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第95話 戦争はすること自体がそもそも悪だから。

ダンジョンマスター心得その12

未来永劫を生きるために、倫理を大切にしましょう。

 王国帝国がダンジョンから完全に撤退し、1週間ばかしが過ぎた。

 それぞれの国は今も慌しく動いているが、再戦の動きは見せていない。こちらからの降伏勧告にも素直に応じるつもりらしく、俺達の勝利は揺るぎないだろう。


 しかし、俺達にはまだ戦わなければならない敵が残っていた。それは、魔王国。


 ダンジョン全域を表示するマップの端には、侵入者を示す赤い点がいくつもいくつも点いている。

 その数、およそ10万。

 数時間前から、ぽつりぽつりと付き始めたそれは、今や、まるで巨大な一塊になって、我がダンジョンへ襲いかかってきていた。


 王国、帝国、魔王国は、この大陸において強国と評される国々だ。

 しかしその中でも魔王国は、トップを走る強国であった。数年前まで王座に座っていた当時の王の下、本気で世界征服に乗り出したのだから、そこからも推し量れる。

 その目論見は、異世界から召喚された勇者によって、王ごと斬り伏せられ頓挫したが、勇者がいなければ本当に実現できたかもしれない。


 ダンジョンに侵入してきた10万名の軍勢は、平均Lvこそ100を少し越える程度だが、強力な部隊の精鋭達は揃いも揃ってLv200以上であり、最高Lvはなんと270を越えていた。

 勇者英雄も、まるでバーゲンセールかなにかのように、うなるほどいる。


 その者達は逆境や苦境を跳ね返し、運命を捻じ曲げる存在であるから、数を揃えれば強いわけではない。同じ強さの勇者を1対10で戦わせても、1名の方が勝つ場合とてあるだろう。

 しかし、驚異的なことに変わりはない。非常に恐ろしいと言わざるを得ない。例え勝ち続けたとしても、1人で戦況を捻じ曲げられる存在がいつまでも残っているということなのだから。


 魔王国は、ダンジョンから見れば、南西方向に位置する。最寄の都市までの距離は、90kmから100kmと言ったところ。

 かつてダンジョンとその都市の間には、魔境と呼ばれた自然と魔物が猛威を振るう世界が、分厚い強固な壁となって存在していた。そのため俺は、彼等の強さを知ってはいたが、戦うことになるとは夢にも思っていなかった。

 いくら戦力が多かろうが、戦うことがないのなら、どうでも良い。そんなことを思っていたのだ。


 だが今、実際に彼等は俺の足元までやってきている。

 いつのまにか魔境は、面影すらも見せないほどに消失していた。

 何か恐ろしい怪物が暴れたような、そんな有様だけを残して、今は自然も魔物もいない、ただただ歩きやすい焼け野原になっているのだ。


 ゆえに魔王国の牙はダンジョンまで届き得る。

 それも誰1人の欠けもなく疲れもなく、あらぶる体と猛る心を万端に、研ぎ澄まされた牙がだ。


 一体どうして魔境がなくなってしまったのか、俺には皆目見当もつかない。

 怒らないから正直に名乗り出なさい、と言ってみても、全員心当たりがないと言うので、俺には皆目見当がつかない。そもそもよく考えてみれば、疑われるだけで涙を流すほど悲しむ心優しい彼女達が、そんなことをするはずはなかった。きっと自然の栄枯盛衰の仕業だろう。

 この状況は自然が、いや運命が作りだしたもの。俺も所詮はダンジョンマスター。殺し殺されを生業とする者。戦いの螺旋からは逃れられないようだ。


 随分と凶悪な運命の女神様に導かれ、この状況は出来上がった。

 マップに点灯する赤は、徐々に徐々に、ダンジョン中央へと進軍していた。


 10万名の軍勢。口にするだけでも恐ろしい事実である。

 思わず目の前が暗くなる。

 しかし、俺はこのダンジョンのダンジョンマスター。すなわち王である。

 魔王国が王1人の号令によって世界征服に乗り出したように、国家とは、王の心1つで決まるもの。だからこそ王はどんな時も王でなくてはいけない。目の前が暗くなってしまうような不安を感じても、俺だけは俯くわけにはいかない。


「みなの者。よく聞いてくれ。ダンジョンは現在、未曾有の危機にさらされてる。見よ、南西の地を。地を覆い隠す彼の軍勢をっ。彼等は歩く足だけで草の根すらも枯らし、振るう手だけで地形すらも変え、怨嗟の目だけでありとあらゆる生物を射殺すだろう」


 俺は玉座から立ち上がり、玉座の間に集合した配下であるネームドモンスター達に呼びかけた。


「10万名の軍隊とは、そういうものだ。しかし、案ずることはない」

 広く高い玉座の間。だが俺の声は響き渡る。王の言葉とはいつの世もそうだ。

 そして玉座の間に響く以上に、みなの心に俺の声は響き渡る。王の言葉とはいつの世も、そういうものだっ。


「なぜなら、このダンジョンには、そう、俺――」

「ご主人様、少しよろしいですか?」

「がい……、ん? はい」

「私からも皆に伝えたいことがありまして」

「え、今? 凄く良い事言おうとしてたんだけど……、まあ、どうぞ」


「ありがとうございます。では……、迷子のお知らせです。上級風竜、マキナちゃん、18歳が、家出宣言をしてから行方不明になっています。服装はタンクトップかTシャツ、いずれも白色のものを好み、それからローライズのパンツを履いています。靴はローファーやブーツなどが多いようです。冷蔵庫から食料が度々なくなりますので、無事であることは分かっていますが、見かけましたら、私の方へ連絡して頂くか、各々で捕獲をよろしくお願いします。以上迷子のお知らせでした」


「……」

「お時間いただきありがとうございました。それではご主人様、続きをどうぞ」


「……。えー、みなの者。えー、案ずることはない。なぜなら、このダンジョンには、えー。俺がいるからだ。俺がみんなを……、うん……、いやもう言えないわ。そんなテンションになれないもの」


 戦争が始まった。


「毎回毎回戦争の始まりがしょーもないな」

「そういう運命なのかもしれませんね」

「なんて呪われた運命……いや、運命というか、人にやられてますけどね。天命ではないね」

「自分以外の者の手で作られた結果を、運命と呼ぶのでしょう」


 ……なるほど。


 玉座の横にはセラが立っている。いつもの定位置。

 そして他の面々も、いつも通りにわちゃわちゃと宴会場で楽しんでいる。さっきからずっとこんな感じだった。静まったのは、セラが喋ったときだけ。


 けれど、そんな楽しげにわいわいやっている宴会場に、マキ――、玉座の間に、マキナがいない。マキナだけがいない。

 ダンジョンモンスターの中で、最も早く生成されたマキナは、こういった集まりに常にいた。少人数で話しているときなどは別にして、全員の集まりにいなかったことはない。だからか玉座の間に広がる今の光景は、思ったよりも違和感が大きく、そして寂しさを増す光景であった。

 一体どこへ行ったのやら。


 こんな大事な戦いの前に、家出はやめるんだ。帰って来てくれマキナ。

 みんな、からかって申し訳なかったと反省しているから、帰っておいで。大丈夫さ。それに、マスターは嬉しかったよ。とても幸せな気持ちになったさ。これからのことも話していこう。戦いの前だからとか、そんなことじゃなくて、会いたいんだ、帰っておいでっ。


「……」


 耳を澄ませてみるが、応答はなかった。

 ここ1週間、ずっとこの調子で音信不通だ。

 俺が眠っている時に、何度かマキナが部屋へ入ってきたような記憶があるんだけどなあ。寝ぼけた頭だったから、夢か現実か分からない……、あれは気のせいだったのか?

『気のせいだぞ』

 どうやら気のせいだったらしい。マキナ、一体どこへ行ったんだ。


 マップを見ても、青い点はこの宴会場にしかなく、残るは赤点のみ。

 赤点……。赤点多いなあ……。

 点というかもう、赤、赤だ。凄く赤だ。

 10万の軍勢とは、かくも凄いものか。

 現在彼等は、ダンジョン15階層辺りまで侵入している。魔物や罠が一切存在しないことにたじろぎながらも、順調に歩を進めている。


 10万の内訳だが……。

 確認するのも恐ろしくなる。

 Lv200の数、勇者の数、英雄の数、転生者、転移者の数。

 王国帝国の倍ほどもいるわけではないが、間違いなく多く、質についても同格以上。それだけの手勢が揃ったなら、世界征服を狙ってみたくもなる、その戦力はそう思えるほどだった。


 数年前、ユキに前王や側近数名が倒されているとは思えない。

 去年、セラに使者としてやってきた英雄の転移者が倒されているとは思えない。そんな充実した戦力である。


「セラよ。戦争の予定はどうなっているのかね」

「……」

「セラさん、戦争ってどういう形で進めるんですか? 教えていただきたいんですけど」

「かしこまりましたご主人様」


 そして、王に対する態度とは思えない。

 ご主人様と呼ぶ者に対する態度とは思えない。そんな俺の扱いである。

 だからと言うわけじゃないが、これまでのことは水に流して頂きたい。


「此度の戦争の予定といたしましては……」

 セラはいつも通りに予定を詳しく説明してくれた。それはとても分かりやすい説明だった。とは言え、そんな分かりやすい説明でなくとも、十分理解できるような簡単な話でもあった。

 まとめれば10秒で終わる。


 魔王国軍は干支階層手前、すなわち28階層で一旦小休止を取り、そこから干支階層全域に軍を広げる。そのため、そうやって広がられる前の小休止中に7人で強襲を行なう、とのこと。

 7人とはもちろん、マキナ、セラ、オルテ、ローズ、キキョウ、ニル、ユキ。


 大規模攻撃をぶちかまして、ある程度数を減らしてから、7人一丸となり、戦力と言える存在を端からガンガン削っていくらしい。


「10万名の軍勢と言えども、実際に戦うのは戦いが巻き起こっている周辺にいる者のみ。この場合に数はあまり意味をなしませんね」

 なるほど。


「生存者は最終的に、おおよそ6万名を予定しています。魔王国は合衆国ですので、削りすぎるとそれぞれで戦争を始めてしまいますから。そう言った理由で、Lv200や勇者英雄も倒しすぎるわけにはいきません。倒された国のみが著しい弱体化をするため、そちらもまた引き金となります。こちらの用紙に、残す者をリストアップしておきましたので、どうぞご確認下さい」

 セラから紙を渡された。

 俺はそこに書いてある名前を、マップを使って照らし合わせ、把握していく。どうやら、倒さない組はそれなりに場所が固まっているようなので、そこに攻撃しないということだろうか。


「部隊の配置を変えるのには、苦労しましたね」

「……お疲れ様です」

「ええ、全く」


 ……。

 ……。

 ……未曾有の危機にさらされているのはダンジョンじゃなかった。逃げろ、逃げるんだ魔王国。


「逃げればもちろん追いますが」

 逃げるんじゃない魔王国。戦え、最後の一兵までっ。


 魔王国の軍勢はそんなことを知ってか知らずか、休むこともないまま28階層へ迫っている。

 鍛えられし精鋭だからか、10万名もいるとは思えないほどのスピードだ。戦いが始まるまで、もう幾ばくの余裕もない。


 どうやら俺の目の前が暗くなった理由は、10万名の軍勢が迫っていることではなく、彼女達の出撃の時間が迫っているからだった。


 なんてこったい。


 いや、しかしちょっと待て。

 この特にいかれたメンバーの7人が28階層に強襲を仕掛け、そのまま殲滅し追撃していくということは、残る非常にいかれたメンバーの21人は、今回何もしない、ということか?


「……」

 俺は少し考える。


 そして思い至る。これは、チャンスだ、と。

 上手くすれば、階層外への強襲なんぞさせることなく、自らの階層で戦わせられるかもしれない。


 確かに、2期組21人は、勇者や英雄達への対策を、王国帝国相手にしかやっていなかった。魔王国とは、元々戦わない予定だったのだろう。

 しかしきっとそれは初期組の7人が、お前達は王国帝国相手に戦うんだからいいだろう、と、権力を傘にきて意見を押し通したのだ。間違いない。

 直近のダンジョン最強決定戦において、4大会連続、3位はおろか入賞すらできていない2期組の意見を握り潰すことなど、おそらくは容易いことである。そうして今回、彼女達7人は、29階層からの2期組の出番を待つことなく、28階層に強襲を仕掛けることにしたのだ。


 だがそれは、2期組にとって、不本意なことだったろう。

 我がダンジョンのネームドモンスター達の、強い相手と戦いたい欲求は、もの凄く強い。なんて言ったって、遠征しては戦いを挑み、なんならダンジョンに引き入れて挑み、時には俺に生成を頼んだ魔物を追放し戦うくらいだ。なんて酷いことを……。

 ともかく、それだけダンジョンマスターを困らせるほどの戦いたい欲求を、特にいかれたメンバーである7人も、非常にいかれたメンバーである21人も持っている。誰もが魔王国の精鋭相手にも戦いたいに違いない。その機会が奪われることが、不本意でなくてなんと言う。


 可哀相に。出番を取られて。

 だからここでダンジョンマスターの出番である。


 俺がここで一発、ガツンと言ってやろう。

 それはいかがなものだろうか、とハッキリ伝え、2期組の面々にも出番を与えようじゃないか。

 29階層から40階層。そして49階層50階層。あと60階層70階層。そこを侵入者が攻略するまで待つように説得するのだ。


 10万名という数。そしてあれほどの戦力。

 彼等の内ほとんどが、100階層以上の高階層を、戦いの主戦場に選ぶ面々である。29階層から70階層など、容易く突破してくるだろう。

 王国帝国との戦争の際は、なぜだか50階層以下の低階層でも、500人1000人規模の部隊が敗北したり、勇者や英雄なんて規格外の存在までもが敗北していったが、今度こそ大丈夫。

 50階層から70階層の庭園と水晶迷宮で、1万を越える軍勢が、なぜだか1人を残し全滅したが、今度こそ大丈夫。


「良し」

 俺は自分の意見に穴がないことを確認し、頷いた。


 あとは、彼女達を説得するだけ。

 なあに心配はいらない。俺は人間種族のダ――。


「では全員で強襲しますか」

 説得失敗っ。なお悪くなった。


「冗談ですよ」

 いや、違う、冗談だったらしい。セラはお茶目に笑う。

 可愛いところが出ちゃったね、全く。


「さてそれじゃあ改めて説得だ。セラよ、此度の――」

「とは言え、2期組の面々が魔王国の相手をすることは不可能です。私達の意思とは関係なく」

「え? どうして?」

「彼女達には、別に戦う相手がいますので」


 ん?

「魔王国以外に、誰か攻めてくるってこと?」


「はい。おそらくそろそろ来るかと」

「そろそろ?」

 嘘だろ? 魔王国相手でもいっぱいいっぱい……、なのかどうかは知らないが、ダンジョン開闢以来の最大の敵だというのに。


「そろそろはそろそろです」

 情報が増えていない。新手が……、いや新手は来ないだろう。さすがに。

 既にダンジョンには隣接している全ての国、王国帝国魔王国と戦っている。周辺全てから敵対されているという、言っていてとても悲しくなる現状だが、だからこそ、これ以上どこからも攻められないはずだ。


 一体、そろそろ何が来るんだろうか。

 そろそろってなんだろう。


「そろそろと言えば、私達の出撃の時間もそろそろですね」

 そろそろってなんだろう。

 そろそろってなんだろう。


 そろそろそろそろと言い続けていると、なんだかよく分からなくなってくる。どうしてまもなくという意味合いで、そろそろという言葉になったのだろう。

 そろってなんだ。そろが2回続いたからなんだ。そろそろって何? そろそろってなあに?

 こうやってずっとそろそろって言ってると、そろそろの意味合いどころか、そろそろって言葉自体が分からなくなってきたよ。そってどうやって発音するの? 口の形は? ろってどこがどうなってろになったの? そろそろって一体なあに?

 僕は何にも分からない。


「ご主人様。今言いましたそろそろとは、愚かにもダンジョンヘ侵入してきた魔王国の兵士が、我々に粉砕されるまでの時間のことですよ」

 そんな僕へ、セラはいつも通り優しく分かりやすく教えてくれた。


 セラは本当に優しいなあ。

 僕になんでも教えてくれる。

 いつもいつも、優しく、貴方は今、地獄にいます、と教えてくれる。


「恐縮です」

「……」


「ただ、本当に地獄に行くのは、侵入者ですけどね」

「……」


 俺は悪逆非道のダンジョンマスター。

 今日も今日とて、この手を悪に染めていく。

お読み頂きありがとうございます。

しばらくぶりの投稿となりましたが、読んで頂けて幸いです。


第7章に突入致しました。

これからもまた頑張ります。


同時に投稿している、

『世の中は才能じゃない。努力でもない。そう、課金です。異世界で目指すは庭付き一戸建て』

という作品が、丁度1章終了致しましたので、お暇があれば読んでみて下さい。


これからも頑張ります。

ありがとうございました。

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