第96話 でもそんなに悪く言わなくても良いじゃない。
ダンジョンマスター心得その13
ネームドモンスターは永遠の相棒です。見極めて名前を授けましょう。
「どうぞこちらお飲み物です」
絶望まで秒読みとなった最中、俺は頭を抱えていたのだが、それを気遣ったセラがジュースを持って来てくれた。
それはキンキンに冷えており、乾いた喉に潤いをもたらす。また、ほのかな甘さは口内どころか心にまで染み渡り、心地よさまでも感じられる。
一気に飲み干したいが、細いストローではそれは叶わない。
どれだけ飲もうとも、口の中には少量ずつが、連続的に入っていくだけ。
だが、それが良かった。ジュースが目に見えて減ったことが分かるくらいの頃にはもう、心は随分落ち着いていた。
ストローから口を離し、ふと目を上げた。
すると、そんな俺の様子を見て、まるで見守っているかのようににこやかに笑うセラと目が合った。
「ありがとうセラ」
だから俺は照れくさそうに笑い、お礼を言った。
そうして、俺は思った。
頭を抱えさせてる元凶は、貴女やないかい、と。
既に魔王国軍10万名は28階層に到着している。
これから小休止に入るが、3時間後、再度行動を開始。一気に干支の12階層を攻めるべく展開して、すぐさま本格的な戦いを行う予定になっている。
セラ達は、全軍一塊になっている時を狙う。つまり、今から3時間以内に強襲を行なうのだ。
魔物が一切出てこない事実に安心仕切っている彼等の隙を突き、守護階層外への攻撃という、ダンジョンのルールを冒して。
それも、おそらくは反乱しての強襲だろう。28階層なんて低階層にボス魔物が7体も行ったのなら、力は満足に出すことなど到底できず、ただ負けるだけである。勝つと言っているのだから、反乱はまず間違いない。
なんということだろうか。
ダンジョンとは、遥か昔から存在し、未来永劫まで存在するものだ。世界で最も強い生物でこそないが、世界で最も完全な生物と言える。もちろん、神を除いてだがね。
だからこそ、ダンジョンマスターやその相棒だつネームドモンスターは、誇りを胸に刻み、気高く生きていかなければならない。永遠に続く自らの生に、生きる以外の意味を見出さなければならない。
それゆえに、ルールを何よりも重んじるのだ。
厳格に厳格に、自らを律し、時には殉じるほどに貫くことが、ダンジョンに生きる者にとっては、何よりも大事なことである。
だと言うのに。
「ではそろそろ、殲滅して来ますね」
「ちょっとお待ち、お待ちなさい。ほうら、ジュースをあげよう。君の好きなトマトジュースだよ? 今ならソファーも生成しちゃう、玉座の横にソファーだよ? フカフカだよー?」
もうビリッビリですよ。
破かれすぎて、もうどこにも見当たりませんよ。塵芥ですよ塵芥。
彼女達に言うことを聞かせるために残ってるのは、あとはダンジョンマスターの威厳くらいですよ。
威厳くらいですよ。
セラはソファーに座ると、俺からトマトジュースを受け取った。
色味をマジマジと見たと思ったら、早速口をつけ、ストローの色を、白から赤に染めていく。
「おや、中々」
口を離したセラはそう言うと、ストローを使ってグラスの中を軽くかき混ぜた後、再びストローを赤に染めた。
美味しそうでなによりです。
……戦争ってもっと、緊迫感溢れて、手に汗握るものじゃなかったっけ?
確かに緊迫感溢れてるし、手に汗握ってるけど、これじゃないよ。これは罪悪感と冷や汗だよ。
重厚感というか、生死をかけた戦いの雰囲気が欠片もない。
別にこちらが、戦力的に圧倒的に有利だ、なんてことはないのに。おそらくがっぷり四つで戦うと危ないから、強襲を仕掛けて有利な内に制圧しちゃおう、って作戦なんだろうし。
むしろ、総合的な戦力で見れば、あちらの方が上のはずだ。
しかし、この余裕。
ネームドモンスター達はそれぞれ、ワイワイガヤガヤと食事を楽しみ、ダンジョンマスターすらもジュースを飲んでいる。
……。
……。
戦争って一体なんなんだろう。
こんなに緩くて良いんだろうか。
出撃目前なのに、その中の1人が依然として家出継続中で良いんだろうか。
マキナ君、早く帰って来なさい。
「はあ」
俺はひとつため息をつき、再びジュースを飲んだ。
「――はっ」
しかし驚くべきことにその瞬間、俺は閃いた。
素晴らしいアイデアを閃いた。
おそらく、ジュースの冷たさが、頭をクールに。そしてジュースの甘さが、脳を回転させたのだ。
霧がかっていた俺の頭脳は、急速に本来の調子を取り戻し、今の状況をひっくり返すことができるような、極限のアイデアを思い付いた。
さすがは人間種族のダンジョンマスターよ。こんな土壇場で閃くとは。
これで、今回の彼女達の出撃を、俺は食い止めることができるっ。
そう、先ほどセラは言った。
「そうですね。言いましたね。7人一丸となって強襲を仕掛けます、と」
……先に言わないで欲しかったけど、そう。さっきセラはそう言った。7人一丸となって仕掛けると。
つまり、7人揃っていない現状では、どうするのか。
おそらくこういうことだ。
7人で攻めなければ、戦力的に厳し――。
「6人でも勝てますが?」
――くはないのだろうが、まあ少々苦戦す――。
「しませんが?」
――ることもないのだろうが、そう、ともかくまあなんやかんや7人で仕掛けなければいけない理由があるのだろう。
仲間外れにすると、拗ねるとか、そんな感じの理由が。
だから彼女達は7人一丸となって攻める。
我がダンジョンの参謀であるセラの作戦に抜かりはない。言ったことは全て事実となる。恐ろしい、なんて恐ろしい。しかしだからこそ、7人でというのもまた事実。
マキナが帰って来るまで、出撃はない。
「ですよねっ?」
「そういうことにしておいて差し上げましょう」
「ありがとうございますっ」
つまり、あと3時間、マキナが帰って来なければ良い。
魔王国軍が小休止に入ってから、干支階層への進軍のために展開を始めるまでの時間が、セラの言う強襲の時間。それが始まるまでマキナが帰ってこなければ、強襲は行わない、ということだっ。
「くっくっく、なんと恐ろしい考えよ。まさか最終階層守護者の離脱という逆境を、こんな風にプラスにしてしまうとは。全てを見通す神ですら、思いつかなかったに違いない」
そう俺は人間種族のダンジョンマスター、考えることこそが我が武器なりっ。
「あとは、マキナが帰ってこないことを祈るか……、それか帰ってき辛くするか、だな」
さてどうするか。
俺は再びジュースを飲んで、頭を冷やし考える。
「ちなみにセラ。何もしない場合、マキナが戻ってくるまでの時間は?」
「呼び戻そうと思えば、すぐにでも。呼び戻しましょうか?」
「……。ちょっと待っててもらっても大丈夫ですか?」
「それでは、このジュースを飲み終えるまで」
……猶予は無しっ。
地獄はジュースを飲み終えれば訪れるっ。なんてこったいっ。
「くうう、早く、早く考えるんだ。何かアイデ――あれ? セラセラ、今思ったけど、すぐに呼び戻せるんなら、どうして俺の激励中に迷子のお知らせを挟んだの?」
必要なかったんじゃないだろうか。俺は一旦考えるのをやめ、セラを見て尋ねた。
セラはジュースを飲んでいた。
口を離した際、俺の視線に気づくと、優しく微笑んで、またストローに口を付ける。
ストローは真白から、真紅の赤へ。そして少し経てばまた赤から白へ。白くなったストローの代わりに、セラの頬がほんの少し赤に染まった気がする。口を離したセラは、ほう、と幸福の息をはいた。
ジュース美味しいよね。
なんてこったい。
ま、まあ今は良い。ともかく考えるんだ。
「うーん、あーでもない、こーでもないっ」
俺は必死に必死に頭を捻った。
良い案を出そうと必死に。
ジュースを飲めば、冷たさと控えめな甘さに、頭がスッキリする。だから俺は、頼むぞジュースと祈りながら、何度もジュースに口をつけた。
頭は再回転し思考する。
だが、良案は考えども考えども出てこない。
ジュースの量だけがみるみる内に減っていく。いつの間にか、ズズ、とストローが空気を吸う音と共に、グラスの中は氷だけになっていた。
背筋が凍る。
氷から変化したばかりの水が、冷たかったからではない。
ジュースがなくなり、もうアイデアが出なくなったからでもない。
俺のが無くなった、ということはもちろん、ほんの少しの間を置いて生成されたセラのジュースも、また……。その事実に気付いたからだ。
俺はセラをチラリと見た。
グラスに注がれたトマトジュースは、たくさん入っている氷も含め、もう残り半分を切っていた。
細いストローと女性の小さな口では、一度に大量に飲むことはできない。しかし、氷の体積を考えると、もう残り僅かだった。
最早、幾ばくかの余裕もないという事実が、俺のスッキリしていた頭を塗りつぶす。
それはまるで靄がかかったように、自由な思考を許さない。マイナスなことばかりが頭に浮かんでくる。
「鬱? 鬱の気配が……、鬱仲間が増える……?」
……俺のスッキリしていた頭は思考を停止する。
解決策は、何一つ出てこない。
誰か、誰か助けてくれ。
俺の頭を、もう一度動かしてくれ。
「なるほど。……では飲みますか?」
すると、俺の心の声に、誰かが応えた。いや、誰かではない、声を聞き間違えるわけがない、応えてくれたのは、セラだ。
セラがジュースを差し出してきた。
ただし、それは……。
「え?」
俺はジュースへ向かう視線を少し上げ、セラを見た。
「ですから、飲みますか? と。飲むと、頭の中がスッキリすると仰っていましたので」
セラが差し出して来たのは、さきほどまで自分が飲んでいたジュースだった。
量はもう残り少ないトマトジュース。ストローも入ったまま。ストローは氷を掻き分けながら、グラスの縁を滑るように辿って、俺の方へと向いた。先にはセラの唇と同じ色の口紅が、ほんのりとついていた。
聞き間違いではないですよ、とでも言うようにセラはさらにもう数cm、グラスをこちらに差し出してくる。
そうするセラの表情は、いつも通りのような、なにかおかしいことでもと言いたげのような、しかし何でもない顔を装ってその実、恥ずかしがっている表情だった。
これは、どうすれば良いのか。
……考えなければいけないことがあるはずなのに、一切そちらを考えられない。
頭をスッキリさせるはずのジュースは、ただただ俺を困惑させている。いや、困惑ではないのかもしれない……。
正直、こうなるような予感はあった。彼女達の態度の話。
俺は彼女達を平等に愛している。平等と言うのは、全員を最大限愛しているゆえのもので、結果平等になっているだけのことだが、ともあれマキナと同じだけ他の全員を愛しているのだ。
そうしてそんな中で、マキナとの関係だけが一歩進んだ。
現在マキナは行方不明であるため、一歩進んだ関係性がどんなものなのかは、まだよく分かっていないが、しかし、進んだことは事実だ。
であるから、マキナと同じだけ愛されている彼女達との関係もまた、進む条件を既に得ている。
そして俺達はお互いに愛し合っている。
マキナが俺を愛しているのと同じくらいに、みんなも俺のことを愛してくれている。
だからみんな……。
そう、ここ最近は少しだけ。以前に比べれば少しだけ、俺達は切欠を探していた。
「……飲まないんですか?」
セラは少し悲しそうに目を伏せながら、問いかけてきた。
モテる男は辛いぜとか、そんなことを言うつもりはない。
それは余裕がないからとも言えるが、どちらかと言えば責任の重さや罪悪感からだ。
男と女という関係には、法律だとか倫理だとか、そんなものはいつの時代でもどこの世界でも入る余地はない。
全ては互いの心が決める。
だからこそ、愛は美しいのだ。
俺は迷う。
迷う。
迷うが、はい、か、いいえ、か、それだけはもう、決まっていた。
決まっていないのは覚悟だけ。
俺は覚悟を決め、体を前に倒し、ジュースに口を近づける。
「い、いただきます」
ストローを使って飲んだジュースの味は、よく分からなかった。
ズズ、とストローが空気を吸う音が鳴った。
「空に、なってしまいましたね」
「……うん」
「間接キッスですね」
「……そ、そうですね」
セラは、恥ずかしそうにニコリと笑う。
「覚悟、って何ですか?」
そして、そう続けた。ニコリという笑いは、その続きを早く聞かせて、とでも言いたげな、はにかむような微笑みに変わっている。
「……その、それは……それは。……覚悟って言うのはっ」
俺はゴクリと唾を飲み込み、自分の胸の中に充満する気持ちを、言葉にしようと決断した。
そうして。
「つまり、浮気ですね」
「……え?」
セラは、クズを見るような目で俺を見た。
そうして俺は、セラのトマトジュースが空になった意味に気付く。
「マ、マスター……」
その直後、声が聞こえた。聞き間違いはない。俺は彼女達の声を絶対に聞き間違えたりしない。
その声は、最近聞かなかった、しかし聞きたかった、そして、今は一番聞きたくなかった声。俺が思わず振り向くと、そこにはマキ――。
「浮気者ーっ」
「べらあああーっ」
頬に走ったとてつもない衝撃と共に、吹き飛ぶダンジョンマスター。
玉座から転げ落ち、というよりも射出されたように飛び立ち、玉座の間をバウンドしつつ駆け抜け、人間種族の体の中にはゴムでも詰まっているのかと思うくらい転がり、壁にぶちあたって静止した。
衝撃によって震える体を必死に上げると、そこには行方不明になっていたマキナがいた。
「信じてたのに……、こんなに早く浮気されるだなんて、最低だっ。最低だぜマスターっ。ううぅ」
帰ってきたマキナ。しかし、様子がおかしい。
「可哀相に、マキナ。たった1週間で浮気されるだなんて。ご主人様、最低ですよ」
「裏切り者っ」
ち、違うんだマキナ。だ、だってあのまま差し出されたら……。
悪いのは本当に俺だけかい?
「……気持ちが入ってない浮気なら、男が100%悪い。ぶん殴る。覚悟を決めたとか言って気持ちが入ってる浮気なら、相手の女が1000%悪い。殺す」
な、なら今回はセラが悪いのでは……。
「けど、どっちの女も手に入れようってハーレム狙いなら、10000%男が悪い。ぶん殴る」
な、殴られる……。
「納得するまでぶん殴る」
な、納得するまで殴られる……。
「ちなみに納得はしねえ」
な、永い時に渡って殴られる……。なんてこったい……。
「うううー、ひでえ、ひでえよ。アタシの乙女心がズタズタにされたー。もうこの世にいる奴の中で、マスターが一番憎いいい」
マキナは拳を強く握り締める。
「ち、違うんだ。違うんだマキナっ。確かにセラのことは愛しているし、確かに覚悟もした。で、でもちょっと待ってくれ、落ち着いてくれ、違うんだっ」
「え? 違うのですか? そんな、私の間接キスが……、ご主人様がこんなに想ってくれるなら、そう思って差し出したのに」
「セラっ大丈夫か? てめえ、このクソ野郎がっ」
修羅場、修羅場だ。
いや、この修羅場は正しいのか? 1対2だぜ?
「……検事のオルテ。登場」
すると検事が現れた。
「け、検事さん。検事さん、助けて下さい」
「……判決。死刑」
そしてまさかの死刑を宣告された。
「弁護人のローズです。死刑」
弁護人までもが現れたが、弁護人もまさかの死刑宣告。
「死刑じゃな」
死刑にするならせめて名を名乗れっ。
「ニルに食べられる刑」
死刑より残酷っ。刑が重くなってしまっている。いやいつも通りか、いつも食われてる。
え、いつも死刑より酷いことをされてるんですかっ?
「仕方ない、ワタシくらいは味方してやろう。一等減じて、死刑」
そうして結局死刑に落ち着く俺の罪状。
1対7だ。
いつも通りだ。
床の冷たさを味わう俺を、さらに凍えさせるような目で見下す7人。
ごめんなさいという言葉しか出てきません。
僕が二股野郎ですっ。
ううう、どうしてこんなことに……。
俺の好感度が地に落ち、そして彼女達の強襲を止める案も考えつかなかった。これからは地獄を見るのだろう、俺も、そして侵入者も。
「どうしてえ……どうしてえ……」
「寝取られたあ、これが寝取られかあ」
「寝取ってはいませんね。そもそもマキナも正式なものではないのでは? 言葉にしていませんし」
「え、だ、でも、言葉って、そそそそそそんなアタシは……恥ずかしい……。つ、つーか浮気されてっからな、アタシ達の関係はもう終わりだよっ」
「始まる前から終わりですか。関係を進める手伝いをと思ってしましたが、失敗でしたね」
「どうしてえ……どうしてえ……」
「ふん、他の女に手を出すクソ野郎は願い下げだぜっ」
「はあ。そう言えば家デートが一番好きなのに、お姫様扱いを好む難儀な性格でしたね。せっかくこんな、間接キスでドギマギするなんて、私の趣味ではない幼稚なやり取りをしたというのに」
「お姫――、別にいーだろーがよっ。って、趣味じゃねーって言う割には、さっきからずっと顔扇いでるけど。あちーのか?」
「……。扇いでませんが? 見間違えでは?」
「どうしてえ……どうしてえ……」
「ごまかし下手だなー。つかセラの趣味ってどんなだっけ? 好みか」
「それはもう決まっています。夜景が見える場所で大人の会話を楽しみながら食事をして、別れの際も一切の色事を感じさせず、しかし、後ろを向いて歩き出すと腕を掴まれ、そのまま引き寄せられ、離れようとすると、壁ドン。先ほどまでの理知的な目とはうって変わった男と少年が入り混じったような目で見つめられ、そのまま顎クイをされて……」
「……マスターじゃ無理だろ」
「力不足ですね。全く。はあ」
「どうしてえ……どうしてえ……」
「さっきからどうしてどうしてうるせえな」
「本当に」
「引っ叩くか。おらああ正気に戻れええっ」
「ぐはあああ」
襲ってきた衝撃に、再度俺は吹き飛んだ。
風を切り裂き音よりも速く。あたかも自らが壁を突き破る使命を帯びているかのように、俺は壁に激突した。
しかし同時に、なんだか雑念も全て吹き飛んだような気がした。
靄がかかっていた意識がすっかり晴れる。そうして思った、もしや彼女達が28階層へ強襲をかけるだなんて、俺の悪い夢だったのではないか、と。
白昼夢のようなもので、つまりはもしかすると、俺が二股をかけようとして好感度を地に落したのも、あるいは夢だったのではないだろうか。
「ご主人様落ち着いて下さい。二股をかけようとする最低最悪のご主人様、落ち着いて下さい」
しかしそんなことはなかった。
ありがとうセラっ、君はいつだって俺に色々なことを教えてくれる。そう今、地獄にいるということをねえっ。
「アタシ達の関係はもう終わりだぜ。このクソ浮気野郎。帰ってきたらもう1回ぶん殴るからな、んじゃあアタシら行ってくるから」
「元々マキナが戻ってきたら、という約束でしたからね。行って参ります。そうそう、先日使いました磔の台はご自分でセットしておいて下さい。では」
そうして、彼女達は旅立つ。
「……飴、100。クソが。じゃあな」
俺をさらなる地獄へと突き落とすために。
「我々の奮闘。是非ご覧下さい。では行って参ります主様っ。戦争が終わり次第、性根を入れ替えるため、特訓を致しますよ」
「ま、男心もほどほどにの。わっちは寛容じゃが、こういうのは男の器量も問われるからの」
「お弁当ー、お弁当ー。……、……、……」
そして、侵入者を、本当の地獄に突き落とすために。
見るな、俺を見るんじゃないっ。
「ま、こっちの世界はほとんどの国が一夫多妻多夫一妻OKだし、この近場なら全部だ。何股でも法律的には問題ないぞ。法律的には、な」
「か、感情的には?」
「女はいつだって、そんな男のことをクソ野郎だと思ってる。我慢するか哀れと思って許すか、まあでも、甲斐性のない男ならそれもありえないけどな。まあ、ワタシは許してやるさ、神だからな。お布施があれば何でも許すぞ。じゃあ、行ってくる。あ、弁当くれ」
彼女達はそうして、ニコニコと談笑しながら、玉座の間から出て行った。
見送ることしかできない俺を置いて。
「ううう、ううう」
俺は床の冷たさを感じたまま、涙を流す。
「ううう、ううう」
その涙が流れるは、悲しさゆえか、苦しさゆえか、それとも悔しさゆえか。
「どうしてーっ」
自らの流した涙の理由を知らぬまま、ダンジョンマスターは今日も叫ぶ。
ああ、今日も今日とて、明日が――。
「クソ野郎様。お気を確かにお持ち下さい」
「お気を確かに持ちましたか。クソ野郎様」
――見えな……、毒が酷いな。
クソ野郎様て。
「どうぞお立ち下さい」
「衣服を整えました」
絶好のボケのタイミングでやって来たのは、チヒロとツバキ。
2人は倒れ伏した俺の腕を取ると、立ち上がるのを手伝ってくれ、洋服を叩いたり梳かしたりして埃やシワを取り除いてくれた。優しい、が、クソ野郎様は酷い。
「ありがとうチヒロツバキ。でも良いんだよ? 今から渾身のボケをするつもりだったし、あの子達が戦いに入る前に、少しでも気を紛らわせないと」
「クソ野郎様。ボケるのはまだ早いですよ。これからダンジョンバトルが行われる予定ですので」
「これからダンジョンバトルが行われる予定でしたから、ボケるのはまだ早いですよ。クソ野郎様」
「ん? ダンジョンバトルがどーしたって?」
『ダンジョンバトルが申し込まれました』
「え?」
『ダンジョンバトルが開催されました』
「マジで?」
『ダンジョンバトルが申し込まれました』
「あれ、さっき聞いたよ?」
『ダンジョンバトルが開催されました』
「聞いたって」
なり続ける音声。
……嫌な記憶が蘇る。
『ダンジョンバトルが申し込まれました』
その記憶の通り、全く止まる気配がない。
「チヒロさん、ツバキさん。これってどういうことでしょうか」
『ダンジョンバトルが開催されました』
「バグ、ですよねえ?」
「いいえ。複数のダンジョンから同時にダンジョンバトルを申し込まれています」
『ダンジョンバトルが申し込まれました』
「ええっとつまり?」
『ダンジョンバトルが開催されました』
「はい。わたし達はダンジョンと戦うため、魔王国とは戦えない、ということでした」
「……」
『ダンジョンバトルが申し込まれました』
「挑んでくるダンジョンは全部で8つです。どのダンジョンも100階層相当で、強いですよ」
「強いの? だ、大丈夫なの?」
「戦う予定の魔物は決まっていましたので、練習もたくさんしました。ミロク達は上級竜と戦っていましたね」
ああ、なるほど。魔物と戦っていたのはそういう理由で。そうかー。
凄く前もって決まってたのねえ。
「さあて、皆さん。最終決戦が始まります。準備はよろしいですか?」
「さあて、準備はよろしいですか? 最終決戦が始まりました。皆さん」
「ええ……あ、うん、おお、みんな頑張ってくれ。反乱せずにな」
『ダンジョンバトルが開催されました』
「鬱になる価値もない最低の存在、わらわは腹ごしらえにぜんざいが欲しいです」
「わたくしは羊羹が良いですわ。虚飾する意味もない最低の存在」
「ダンジョンマスター様。わたしはギネスケーキでお願いします。ああ、それと、わたしが怒ると怖いというのは、ダンジョンマスター様、いえ、不埒様はご存知でしたか?」
「不潔」
「汚物」
「卑猥」
「変態。杏仁豆腐」
……。
『ダンジョンバトルが申し込まれました』
「最低」
「最低です」
「最低ね。アイスクリーム」
「クズね」
「クズだな」
「クズやな。団子」
「下種だね」
「下種ぅ」
「下種ですよ。クレープ」
「下劣よ」
「下劣だ」
「ドMですね。おまんじゅう」
『ダンジョンバトルが開催されました』
「……ドMでは、ないかなって思います……。あ、おかわりはいつでも言って下さいね?」
お読み頂きありがとうございます。
どうしても気に食わず何度も何度も直したため、こんなに時間がかかってしまいました。すみません。
その甲斐あってか、納得のいく話になりました。面白いと思って下さるかどうか分かりませんが、頑張りました。
これからも頑張ります。
また、方向性を見誤らないように、変なことやってるなあ、面白くないなあ、と思ったら、お手数ですが仰って下さい。放っておくとすぐに変な方向へ行ってしまいます。自分ではまだ気付けません。すみません。
どうぞ今後ともよろしくおねがいします。




