いてあるマップが貼ってある。

もう何度も来ているし、あたしは一直線に登山口に入る。

「っと、うん……っしょ!」

登山道は大きな岩や小さな石が転がり、激しくうねった木の根が這っている山道を、淡々と進んでいく。

新しく買った軽い運動靴のおかげか、まだまだ元気だ。

上を見上げると、生い茂る木々から差し込む光がとても心地よい。

近くからは小川の音が聞こえ、涼しげな風は頬をなでる。

おでこににじむ汗が冷える感覚に興奮し、歩くスピードも上がる。

さらに進んでいると、大きな荷物を背負った人がゆっくり歩いているのが見える。

「通りますよ」

そう言ってあたしはスタスタとその人の横をすり抜けて、前へ進む。

追い越し際にチラッと覗き込むと、下を向いて顔は見えないが髪の長い女の子だった。

女の子は肩で息をして、背負った大きな荷物を揺らしながら歩いていた。

「そんな無駄に大きな荷物背負って、疲れるだけじゃん」

あたしは聞こえない程度の大きさの声でボソッと呟いて、それ以上何も言わずどんどん先に進んだ。

小さい山だし、登り慣れているのもあって、すぐに開けたところに出る。

まだ山頂ではないが、簡単な展望台のようになっている。

「ふぅ~、ちょっと休憩~!」

ベンチに腰かけて、バッグから水筒を取り出す。

中のお茶を一口含み、飲み込み、一息つく。

「いやー、今日は天気も良くて気持ちいいー! 今の時間はっと……お? まだこんな時間か。あたしも登るスピード上がってきたなー」

周りには自分以外誰もいなく、気分はいいし、ついついひとりごとが大きくなってしまう。

上を見上げ、ボーっとしていると、澄み切った青空に雲が足早に流れていた。

不意に物が揺れて布がすれる音、荒い呼吸が聞こえ、視線を下げる。

視界の端にさっき追い越してきた女の子がゆっくり上がってきたのが見えた。

なんであんなに重そうな荷物を背負っているんだろうか。

山登りをするなら身軽な方がいいはずだ。

「よしっ、もうちょい頑張りますか!」

水筒をバックにしまい、ひょいと持ち上げ、展望台に行く女の子を尻目に、小走り気味に登山道に戻る。

上に進むにつれて、登山道は先ほどまでより険しくなっている。

「あたしはこれくらいの山、もっと早く登れるんだから!」

バッグから軍手を出して、手をついて岩場を上る。

登っていると、登山道から外れたところに鮮やかできれいな花を見つける。

「わぁ! 綺麗な花!」

一瞬、見とれてしまい気が抜けてしまって

「どわぁ!」

苔の張り付いた岩に気づかず、足を滑らしてしまう。

幸い軍手をしていたため、ついた手にもどこにも怪我をしないですんだ。

「あぶないあぶない、でもこれくらい!」

あたしは自分を鼓舞して立ち上がり、再び歩き出す。

再び空は開けて、やっとこさ山頂に到着する。

「着いたー! 疲れた―!」

山頂にある東屋の下のベンチに倒れこむ。

風が山を吹き抜ける音と、自分の心臓の跳ねる音が大きく聞こえ、風は冷たいが体は熱い。

この差がまた気持ちいい。

それがあまりにも心地よくて……

「ふわぁ〜」

と、大きなあくびをして、あたしは寝てしまった。




「うーん……むにゃむにゃ……さぶっ」

肌寒い風に身を震わせて目が覚める。

「んー……ん??」

あたしは自分が寝ていた事、その間に辺りが少し暗くなっていることに気が付いた。

時計を見ると、もう16時過ぎ。天気予報通りに空には厚い雲が覆っていた。

「やっば……、早く帰んなきゃ……!」

急ぎ足で山道を下る。

しかし早く帰ろうにも足場が悪い。

何度も転びそうになり、よろけながらも急ぐ。

さらに運が悪いことに雨が降ってきた。

折り畳み傘は持ってきたが……、山道では木の枝がたくさんあって歩きずらいし、片手が埋まってしまい手が使えない。

雨に打たれながらも必死に山を下る。

「もう最悪……、周りは暗いし、雨で前見にくいし……」

雨風はあたしの身をぶるっと震わせ、鳥肌を立たせた。

「寒いし!」

あたしの全身雨に濡れていてる。

あたしは今にも泣きそうになっていた。

やっと通り道に見た綺麗な花のところまで戻ってきた。

ほんの少しほっとしたが、まだここなのかとがっかりもする。

その瞬間、

「あっ」

ズルッ!

登りでよろけた同じ岩で思いっきり滑る。

急いで手をつくが、濡れた軍手では支えられなかった。

転んだ勢いを殺せず、そのまま登山道から転げ落ちてしまう。

「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」

全身を坂道の岩や木の幹にぶつけながら転げ落ちていく。

「あがっ!!」

坂道が緩やかになり、大きな岩に強く背中をぶつけてやっと止まる。

「痛ったぁ……」

不幸中の幸い、頭には大きな衝撃を受けず、意識ははっきりしている。

だが全身を強く打ったため中々立ち上がれない。

「どうしよ……、まず誰か呼ばなきゃ……」

不安でいっぱいな心を押し込んで、大きな声で叫ぶ。

「だれかー! だれかいませんかー!」

出来る限りの声で叫ぶが、雨の音でかき消される。

誰の声も、自分の声すら聞こえず、ザーザーと雨の音だけが辺りに響く。

自分はこのまま誰にも見つけてもらえず死んでしまうんではないか。

そんな不安がどんどん大きくなってくる。

あの時助けてくれたお兄さんも今日は助けに来ない。

こんなことになるんだったら登山なんかしなければよかった。

疲れるだけだし、山に何があるわけでもないし。

自分は何が楽しくて山登りしてるのかもわからなくなってきた。

考えれば考えるほど不安がどんどん、どんどん大きくなっていく。

「えぐっ、ひぐっ……、だ、だれがー……、だずげで…………」

顔中泥だらけで涙かどうかすらもわからないが、いろんなものが顔からあふれていく。

不安で前も見れず、泥だらけの、傷や痣のついた自分の手しか見えない。




「だいじょうぶ?」

不意に目の前から声がする。

誰?

誰でもいい。

前を見るとごつい靴と差し出された手。

雨の音で近付いていることに気が付かなかったのか。

ともかく誰かが助けに来てくれた。

ほっとしてさらに涙があふれてくる。

「ありがどぉ……」

あたしは差し出された手を握り、助けてくれた人の顔を見上げると、

真っ黒な化け物だった。

「ぎゃああああああああああ!!!!!!!」

「ぎゃああああああああああ!!!!!!!」

なぜか真っ黒な化け物本人も叫んだ。

「「ぎゃああああああああああああああああううううううううううんんんんんん??????????」」

お互いが首をかしげる。

よくよく見たら泥だらけになっている女の子だった。

「なんでそんな泥だらけなの?」

「そっちこそ」

そんな会話が面白くって、

「「―――っぷ、あはははは!」」

二人の笑い声が山に小さく響いた気がした。

「だいじょうぶ? ほら、立って」

再び差し出された手に掴まり、立ち上がる。

あたしは真っ黒の化け物みたいな女の子に聞いた。

「ありがと、きみはどうしてここに?」

「い、いやー、歩いてたらなんか声聞こえたからそっちに歩いてたらーって感じかな。べ、別に道に迷ってたとかじゃないからね! 誰かの声が聞こえたから、道聞こうとか思ったんじゃないからね!」

「ふーん、そうなんだ……」

勝手に一人で慌てているその子は、青いレインコートを着てごつい靴を履いていかにも山登りの経験が多そうだった。

ごつい靴?

何かに違和感を覚える。

というか見覚えがある。

ごつい靴、女の子……。

ーーーーー!

思い出した!!

山道の途中で通り過ぎた女の子だ!!!

気付いた瞬間、恥ずかしさや悔しさが込み上げてくる。

すると、なにかを思い出したように女の子が自分のバッグを漁る。

「はい、これ着て!」

そういってバッグの中から差し出してきたのは大きなゴミ袋だった。

「これ、どうするの? ゴミ袋じゃん」

「レインコート無いんでしょ? なにも着てないと風邪ひいちゃうよ。すでに泥だらけだから手遅れなような気もするけど……」

女の子はバッグからさらにハサミを出して、袋の両サイドと底に一つずつ穴を切り抜いてあたしに見せた。

「これで簡易雨合羽の出来上がり!」

「え、すごいこれ。 こんなの考えたことなかった!」

「へへーん! これはアメリカにいるときに教えてもらったんだよ。ほらほら、これ着て!」

たしかにこれはすごい、ゴミ袋を雨合羽にするなんて考えたこともなかった。

すごい、かっこいい。

そう思ってしまう自分が悔しい。

自分はこの子よりすごい、そう思っていた登山の時と正反対だ。

対抗心のようなものも湧き上がってくる。

「いや、いいよ。あたしは大丈夫」

強がって断ってしまった。

「そ、そっか……まあ、必要になったら言ってね」

女の子は再びバッグにしまった。

少し、しょんぼりしているようにも見えたが、今のあたしには気にならなかった。

「そうだ! まだ自己紹介してなかったね、私は小梅こうめ。よろしくね。君の名前は?」

「あ、あたしは香菜。よろしく」

「さあー、どうしよね」

笑いながら聞く小梅。

なぜだかその笑顔すら憎たらしく思えてくる。

あたしは自分が転げ落ちてきたほうを見上げる。

「ここ、登れば元の道に戻れるよね」

「ええ、ここ登るの? 絶対下ったほうがいいと思うけど」

「いや、絶対こっちだから!」

あたしは小梅の意見を聞かずに突き進んだ。

進むとどんどん山道は深くなり、奥に入ってしまいさらに道がわからなくなってしまう。

ただでさえ足場の悪い場所を雨の中進むと、当たり前に転ぶ。

起き上がろうと地面を踏ん張って、また転ぶ。

「香奈、大丈夫? 無理しないほうがいいって」

「あたしは大丈夫だから!」

こんな状況でまだ強がってる。

負けづ嫌いほどめんどくさい性格はないと、自分でもわかっている。

だけど自分の体はすでに悲鳴を上げていた。

「香奈、震えてんじゃん。もう登るの諦めなって!」

そういって小梅はあたしの背中を捕まえて止めてくる。

小梅が突然自分のレインコートを脱いで無理やり着せてきた。

「なにすんのよ! いらないって言ってるじゃん!」

スポッとレインコートから顔を出すと、今まで見えていなかった小梅の白い手足が見えた。

レインコートを脱いだ小梅の手足には、青くなっている痣や、いくつもの切り傷があった。

あぁ、小梅も完璧じゃないんだ。

小梅もたくさん転んでたんだ。

まぁ、顔真っ黒だし見ればわかってたけど。

わかっていたはずなのに、見えていなかった。

少し経験の差や知識の差があれど、小梅も私と同じなんだと思った。

「っぷ、あははははは!」

「な、何がおかしいのよ」

「小梅も鳥肌立ってんじゃん、寒いなら無理しなくていいのに」

あらわになった小梅の傷だらけの手足は小刻みに震えている。

「あぁ、それはだいじょーうーー?」

しゃべりながら再び小梅がバックの中を漁る。

荷物が多くて目的のものを探すのがとても大変そうだ。「ぶーー……! あった!」

小梅がバッグの迷宮から見つけ出したのは色違いのレインコートだった。

「もう一個あるんじゃん! 最初から出せばよかったじゃん!」

「いや、ゴミ袋レインコートのやり方は知ってたけど実際はやったことなかったからやってみたくてさ」

小梅は照れ臭そうに言って見せた。

まあなんにせよ、これで二人とも多少は雨風を防げる。

ここからだけど……、どうしようか。

ここまで登ってきたけど、正直意地を張っていた。

これ以上登るのもきつそうだし、登山コースもまだ見えない。

「うーん……」

「私の考え、聞いてくれる?」

小梅が申し訳なさそうに聞いてくる。

さっきから小梅はずっとやめたほうがいいって言ってたのに、あたしが聞かなかったからか。

「さっきはごめん……! 全然話聞いてなくて、自分でもわかってたのに意地張っちゃって……。小梅の考え、教えてくれる?」

「そっか……正直に言ってくれてありがと。じゃあ一緒に考えよ」

「うん!」

ここでやっとあたしたちの作戦会議が始まった。

あたしは幹と根の太い広葉樹を見つけ、小梅は近くから落ちている長い木の枝を拾ってきた。

レインコートを脱いで二人のフード部分を木の出っ張りに引っ掛ける。

レインコートの裾を広げて、拾った長い枝で支えたら……。

簡易テント(ちいさな)の完成!

広葉樹の木の下だから風も雨も弱いし、レインコートのテントでばっちり!

広葉樹はもともと背が低いから風にも強くて、そんなに丈夫に作らなくてもある程度は耐えられるはず。

二人は木の根に座り、あたしは身軽なバッグからお菓子を出して小梅にも分ける。

お菓子両手に作戦会議開始。

先制はあたし、お菓子を咥えながらの攻撃。

「さて、どうしまふか」

「やっぱり下るべきじゃない?」

「むやみに下っても方向わからなくない?」

「山道って下って登って繰り返すしなあ……」

「あ! なんか木の年輪で方角がわかるって聞いたことある!」

「私たちじゃ太い木切れないよ」

「じゃあ何かほかに方法ある?」

「うーん……」

再び言葉に詰まる。

今あたし達に手掛かりになるものは、この山だけ。

川の音でも聞こえれば、通り道に戻れるけど、こんな雨の中では川の音が聞こえるはずもない。

川、かわ、川……、

水?

みず……、雨……?

この雨から山を下る方法はないか……。

ふと、上を見上げると、広げたレインコートの裾から雨が溜まって流れている。

その光景に、あたしは傘を思い出した。

傘は…………、

…………、山じゃね?

「傘ってさ、山みたいじゃない?」

あたしの言葉に小梅は首を傾げた。

「え? どうゆうこと? 確かに形は山みたいだけど……」

「山はデコボコしてるけど、水は必ず下に降りていくでしょ? なら水を追っていけば必ず下に行けるし、川に合流できれば道に戻れるんじゃない?」

「おお! なるほどね! 水を追うなんて考えてもみなかったよ!」

これならいける。

あたしたちはそう思ってそそくさと準備をして、いざ出発! というところで小梅が何かに気が付いた。

「足元、濡れてはいるけど、雨は土にしみ込んじゃってあんまり見えなくない?」

いわれて足元を見ると、確かにそうだ。流れている水は見えない。

再び、どうしようタイムだ。

流れる水がなければ追いかけられない。

土に水がしみ込まないようには……、さすがにできないし。

流れる水、水がしみ込んだ土…………。

…………!!

思いついた!! が、さすがにこれはちょっと……。

一人で考え込んでいると小梅がこちらの様子に気が付く。

「香菜、なんか思いついたの?」

「いや、思いついたんだけど、さすがに危ないような気が……」

しかし小梅はこちらの心配をよそにケロっと言う。

「もうすでに全身怪我だらけだし、今更死なない程度の傷、問題ないんじゃない?」

そういう問題なんだろうか。

「小梅がそういうなら……、小梅、さっきの大きいゴミ袋、まだある?」

「いっぱいあるよあるよ~! これで何するの?」

「あたしたちが流れる水になるんだよ」



「「ああああああああああああああああああああああははははははははははははははははははははははははははは!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」」

あたしたちは猛スピードで流れる水になっていた。

わかりやすく言えば、滑り落ちていた。

正しく言えば、滑落。

足から腰まですっぽり入るゴミ袋を三枚重ねて履いて、重力に任せて滑り落ちている。

原理はまさに、天然のウォータースライダーだ。

土の上からは見えなくても、水は流れている。

なら、この滑りやすくなった土で水と一緒に流れればいい。

思い付きの案だったけど、これならすごく早く山を下れる。

危険度を考えなければだけど……。

しかし、思った以上に滑っているお尻は痛くなかった。

何も考えずに滑っているが、自然と木や岩をよけていく。

なぜだろう? とは思ったが、今の自分ならわかる。

今のあたしは、流れる水だ。

大きな木や岩なら削ってしまうし、小さい石は流れ、小さい木はまず育たないだろう。

坂が緩やかになってきて、ズズザザザザッザ、ズッザ、ザザァとウォータースライダーがついに止まってしまった。

「ここまでかぁ、でもかなり降りてきたし、もう道路も近いんじゃない?」

結構な距離滑り落ちてきたし、もう道路が見えてもいいと思うんだけど……。

「まって」

突然小梅が人差し指を立てて静かになる。

なるほど。あたしも耳を澄ませる。

「車の走る音、聞こえない?」

「……、ほんとだ! こっちからだよ!」

あたしは小梅の手を取って走った。

「うわあ! いきなり走んないでよ!」

握った手は、ちゃんと握り返してきて、暖かかった。

二人で走り出たところは、見覚えのある舗装された道路だった。

「で、出れた……、あたしたちだけで出れたよ!」

小梅のを見ると目じりが潤んでいた。

緊張の糸が切れたみたいに、今にも決壊寸前な小梅ダム。

ふと辺りが静かなことに気が付く。

車が通っていないからではない、空を見上げると雲の間から月と星が顔を出し、雨が止んでいた。

辺りを見渡すと少し離れたところにバスの停留所を見つける。

運よくすぐバスが来て乗ることができた。

運転手の怪訝そうな顔は、きっとあたしたちが泥だらけなこととは関係ないだろう。

「一時はどうなるかと思ったよー、ほんとにありがとね小梅」

「ううん、わたしこそありがとね。香菜がいなかったら帰れなかったよ」

「またどこかで会えるかな?」

「きっと会えるよ」

そんな他愛ない話をしていたらすぐに家の近くについてしまった。

バスを降りて手を振ると、中から手を振る小梅が見えて、遠ざかっていく。

あたしが家に帰ると、玄関前にはそわそわしたお母さん。

「お母さん、ただいま!」

お母さんはあたしを見てびっくりして、抱きついてくる。

「こんな時間まで何してたの! 心配してたんだから!」

「あのね、山で会った……」

少しうつむき、考え込む香奈。

再び顔を上げた香奈の表情は晴れやかになり、元気に言う。

「友達と一緒に山登りしてたの!」


End


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