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第93話 裏切り者の末路。

ダンジョンマスター心得その10

知識と経験の積み重ねが、ダンジョンマスターです。

 王国帝国との戦争に、俺達は見事勝利した。


 現在彼等は敗走中。

 足取りは、相当に重そうだ。5万人中1万5000人以上が討ち取られた大敗とあっては、当事者としてはそんなものか。今はもう歩く気力も湧かないくらいなのだろう。


 また、王国帝国との戦争に勝利した、というのは、今回の戦いにおける勝利だけでなく、もっと大きな意味での勝利。

 例えるなら、国家間の戦争における勝利、終結、という意味も含む。


 王国も帝国も、大打撃を受けた。

 それは向こう10年、軍の再編成すら不可能になるようなもの。戦争継続は、限りなく困難である。よって、ダンジョンへ再度軍が向けられることはない。


 討ち取った人数もさることながら、討ち取った兵士の多くが精鋭であったことが、大きな理由だ。

 平均でもLv120は軽く越え、Lv200以上も多数。さらには、勇者英雄、転生者転移者といった、国力に直結する実力者の多く、彼等を失うことは、国家にとって痛手過ぎる。


 対するこちらの犠牲は、0。


 きっと伝令を担っている者達は、国に帰ると、こう伝えるのだろう。確認できたネームドモンスターは、21体。しかし、1体も倒すことはできませんでした、と。

 その21体の姿形は覚えているだろうから、前回の戦争時に戦った6体のネームドモンスターや、裏切り者の勇者と違うことはすぐに分かる。

 そのため彼等はこちらの戦力を、ある程度は正しく理解する。勇者や英雄ですら倒せない21体のネームドモンスターと、そんなネームドモンスターよりも高階層に巣食う、それ以上に強いネームドモンスターが7体いることを。


 それだけの差があれば、もし重要な戦力の大半が残っていても、再び手を出そうとは思えまい。

 残っていないのなら、なおのこと。


 したがって、戦争は我々の勝利によって集結した。


 一件落着である。


 そうして、その日の夜。

 みんなで一斉にお風呂に入り、体を綺麗にして、それぞれの服装に着替えた、その後のこと。


「全員の努力で、今回の王国帝国との戦争を、大勝利に終わることができた。アタシ達も教えた甲斐があったもんだ。一先ずお疲れっ」


 玉座の間に声が響く。


「予想された通り、誰1人負けることなく、そして誰1人苦戦することもなく終えられたことを、誇りに思います。追撃戦においても、目的を十二分に果たし、各々のこれまでの努力が身を結びました。今後もダンジョンらしく様々な困難が予想されますが、今日の結果は、それらを安心して迎え入れられると確信するに足るものでしょう」


 その声は、このダンジョンにおいて、最も高い権力を持つ者の言葉。


「……至らない点もある。でも、良かった。……世界の覇権を握る一歩として、申し分ない。よくやった……」


 だからその言葉を聞く21人は、玉座の前で恭しく頭を下げ、一言一句聞き逃すことのないよう、身じろぎ1つせず聞いていた。


 しかし、だからか、彼女達からは、押し殺しきれない感動が伝わってくる。

 ずっと教わってきた師匠達からの、包み隠さぬお褒めの言葉は、自然と体も心も震わせるのだろう。


 まさに、歓喜という言葉がよく似合う。


 その光景を見ているだけで、不覚にもウルっときてしまった。


「けれど、諸君。1つ、そう1つだけ、残念なことがある。戦いは素晴らしかった、後世に語り継がれるべき戦いで、まさにダンジョンの歴史に己を刻んだ戦いだった。だが、諸君らの輝かしいその功績に、一点のシミがさしている。……裏切り者が出たのだっ」


 だが、話は、ここで一旦区切りを迎える。

 感動に震えていた21人はピタリと止まり、一気に重苦しく、緊張した雰囲気へ。


「裏切りは許されぬ。わっちらは、別に同じ目的のために集まった同士ではない、同好の士でもない。わっちらは何もかもバラバラに生まれ、バラバラに生きておる。意見や方法が180°異なるというのも珍しくはない。じゃが、1つだけ明確に同じなものがある。分かるの?」


 壇上に立つ7人の威圧。

 それは、瞬きや呼吸といった、生存に必要で、本能でしてしまう、そんなことすら許さないほどのもの。つまりは、死を求む威圧だ。


「決まってるよー。あるじ様を裏切るのだけは、許されないよ。あるじ様が一番大切で、あるじ様のために戦う。全部バラバラでも、そこだけは皆一緒じゃないと駄目。そうじゃないなら……」


 けれども、それをするだけの理由が、壇上の7人にはあった。


 彼女達はきっと、何もかもを許してくれる。例え、愚かにも私の方が強いんだ、とか、そんなことを言ってもきっとボコボコにするだけで許してくれる。

 しかし、自らの敬愛するダンジョンマスターへの裏切りは、決して許さない。


「全員、胸に手を当てて考えてみろ。なあ? 許せるはずがない。裏切り者には何が必要か、分かるか? 裏切りに与えるものが、何か分かるか?」


 ユキは、ひと呼吸ため、言葉を紡ぐ。


「裏切り者には、苦しみを」

「「「苦しみを」」」


「痛みを」

「「「痛みを」」」


「悲しみを」

「「「悲しみを」」」


「絶望を」

「「「絶望を」」」


「鉄槌を」

「「「「「鉄槌を」」」」」


「死を」

「「死を」」


「与えなければならない。……さあ、火をくべろっ」

「「点火」」


 ユキの一声で、チヒロとツバキが火がつける。

 枝葉はパチパチと燃え始め、白い煙と肉を焼く炎を徐々に徐々に大きくしていく。


 俺が磔にされた、十字架の根元で。


 わー、なんだか暑いなあ。暖房が効いてるのかなあ。

 それに、これはお香かな? なんかちょっと煙たいよ。全くみんな、お洒落に目覚めちゃってもー。


 はっはっは。


 ……。


「助けてーっ。裏切ったのは本当に申し訳ありませんでしたーっ。でもそんなつもりじゃなかったんですうーっ、覚えを良くしようとか、そんな感じのつもりでしたんですっ。助けてーっ助けて下さーい」


 俺は叫んだ。


「さて、そんじゃあ宴会始めるか」

「そうですね。皆さん準備を」

「……スッキリ」

「ここにマシュマロを置いておくから、あれがやりたい者はここでやると良い」

「以前のバーベキューでは、クラッカーで挟んだのも美味かったのう。それも置いておこう。それから燻す用のチップもの」

「わーいわーい。あ、皆早く動いて動いて、用意用意」

「今回の乾杯酒はなんだー?」


 ダメだ、誰にも俺の声は届かない。

 消すつもりはゼロだ。むしろこの火を、焚き火代わりに利用しようという声が聞こえた。空耳の可能性もある、しかし、実際にマシュマロとクラッカーが置かれている現状では、空耳じゃない可能性の方が高いかもしれない。

 自分の創造主をあぶる火で、とろけるマシュマロを作るとは。一体全体、この世の中ってはいつからおかしくなってしまったんだい。


 7人と21人のネームドモンスター、つまり俺の配下達は、忙しなく動いて、どんどんどんどん宴会の用意を進めて行く。

 テーブルを並べ、料理を並べ、グラスに酒を注がれた。


 今回は、バイキング形式のようだ。

 ソファーとテレビのある場所を中心に、玉座側を開けたコの字状にテーブルを置き、その上に大皿に盛りつけた料理を並べていく。

 料理の彩りも、配置の彩りも素晴らしい。


 そして何人かが、お酒の入った小さなグラスをいくつもお盆に乗せて運び、全員にいき渡らせた。

 

 いよいよ乾杯である。


 だから、俺は、大きな声で叫んだ。


「マキナー。助けてーっ」


「えー、じゃあ一先ずだな。皆ー、戦争お疲れー、かんぱーい」

 しかし、乾杯は止められない。


「かんぱーい。お疲れさまですマキナ姉さん。それからみんな。うふふ、おビールおビール。みんなもちゃんと飲むのよ?」

 優しいはずのミロクも、乾杯後に手にしたビールに魅了され、俺の方を一瞥足りとも見やしない。


「飲んでる飲んでる。飲んでるから、絡むなーもー。あ、トト、ナナ、ちゃんと野菜も食え」

「ほい、これ。これ。これも食え。これもな」

「うげー……。仕方ない、マヨマヨ。マヨマヨさえあればどれだけでも食べられるし」

「私はもう別に大きくならなくて良いから、野菜とか食べなくて良いんだけどなー。リリ姉、いる? ――あ痛っ、痛ー。ミー姉、今リリ姉が殴ってきたーっ」


 ククリもリリトもトトナもナナミも同様。

 いつも通りにわいわいがやがや。最終的にはミロクに怒られ、さらには可愛い可愛いと面倒なほどに粘着され疲れ果てるパターンに入る。


 もうここに助けを求めても何にもならない。


 だから、俺は、別の方向を向いて、大きな声で叫んだ。


「セラー。助けてーっ」


「さ、貴女達も飲みなさい。それにしても立派になりましたねえ、去年の今頃はまだ……。いけませんね昔話は、涙腺が脆くなりますから」

 しかし、俺の涙は伝わらない。


「セラさん、ありがとうございます。それもこれもセラさんの御指導の賜物です。ですので、こちら、是非食べて下さい。わたし達の新作料理です」

「ありがとうございました、セラさん。あれもどれもセラさんの御指導の賜物でした。ですから、こちら、わたし達の新作料理です。是非食べて下さい」


 俺を想ってくれるチヒロとツバキにも、何一つ伝わらない。

 いや、今は伝わらない方が良いかもしれない。そっとしておこう。


 だから、俺は、別の方向を向いて、大きな声で叫んだ。


「オルテー。飴だよーっ」


「この辛味、クセになるっ。ただ辛いだけじゃない、辛さの中の確かな旨味。辛党はよく、ただただ辛い物を求めるけど、あれは邪道。やっぱり料理としての完成度や美味さの中にある辛味こそ至高っ。この脳髄を崩落させるような刺激があるからこそ完成度が――」

 凄い喋るパターンのやつだっ。


「うわあ、臭いだけで辛い。オルテ姉さん、わらわは鬱なので辛いものはちょっと。交感神経とか、そういうもの的に。ああ、だめ、だめ、鬱になっちゃうっ」

「辛さは痛みらしいですわね。つまり、鉄壁の名に相応しい防御力を持つわたくしからすれば、辛さなど弱輩も等しいものですわっ。……嘘ですわ、オルテ姉さん、お止め下さい、臭いがもう、お戯れを……お戯れを……」


 絡みたくない状態のオルテに、ティアもホリィも、存分に絡まれている。

 どうやらとてつもなく大変な状況のようだった。ここに助けを求めるのは、酷か。頑張れ。


 でも、次の子は大丈夫さ。なんて言ったてローズは、いつだって俺の味方だからね。


「ローズー。ローズだけは助けてくれるよね? ローズーっ」


 俺は、ローズの方を向いて、大きな声で叫んだ。


 まあ、どうせ来ないんでしょうけどね。分かってるよ。というか来られても困るよね、このくだりが終わっちゃうし。おいしいとか、そんなことを思っているわけじゃないけど、もうひと捻りふた捻りできると思うんだよ、俺ならね。

 それに今助けられても、許されたわけじゃないから、口聞いてもらえないかもしれないし、また別のことやられるだろう。間違いない。


 それから、ローズもローズで、俺を助けると、方々からなに助けてるんだよ空気読めないな、と責められるかもしれない。だから正直なところ、助けてもらわない方が良いくらいだ。助けてと叫んだのは、そっちの方が面白いからさ。


「はい何でしょう主様っ。このローズ、主様のお呼びにはせ参じました」

 しかし、ローズは、颯爽とやってきた。


「うおお、ホントに来た。来ちゃった……、マジで? どうしよう……ええぇ……」

 目を爛々と輝かせたローズ……。

 これは、これは、一体どうすればっ。


「ロ、ローズ、こ、この焚き火で焼き芋を焼くというのは、どうだろうか」

「なるほどっ。流石は主様、慧眼でございます。それでは主様、足元を失礼します。食べ頃になったらまた来ますね」

 そして、ローズは去っていく。


「美味しくて華やかな料理で気取るのも好きだけど、たまに焼き芋とか肉まんとか食べたくなるのよねー」

「プロテインも取った方がいいぞっ。根性だっ」

「もう酔ったんか? それか、デブやから運動せえって言い回しか、どっちや?」


 どうやら危機は去ったようだ。彼女達同士で仲違いはして欲しくないからね、これで良かった。もちろん空気が読めるエリンもカノンもケナンも、そんなことはしない。

 良かった。……いや良くはねえな。

 暑い、暑いよう。この火で焼き芋をすることに、何か疑問を持たなかったのか? 焼き芋に主様がいるのかい? オンザ主様で焼き芋の味が変化するのか?


 絶対関係ないよっ。あと焼き芋は土の中で温めるのが一番美味しいって言うから、土を盛ってその中に入れるんだっ。

 そうそう、ありがとうローズ。二度手間になってすまないねえ。

「いえいえ。これも主様のためとあらば」


 作業が終わり、焼き芋がホクホクになるだろうことを確信し、ローズはまた宴会の席へ戻る。


 だから、俺はまたしても、別の方向を向いて、大きな声で叫んだ。


「キキョウー。助けてー」


「あ、こらっ。カラオケはわっちが最初じゃ。ほれ、いつもの」

 しかし、普通にカラオケをしている。


「はいはい。これですね、入れますよー」

「飲み物とってきますぅすぅ……」

「誰のモノマネしましょうかねー」


 コーリーもサハリーもシェリーも普通にカラオケをしている。

 超普通のカラオケだ。

 人が焼かれている横で普通にカラオケができるなんて、世の中の間接は外れてしまった……。


 そして、カラオケの音声で俺の叫びが聞こえなさそう。

 いや、いけるはずだ。頑張れ俺。俺は大きな声で叫んだ。


「ニルー。さっきあるじ様が一番大切って言ってましたよねーっ?」


「もぐもぐもぐもぐ。あー美味しいーっ。最近ねー、お肉はウェルダン派なのっ。しっかり焼くとまた味も違うよねー。あ、そのお肉まだだよっ」

 しかし、どうやら俺をウェルダンで焼くつもりらしい。


「うー我慢できないー。もう良いですかっ? まだ? まだ? まだ? 良い? 良いですかっ? んーっ美味しいーっ」

「表面7割。裏面3割。だから時間は30秒。――今っ」

「焼肉の時のアイスってなんでこんなに美味しいのかしらね。……アイスの焼肉乗せ、なんかウケそうっ」


 あるじ様はウェルダンでも食べられないよっ。

 そして、アイスの焼肉乗せは多分受けないよっ。酔ってるねっ。

 アリス、イーファス、ヴェルティスの3人も俺を助けてくれたりはしないようだ。まあ、焼肉の火に、俺の下に点火された火を使わないのは感心だな。


「そっち火力安定しないからー。ちょっと使い辛いの、ごめんねあるじ様ー」

「ははは、気にすんなよっ」

 ……。

 ……心の声は、ホントによく通る。


「ユキー。助けてーっ」

 俺は最後の砦、勇者に助けを求めた。これで最後、もう後はない。

 でも大丈夫。困っている人を助けるのが勇者だからさっ。


「あ、いや、ワタシはほら、カラオケは……、歌あんまり知らないし別に……。ほらスノ歌え歌え、あ、タンバリン、タンバリンやる。タンバリン貸せタンバリンタンバリンっ」

 しかし、勇者も勇者で困っていた。


「あらじゃあ、スノ、行きます。ハードロックですけど」

「ユキ先輩、デュエットしますか? 歌い易いですよ、歌はこれとか、ユキ先輩が中学生の頃に人気だった歌です。あ、知らないですか」

「もう童話とかの方が良いんじゃニャいです? え、いや、これなら歌えるっ、てユキ先輩、ホントに入れちゃうんですか? いやちょっと20歳で童話は……、いや、はい、じゃあ、一緒に歌います……」


 元の世界では、一緒にカラオケに行く友達がいなかったのか、マイクやデンモクを渡されるとテンパってしまう勇者様。

 しかしどうやら自分でも歌える曲を見つけたようで、今はとても楽しそうに歌っている。ニッコニコだ。


 あ、どうやらもう1曲入れるようだ。楽しそうだ。良かった良かった。

 スノ、ソヴレーノ、タキノ。合唱曲とかも歌えると思うから、入れてあげなさい。


 ……。

 ……。

 ……。

 さて。


「助けて下さーいっ」

 俺は改めて叫んだ。今度は、本気です。

お読み頂きありがとうございます。


前話にて、次でこの章は終わりますが、と書きましたが、終わりませんでした。

書いていく内に長くなってしまいまして、分割致しました。大変申し訳ございません。

おそらく、今までの全ての章で、あと何話で終わると書いていますが、それで正しく終わったためしがありません。一体何度裏切れば気が済むのか。それでも読んで下さっている方々には感謝しかありません。


次の話で、終わります。今度は嘘じゃありません。

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