第6話 勝利で得られるものとは。
ダンジョンマスター格言その6
油断も慢心もすることなかれ、我々は必ず見たこともないような脅威に破れるのだから。
「マスター、お前、アタシに勝てると思ってんのか?」
18歳くらいの美少女が、俺を睨みつけてそう言ってくる。
怒っているわけでもない、慢心しているわけでもない。ただただ自然に、ただただ楽しそうに。
「当たり前だろう?」
マキナ、上級風竜、最終階層の守護者、ラストボス。
最強の種族として、ダンジョン最強の存在として、おそらく全ダンジョンを見渡しても、最大のPにより生成されたマキナにとって、あらゆる敵はと雑魚の俗称である。
だからこそ、挑んでくる敵に対して一々怒ったりはしない。
ただその努力を、面白く体感するだけ。
「はははは、良い度胸だぜマスター。死んでもしらねえぞっ」
そう笑うマキナ。
一瞬にして美少女の姿は消え、巨大で神々しい竜の姿が出現する。
……なんだろう凄く怖いな、本当に殺されそう。
しかし、ま、まあ大丈夫だろう。
ダンジョンモンスターからの攻撃や余波によるダメージを、ダンジョンマスターは受け付けない。それは絶対の法則、神の取り決め。
ダンジョンモンスターである時点で、俺に勝つことは不可能なのだ。
とは言え、それを打ち破る方法もある。
竜因魔法。
竜のみが持ち、上級竜以上でなければ十全に扱うこともままならない、それはまさに神を殺すためにある力。
それを使われちゃうと、俺に攻撃は通るんだよね。正直、とても怖いです。もう謝りたい。
だが、俺が死んでしまえば、コアも壊れ、マキナも死ぬ。
ゆえに使うことなどできないだろう、であるならば、俺にダメージを与える方法など、貴様には存在しまいっ。
俺の勝ちだーっ。
「うらああっ死ねえーっ」
口に溜まる青白い燐光。
ブレスの光。
……。
「待て待て待て待て待て待てターイムっターイムっターイムっ」
「カタストロフ――、あん?」
「タイムっ、オーケーっ? ターイムっ」
「お、おう……」
俺は手でTの字を作りタイムを宣言する。
俺の必死の宣言が通じたのか、青白い発光は徐々に収まり、なんとも微妙な表情をする竜形態のマキナが見えてくる。
「タイムっ」
「分かったって……」
その顔目掛けてもう一度、ビシっと音が鳴るくらいにTを見せつけました。
ふう、まさか初めてのバトルが、自分の配下の魔物だとは思いもしませんでしたが、そのバトルで殺されそうになるとは夢にも思いませんでした。
……え、俺今日死ぬのかい?
そもそも、マキナは、竜因魔法で攻撃したら、俺が死ぬと分かっているのだろうか。
自分も死ぬ、ということが分かっているのだろうか。
いや分かっちゃいないね。
「マキナ、1つだけ言っておく」
「あん?」
「ダンジョンモンスターは普通、ダンジョンマスターやダンジョンコアに攻撃しても、ダメージはおろかかすり傷一つ与えられないが、竜因魔法を使ったらダメージが通る」
「だから使うんだろ」
……分かってました。
いや、もう1つ分かっていないことがあるかもしれない。
「マキナ、1つだけ言っておく」
「2つ目だけどな」
「俺を殺せばダンジョンコアも壊れる。ダンジョンコアが壊れればお前も死ぬ」
「あ? そりゃそうだろ」
……分かってました。
左様でございましたか。
「良し分かった。ルールを決めよう。ルールだよ、分かるかい?」
「んなもんぶっ飛ばしたほうの勝ちだろ」
「いやいやいやいやマキナ君。僕達の共通の目標は、ダンジョンコアを守ることじゃないか。だからお互い殺すのは無しだ、それなら、勝ち負けの基準を作る必要がある、分かるだろう? 分かってくれるよね? 分かれっ、分かって下さいお願いしますっ」
ルール無用のバーリトゥードで開催しちゃうと、完全なデスマッチになる。
むしろ勝負になるわけないから、俺のデスになる。
マッチは果たしてどこに行ったのかな、アイドルにでもなったのかな? なにが何やら分からないよ。
「ルールねえ、ま、何だろうとアタシの勝ちは変わらねえから何でも良いぜ。精々あがきな」
完全に上から目線のマキナ。
それも仕方ない、俺だけデスというレベルで、俺達の実力はかけ離れているのだから。
この野郎、ダンジョンマスターはな、ダンジョンマスターの中にだってな、強いやつはいるんだぞ。上級竜型のダンジョンマスターだっているだろうよ。
そりゃあ俺は人間さ。か弱い人間さ。
でもな、人間は、鍛えたら鍛えた分強くなる、Lvによる成長率の減衰がない唯一の種族さ。亜人だって、種族によって大小あれど、全種に減衰率あるんだからな、唯一だよ唯一っ。
でも俺は鍛えてないさ、だから弱いさ。
ダンジョンマスターだから、どれだけ体を鍛えようとも、Lvを上げるためにどれだけ魔物や人を倒そうとも、何一つ変化を得られないけれど、鍛えたら鍛えた分だけ強くなる種族なのさっ、思い知ったか。
「へえ、そうさせて頂きやすっ」
「はんっ」
……鍛えて強くなる種族が鍛えられなかったら最弱じゃん。
いやスライムとかよりは多分強いよ、スライムにも色々いるからその中で弱い部類のやつらね。あとは小さな虫とか、そういう小さい魔物とか。ビンタ一発で終わらせてやるぜへっへっへ。
……。
ま、良いさ。
強いことと勝つことは、必ずしも一致しない。
何かで強かったとしても、そこを避けて勝負すればいい。
「ルールは、勝負の内容を交互に決めること。どっちかが負けを認めれば、その勝負は相手の勝ち。それを、どちらかが相手に2勝差をつけるまで勝負を続ける。もちろん2勝差をつけた奴の勝ち。こんなところでどうでしょう」
もし避けられなかったとしても、嵌め手なんてものはどこにでも転がってるもんさ。
俺にはなんの実力も実績もないけれど、莫大な知識だけならある。
「2勝差、ってことはアタシが選んだ勝負でアタシに勝つってことか?」
「もちろん。お前が負けた時に、たまたまだとか言ってゴネられたら困るからな」
「……」
マキナは人化し、地面に音もなく軽く降り立つ。
動作は穏やかそのもの。あれだけ大きく強靭で、魔力の暴風を内包していた姿を変化させたと言うのに、周囲に一切その変化を気取らせない程。
しかし、その表情はさきほどの楽しそうなものではなく、プライドを傷つけられた怒りの表情だ。
怒っていらっしゃる。
ただでさえ悪そうな目つきが、さらに悪くなっておられる。
「へえ」
元が美人で生意気そうな顔立ちなので、見る人によっては可愛らしいのだろうが、この大気が震えるような威圧感を前に、可愛いと言える人はきっといないでしょう。
短く。ただただ短く、俺の答えに応えたマキナが返事をした。恐怖と絶望を与える存在感のまま。
さっきは吼えていても、味方だと思っていたから怖くなかったが、今は怖い。味方じゃないからね、なんてこったい。
僕の相棒は一体どこへ……。
「ハンデとして、最初に決める権利はマキナに譲ってやるよ」
「良い度胸だマスター、少し見直したぜ」
そして、挑発にコロンコロン引っかかるマキナ氏。
怒りに震えている、めっちゃ怖いわあ。コイツマジで俺のことぶっ殺しにくるんじゃない?
大丈夫かな、ルール大丈夫かな。
「殺すのは無しだぞ、お互いに」
お互いにと言った瞬間、強まる威圧感。
凄い挑発に乗ってくる……。挑発してるのは俺だけど、ここまでコロンコロン乗るのは止めて欲しい、挑発してる側だって困るよ、多少失うくらいにしてよ冷静さは、必要分は残して下さい、怖い……。
「どんな罠を仕掛けてくんのかしらねえが、無駄だぜ。んなもん全部破壊してやる」
「罠? そんなものないよ、実力で勝てるから持ちかけたんだよ」
しかしこれは言葉通り。
この勝負、分が悪いのはマキナの方だ。
なぜならマキナ、俺はお前の知らないことを知っている。
「最初の勝負は殴りあいだ、行くぞ」
「まいった」
「は?」
「マキナの一勝な、じゃあ次の勝負は俺が決める、何にしようかなー」
「おいっちょっと待て」
「次の勝負は、将棋っ」
「いきなり降参って、……将棋?」
ネームドモンスターの初期の知識は、自らの力に関することと、ダンジョンに関すること、それから世界に関することのみ。
自らの力に関することとは、特徴や適性に付け加えた項目や、元から持っている能力を使いこなすための知識で、フィールドで自然に生まれる魔物とは違い、生成された瞬間から、自分の全力を余すところなく扱えるように生まれてくる。
ダンジョンに関することとは、ダンジョンに対する一般的な知識でもあるし、自身が生まれ暮らすダンジョンの全容でもある。
世界に関することとは、一般常識やダンジョン周辺の事情など。
そこにもちろん、異世界の知識は入らない。
勲章の一部、というより勲章の半分以上は、配下にも効果を及ぼすものだが、異世界の知識はその半分以下の方。
もちろんダンジョンマスターの頭の中身が、配下に継承されることもないので、異世界の知識は俺だけの力だ。
とは言え、俺には知識があるだけで、使いこなせるわけじゃあない。
知識にあるならどんな状況でも、どんな昔のことでも、どんな小さなことでも思いだせるのがダンジョンの住人達の特性であるため、知識量だけは誰にも負けないと言えるが、決して経験ではない。
全世界で記録された出来事の全てはあっても、それによって誰かが学んだことや、俺が感じたことは、何一つ存在しない。
使いこなせるわけじゃあない。
人一倍努力、勉強しているのにテストで点取れない奴っているじゃん。それが俺さっ。
……嫌な例えしちゃったよ、まあ、どれだけ詳しくて知識があってもプロに勝てないのと同じ、経験や感性の伴わない知識なんてその程度だ。
けれど、そうだとしても俺には、数百数千年に及ぶ知識の蓄積が存在している。
将棋で言うなら、全ての戦法を知り、その移り変わりを知り、冊子に載った全ての棋譜も知っている。
たかだか1局で、人々が何十何百と紡いできた研鑽を、才ある者達が人生を捧げ研究してきたその成果を、くつがえすことなどできない。
「あぶねええっ。はっ、つ、詰みだな、マキナ」
「くそっ」
固有能力や学習のおかげか、後半は怒涛の守りだったが、前半が悪かった。流石にそこから巻き返すことは不可能ですよ。
将棋にはねえ、嵌め手ってもんが大量にあるんですよっ。受け方を知らなきゃ、成す術がないってレベルのがねっ、序盤で飛車角両方取られちゃ挽回なんてできませんよ。
……あっぶねえ。
次に攻める機会渡してたら負けてたんじゃないの俺。
「こんなんで何が分かるんだよ」
マキナさんは怒る。
だが言い訳はきちんと用意している。
「おいおい、これは戦略を学ぶためのものだぞ。指揮スキルを持つお前なら分かるだろう」
「ちっ」
俺には分からねえけど。
「これで1勝1敗だな」
「ぐっ。次だ次、もう一回殴りあいだっ。今度は逃げんなよ」
「お前も逃げてるじゃないか」
「あん?」
「将棋じゃ勝てないからって、そうやって自分有利なルールでやろうとする」
「このっ。お前だってそうだろ。アタシこれ知らねえし」
「俺だって殴り合いの仕方は知らないよ。ステータスだって全然違うしな。でもこれの駒の数は同じで、駒の強さも同じだぞ? 一緒じゃないな」
「ぐっ」
「まぁ将棋じゃ勝てない、って言うならそっちの勝負でも俺は全然受けるよ。俺はね」
「じゃあアタシもやってやるよ。ほらっ、将棋だ。さっさとやるぞ」
作戦通り。
1度目は向かい飛車からの桂跳ねで倒した。おそらく次はもう通じまい。
しかし、お前の知らない戦法など、まだ100も200もあるわーっ。
俺が繰り出した、3間飛車からの5五角によりマキナは敗北。いや、コイツ異常に強いな、上達速度が尋常じゃないよ。序盤あんだけ俺が優勢だったのに1手差じゃねえか。桂馬ってどうやったらそんなに上手く使えるの? 控えて打つの?
「くそっ、くそっ。次は負けねえ、分かってきたぞ、次は勝てるっ」
確かに。次は負けそう。
まだまだ嵌め手は尽きないが、何をしても止められそうな気がする。止められてしまえば、不利になるのは俺だろう。果たしてそこから俺は挽回できるのだろうか。
嵌め手じゃない戦法自体もたくさんあるが、それでも有利に序盤を終えられる程度。知識よりも読みと勘が重要な中盤終盤を、その有利を保ち終えられるだろうか。
……まあ、結果は神のみぞ知ると言いますから分かりませんね。でもねえ、俺はね、危ない橋は渡らない、そんな男になりたいと思います。
俺の人生はまだ危ない橋しかないからね。
「じゃ、次の勝負は囲碁で」
「囲碁? 将棋はっ?」
そして俺はコミを入れて半目勝ちを収め、見事3連勝。
2勝差をつけたことで、マキナとの戦いに勝利した。
負けたら必勝法のあるゲームにシフトするつもりだったが、そんな必要もなかったな。多分そのゲームを選んだ途端に見破られて、殺されてしまいそうな気がしていたから、本当に良かった。
竜って頭良いんだなー。
……次、言うこと聞かなかったらどうしよう。
「ま、マキナもよく頑張ったけどな。でも勝負は俺の勝ちだ。約束どおり、俺の命令をなんでも聞いてもらおうじゃないか。なんでもな、ケーッケッケッケッケ」
俺は立ち上がり、そう言い放つ。
なんだかイケナイ事をさせてしまいそうなセリフだが、断じてそんな考えはない。
「うぅ、負けたー……」
「さあこの階層に侵入してきた、おろかな魔物達を殲滅するのだ、行けいマキナーっ」
ビシッと空を指差す俺。決まった。
「負け……負けた」
「行くのだマキ――ん? マキナ?」
「負けたー……、アタシ強いのに……」
……もしかして泣いてる?
「うあああああーん、うあーーー、負けたあ、あああぁぁああー」
もの凄く泣いてますやん、号泣ですやん。
座ったまんま上を向いてボロボロ涙をこぼす。手で目をこすったりせず、ワンワンワンワン泣いている、なんだかアホの子っぽい泣き方。
いやそこは良い、それは良い。
泣くのは良いが、咆哮はやめてくれ。すっごいビリビリきて、ほらご覧木々が倒れていくよ、土が表層からめくれていくよ。
「コアー大丈夫かー」
俺もコアも、ダンジョンモンスターやダンジョンモンスターが起こした余波からダメージは食らわないが、怖い。ほらほら、俺の体も震えてるしコアだって凄い震えてるよ。
あ、俺の体が浮いたよ、浮いた。凄い泣くから空間がおかしいことになってるよ。
「――はっ、将棋盤ー囲碁盤ー」
宙に浮かび、ボロボロに朽ち果てながら遠くに飛んでいってしまった、僕等の遊具。……せっかくP使って出したのに。
ダンジョンを繋げる、ダンジョンを広げる、ソート、確認機能、マキナを生成する、その次にPを使った、我がダンジョン初の、思い出のアイテムが、まさか味方に破壊されるとはっ。
「うああああああーん」
「マキナー、マキナーっ」
「うああああー、うあああああーん、ああああぁぁああー」
止まらねえ、俺にはコイツを止められねえ。
そしてゴメンよ軍隊の人達っ、距離がまだそこまで離れてないから咆哮でダメージ食らってますね。ぐああああーって。
ダンジョンとして最終階層の守護者が、最終階層から低階層にいる侵入者にダメージを食らわせているなんて許しがたい現実だ。マナー違反だ、気持ち悪いよう、モヤモヤするよう、涙が出るよう、マキナやめてくれー。
「マキナっ、マキナは強いよ、強いからっ」
「でも負けたー」
「いや、それはほら、勝負は時の運とかそういう言葉もあるじゃない」
「うわーーーーん、やだー」
やだーってお前、子供か。
「最強じゃないとやだー」
駄々っ子か。
「マキナ、マキナよ」
「あううう」
「マキナよ。将棋も囲碁も、人は何千年と研鑽してきました。君は同じだけの努力をしてきましたか?」
「ぐうう、してない」
「そうだろう」
「でも上級竜ーなのにー。一番強いのにー」
「人はな、自分の人生をかけて、これを追い求めて、次の奴に後はお前に頼んだって言って、死んでいく。それが技だ」
「技……」
「お前は今回、その技に負けた。でも、技は学べる」
「学ぶ……」
「そのために、マキナには学習能力をつけたんだ。最強のお前が、技を学んでさらに最強になるために」
「最強……」
オウムかなんかかこいつは。
「お前はまだ生まれたばかり。学んだことは少ない。だからこれから、俺の下で、多くを学んで最強になるんだ、その手助けを俺は頑張る。俺の仲間になってくれるか?」
「ひっく、うぅ、分かった。ひっく、なる。マスター、お前を認める」
マキナはグスリと鼻をすすりながらもそう言って、俺を認めてくれた。お前って言ってる時点でなんかおかしいけど。
「ありがとう。マキナ。これからよろしく頼むぞ」
「おう。ぐずっ」
やっと泣き止んだか。
やれやれだぜ。
でも、これでようやくスタートだ。最強の魔物を従えた、我がダンジョンの覇道が、今始まるっ。
「じゃあマキナ、最初の指令を与える」
「おう。手始めにあそこにいる軍隊をぶっ潰してくる」
「いや、ちょっと待て待て」
お読み頂きありがとうございます。
誤字脱字などに気をつけ、読み易さとストーリーに定評のある作家になるべく精進致します。
次話で2人目登場します。
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