第87話 33階層の守護者、カノン。
ダンジョンマスター心得その4
基本を大切にしましょう。
33階層。
干支階層の中で、南東微東に位置するそこは、辰、カノンが守護者を務める、破壊と勇気の砦。
侵入者に課される試練は、岩場や木々などに隠れながら階層を進み、台座で待ち受けるカノンを倒す、というもの。
階層の主体は砦。
あちこちには、あたかも真直ぐ走らせまいとするように、木や岩、木の壁に土壁に、堀や坑道、地形の起伏に、スイッチで開く洞穴や落とし穴などの障害物が設けられている。
けれどそれは、なにもカノンのためにあるわけではない。
本来の目的は、侵入者の身を守るための盾である。
台座がある中央は、高台になっていて、階層のどこにいようともそこは見えるし、反対に見られもする。
カノンの武器は弓。
一撃必殺を是とする、超威力の弓。
到達距離が、5kmなどをゆうに越すその矢は、階層全てを攻撃可能範囲としている。見られたならば、即座に必殺の威力を持った矢が飛んでくることだろう。
盾とは、つまりそういうことだ。
この階層のあちこちに設けられたそれらに、侵入者達は隠れて、攻撃をやり過ごし、次の物に隠れ、そうやって少しずつ進むのだ。
そんな砦に今、7名の侵入者がいる。
Lv200の者を筆頭に、7人全員がLv170以上であり、内1人は転生者。
転生者とは、前世における様々な経験を受継ぎ、神様から新たな力を授かり生まれた者のことで、才能においては、いかなる天才をも凌ぐ大器の存在。そんな者とLv200がいる彼等パーティーは、超がつくほどの精鋭部隊だ。
彼等もまた、水晶迷宮内から、ここへ強制的に転移させられた者達である。
どうして転移させられたのかは分かっていないようだが、しかし、やるべきことはきちんと理解している。2時間ほど前にこの階層へと転移させられてから、彼等は懸命に、カノンが待ち受ける台座に向かって進んでいた。
「リーダーっ、今そっちにっ」
「分かってますっ」
33階層、高台の台座まで向かう道程の中腹辺りで、そんな声が響く。
声の主は、壮年の男と、リーダーと呼ばれた若い男、転生者。
その2名の周りには、5名のそれぞれの格好をした仲間がいて、誰しもが固唾を飲んでその様子を見守っていた。
そう、彼等は転生者をリーダーとした7名パーティーで、そして今――。
「いや、待――。戻れ、戻って下さい。戻れーっ」
「――え、がああああーっ」
――見守る対象を見失う。
Lv200を越えた者は、耳をつんざくような風切り音と、異形の爆発音、あたかも汚い花火のような音と共に、弾け飛ぶようにいなくなってしまった。
転生者達の足を進めるその心は、少しずつ少しずつ止められる。33階層の試練の、破壊と、勇気によって。
一昨日、転生者達が33階層を攻略した際はとても簡単だった。
高台から放たれる竜族特有のブレスは、矢のような形をしており、33階層と思えば非常に強い威力を秘めていたが、転生者達が普段戦う相手と比べればそうでもない。
盾を持った防御に優れる者を先頭に置いて進めば、そこいらにある障害物に隠れる必要もなく、それだけでボスの元まで辿り着けたのだ。
ボスは遠距離特化であったため、そうなれば後は簡単。
30分もかからずに、転生者達は33階層を攻略した。
だが今回は違う。
ボスから放たれた攻撃が、矢のようなブレスではなく、実際に矢だったこともそうだが、もっと重大な違いがある。
盾を持ち、防御が得意な者が、渾身の力で行った防御すら、矢は跳ね飛ばし粉砕したのだ。
ダンジョンでは、侵入者にメリットを与えると、その分の恩恵を受けられる決まりがある。
だからこの階層のように、侵入者に対して盾にできる障害物を設置しておくと、それで上がる防御力の分、攻撃力を上げることができるのだ。
惜しむらくは、カノンくらいに強いと、33階層程度の低階層で得られる恩恵なんぞ、何の足しにもならないということくらい。あとはそもそも反乱しているため、プラスは大幅カットされていることくらい。はい。
ともかくその一撃は非常に強力だった。幸い、盾を持っていた者は死なずに済んだが、もう一度受けて同じ結果を得られるとは到底思えなかった。
転生者達は、前回との違いを思い知り、安全な道を探って、障害物に隠れながら、ゆっくり進む方法を選択する。
それは当然の選択だ。
そして良い選択だ。
自分達の実力を把握し、敵の実力を把握し、行動の指針を決められる力は、人間種族や亜人種族などの弱い種族にとって、最も大切な力だと言える。
転生者達は、その大切な力に優れているからこそ、精鋭足り得るのだろう。
しかし、だからこの階層が、破壊と勇気の試練であることを、これから思い知ることになる。
カノンには、静寂からの激動、という固有能力がある。
これは、待機している間、徐々に攻撃能力を上昇させ、集中力や感知能力をも向上させる効果を持つ。
すなわち、侵入者が何かしらに隠れて、行動を起こしていない間、常に攻撃力を高めていくのだ。
また、全てを穿つ心意気、という固有能力は、対象の防御能力と防御耐性を徐々に減少させる効果を持つ。
すなわち、侵入者達がゆっくり進めば進むほど、防御能力は減少させられ、相対的に攻撃力を増していくのだ。
時間をかける行為は、致命的と言わざるを得ない。
転生者達も、進んでいくに連れ、ひしひしとそれを感じていた。
攻撃が徐々に凶悪になり、また自分達の能力が下がっている、と。
ゆえに思っていた。放たれたたった一矢の攻撃によって、盾も防具も防御方法も練習成果も今まで培った自信も、全てが破壊される、それが破壊の試練なのだと。それでも進まなければいけないのが、勇気の試練なのだと。一昨日は分からなかったが、今やっとその意味が分かった、と。
もちろん、それは違う。
だからこの階層が、破壊と勇気の試練であることを、これから思い知ることになるのだ。
カノンは高台の上から、眼下に広がる広大で複雑な景色を見下ろしていた。表情は、いつもからは想像できぬ無表情。
そうして無表情のまま、カノンは弓を引き絞る。
狙うは侵入してきた転生者達。
けれども、カノンから転生者達の姿は見えない。誰も彼もが、用意された障害物に、彼等にとっては盾に隠れているのだ。
しかしカノンは弓をさらに引き絞り、射る。
矢は、全てを畏怖に包みこむような恐ろしい風切り音を伴って、ひたすら真直ぐ真直ぐ突き進み、カノンが狙っていた木へ向かう。
その木の裏には、転生者パーティーの内、1人が隠れている。
恐ろしい風切り音により、攻撃が来たことがその者にも分かった。木から顔を出すわけにはいかないため、狙いは不明だろうが、盾に隠れているのだから自分は安全だ、そう思っているに違いない。
その攻撃をやり過ごしたら、次の障害物、盾へ向かおう、きっとそんなことを思っているのだ。
だが、矢は、木に着弾した瞬間、木を、爆発したように霧散させた。
あたかも、まるでそこには初めから何もなかったかのように。盾としての役目なんぞ、ほんの一欠片も持っていなかったかのように。
そして勢いと殺傷能力を十全に保ったまま、木の向こうに隠れていた1人を射抜き、轟音と共に掻き消した。
これが、破壊の意味だ。
破壊の試練と名付けたのは、障害物、盾を破壊するから。
この階層の要であり、侵入者達の寄る辺でもあるそれらを破壊する。だからこそ33階層には必殺ではなく、破壊の2文字が相応しい。
転生者達は、まず、破壊の意味を思い知る。
「くそう、ちくしょう。皆早くこっちにっ。この木なら安全ですっ」
リーダーたる転生者は仲間の死を悔やんだ。しかし諦めはしない。
また前へ進もうと仲間へ呼びかけ、仲間達もそれに応る。
破壊の意味がそうならば、それならそれで対応すれば良いだけだ、と言わんばかりに。
転生者達5人が集まったと同時に、カノンの矢は放たれた。その一撃も、先ほどの一撃と同等の威力を秘めて飛来し、大樹に着弾したが、今度は破壊するには至らなかった。
大樹に付いた破壊痕を見るに、おそらくあと何発射られようが、壊れることはないだろう。
転生者達は痕を見にこそ行けなかったが、音からそれくらいのことを判別できる程度の力は持っていた。
壊れない物もある、何発も耐える物もある。それが分かって、転生者達は目に力を宿す。
障害物である木も岩も、木の壁も土の壁も、落とし穴も、様々なものがある。
木なら、ひょろひょろとした木に、力強さを感じさせる大樹。
岩なら、触れるとポロポロ崩れる砂のような岩に、剣で打ってもこちらが折れる鉄のような岩。
物によっては、カノンの破壊の力も及ばない。
ダンジョンによる設定として、数発は必ず耐える、としているオブジェクトや、破壊不能のオブジェクトとてあるのだ。
だから、転生者達はそれだけに隠れるようにして、安全なルートを探して懸命に進んだ。
カノンは、転生者が盾から盾へ移動する瞬間を狙ったり、破壊可能な盾を破壊して無防備な時間を長くしようとしたりしたが、破壊不能の盾が多いルートを通られては、効果も薄い。
転生者達は、どんどんどんどん、カノンへ近づいていった。
そうして転生者達はとうとう――、勇気の試練の意味を、思い知る。
「なん……だと……」
転生者は思わず呟いた。
目の前の景色を見て、ひたすらに絶句した。
目を見開き、想像して、額に油汗を滲ませる。
そこには、険しい道や過酷な道があったわけではない。むしろ、逆だ。あまりにも簡素な道があったのだ。
ただの四角形の細長い筒から、天井を取っただけのような道。
両脇を、隠れもできない壁に囲まれ、高台にある台座まで上って行けるような、真直ぐ進むだけのゆるやかな坂道がそこにあった。
その道に、障害物はない。
ところどころに魔物はいるが、33階層の魔物はそう強くない。
平坦で、なににも構わず走れば、ものの1,2分ほどで走りきれるだろう。
だから盾もない。
そこはまるで処刑場だった。
真直ぐ飛ぶ矢が、最大限に活かされる道の先に、誰も止められなくなった威力の矢を、無制限に放てる存在が、今か今かと待ち受けているのだから。
この33階層は、台座まで、いくつものルートで成り立っている。
明確に区切られているわけではなく、障害物の配置で作ったルートがあるのだ。
障害物と障害物の間を離して、行けないようにしたり、逆に近づけて誘導したりと、そんな具合に。
ルート同士は、複雑に交差し、枝分かれしているが、侵入者達は必ず、いずれかのルートを使って辿り着く。
どのルートも難易度は同じだ。
難易度を、必要な勇気の量、と考えても良い。どのルートを通っても、同じだけの勇気が必要になる。
けれども今回、転生者達は、安全なルートを選択してやってきた。破壊不能の盾が多く、薄っぺらいいかにも破壊されそうな盾のないルートをだ。
そこを進む為に必要な勇気は、本当に他のルートを進む為に必要な勇気と同じだっただろうか。
もちろん違う。
薄っぺらい盾しかない道に比べて、勇気などほとんど必要なかっただろう。
だが、ルート毎に必要な勇気の量は絶対に同じなのだ。ダンジョンとしては、それは絶対なのだ。
だから、最後の1kmで、帳尻を合わせなくてはいけない。勇気の帳尻を。
楽をしたなら楽をした分、勇気を使わなかった分、最後の最後に、膨大な量の勇気が必要な、こんな道になる。
侵入者は、安全な道だけを選ばずに、少しくらいは危険な道に挑むべきだった。
そうしたなら、最後の1kmも、同じ程度の危険しかない道だっただろう。
けれども誰も危険な道に行かなかった。
矢が恐くて、安全しか考えられなかった。
盾から顔を出して、前方を確認しておけば分かった。
台座は高台にあって、そこまで坂道になっているのだから、どこからでも最後の難易度は見れるのだ。見れば引き返す選択もできただろう。
けれども誰も前方を確認しなかった。
矢が恐くて、次の盾しか見ていなかった。
勇気の試練とはそういうことだ。
ただ進むだけが、勇気と言う意味ではない。困難に挑むことこそが、勇気である。
ほんの少しの勇気さえ出していれば、この階層は難しいものではない。
だからもう、転生者達にとっては、どうしようもないほど困難な階層になっていた。
戻ろうとしても、先ほどまで隠れていた盾はない。
何発も射れば破壊できる盾は、ゆっくりゆっくり進んでいたから、もう全て破壊されてしまったのだ。
遠く離れたところにはポツンとあるが、そこまで走っている間は無防備になる。生きて辿り付ける可能性は、低い。
それに逃げたとしても、また進んで来なければならない。その下がったステータスで。
転生者達に選択肢はない。
そして、時間もない。
隠れていた最後の盾は、カノンの3度目の攻撃によってついに破壊された。
転生者達はカノンに向かって駆け出す。
1,2分で駆け抜けられる、死の道を。
「ようこそおいで下さいました。33階層、第五の鎖の番人、カノンと申します。さあ、根性を見せる時は今です。一番根性を見せた者から順に、サヨナラをしましょう」
侵入者達5人は、次々と破壊されていく。
しかしその行動は、まるでリーダーたる転生者の盾となるようだった。
耳を塞ぎたくなるような恐ろしい音の攻撃に対して、自らの身と命を挺して、転生者のために彼等は散った。
転生者は仲間に何も言わない。
身を守らせることが当然であるかのように、仲間を使い潰して駆けていく。
だが、転生者は泣いている。歯を食い縛り過ぎて血を流している。悲しくないはずがない、悔しくないはずがない。
ましてや転生者は、前世でも仲間を失っている。圧倒的な力に打ち勝つために仲間を犠牲にして、自分だけが生き延びた。
大き過ぎる後悔。もう2度と、あんなことにはさせない。転生者はそれだけを誓い、そうするための力を手にし、来世の今へとやってきた。誰が仲間を使い潰そうとも、彼だけはそんなことをしない。しかし勝つために、再び同じことが起きている。
彼の頭の中では、前世と今世の記憶が混在する。
しかし、だからだろうか、彼は、転生する際に得ていた力を、真の意味で開花させた。
2度目の仲間の死によってその力を得たことは、彼にとって幸運なことなのか不運なことなのかは分からない。だが、それでも、転生者は駆け抜けた。
「うおおおおおおーっ」
そして全ての仲間の死と共にカノンの元ヘ辿りつき、得たばかりの、自身の最高の力を振るう。
だが、その力は発揮されることもなく、戦いは終わる。
本人ですら全容を掴みきっていないその力を、まるで予め知っていたかのようにカノンは躱し、そして射った。
轟音が彼方へと消えた頃、体の大半を消し飛ばされた侵入者は、ようやく何かを終えたかのように倒れ伏し、ダンジョンへと吸い込まれるのだった。
33階層に挑んだ7名は、ボスに勝利すること叶わず、敗退した。
『 名前:カノン
種別:ネームドモンスター
種族:ワイバー
性別:女
人間換算年齢:24
Lv:202
人間換算ステータスLv:306
職業:第五の鎖の番人
称号:前進不能の狙撃手
固有能力:静寂からの激動 ・待機している間徐々に攻撃能力上昇。待機している間徐々に集中力向上。待機している間徐々に感知能力向上。
:全てを穿つ心意気 ・対象の防御能力と防御耐性を徐々に減少させる。
:残死 ・残心の間は常に矢が進み続ける。
:食時の破壊 ・7時から9時の間、全ての行動に対し補正が入る。12人の味方の内最も南東微東にいるとさらに補正。
:竜化 ・竜族の姿になることができる。
:脆弱の魔眼 ・左、視界内の対象を脆く弱くし、耐性を弱める。
種族特性:竜魔法 竜魔法使用可能。
:竜族の翼 ・空を自在に飛ぶことができる。
:竜族の鱗 ・物理攻撃と魔法攻撃のダメージを減少させる。
:竜族の眼力 ・眼下の対象に威圧効果を与える。
特殊技能:スタミナドレイン ・体力を干渉するたびに吸収できる。
:ヘルスドレイン ・魔力を干渉するたびに吸収する。
:スナイプライン ・遠距離攻撃の命中率と威力が向上する。
:フルウイングショット ・風の力を使い強烈な一撃を放つ。
:フィアーズサイト ・攻撃力に応じた、恐怖を広範囲に与える。
存在コスト:1800
再生P:11000P 』
「……、やっぱり反乱してるし、あと新技も完璧に見切ってはる……」
俺は戦いが終わった映像を見て呟いた。
戦いの内容についても色々と言いたいことはあるのだが、まずは、どうして新たに身に付けた新技を見切っているのかについて問いたい。
普通は知らないはずなんだ。だってたった今身に付けたんだもの。それがまるで、予兆を発見し、それの発展形を予測し、幾重にも対策を積んでいるようだったではないか。
転生者の新技は、あれはとてつもなく強力である。
開花していない状態だったにも関わらず、Lv100を越えた生成P650Pクラスの強力な原生魔物を倒していたのだ。いかなる状況でも仲間を守れる力、そう言えるものだったに違いない。
食らっていれば、カノンとて無事では済まないはず。カノンは遠距離専門なのだから、一気に不利にな状況に追い込まれても不思議ではない。
なのに……。
「いや、俺も知ってるんだけどさ……」
作戦室で上映会してたんだもの。
650Pの魔物を生成して、追放して、わざと襲わせてみて、これは……って会議して、予想の3D映像を作ってたんだもの。
「おお、お帰りカノン。やるじゃないか」
「カノンお帰なさいり、楽しかった?」
「ローズ先輩、エリン。根性ですっ。良い根性が見れました、満足です」
すると、宴会じょ――、玉座の間にカノンが帰ってきた。
深い緑の髪をポニーテールにした、子供っぽい顔立ちの美女は、さきほどまで激しい戦いをしていたとは思えないような風体と、くだけた顔をしている。
カノンは突如ダッシュして、目を見開きながら俺の元までやってくると、俺が何の映像を見ていたかを確認して、言う。
「不肖カノン、ただいま帰って参りましたっ。どうしでしたか王様、アタシの根性は。ナイス根性、ではありませんでしたかっ?」
そんな風に、目を爛々と輝かせて。
そう言った後は、もう何も言わず、くだけた顔になりぼんやりと笑顔を見せては、しかし目はそらさず、俺の目だけを見て。
「あー……、カノン」
「はいっ。なんでしょうっ」
数秒の沈黙の後、俺はカノンに呼びかけた。もちろん内容は、ノー根性と言うためだ。ダンジョンマスターとして、今一度根性の意味について考え直せと言うためだ。
どこがどうしてこうなったのか、根性とはその場において、理不尽を跳ね返す努力を言うのではないのか。
下調べをカッチリして、ハメ技のように倒すなんぞ、根性とはとても縁遠い。それを分からせてやるべきである。
しかし、そう思って呼びかけた俺の声に反応したカノンは、とても張りきっていた。
一息に元気な口調で反応した後は、ちょっと顔を赤くし、やはり目をそらさず、時にはへらっと笑って、また真面目な顔をに戻して、またくだけたり。
だから、俺は、こう言った。
「ナイス根性。最高の戦いだったぜ、カノン」
疑問というものを全て置き去りにした漢の顔をして、感謝を伝えた。
「ふふふ、ナイス根性です。根性、根性、ド根性。アタシはまだまだ行きますよーっ」
カノンは、後ろに日本海の荒波が見えるような威勢の良さで、片手を天へと突き上げ、俺の感謝にそう応える。
……こんな、……こんな。
こんな、根性ってなんだろう。
「帰ったか、ケナン。2人ももう帰っているぞ」
「お帰りなさいケナン。どうだった?」
「余裕余裕の完勝や。いやあ、やっぱ人が裏切る瞬間は気持ちええ。お、カノン、カノンはどうやったんや」
一緒にエイエイオーと何度もさせられていると、カノンに、戦闘を終え玉座の間へと帰ってきたケナンが、その場から声をかける。後ろではエリンはよっこらしょっと、と言って立ち上がっていた。
するとカノンは最後のエイエイオーを済ませると、今度はかけ足くらいのスピードで走り寄って行く。
「やっぱりわたし達って、知能のある人種相手が一番よねー。それも7人かそれくらいが」
「一番根性も見られるからな」
「せやなー、次はなあ。まあええけども。じゃ、風呂行こか。流石に汗かいたわ」
「あ、アリス達が上がろうとしてるわ。急がないと」
「なにっ、早風呂とは根性のないっ。鍛えなおさねばっ」
「せやなあ、きちんと体を温めなあかんのになあ。女の子やし当然や、教えてあげな」
「そうねえ。でもそれならまずは、女の子ってことを分からせてあげないとねえ?」
「ん? ああ、そうだなっ。よく分からんがっ」
「ホンマか、ならカノンも教えられる側に回ったらええねん。まずは実演をカノンで見せたろうかいな。指が鳴るわ」
3人は、パーソナルスペースなどどこ吹く風とでも言うような距離にまで近づいて、ニコニコ笑ってお喋りしながら、玉座の間から出て行った。
うんうん、勝って良かった。
あんな笑顔が見れるんなら、本当に勝って良かったと思う。
なんかトラブルの予感はするけど、まあ、勝ったのは本当に良かったと思う。鳴るのは腕じゃないのかな、と思うけど、うん。
うん。
俺は、目の前に出しているいくつかの映像の内、現在戦闘中の干支階層の映像に目を移す。
干支階層への転移は、時間差で行われているため、エリン、カノン、ケナンの3人は戦い終わってしまったが、残る6人の所はまだまだ終わっていない。
だから俺は――。
「次に見る子は……、見る子は……、一体なにを祈れば良いのか分からないけど、ともかくお願いします」
そう祈って、次の子の戦いを見守る。
それが、まさか叶わない願いだとは、この時の俺には、知るよしもなかった。ことにしておく。
お読みいただきありがとうございます。
戦争編はまだ続きます。頑張ってお読み下さい。




