第88話 36階層の守護者、サハリー。
ダンジョンマスター心得その5
いつも勇気を持ちましょう。
36階層。
干支階層の中で、南西微南に位置するそこは、未、サハリーが守護者を務める、異常と病魔の工場。
侵入者に課される試練は、睡眠麻痺毒の3大状態異常と、無数の病、それに耐え抜き、どこかにいる守護者サハリーを倒す、というもの。
階層の主体は工場。
真白の壁や、蛍光灯が取り付けられた天井に囲われた、細い通路が構成のほとんどで、部屋はそう多くない。
そこだけを思えば工場と言うより、研究所だが、しかしその通路とは、ほぼ全てがベルトコンベアー。さらには他にも、様々な運搬装置が張り巡らされているため、それも踏まえたなら、工場の生産ラインにしか見えない。
侵入者はまず、36階層外縁部に設けられた入口から入るのだが、そうするとすぐさまコンベアーに載ることになり、一直線に台座へ送られる。
その台座がある部屋が、言わば、生産ラインの始まり。
複数あるコンベアーや運搬装置は、たくさんの製品の元を、そこから各ラインに送りだす。侵入者も同様に、いずれかのラインを選び、36階層の冒険をスタートさせるわけだ。
コンベアーは複雑に入り組んでいるため、別の生産ラインへ載りかえることは容易い。
例えば動いている運搬装置に捕まれば、大きな移動も可能である。
一方通行の扉を使ってではあるが、入口から台座へ向かうコンベアーに載りかえることもできるため、台座にも戻れる。コンベアーのスピードはマチマチだが、逆走ができないほどのスピードは滅多にないため、逆走しても戻れる。
また、そんな数々の変則的な動きに加え、1階2階とそんな括りはないが縦の動きも多少行えるため、階層としてはかなり広大になっている。
とは言っても、歩かなくとも良いのだから、別に疲れはしないかもしれない。
確かに自らが動けば、ショートカットもできるし、隠し部屋にも行ける。だが、自動化された工場とはそもそも、動かない品物を最終工程まで送れるようになっているものである。
コンベアーからコンベアーへ、ゴロンと転がる。産業用ロボットが掴み上げ、別のコンベアーへ置く。などなどによって。
だから36階層では、眠っていたとしても、階層の隅から隅まで自動で徘徊できるようになっている。
この工場で、いや、薬品工場で生産される数々の薬品と共に。
そんな工場には今、7名の侵入者がいる。
Lv200の者を筆頭に、7人全員がLv170以上であり、Lv200を越えているその者こそ、英雄という破格の強さを手にした存在。
既に引退を考える年齢ではあるものの、だからこそ積み上げた強さは尋常ならざる。そんな彼が率いるパーティーは、超がつくほどの精鋭部隊だ。
強制的に転移させられる、という失態は犯したが、あれはもう仕方ない。
彼等はすぐに気を取り直し、一昨日は30分足らずで攻略したこの階層の攻略を始めた。それが、2時間前のこと。
「リーダーっ、今そっちにっ」
「分かってますっ」
36階層、コンベアーのどこかで、そんな声が響く。
声の主は、若い男と、物腰柔らかいが声の威風を漂わせる老人、英雄。
その2名の周りには、5名のそれぞれの格好をした仲間がいて、誰しもが武器を構えた。
そう、彼等は英雄をリーダーとした7名パーティーで、そして今――。
「ボスがいましたっ。寝袋で寝てます」
「……なんですと?」
――ボスを見つけた。
ただしそのボスは、どんぶらこ、どんぶらこ。
コンベアーの流れをゆりかごかと思っているのか、すやすやと眠ったままコンベアーを流れている。
「ぐぅ……すぅ……」
「舐めやがってっ」
「舐めおってっ」
その姿は、そう、舐めきっているようにしか見えない。
ボス、サハリーは、英雄達と同じコンベアーに載っている。
英雄達から見て、コンベアーの進行方向にいるため、その場に立ち止まっていても追いつかないが、歩くだけでも追いつける。走ればおそらく、ものの10秒もかからないだろう。
だが、起きない。
英雄達が駆けだしても、まだ起きない。強い怒気と殺気をぶつけられても、まだ起きない。
寝袋に身を包み、瓶底眼鏡をかけたまま、深い眠りに陥ったまま。
ここは薬品工場であるため、コンベアーは、薬品を移送するためのものである。
だからコンベアーには、薬品が入ったボトルやガラス瓶が大量に載っている。もちろんそれは罠扱い。ウッカリ割ってしまえば、何かしらの状態異常に襲われるだろう。
また、ヒツジの魔物も、ちらほらと見かける。
コンベアーにそのまま載っていたり、壁の窪みにいたり、スイッチを押してアームを動かしていたり。在りかたは様々だが、ともかく見かける。
ヒツジはもちろんダンジョンモンスターで、襲いかかってくるし、たまに自ら罠を発動させて巻き沿いにしてきたりもする。
英雄達からサハリーまでの間にも、それらはあったし、いた。
一昨日とは比べ物にならないほど強力になったそれらは、駆けだした英雄達にとって、厄介な邪魔である。
もしかすると、それらがあるから、サハリーは安心して眠っているのだろうか。
だとすれば、その考えは甘い。
確かに36階層と思えばそれらは強力で、事実英雄達も手間取っていた。前回30分で終わったこの階層の攻略が、2時間経っても終わっていないのがその証拠だ。だがそれは、安全に攻略しようとしたからに過ぎない。
状態異常を受けないよう、慎重に動いていたから時間がかかっていただけのこと。
ボスを発見し、いや、油断したボスを発見し、一気呵成に戦いを終わらせられるのであれば、その程度の罠も魔物も意に介さない。
だから、サハリーに辿り着くまで、ものの10秒もかからないのだ。
しかしそう、だからこそ、サハリーが安心して眠っているのは、それらがあるからではなかった。
ここは異常と病魔の試練である。罠の試練ではない。あるのはたかだか薬品の入ったボトルやガラス瓶を転がしておいただけの罠だ。そんな物を、精鋭相手に使えると思ってはいない。
また、我が家のネームドモンスター達は、基本的にダンジョンモンスターを下に見ている。同列に見られたり、自分より目立ったりすると殺してしまうくらいだ。なんでやねん。
ゆえに、そんなダンジョンモンスターを信頼して命を預けることなどない。
俺としては仲良くして、命を預けて欲しいのだが、言えば言うほどダンジョンモンスターを見る目が厳しくなる。褒めようものなら烈火の如く。女の子は難しい。
ついでにそればかり言っていると、ダンジョンマスターを見る目も厳しくなる。褒めなければ烈火の如く。女の子は難しいよ。
まあ、そういうわけで、サハリーが今眠っている理由は、罠でも魔物でもない。
自身の実力、それのみだ。
駆けだした英雄達7名は、いつの間にか4名に減っている。
「……、あれ……眠……」
道中で、若い男と、もう2名が膝をついていた。
彼等は先ほどまで、怒気と殺気に満ちた顔をしていたが、今はもう眼をとろんとさせ、眠そうな顔をしている。
にっくきボスの元ヘ向かうどころか、膝立ちで目を開けていることすら精一杯で、いつ寝てしまってもおかしくない。いや、もう、横たわっていびきをたててしまった。
サハリーには、固有能力、緩やかな崩壊がある。
敵対者の状態異常への耐性を減少させ、眠りに誘う効果を持つそれは、敵対すればするほど効果を増す。
怒気や殺気を誘う、眠る無防備な姿をさらせば、著しい成果を生み出すだろう。
また、科学の開拓者、という固有能力もある。
状態異常への耐性を一時的に無効化する効果を持つそれは、やはり対象を眠りに誘う。
これが、36階層の試練。異常の内容の一端。
他にも色々あるが、一番は睡眠に陥る異常のこと。
これがあるからこそ、サハリーは、安心して眠っていた。攻撃を受けない自信があったのだ。
しかし、眠ったのは未だ3名。
残る4名の内、2名は既に眠そうだが、英雄を含む2名は元気そうで、効いているようには見えない。
このパーティーにおいて最強は、Lvにおいても判断力においても能力においても、文句1つなく英雄その人。英雄が起きているなら問題なさそうに思える。
つまり、サハリーが眠ったままの理由は、まだ存在する。
ゴウン、ゴウン、と、コンベアーは重々しい音を立て、積載された全ての物を運んで行く。
工場で、コンベアーが動く理由は一つ。物を移送すること。
移送する理由は色々あるが、多くは、製品を作る際に、次の工程へ移送することだろう。この薬品工場でも同様である。
だから、サハリーも英雄達も、いつの間にか次の工程へ入ろうとしていた。
とは言え、もちろんその工程が、瓶に薬品を詰めるような、薬品を本当に製造する工程なわけがない。ここはダンジョンだ。工程とはすなわち全て、侵入者を倒すためのものである。
異常と病魔の試練。
その内の、病魔が工程毎に襲いかかってくるのだ。
「ゴホっゴホっ」
サハリーまであと1秒。そんな位置まで近づいた英雄は、持っている武器を振りかぶった瞬間、突然咳を始めた。
咳には、血が混じっている。
英雄は思わずコンベアーの進む先を見た。
透明なすだれがかかっている、その向こう側。そこには、白色では決してない霧がたちこめている。
その霧は、コンベアーにすれるほど長いすだれの下から、うっすらと漏れ、英雄達の方へとただよう。
それこそが、次の工程。
侵入者を死に追いやるための工程。
コンベアー上にいくつもいくつも存在し、侵入者の探索を阻む、触れれば病魔に感染する霧である。
ちなみに、こちらの病魔の霧だが、ダンジョンの罠ではない。
罠なら、先ほどと同じ理由で、サハリーが安心する罠にはなり得ない。
病魔は固有能力、科学の開拓者の、科学的な物事に対して補正、というもう1つの効果によって、サハリー自身が作った新種の強力な病気である。持ち込みである。自身の実力の一端であり、だから安心して眠れるのだ。
武器と同じ扱い、と言われ、反論できず持ち込みを許可してしまった。今は後悔しています。
「くそ、ここもかっ。退避しますぞっー、起こせ、退避だーっ」
だから、英雄達と言えど、あまりかかりたいものではない。
ここの攻略に選ばれただけあって、元々状態異常や病気への耐性は高く、今なら確実に先制攻撃ができるが、それでも。
特に、仲間が5人も寝てしまった現状ではなおさらだ。
元々起きていた2名の他に、1名が起き、3名で4名を担いで運び、退避を始めた。
とは言え、せっかく遭遇しておいて、そして目の前ですやすやと眠られて、攻撃も何もできませんでした、では納得がいかないのか、英雄は最後のいたちっぺのような形で、すだれに入ろうとするサハリーに向けて、強力な魔法を放った。
もちろん魔法は直撃。
本格的に寝入っていたのだから、そりゃそうだ。
しかしそれが良くなかった。魔法を受けたサハリーは不機嫌そうに斧を投げつけ、仲間を担いで退避する、英雄ではないものの足を切り落とした。
絶叫が響き、そして、仲間は進めなくなる。
英雄は仲間も助けようとするが、2発目の斧と、コンベアに沿って流れてきた薬品や魔物が邪魔をして向かえない。むしろ、サハリーはのっそのっそという遅い歩みだが、コンベアーを逆走してきている。
このままでは仲間をコンベアーに起いて戦わざるを得ない。そうなれば、病魔が渦巻く霧の中へ、眠った無防備のまま入っていくことになる。
だからか、足を切られた仲間は自らが背負っていた者を英雄に預けた。
託したような顔をして、片足だけで立ち上がって、武器を抜き放ち、倒してきてやる、そんな顔をして、サハリーと共にベルトコンベアーですだれの向こうで運ばれていく。
英雄も一緒に戦いに行きたかったが、しかし眠る仲間達を置いてもいけない。
英雄はコンベアーを逆走して遠ざかり、そして戦いに挑んだ仲間は、くるりときびすを返し二度寝し始めたサハリーに追いつくことなく、病気によって喉をかきむしりながら死んでいった。
透明のすだれを抜けて出てきたのは、すやすやと眠るサハリーただ1人。
英雄達は、それからも工場内をコンベアーや機械を巧みに使って、サハリーを探し続ける。
サハリーはただ眠って流れ、最終工程まで行っては、最初に戻るだけなので、いつかは出会う。
その場に留まっているだけだと、工場内の罠が作動して、作業用ロボットが眠るサハリーを掴み、そこを通らないようショーットカットさせるのだが、そんなことも起こらず何度も出会った。
だが、その度に取り逃がし続ける。
1人、また1人と仲間を減らしながら。
そうして最後、英雄だけが残る。
英雄は、仲間が病魔におかされ吐血しながらも命を賭してかけてくれた、病気に対する抵抗の魔法をまとい、病魔の霧を突破しサハリーを追いかける。
英雄は、既に引退を考えた身ではあったが、しかしそれゆえに武芸も精神も円熟している。
また、命を捨てることすらも厭わない。捨てさせることも厭わない。
その実力は非常に高く、サハリーも最初から目覚めた状態で応戦したが、防戦一方。
元々サハリーは1対1で戦うよりも、多対多で戦う方が強い、後方支援タイプだ。苦戦も当然。
さらに、英雄には、数十年の人生で完成させた、奥儀のようなものまであった。
武闘大会で一瞬見せただけの、一撃。
しかし、サハリーを倒すまでの決定打には至らない。
決着はつかないまま、いくつもの工程をくぐりぬけ、そうして最終工程へ向かう最後のコンベアーに載った。
「あー……強い。本当に強い。もしかしたら負けてたかも、でも、残念、時間切れ。もう眠い……ぐぅ、すぅ……」
英雄は気付き、必死にコンベアーを遡ろうとする。
しかし、激闘の末、状態異常への耐性も弱まったのか、恐ろしい眠気に襲われ、さらに眠ったサハリーに足を掴まれてもいる。遡ることはできなかった。
そして、最終工程へと辿り着く。
最終工程は、もちろん出荷。ただし出荷されるのは、規格を満たす薬品のみ。
規格を満たさない薬品や、薬品ですらない人や魔物は、全て、そのまま廃棄処分だ。
透明なすだれを抜けて、英雄とサハリーは落下する。全てを溶かす強酸のプールへと。
状態異常の耐性が高ければ、魔法で防護していれば、本来の力を発揮できるLv200の英雄であれば、肌がぴりりともしないただのプールだっただろう。
だが、ここに落ちた英雄は、そのどれでもなかった。
「ぐぅ……すぅ……。36階層の……守護……、ぐぅ……すぅ……」
数十秒後、そこに浮かんでいるのは、平穏な表情で眠るサハリーのみ。
36階層に挑んだ7名は、ボスに勝利すること叶わず、敗退した。
『 名前:サハリー
種別:ネームドモンスター
種族:スリープシープ
性別:女
人間換算年齢:16
Lv:204
人間換算ステータスLv:294
職業:第八の鎖の番人
称号:抵抗不能の感染源
固有能力:緩やかな崩壊 ・敵対者の状態異常への耐性を減少させ眠りに誘う。睡眠状態に陥らせると徐々にHPMPが減少する。
:科学の開拓者 ・状態異常への耐性を一時的に無効化する。科学的な物事に関して補正。
:移り気 ・領域内の対象は自身の状態や他者の状態に影響されやすくなる。
:日テツの睡眠剤 ・13時から15時の間、全ての行動に対し補正が入る。12人の味方の内最も南西微南にいるとさらに補正。
:羊化 ・羊の姿になることができる。
:発症の魔眼 ・右、視界内の対象を感染症の病気を発症させる。病気の内容は知識にあるもののみ。
種族特性:眠りへの誘い ・干渉する者、した者を眠りに誘う。
:上質な羊毛 ・触れると心が癒される。HPMP自動回復量上昇。
:平和の心 ・戦闘状態に入られ辛く、維持され辛い。離脱時に補正。
:鉄壁の毛皮 ・魔法攻撃のダメージを減少する。
特殊技能:ヴァイタルドレイン ・生命力を干渉するたびに吸収する。
:マインドドレイン ・気力を干渉するたびに吸収できる。
:デンジャラスシック ・水に状態異常効果を付与する。
:パーフェクトガード ・状態異常効果を無力化する。
:ランダムエフェクト ・一定確率で可能性の低い事態を引き起こす。
存在コスト:1800
再生P:11000P 』
「……、やっぱり反乱してるし、……寝てるし……挨拶もしてへん」
俺は戦いが終わった映像を見て呟いた。
戦いの内容についても色々と言いたいことはあるのだが、他にも言いたいことが多過ぎる。
最早、何から言えば良いのか分からない。
ツッコミが必要なボケは、できれば1個に、多くとも2個くらいにして欲しい。
なのに……。
「反乱してるし、寝てるし。寝てるところ攻撃されて、不機嫌になってるし、奥儀への対策は完璧だし。挨拶してないし、最後は道連れ攻撃って……」
ツッコミきれないよ。
一体どれだけのことをしでかすんだ。
今のところみんな、反乱するのと、新技とかへの対策を講じ過ぎて、って、その2つの流れだったじゃないか。増やしすぎだよ。
「帰ったかサハリー。ご苦労じゃったの」
「お帰りサハリー。キミらしい戦いだったみたいだね」
「ぐぅ……、はっ、キキョウ先輩。あと、コー……、ただいまです」
すると、宴会じょ――、玉座の間にサハリーが帰ってきた。
水色のキューティクルの効いたサラサラヘアーの、瓶底眼鏡をかけた少女は、さきほどまで激しい戦いをしていたとは思えないような風体と、眠そうな顔をしている。
サハリーはゆったりのんびりと、重い足取りのまま俺の元まで向かってくると、俺が何の映像を見ていたかを確認して、言う。
「眠いのによく頑張ったな。サハリーは最高だよ、特に眠った顔がキュートだぜ。これからも眠りながらよろしく頼むよ。キラーン。あとさっさとパンツ見せろよ」
そんな風に、俺の言葉を代弁して。
そう言った後は、もう何も言わず、目に涙を浮かべながら、スカートをたくし上げ。途中でコックリコックリと船を漕ぎながら、たまに目覚めては、またたくし上げ。
「あー……、サハリー」
「パンツ見せるんでえ、パンツ見せるんでえ」
数秒の沈黙の後、俺はサハリーに呼びかけた。もちろん内容は、眠っちゃいけない、それを伝えるためだ。
他のこともダメだが、戦いの最中に眠るのは凄く良くない。侵入者は命を賭けて挑んできているんだ。そんな相手が眠っていたらどうかね。嫌じゃないかね?
こちらが格上ながらも真剣に応じるからこそ、侵入者の指揮は上がるのだ。眠って戦うなど、許して良いわけがない、注意すべきである。
しかし、そう思って呼びかけた俺の声に反応したサハリーは、とてもパンツを見せてきそうだった。
懇願するように、顔を赤くし、目をそらさず、そらしたと思ったらまた少しずつスカートを。
だから、俺は、こう言った。
「よく、頑張ったね。最高の戦いだったぜ、サハリー」
恐怖というものを全て飲み込んだ漢の顔をして、感謝を伝えた。
「ぐぅ……すぅ……」
サハリーは、スカートをたくし上げるのを止め、眠っている。
……こんな、……こんな。
こんな、ダンジョンマスターの御前という、最も緊張してしかるべき場所でも眠ってしまうほど、サハリーは眠気を抱えていたのだ。侵入者との戦いにおいても眠ってしまうのは、当然のこと。そこを怒るなんて俺にはできない。
決して、怒った際にパンツを見せられたら、俺の立場が危うくなることを危惧してのことではない。決してだっ。
「シェリーも帰ったか。ご苦労じゃ」
「お帰り。ご機嫌だね」
「たっだいま帰りましたー。真似してきましたよー、オウムのようにーっ。あ、サハリーさーん、お風呂行きますよーっ」
もっと褒めて下さい、と要求、いや強要してくるサハリーに、戦闘を終え玉座の間へと帰ってきたシェリーが、走りながら声をかける。後ろからはコーリーが、何かにハッと気づいたように追いかけてきた。
するとサハリーは急に眠気が来たのかその場で横になり、シェリーが来る方へ足を向ける。そして、シェリーに足を持たれ引き摺られるように運ばれていった。
「だから足持って運んじゃ駄目だって。段差とかどうするのさ、パンツも見えちゃってるし。というかサハリー、今、持ちやすいように自分で体勢変えてなかったっ?」
「ぐぅ……すぅ……、助けてコーリー、風呂につく前に後頭部への打撃で死んじゃう。スカートもどうにかして、男の人達に見られてる」
「行きますよー。今から私のことは、コンベアーシェリーと呼んで下さいっ」
「そう呼ばれたいのっ? 名誉かなそのあだ名っ。あと男の人達って、ボクも男に換算されてるんですけどっ?」
「コンベアーコーリー、手を持って。手を」
「コーリーさんも真似するんですか? 負けませんよー、どちらが真のコンベアーか、ここで決着をつけましょうっ」
3人は、パーソナルスペースなどどこ吹く風とでも言うような距離にまで近づいて、ニコニコ笑ってお喋りしながら、玉座の間から出て行った。
うんうん、勝って良かった。
あんな笑顔が見れるんなら、本当に勝って良かったと思う。
コンベアー対決はちょっと意味が分からないけど、まあ、勝ったのは本当に良かったと思う。今まで引き摺ってたのもそういう意味だったのか、そうか……。
うん。
俺は、目の前に出しているいくつかの映像の内、現在戦闘中の干支階層の映像に目を移す。
干支階層への転移は、時間差で行われているため、コーリー、サハリー、シェリーの3人は戦い終わってしまったが、残る3人の所はまだまだ終わっていない。
だから俺は――。
「次に見る子は……、見る子は……、一体なにを祈れば良いのか分からないけど、ともかくお願いします」
そう祈って、次の子の戦いを見守る。
それが、まさか叶わない願いだとは、この時の俺には、知るよしもなかった。ということにしておく。
お読み頂きありがとうございます。
ちょっと投稿の間が開き始めております。頑張ります。
戦争編の王国帝国は、もうそろそろ終わりに近づいております。ここが終わっても、魔王国編でまた同じような形になりますが、頑張ります。




