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第89話 39階層の守護者、ソヴレーノ。

ダンジョンマスター心得その6

ダンジョンをしっかり観察しましょう。

 39階層。

 干支階層の中で、北西微西に位置するそこは、戌、ソヴレーノが守護者を務める、個人と排除の武家屋敷。


 侵入者に課される試練は、塀に囲まれた屋敷を進み、自由に動くソヴレーノを1対1で倒す、というもの。


 階層の主体は武家屋敷。

 円形の階層に設けられた、正方形の塀。その内側に建設された、和を感じさせる屋敷。

 瓦屋根に縁側、障子にふすま。畳、屏風、掛け軸、囲炉裏、茶器。屋敷の中は、おおよそダンジョンとは思えないような趣がある。


 主に、自らの国の文化をこの世界で流行らせたい、そう言ってはばからない、愛国心を持った偉い子がいるからだ。


 また、屋敷の中は、ダンジョンとは思えないような生活感溢れる作りにもなっている。

 ただの和室が並んでいるだけでなく、トイレ、風呂、台所、寝室、茶室に倉庫、氷室などなど。様々な部屋があるのだ。


 こちらは主に、ダンジョンであるために畳の上の土足は許すが、用はトイレでお願いします、というダンジョンマスターの願いがあるからだ。


 そして39階層は、屋敷部分の面積よりも、庭の面積の方が大きい。

 日本庭園や枯山水、石庭と呼ばれるようなそれぞれの庭があって、縁側に出ればそれらも楽しめる。

 また、武家屋敷を1つにまとめると、あまりにも巨大になってしまうため、16の武家屋敷が塀の中にあるのだが、それら同士を渡り廊下で繋ぐ役目も、庭が果たす。


 ゆえに、この39階層の環境に、特殊なものはない。

 侵入者を脅かすような特殊な事情は、一切存在しない。

 せいぜい、井戸の水が飲めるのか、食堂や蔵に置かれた食料が食べられるのか、風呂に入ってて襲われないのか、そんなことを考えさせられるくらいだろう。


 39階層は普通の階層だ。

 ただ、戦いが1対1で行われるだけ。

 弱い者から1人ずつ、仕留められていくだけだ。


 そんな武家屋敷に今、7名の侵入者がいる。

 Lv200の者を筆頭に、7人全員がLv170以上であり、内1人は転移者。

 転移者とは、なんらかの原因によって、別の世界を渡ってしまった者のこと。生身で異世界へ渡ることは、本来、自殺行為そのもの。いくら強かろうが、身体はねじ切られ、精神はいとも容易く掻き消えてしまう。

 しかし転移者は、現に存在する。乗り越えたからこそ、今ここにいる。ゆえに転移者とは、素質において、いかなる怪物をも凌ぐ大器の存在。


 いや、その転移者は既に、Lv200を越えている。素質の話ではなく、もう実際に、怪物をも凌ぐ大器の存在となっていた。

 転移したのが40過ぎであったため、既に全盛期を過ぎた年齢にはなっているが、しかし短期間でLv200まで駆け上がれるほどの、尋常ならざる強さを持つ。そんな彼が率いるパーティーは、超がつくほどの精鋭部隊だ。


 強制的に転移させられはしたが、あれはもう仕方ない。

 彼等はすぐに気を取り直し、一昨日は30分足らずで攻略したこの階層の攻略を始めた。それが、2時間前のこと。


「リーダーっ、今そっちにっ」

「分かってますっ」

 39階層、畳の敷かれた一室で、そんな声が響く。


 声の主は、若い男と、物腰柔らかいが声には威風を漂わせる老人、転移者。

 転移者の周りには、若い男と他4名のそれぞれの格好をした仲間がいて、誰もが武器を構え、必死に戦っていた。相手はもちろん39階層の守護者、ソヴレーノ。鞘を捨て、抜き身の刀を手に持つソヴレーノ。

 そう、彼等は転移者をリーダーとした7名パーティーで、そして今――。


「弱い者は死ぬだけです。ですからまずは、貴方ですね」


 ――ふすまが閉められた。


 武家屋敷の部屋は全て和室で、大きさは、4帖半から50帖以上と色々。

 基本的に、縦横いくつも並んでいる。


 和室の隣には和室。その隣にも和室、と。

 壁はなく、全て数枚のふすまで仕切られていて、4方向全てが他の和室へ繋がっている和室も珍しくない。

 中には、床の間と壁があったり、縁側に接するので障子になっていたり、ふすま以外の仕切りも見受けられる。だが、部屋と隣接する方が多いため、ほとんどはふすまだ。


 また、ふすまや障子は、デフォルト状態であれば開いている。

 4枚の際は、2本のレールで左右に。5枚の際は、場所によって2本のレールか3本のレールか分かれるが、やはり左右に。6枚も2本か3本、8枚は2本から4本になるが、やはり左右に。

 だから、景観としては、和室がどこまでも続く景色が見られるため、とても美しく荘厳で、なおかつ開けている。


 敵も見つけ易い。


 とうとつに始まったこの戦闘は、そんな和室の1つで行われていた。

 広さは12帖ほど。北と東が別の和室に隣接し、南は縁側、西は掛け軸や壺の置かれた床の間の和室。だから足場はせいぜい10帖。1対7の戦いを繰り広げるには、いささか狭い。


 したがって、刀から避ける為に動けば簡単に別の和室に行ってしまうし、刀を受け止めれば吹き飛ばされやはり別の和室に行ってしまう。

 7名パーティーの内1名は、先ほどそうやって、別の和室、東側の和室へ行ってしまった。


 そうして、ソヴレーノと1対1になるのだ。


 若い男が、リーダーである転移者に、仲間が別の部屋に飛ばされてしまったことを伝えた瞬間、ソヴレーノは追いかけるように、その部屋へと入った。

 開いていたふすまを閉めたのは、その時のこと。


 武家屋敷には、用心棒。つまりはつっかえ棒が、所々に落ちている。閉めたふすまにつっかえ棒を入れたなら、ふすまは動かなくなる。


 もちろん、東側のふすまは4枚であるため、内側からつっかえ棒をいくら入れても、開けられないわけがないのだが、そこはダンジョン。

 つっかえ棒は、ギミックの1つであり、扉を絶対に開閉不可能にするアイテム。

 おそらく侵入者はつっかえ棒を、風呂に入る、眠る、食事をとる、そんなことをする際に使える便利アイテムだと思っていただろう。だが本来の用途は、ソヴレーノ自身による、侵入者と1対1になるための必殺アイテムである。


 閉められたふすまは、開かない。

 それを悟った転移者は、斬りかかり、魔法を放った。

 だが、先ほどまで簡単に壊れていたふすまは、壊れない。つっかえ棒が入れられた瞬間、破壊不能となるのだ。もう既にそこは、ダンジョン側の者であっても通行不能の、ただの壁である。


 しかし、向こうの部屋へと、行けなくなったわけではない。

 迂回すれば良いだけだ。


 和室同士は隣接していて、大体どこも3方向以上に出入り口がある。ここがダメでも、他がある。

 転移者は仲間の内、若い男を含む4人を、北側の和室から回るように向かわせ、自分はもう1名の仲間と共に南の、縁側から向かう。

 空いている障子から走って出て、その縁側をほんの少し走ったなら、ふすまの向こうの部屋だ。


 時間にして、ものの数秒。


「おや、お早い。しかし、少しだけ遅かったようですね」


「あ……、あああ……」


 しかし、もうそこに仲間はいなかった。

 別の部屋へ移動したわけではない。

 長い年月を共に過ごした仲間だからこそ、感じられる残滓が、無念が、そこにはあった。


 ソヴレーノには、刀鬼、という固有能力がある。

 刀を装備時、ステータス、スキルを上昇させるその能力は、ただ単純な効果ゆえに、多大な上昇効果をもたらしている。

 転移者のような、本物の実力者であれば、その単純な力を受け止めることはできただろう。もう少し力が落ちるものでも、持ちこたえることは十分できたはずだ。


 しかし、パーティー内で最も弱く、守られカバーされることに慣れてしまったその仲間は、1人では数秒すら立っていられなかった。


 個人と排除の試練とは、そういうものだ。


 ここでは、個人の強さが求められる。

 ボスと1対1になっても、持ちこたえられる強さが。


「さて、次は。そちらの4名の方の……、そう、そこの若い貴方ですね」


 ソヴレーノはそう言って、転移者に背を向けると、北側の和室から向かって来ていた4名に向かって走りだした。

 もちろん、隣の部屋に行った後、ふすまは閉める。


 転移者は迂回し、急いで、戦っているであろう部屋へと向かった。しかし辿り着いた丁度その時、ボスと若い男は、ふすまのさらに向こうへ消えていった。


 転移者は、再び迂回して部屋へと向かう。

 決して諦めてはいない。


 バランスの良いパーティーには、必ず役割がある。つまり前衛と後衛がいる。

 狭い和室の中では後衛、特に、鞭や弓、遠距離魔法を主体に戦う者は力を出しきれない。刀を使うソヴレーノに対しては、不利に見える。


 けれども、一人前以上にとって、扱う武器や魔法の距離の違いは、そう大した問題ではない。

 剣でも遠距離で実力は発揮できるし、弓でも近距離で実力は発揮できる。

 確かに、向いている使い方ではないため、体力や魔力の消費や、時間など、効率は悪くなるのかもしれない。しかしあくまで武器や魔法とは、戦闘方法に関する物事を決めるもので、実力を決めるものではない。

 特に、今のような数秒間耐え凌げば良い戦いにおいては。


 だから、その2番目に弱かった若い男、弓を武器に使う若い男はよく戦った。


 ふすまが閉まった瞬間振られた、ソヴレーノの袈裟に斬る軌道の刀を、体を逸らして躱し、そして、その体勢から矢を放った。

 瞬きよりも速くソヴレーノの顔へ到達したその矢は、躱されてしまったが、さらにもう1射、2射、3射、放ち続ける。


 全てを躱され、右腕を切り落とされるも、それも予想通りと言わんばかりに、距離を取り、左手に魔力を込める。

 それは、魔力を魔力を込めたこの段階ですら、周囲に雷をほとばしらせる雷の魔法。

 その攻撃に賭けている。それがありありと分かる威力が、この段階ですら見て取れた。


 若い男は強い。

 強いのだ。


 こんな精鋭パーティーにいるくらいだから、相当に強い。数秒で仕留めるなんてことはおろか、短期決戦を目論んでも、数分はかかるかもしれない。

 もし数秒で仕留めたいなら、十中八九負けてしまうような、そんな捨て身の作戦でいくしかない。普通にやっては無理だ。


 けれども、こんな精鋭パーティーにいるからこそ、若い男は数秒で死んでしまう。


 若い男が込めた魔力が、形を作りだすその寸前、ふすまが、パンッ、と開いた。

 そこには転移者達。

 間に合った。そう思ったのは、誰か。それは、パーティーの中で、若い男よりも強く、若い男を守るべき立場である転移者と、パーティーの中で、守られる立場である若い男だ。


 そのまま、自分1人でも勝つ気概で戦っていれば生きられた。

 けれども守られる立場である若い男は、助かったと、楽になると、ホッと一息ついてしまった。だからそれは、あまりにも大きな隙だった。


 若い男の左手に、刀が突き刺さる。

 ソヴレーノが投げたのだ。


「がああっ」

 予想外の痛みに若い男はうめく。


 ソヴレーノは現在無手。しかし問題ない。

 ソヴレーノは、迫り来る転移者達に対し、足先で畳を掘り返して蹴りつけた。そして、畳と床の間に隠してあった刀を取ると、師匠を彷彿とさせるような居合いで、若い男を一閃。


 畳をはねのけ向かってきた転移者の一撃を鞘で受けると、その勢いを利用し、別の部屋へ。

 そしてそのふすまを閉め、鞘をつっかえ棒代わりに使い、逃走。まんまと逃げおおせた。


 ソヴレーノには、懸命の育成、という固有能力がある。

 これは、自身の能力を上昇させ、教育時にはさらに上昇させる効果を持つ。つまり、ソヴレーノから何かを教わる際は、危険、ということ。


 ホッとした隙を見せ、そこを突かれたなら、それは教育と言えるかもしれない。油断はいけませんよ、とでも言うような。

 だから、ここでは弱い者は死ぬ。


 その弱い者とは、実力という意味合いもある。実力がないからこそ、教え諭されるように死ぬ。

 しかし実力不足の者が死ぬなんて、そんなのは当たり前のことだ。そしてそもそも先ほどの若い男の実力は、不足してなどいなかった。


 だから、ここで言う弱い者とは、他者に頼ってしか戦えない、心が弱い者のことである。


 それからの戦いで、転移者は、仲間を守ろうと戦った。

 別の世界に来てしまい、わけも分からず、頼れる者もおらず、受け入れてくれる者もいなかった自分を、仲間として受け入れてくれた彼等を守るために。


 しかしだからこそ、パーティーが自らを入れて3名になった時、転移者の心が一番弱くなった。

 転移者が別の部屋へ移った際、ソヴレーノは追いかけ、1対1を始めた。

 転移者は、チャンスだと思って戦った。信頼できる仲間達がこれ以上死なないように、ここで倒さなければと戦った。自分よりも弱いくせに、自分を必ず助けに来るだろう仲間が来る前に、絶対に倒さなければと戦った。


 だから、その焦りから、何も上手くいかない。


 抜き身の刀を振り回し、時には数本持ち、時には投げつけてくるソヴレーノに、攻撃は何度も受け止められ、反対に自らだけが傷ついていく。


 そうして仲間が助けにやってきて、ソヴレーノが仲間の方へと体を向けた、その瞬間。仲間をこれ以上失わないためにと、転移者は、必殺技を放った。


 もちろん、決まるはずがない。

 その必殺技は、相手に大きな隙がなければ決まらないたぐいのものだ。今の状況では、万に一つ程度の可能性でしか決まらないだろう。研究されている現状では、最早それ以下である。

 しかし、それでも転移者は、その必殺技を放たずにはいられなかった。


 仲間を失いたくない。そんな、心の弱さが露呈した。


「お疲れ様でした。39階層、第十一の鎖の番人、ソヴレーノと言います。成長するは、今ですよ。しないのであらば、ここでその首とは泣き別れです」


 転移者は討ち死に、そして、残った仲間も、1人1人倒されていく。


 39階層に挑んだ7名は、ボスに勝利すること叶わず、敗退した。


『 名前:ソヴレーノ

  種別:ネームドモンスター

  種族:ソードハイドック

  性別:女

  人間換算年齢:20

  Lv:203

  人間換算ステータスLv:300

  職業:第十一の鎖の番人

  称号:不正不能の侍大将

  固有能力:懸命の育成 ・能力上昇。教育時さらに上昇。

      :刀鬼 ・刀を装備時ステータス、スキル上昇。行動に補正。

      :恐感覚 ・相対者の恐れを詳細に感じ取る。

      :黄昏の成長 ・19時から21時の間、全ての行動に対し補正が入る。12人の使徒の内最も北西微西にいるとさらに補正。

      :犬化 ・犬の姿になることができる。大きさは自在。

      :影縫の魔眼 ・左、周囲の対象の動きを止めることができる。

  種族特性:犬世界 ・自分より下の者を服従させる。

      :遠吠え ・自身と味方のステータス上昇、連携時さらに上昇。

      :刀刃の毛 ・触れた者をみな傷つける。

      :感情察知 ・他者の感情を敏感に読み取れる。

  特殊技能:スタミナドレイン ・体力を干渉するたびに吸収できる。

      :ヘルスドレイン ・魔力を干渉するたびに吸収する。

      :デスシュチュエーション ・対象を身体的精神的に追い込む。

      :ダイイングバック ・生かさず殺さずに仕留めることができる。

      :コーチングティーチ ・教え諭し導くことができる。

  存在コスト:1800

  再生P:11000P 』

 

「……、最早、これがまともな戦いに見えてきてしまってはる……」


 俺は戦いが終わった映像を見て呟いた。


 戦いの内容についても色々と言いたいことはあるのだが、あるのだが、あるのだが、なぜだろう。とてもまともな戦いに見えてしまった。

 研究してなくても、今回は、最後の必殺技を躱せてただろう。挨拶もちゃんとしていた。

 凄くまともに見えた。


 まともに戦ってくれたというのは、俺にとってとても朗報さ。

 ダンジョンマスター至上、最も良き日だと言って良い。


 なのに……。


「これほど、悲しいことがあるのだろうか……」


 まともに見えるけど、全然まともじゃないんだもの。

 だって、相手を研究してることは少なくともおかしいし、それ前提の戦い方をしてるんだろ? 挨拶のタイミングだって、もうほぼとどめ刺しながらじゃない。

 あと、そもそも反乱してるじゃないか。反乱して戦っちゃダメよ。

 というか、なんなら無理矢理転移させてる時点でおかしいよ。


 どうして、こんなにおかしいことが重なっているのに、まともに見えてしまったのか。

 それが、私はとても悲しい。


「お、ソヴレーノお帰り。居合いで倒したのは結局あれだけか……不満だが、まあ、許してやろう。お疲れ」

「良かったわねソヴレーノ。お帰りなさい、飲み物用意しとくわよ」


「ユキ先輩、ありがとうございます。スノもありがとう」


 すると、宴会じょ――、玉座の間にソヴレーノが帰ってきた。

 灰色の髪を右側で束ねる美女は、さきほどまで激しい戦いをしていたとは思えないような風体と、厳しい顔をしている。


 ソヴレーノは腕を組み、うーんと首をひねりながら俺の元までやってくると、俺が何の映像を見ていたかを確認して、言う。


「ご無沙汰です、王様。ご覧になって頂けていたのは嬉しいですが、しかし、情けないところを見せました。もっとやりようはあったと言うのに。教育とは、分からないことばかりです」

 そんな風に、目を伏せて、深くため息をついて。


 そう言った後は、もう何も言わず、ほんの少し考えた後、まるで俺の言葉を待つかのように、俺の目だけを見て。


「あー……、ソヴレーノ」

「何か、アドバイスを頂けるので?」


 沈黙の後、俺はソヴレーノに呼びかけた。もちろん内容は、教育してたのか? と聞くためだ。ダンジョンマスターとして、あれは間違いなく戦いだったと思うが、教育だったのか? 相手死んじゃったけど……、教育なのか? よく分からないんですけど、どういうことですか。

 しかし、そう思って呼びかけた俺の声に反応したソヴレーノは、アドバイスを求めてきた。


 暗かった顔を少し明るくして反応した後は、ちょっと顔を赤くし、やはり目をそらさず、アドバイスを楽しみに顔をほころばせて、また真面目に聞こうとする顔に戻し、またほころばせ。

 だから、俺は、こう言った。


「ナイス教育。最高の戦いだったぜ、ソヴレーノ」

 困惑というものを全て置き去りにした漢の顔をして、感謝を伝えた。


「あれで良いんですか? そうですか。なら、良かったです」

 ソヴレーノは、少し驚いて、しかしその後は安堵したかのように柔らかく柔らかく笑う形で、俺の感謝に応える。


 ……こんな、……こんな。

 こんな、割とまともに戦ってくれた子を、他の子に怒ってないのに怒るわけにはいかない。そして教育のアドバイスも分からない。殺しちゃだめよ、と言おうにも、ここはダンジョンだから、そうしてくれないと困るし。……褒めるしかなかった。教育って何だ……。


「お。タキノ、お疲れ。中々変態だったが、まあ、今回ばかりは褒めてやろう。よくやったぞ」

「タキノもお帰り。飲み物入れとくね」

「へーいタキノちゃんのお帰りでーす。いやあまたまたドMしましたよ。おやおやソヴレーノちゃーん、ソヴレーノちゃんちゃんちゃーんはどうでしたかー?」


 犬耳を倒して尻尾を振るソヴレーノに、戦闘を終え玉座の間へと帰ってきたタキノが、よく分からない走り方をしながら声をかける。後ろからはスノが2人分の飲み物を持って歩いて来ていた。

 すると、ソヴレーノも耳をぴょこんと立たせて、尻尾を股の間に隠し、少々おののきながら向かって行く。


「はい、これ。2人に」

「ありがとうスノ。しかしタキノ、その走り方はなんか怖い。やめてくれ」

「ええー、じゃあ新技考えときます。さって、じゃあお風呂に行きましょうか。ぐっへっへ」


「ほどほどにね。今は皆、お風呂で遊んでるみたいね」

「ん? 本当だ。……いやこれは遊んでるというか」

「しからばっ」


「ま、楽しそうだし、お酒でも持っていてあげようかしら」

「そ、そうか。うん。あっ、そうだ、スノ。わたしは最近、茶をたてるのに凝っててな、今度御馳走しよう」

「しからばあっ」


 3人は、パーソナルスペースなどどこ吹く風とでも言うような距離にまで近づいて、ニコニコ笑ってお喋りしながら、玉座の間から出て行った。


 うんうん、勝って良かった。

 あんな笑顔が見れるんなら、本当に勝って良かったと思う。

 なんかやっぱりトラブルが起こってるみたいだけど、まあ、勝ったのは本当に良かったと思う。うん。


 うん。


 俺は、目の前に出しているいくつかの映像に目を移す。

 干支階層への転移は、時間差で行われているため、スノ、ソヴレーノ、タキノの3人は戦い終わってしまったが、残る0人の所はまだまだ終わっていない。


 だから俺は――。


 ……俺は……。


「ま、まだ俺には四獣がいる。それに四獣が終わっても、今回はミロクもティアもホリィも、チヒロもツバキも戦うんだ。だから、次に見る子は……、見る子は……、どうか……」


 そう祈って、俺は次の子の戦いを見守る。


 それが、まさか叶わない願いだとは、この時の俺には、知るよしもなかった。はずもない。

お読み頂きありがとうございます。


また、ブックマークや評価もありがとうございます。

少々更新遅くなりましたが、これからも頑張ります。面白い話を作ります。是非読み続けてくれれば幸いです。

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