第94話 日々は常に日常。
ダンジョンマスター心得その11
敵を味方を、自分を愛しましょう。
エプロンを装備し、命じられるがままに食事を取りにいき、マッサージをし、デュエットをし、奉仕し続けること4,5時間。
宴もたけなわ。そんな言葉が似合うような雰囲気になってようやく俺は、自らの席、玉座へと戻ってくることができた。
いつも通りの場所は、やっぱり落ち着く。
「今度裏切ってみろ、明日どころか今日すら見えないようにしてやるからな」
「はい。すみません」
しかしいつも通り、玉座の肘掛けにはマキナが座り、俺の頭はマキナの肘掛けに。
「ビール」
「はい」
俺はマキナの要求に即座に反応し、ビールを生成。頭の上に掲げ、献上する。
これぞ阿吽の呼吸。
彼女達の最もよく知る創造主だからこそ、成せる技だ。
はたしてこれが、創造主のすることなのかどうかは別にして。
一体全体、いつからどうしてこんなことになったんだろう。最初はもっと威厳があったのに。ビシっと指示を出して、有無を言わさぬ迫力の下、統制していたのに。あの時は良かったなあ、俺はそんなことを思うために、威厳があった当時のことを思いだそうとした。しかし不思議なことに、記憶を失わないダンジョンマスターにも関わらず、思いだすことはついぞできなかった。
理由は分からない。永遠に謎のままである。
まあ、ともあれ、この状況は置いておいて、ひとまず一件落着だ。
王国帝国との戦争に勝利した。……過剰な勝利にも思えるが、ともかくは勝利だ。
現在彼等は敗走中。その情報は、国中に既にばら撒かれた。……お国のお偉いさんは、別の情報を流そうとしていたそうだが、時既に遅し。我々に情報戦で勝てると思うなっ。ごめんなさいっ。
討ち取られた兵士の多くは、まごうことなき精鋭。勇者英雄、転生者転移者、Lv200。王国帝国の国力は激減し、こちらはPを大量に獲得できた。……得たPの全ては、裏切りの代償に失ったが。
こちらの犠牲者は、0。……本当は、大量のダンジョンモンスターがやられているが、その子達を数に入れてはいけない。怒られる。
本当に一件落着なのか。そんな疑問を持ってしまいたくなる結果がここにある。
しかし、一件落着かどうかは、俺の心次第なので、そう、とにもかくにも、一件落着である。
いやあ良かった良かった。丸く収まったよ。
「たくよー」
マキナはそんなことを言いながらお酒を飲む。
まだちょっと不機嫌だが、こちらも一件落着ではある。
女性は昔のことをよく覚えていると言うし、それが記憶を失わないダンジョンモンスターならなおのことで、100年200年、1000年2000年、ダンジョンが続く間はずっと言われるかもしれないが、一件落着と思えば一件落着だ。
しかし、しかしだ。
言い訳をさせてもらうなら――。
「言い訳すんな」
「はい」
……。
……こう、愛ゆえの思いがあってね、やったことで、悪意は一切なかった。愛ゆえだよ、伝わっているだろう、この俺の、大きな愛はっ。
「うるせえ」
「はい」
喋ってないのにね。
マキナはそう言うと、空いたビール缶を俺の前にブラブラさせた。
「はい」
俺はそれを回収し、新たな缶を代わりに持たせると、スイーっと、ビールと手は視界の上の方に消えていく。そして、ぷはーっ、と、そんな満足気な声が頭の上で聞こえた。
これが、自らを愛している者への態度だろうか。
愛には正しい姿なんてないから、正解は分からない。愛の数だけ形があるのだろうし、正解なんてないのかもしれない。けれどもきっと、不正解はある。これは、その不正解に当てはまるのではないだろうか。
なんて悲しい。
しかしだとすると……、俺の愛はあまり伝わっていないのか?
俺は、ふと、そんなことを思った。
「なあマキナ」
「なんだよ」
「愛してる」
「気持ちわりい」
伝わっている気がしない。
いや、伝わっていないはずはないのだ。俺の思考回路の99%は彼女達に自動的に伝わる。心を読めると言いかえられるほど正確に。
なんなら100%伝わっているが、俺のプライベートを尊重して1%は読んでいないだけ。
なんてこったいと思わざるを得ない事実だが、しかし、逆に言うと、この愛は確実に伝わっている、ということだ。
しかし。
「マキナ、愛――」
「うるせえ」
伝わっている気がしない。
……もしかすると、その愛の部分というのは、彼女達が意図的に読まない1%の部分だったりするのだろうか?
確かに、誰々を好きだとか、そんな話は、プライベート中のプライベートである。尊重して読まないようにしている1%の中に入っていて不思議はない、それどころか、入っていて当然の項目のように思える。
彼女達が額面通りにプライベートを尊重しているとは、まさか夢にも思わなかったために、その可能性は打ち消していたが、もしかすると……。
だとすれば、愛は伝わっていないことになる。
なんてこったい。
俺は、俺はまるで、愛していると一切言わない、古いタイプの亭主関白を気取った男だったのか。俺は少なからずショックを受けた。
この生活が亭主関白な生活かは置いといて、そんなことを俺はしていたのか。愛していると伝えたつもりでいて、実際には何も伝えていない。伝わっているだろうと、男の勝手な、都合の良い妄想ばかりを繰り返して、彼女達という花を大事にしなかった。
愛の伝え方が1000通りあるとするならば、男は1000通りの愛を伝えなければいけないというのに。
「そう、だから、言わなければいけない。ダンジョンマスターとして、伝えなければいけないっ」
俺は立ち上がる。
厳密には、立ち上がろうとする。
「いいって。座ってろ」
マキナに頭を抑えられているので、椅子から腰は1mm足りとも浮かないが、気持ち的には立ち上がっている。
「いや、伝えるのだ」
「いやだ」
立てない。満身の力を込めたところで、何一つ動かない。
「俺は、俺は愛を伝えるのだっ。伝えなければならない」
「めんどくせー」
「もし心が読まれて愛が伝わっているのなら、それで良いんだ。だから聞こう、伝わっているかい、俺の愛が。溢れんばかりの愛が」
「……。恥ずかしいやつだな」
「ふっ、つまりは伝わっていないということだ。ならば伝えなければいけない。まずはマキナ、貴様だっ」
俺は立ち上がる。
厳密には立ち上がれていないが、気持ち的には。
「……じゃあ、聞いてやるからさっさと言えよ」
「でもさっき言ったら気持ち悪いって言われたしな、行動に移そうかな。ハグでも」
「嫌がらせはやめろっ」
「まあまあ」
俺は立ち上がれないので、上にいるマキナに向かって手を伸ばしてみる。この体勢のままハグしてやろうか、と。
するとマキナは、するりとその手を避け、玉座からも退いた。逃走する気マンマンである。
しかし逃がしはしない。
俺は抑えるものがなくなった玉座から、すぐさま立ち上がると、マキナの方を向く。
そしてにじり、にじり、と、そんな表現が似合うくらいのスピードで、両手を広げてマキナに迫っていった。
「さあ、おいで」
「いいって。来んなって」
マキナは俺が一歩踏み出すごとに一歩下がり、同じ距離を保ちながら悪態をついてくる。
「ほら、おいでおいで」
「来んなよー。あーもー」
ジリジリ。ジリジリ。ジリジリ。
玉座の周りを、まるで波打ち際のカップルのように……は遅いため見えないが、追いかけっこをするダンジョンマスターとダンジョンモンスター。
多分、俺達は、変な関係性だ。
俺は彼女達を愛している。これは本当。ダンジョンマスターとして、そういう感情を持つのは当然だし、これだけ一緒の時間を過ごせば、そう思うようになるのも当然だろう。
彼女達も俺を愛してくれている。これは、まあ、言い切るには恥ずかしいし、もし違ったらとても恥ずかしいが、疑うと傷つけてしまうことになるくらいには本当。だからこそ彼女達は、どこにでも行けて、なんにでもなれるのに、俺とずっと一緒にいてくれる。
俺達は、そのことを共に理解して、共に日々を過ごし続けている。
しかし表面的には、俺の一方通行の愛に見え、彼女達は俺を粗雑に扱い、罠にはめ陥れて喜んでいるように見える。
それは、他のダンジョンのダンジョンマスターとネームドモンスターの関係とは、随分違うものだろう。普通は、もっと厳粛なものだ。
ではダンジョン外の者達の関係と同じかと言うと、それはも違う。
俺達の関係性は、似た様な関係がどこにもない、やっぱり変な関係だ。しかし、とても心地良い。
愛がなければイジメにしか思えない、毎日のあれこれも、愛があると思えば笑って……、笑って……、笑って……。笑えるかっ。
だから、俺は両手を広げ、抱きしめてやるとマキナを追う。
別に本当にハグをしてやろうと思っているわけじゃない。
たまには攻めて困らせてやろうというか、イタズラ心というか、日々の鬱憤の軽い意趣返しというか、気持ち悪いと言われた復讐というか、そんなもの。
たまにはダンジョンマスターもその力を見せつけ、彼女達に己の立場を知らしめてやらなければならないっ。
ふははははは、逃げろ、逃げまどえっ。俺の力を思い知るがいいっ。
「気持ち悪いんだよ、やめろっ、くせえっ、帰れっ、きめえっ、死ねっ」
それまで持ってくれよっ、俺の心っ。
ただ、この行為には問題がある。
実際問題として、ハグはできない、という点だ。
例えば、立ち止まられると、俺はへっへっへーっと言って近づくが、しかしきっと直前で停止する。ギリギリまで接近はするだろうが、そこで停止する。
一応は男と女だ。ハグは難易度の高い肉体接触であるし、ちょっと腰が引ける。本当にするのは悪いと。
今はまだ、マキナも逃げているので露見していないが、もし露見すれば、ダンジョンマスターの攻めの手札は消えてなくなる。俺が唯一、彼女達に対抗できる攻撃手段、というか嫌がらせの手段として保持している、愛を伝える行為。それが、実際には何の実害をもたらせないものだとバレてしまう。
それは、対抗できる手がなくなる以上の損失だ。
きっとそうなると、へたれというか、そんな扱いをされてしまうだろう。
ハグしないのか? チューしたって良いんだぞ? そんなことを言われても、俺は一歩も動けない。そうして、だっせー、と高笑いをされるのだ。情けない口だけ野郎め、と。
ダンジョンマスターの威厳は、いつだって風前の灯火である。
見方によってはもう消えているかもしれないが、俺から見ればまだまだ風前の灯火さっ。
この火を守るために、キリの良いところで追いかけるのはやめよう。
俺はどのタイミングで、今日はこれくらいにしといてやろう、と言うのかを考える。そしてやめた後の復讐は一体どれほど恐ろしいものになるのかも考える。いつも通りの日常、いつも通りの関係性。
……。本当はハグしたって良いんだけどね。
でも、この毎日は楽しいから、変えたくない。この関係性は心地良いから、変えたくない。
抱きしめたら、きっと何かが変わってしまう。それは良い方向の変化なのかもしれない。けれど悪い方向の変化かもしれない。なってみるまで、いや、きっとダンジョンマスター生の最期の瞬間にならなければ、その変化が良いものだったのか悪いものだったのかは分からないのだ。
なら俺は、今のままで良い。
今のままが一番良い。
ダンジョンマスターの生が続く限り、ずっとこうやっていられれば、それ以上に幸せなことはない。俺は毎日を笑って……笑って……、そりゃあ、反乱とか侵略はやめて欲しいですがね。
だから、そろそろ終わりにしよう。そう思って、俺はゆっくり進めていた足を、さらに緩めた。
しかし、そんな俺以上に、マキナは足を緩める。
なぜ? と俺はマキナを見つめた。
丁度チラリと振り返ってきたマキナと目が合う。マキナは、もう暴言をはいていない。
そして、別に激しい運動ではなかったのに、顔はほんの少し上気、紅潮している。
玉座の周りを歩く俺達の距離は、どんどん縮まる。
追いつかないよう追いつかないよう、俺はスピードをさらに緩めたが、それでもなお。
マキナは、ついに立ち止まった。
その位置は、丁度、宴会をしている他のみんなから見えない、玉座の裏側。背もたれの裏。
「待てー、ま……、待てー……、ま……」
追いかけている体裁を保たなければいけない俺は、両手を広げたままマキナへ近づくが、マキナはそこから動かない。
少し遠回りをして、玉座にもたれかかって立つマキナの、正面に回った。これで接近は否応なしに分かる、逃げるはず。しかし、全く。
1mを切るくらいに近づいても、50cmくらいまで近づいても、マキナはそこから動かない。
俺がハグできないことに勘付いて、逃げるのをやめたのだろうか。
抱きしめてやろうと自分で言っておいて、いざとなると何もできない俺を、あざ笑うつもりなのだろうか。最早貴様にできることは何もないと、かろうじで燃える威厳の灯火を、完膚なきまでに鎮火させるつもりなのだろうか。
しかしそれにしては、マキナは口を開かない。
そして、顔は赤い。真っ赤だ。
マキナは伏せていた目を、俺に合わせると、ほんの少し膝を曲げた。
背の高いマキナの顔が、俺の肩かその辺りまで下がる。
そうして、マキナは、ゆっくりゆっくり、顔をさらに赤くしながら、両手をちょっとだけ広げ、前に出した。
「……。ん……」
小さく小さく、催促するような声を出して。
日々は唐突に世界を変える。
以前そう思ったことがある。
まさしく、その通りで、人生、魔物生、ダンジョンマスター生は全て、そんなものの連続でできている。
だから、生きるということは、新しい世界に飛び込まなければならないということ。
また、新しい日々が来る。
俺は、一歩近づいた。
マキナとの距離は、もうほんの数cm。
広げていた手を、どんどん狭めて前に出す。
マキナが受け入れるように広げてくれた手の、その下に入れ、それは腰へ、背中へ。
マキナは、一切逃げない。俺の顔や、口、喉仏、鎖骨、胸、視線を下げてはまた上げて、ただ1つの身じろぎもしないまま。
俺の手が、マキナの背中にそっと触れたのと、体同士が触れあったのは、ほぼ同時だったと思う。
手、腕、肘までもがマキナの後ろへと回って、そしてギュッと抱き寄せる。
マキナは一切の抵抗もなく、俺にもたれかかるように、体の距離を0にした。
予想以上に柔らかい体。華奢で、細くて、折れそうで、良い匂いがして、そして何よりも愛おしく思える体。
俺の腕辺りを抑えるように添えられていたマキナの手が、肩へ、そして俺の首の後ろへ巻き着くように回って、それはより一層感じられるようになる。
その手はきっと俺の手よりも断然小さく、腕は断然細い。
しかしギュッとそれは力強く、何よりも俺に勇気をくれ、心の距離すらも0に向かう。俺達の体は隙間なく密着し、お互いの熱を、燃えるように熱く感じた。
様々な感情が芽生えていく。
それは、マキナを愛おしく思う気持ちを、さらに増幅するものであり、そしてどこか懐かしいものであった。
状況も似ている。
あの時の、ダンジョン90日目の、マキナが泣きじゃくって抱きついてきた時と、同じような気持ちだ。懐かしいなあ。記憶は続々と流れていく。
ああ、様々な感情が芽生えていくと言ったが、あの時からずっと、この感情はあったんだな。
俺はふとそんなことに気づく。
浮かされたように、しかし自分の心に正直に、俺はさらに強く抱き寄せた。
そうして、そのまま数分。
ずーっとくっついていて、相当熱くなった2人の間。それを冷まそうと、体をゆっくり離す。
背に回していた手の力を緩めたことで、マキナにもその意図が伝わったのか、マキナも手を緩め少し体を起こす。
だからか、丁度俺の目とマキナの目は合う。
これ以上ないくらいに顔は近く、表情の細部の細部や、マキナの瞳に映る俺の顔が見えるほど。
なんだか俺は余計に愛おしくなって、またほんの少し手に力を強めた。
だからか、瞳に映る俺の顔は、突如として消える。
今見えているのは、マキナのまぶた。
マキナは、目を瞑った。
日々は唐突に世界を変える。
これからきっと、新しい日々が始まるのだ。
俺は先ほどと同じように、背を回す手に力を少しずつ入れて、体を少しずつ少しずつ寄せていく。
そうして、普段の生活では、決して触れあわないような場所が、かすかに合わさる。
映画のラストシーンのような、あんな風に激しいものでは決してない。情緒や感覚を強く刺激するようなものでもない。それは本当にかすかなもので、触れ合いと呼ぶにもおこがましい程度だったかもしれない。
しかし、いつまで経っても熱が、記憶が、消えないくらいの口付けだった。
「な、なにやってんだよ……」
唇が離れ、10秒か20秒経って、マキナは目を開けると、消え入りそうな声で言う。
「ア、アタシは目閉じただけで、そんなことしろとか、思ってねえし。マスターが勝手にしただけだからな……」
俺を責めるような、そんなつもりじゃなかった、というセリフを。
ただそのセリフに説得力は皆無だ。唇が合わさっている間ずっと、俺の頭や髪を撫でるように触って、終わった後も目を瞑って動かなくて、その後にそんな小さな声色と真っ赤な顔で言っても、信じる人はどこにもいない。
あと、未だに俺の首の後ろに手を回したままだし。
マキナは目を下に向けて、左に向けて、右に向けて、俺の目を見て、またちょっと左に向けて、目を見て。
「責任……、と、と……」
そう、語尾は聞こえなかったが、言った。
そして、俺の返答の前に、また目を瞑る。
だから俺はその返答として、もう1度……。
と、思ったが、ちょっと待って。ちょっと待ってね。あの……。
「ジー」
「……ジー」
見てる人が……。
玉座に隠れて、顔を出して見てる人が……。
「あ、どうぞ。続きをなさって下さいご主人様。我々のことはお気になさらず」
「……オー、部屋、暗くする?」
「……ん? マスター? どうし――っ、わああああああああーっ」
「ごぶはあああーっ」
俺は突き飛ばされた。あたかも発射された弾丸のような凄まじい速度で、俺は地面と並行に飛んだ。そしてそのまま、玉座の間の奥の壁に叩き付けられる。
肺の中の空気という空気が全て飛び出て、果たして重力とは横向きに発生することもあるのだろうか、そんな考えが浮かぶほど長く壁に押し付けられ、ダンジョンマスターの反発係数は一体どのくらいのものなのかと疑問が浮かぶくらいに跳ね返って、床に落ちた。
「ごぶ――」
エマージェンシー。命がとってもエマージェンシー。
俺は顔を少し上げ、助けを求めた。
しかし、誰もこっちを見ていない。
「いついついついついついつからっ」
「お気になさらずと言ったのに。良いではありませんかマキナ。祝福しますよ、おめでとう」
「……良かった良かった。おめ」
ポンポンと肩を叩かれるマキナ。
顔は真っ赤。
全てを見られていたのだと悟って、真っ赤だった顔はさらに真っ赤に。
「あ、ああ、あああ、ああ……」
開いた口も塞がらない。
しかし、そこへ、さらなる軍勢が。
「直接見に行ったらそうなると言ったではないか」
「そうじゃそうじゃ。のうマキナ。恥ずかしいよのう?」
「しーってしてよーって言ったのにー」
「気持ちは分かるがな。さて、マキナ、今の気持ちは?」
ニヤニヤとした4人が現れたのだ。
「あれは、あれはマスターが、マスターが勝手に、その――」
マイクを差し出されたマキナは、うろたえるばかり。
「あら、そうでしたか。私はてっきり、……ん……、とやっていたので」
「……背、ちっちゃい方が可愛いから、……ちょっと膝曲げて」
「私は直接見てないから、なんとも言えんな。マップ機能を使って、全員で鑑賞会をしていただけだからな」
「わっちも直接見ておらんからの。何回でも見返せるよう、ありとあらゆる録画機器を使って、様々な角度から録画しただけじゃ」
「わたしも見てないなー。ア、アタシは目を閉じただけで、ってところで、もう見てられないー、って恥ずかしくなるくらいには、真剣に見てたけどー」
「ワタシもだな。ダンジョンSNSでマキナが裏アカに書いてるポエムの、『閉じた場所で目を閉じる。まぶたの裏でうたかたみたいに浮かんで消えて、想い出は全部空へ浮かんで行った。残ってるのはアタシとマスター。うたかたみたいに消えたりしない、硬さと熱と確かな想いで、2つの泡は1つになる。きっとアタシは目をつぶっただけって意地張って、でもそんな意地も、いつかはうたかたにどこかへ。水底には2つの泡だけ。ほら、また1つになる』ってやつと、同じ状況だなー、割と理想の初キッスなのかなーって思って見てたけど、直接は見てない」
「うああああん。やめ――やめ――。もーやだーやだーっ」
「良かったですね、マキナ」
「おめおめ」
「おめでとうっ」
「良かったのう」
「おめでとーっ」
「流石序列1位。一番最初に生成されてるから、一番好きの時間長いもんな」
「ちがっ――ちがっ、うああああーん、もう――もう全員消えてなくなれーっ、カタストロフブラストーっ」
マキナの体から、暴風が吹き荒れる。
天城を、何度も何度も破壊したあの一撃が、今まさにその手のひらから生み出されたっ。
「おや、これは、少しからかいが過ぎましたね」
「……やっちゃった」
「この距離では、主様も危ういか?」
「流石に巻き込まんじゃろ。なんと言っても……」
「ねー」
「愛ってやつは、恐ろしいな」
「うわあああああああん」
溢れる暴風。
俺は、消えゆく意識の中、それを見ていた。
視界を埋め尽くす暴風を。
いつもと、全く変わらぬ光景を。
ああ、今日も今日とて明日が見えない。
お読み頂きありがとうございます。
第6章も終わりです。長々とお付き合い頂きありがとうございました。
第7章も戦争編です。頑張ります。
よろしくお願いします。




