第85話 階層突破、されました?
ダンジョンマスター心得その2
ダンジョンモンスターは大切に。
「干支の諸君っ、そして四獣の諸君っ。まずは、ご苦労だった。それぞれ莫大な数の侵入者に対し、堂々たる戦いであった。諸君等の奮戦により、本日は見事、撃退することができた。ダンジョンマスターとして喜ばしく思う。また、明日も、侵入者が仕掛けてくることが予想される。本日よりも強い者達が来ることは確実だが、各々の奮戦に期待する」
俺は玉座から立ち上がった状態で、賞賛の言葉を口にした。
それは、まさに、王の言葉だ。玉座の間に響き渡るような大きな言葉は、戦いに疲れた者達の心を癒し、そして奮起させる力がある。
28人のネームドモンスター達は、きっと喜びと活力に満ち溢れ、耳を澄まして聞いていることだろう。
しかし俺は、賞賛の言葉に、ここで一旦区切りを入れる。
ここからは、悲しい話をしなくてはいけない。
なぜなら、あろうことか、決してやってはいけないことをしていた事実が発覚したからだ。
王として、いや、ダンジョンマスターとして、それは、それだけは、許すことなどできない。今、みんなが抱いた喜びや活力を、全て無に帰すのだとしても、俺にはこれを言う責務がある。
「しかしっ。残念なことだ、誰とは言わない、誰とは言わないが、この中に、侵入者との戦いを、反乱状態で戦った者や、部下であるダンジョンモンスターを倒しながら行った者がいる。した者は、自分のことだと分かっているだろう。心して聞いて欲しい」
そう、それは、反乱して戦ったことと、部下を倒したことについて。
「そもそも反乱とは、ネームドモンスターが、ダンジョンマスターに見切りをつけた場合、ダンジョンを破壊するために行うものである。使ったならば最期、ダンジョンマスターも自らも滅ぶ、そういった類のものなのだ。決して、軽々しく使って良いものではない。侵入者との戦いに流用するなどとは、もっての他だ。反乱して戦うことは……そう、厳しい言い方になるが、卑劣なことだ」
知っての通り、ダンジョンモンスターは、守護階層が、自身の強さに見合わぬほど低い階層だった場合、マイナスの補正を受けてしまう。
しかし、反乱状態であれば、そのマイナス補正を受けず、自身の実力を十全に発揮できるようになるのだ。
けれども、果たしてダンジョンモンスターにとって、本来の十全の実力とは、一体どの実力を示すのだろうか。……そんなもの決まっている。自身の実力ではなく、階層数によるプラス補正マイナス補正を、受けた後の実力だ。
「そして、ネームドモンスターにとって、ダンジョンモンスターとは、絶対的に下の立場の者であり、自らの階層を守り盛り上げてくれる存在である。感謝こそすれ、無下にすることなど有り得ない。そんな者を自ら倒してしまうのも、やはり言語道断だ」
だから、俺は言わなくてはいけない。
反乱した者も、頑張ってくれたことは知っている。しかし、心を鬼にしてでも言わなくてはいけないのだっ。
「俺は、反乱した者が誰とは言わない。味方を倒した者が誰とも言わない。そのことを、ことさら攻め立てるつもりもない。だが、した者は、心に刻んで欲しい。そんなことは、ダンジョンのためにも、自分のためにも、ダンジョンマスターのためにすらならない。なぜなら不老不死たる我々にとって、最も大切なことは勝利し生き延びることではなく、誇りであるからだっ」
天高く、拳を掲げ、目に涙を浮かべ、俺は言う。
「みなの者っ、明日以降の戦いは、本来の実力で、仲間と共に戦おう。そして、無知蒙昧な侵入者共に、我等が誇りを、見せつけてやろうではないかっ」
玉座の間いっぱいに、俺の言葉と覇気が轟いた。途端、鳴り響く歓声。
色めき立った、女性達の艶やかな声が玉座の間には鳴り響く。
ああ、きっとこの演説は、みなの心にも熱い何かを宿したのだろう。
「素敵なお言葉でございました。感服致しました」
すると、セラが俺の横までやってきて、飲み物を手渡してくれる。
できたメイドだ。
俺は玉座に座ってから、その飲み物を受け取り、一口飲む。
熱気に満ちた口内が、冷たく癒されていくようで、ああ、美味しい。
「労うのも注意するのも、どっちもダンジョンマスターの役目だからね。お安い御用さ。例え嫌われても、ね。これでみんなが正しい道に進んでいければ、それで良いんだ」
俺がそう言い、空になったグラスをセラに返すと、セラは首を振ってからこう言った。
「ご主人様のことを嫌うなど。そんな者、私達の中には誰もおりませんよ。皆が、ご主人様のことを、全ての事柄よりも優先するほど、愛しております」
「セラ……」
俺達は見つめ合う。
「ですが、ご主人様。先ほどの演説に対し、1つだけ、意見を言わせて頂きますと……」
「なんだい? なんでも言ってくれ」
「ご苦労だった、は、目下の者に使う言葉ですので、ご主人様が私達に対して使うには、相応しくありませんね。全体的にタメ口でしたし」
「……」
「舐めておられるんですか?」
「……」
……。
……。
「えー、みな様。まずは、お疲れ様でございました。みな様の圧巻の戦い、目に焼き付けさせて頂きましたが、いやはや、本当にみな様はお強い。ダンジョンマスターも感激と感涙でね、なんて幸せ者なのだろうかと、思っていたところであります。また、明日も、侵入者が、より強いメンバーで仕掛けてくるとは思いますが、何卒、何卒よろしくお願い致します」
「続けて下さい」
「けれど、1つだけ。残念なこと、いえ残念と言うと語弊がありますが、1つ、少し、お願い事がございまして。いえ、大したことではございません、お気に留めておいて頂けるだけで結構なのですが、その、反乱して戦うのと仲間を倒しちゃうのをですね、どうかやめて――、ってなんでやねーんっ」
ダンジョンマスターは、ノリツッコミを覚えた。
「――くくっ」
「――ふふっ」
「……くす」
なお、ちょっとウケた。
ここは宴会じょ――、玉座の間。
本日、死力を尽くし戦った、干支と四獣、16人のネームドモンスター達の慰労会が行われている。
まだ戦争は始まったばかりで、実際の戦いに関しては、今日が初日である。そのため、慰労するにはいささか早いのではないか、と思わないでもないが、ともかく慰労会が行われている。
いつも通り玉座の間には、ソファーやら、テレビやら、たくさんの物が置かれ、空の食器や酒瓶がわんさか。
せっかく稼いだPも、水の泡と言わんばかりに、怒涛の勢いで減って行く。
しかし、その分の笑顔を生み出していることは、間違いない。
各々は、あるいは楽しそうな、あるいは美味しそうな、あるいは満足気な表情をしており、とても幸せそうだった。
本日慰労される立場であり、主役でもある干支と四獣達は特に。
現在は、隅に置かれた卓球台で、お風呂上りであるからか浴衣を着て卓球に興じているが、先ほどまでの激しい戦いが嘘だったかのように笑っている。
とても幸せそうだ。
俺は、その様子を見て、こう思った。
「つまり、さっきの俺の演説、聞いてなくない?」
だって、注意されてすぐあんな風に遊べるって、普通そんなことないでしょう?
誰とは言わない、俺はそう言ったが、実際は16人全員が反乱して戦っている。仲間を倒したのも、実は全員だ。
低階層のマスプロモンスターは、頭も悪く弱ければ、また1万人のパーティーへ向かって行くこともない。だから彼女達はマスプロモンスターを支配して、立ち向かわせていた。
直接は倒していなくとも、死地に送り込んでいた。
ならば、先ほどの俺の話は、みんな、自分事として聞いたはずだ。なのにあんな風に楽しそうに。
……というかそもそも、俺が演説している最中も、ずっと卓球のコンカンコンカンって音鳴ってたからね。気のせいだろうな、とは思っていたけど、やっぱりそうだったんだね。
俺の演説が終わった後、歓声が鳴り響いていたから、聞いてくれているものだと思っていた。けれど違うんだね。
しかし、だとすればあの歓声は、一体……。
そう俺が考えたその瞬間、再び歓声が鳴り響いた。
色めき立った、女性達の艶やかな声が、玉座の間に。
……先ほどの俺の演説が終わった瞬間に聞こえた歓声と、まるで同じもの。
それは、卓球の、11点1セットマッチの決着がついた歓声だった。
そうか、じゃあ……。
俺は、全てを察した。
「ご主人様、飲み物のお代わりをどうぞ」
「あ、ありがとう」
セラが持って来てくれた、湯気をたたせるマグカップを、俺は震える手で受け取り、口にする。
ああ、暖かい。酷く疲れ震えていた喉が、今度はじんわりほどけていくようだ。
ただ1つだけ思った。
ダンジョンモンスターが注いでくれた飲み物は、冷たくとも暖かくとも、ダンジョンマスターに対し、冷たさや暖かさを、そのまま冷たい暖かいでしか伝えられない。
冷たいから乾いた喉が潤う、だとか、暖かいから震える喉がほどける、だとか。そんな感想は、普通、抱かせることなどできないのだ。
抱かせる方法とは、ただ1つ。
反乱して、冷やし温め、注ぐこと。
「なんでやねーんっ」
ダンジョンマスターはツッコミを入れた。
「……」
「……」
「……」
今度はウケなかった。
「コホン。さて、セラ。今後の戦争の予定はどうなるんだい?」
何度か咳払いをして、マグカップをセラに返した後、俺は聞いてみた。
「こうやって今は楽しんでるけど、さっきも言ったように、明日か明後日かはもっと強力な人達が入って来るんだろ?」
今日の戦いは勝つことができたが、あくまで今日戦った相手は先遣隊。
Lv200もいなければ、英雄も勇者もいなかった。いわゆる2軍、いや3軍4軍の者達。
次に行われる戦いは、まず間違いなく、今日の戦いよりも激しく厳しいものになる。
それは、ともすれば、ネームドモンスター達が負けてしまうほどの激しい戦いになるだろう。
「はい。明日、新たに得た情報を元に、編成を組み直した、Lv200や英雄、勇者を含む精鋭によって、どちらも攻略されてしまうでしょう」
いや、間違いなく負けてしまうようだ。
セラが言うのなら、それは確実にそうなる。
「そっか。まあ、ミロクもホリィもティアも準備してるもんね。元々負ける予定だったか」
「そうですね」
まあ。階層的には、負けて当然なのだが。30階層くらいでLv180を跳ね返しちゃいかんよ。
以前、29階層でLv200を4名含む軍隊を跳ね返したこともあるけどさ。
しかしそうか……負けるのか。
やはり戦争というのは、ダンジョンにとって不利なものだ。
戦力的な話もそうだが、パーティー的な話で。俺は思う。
パーティーとは、人や魔物が作る、チームのようなもの。
それは、いくつかのアイテムを共有できたり、獲得した経験値を分配できたり、味方の能力を向上させたり、他者が感じる危機を多少察知できたりなど、あらゆる面で、良い効果を持つ。
パーティーの人数を増やすと、それらの効果が弱くなってしまうので、基本的には2名から10名。
ゆえに、ダンジョンへ進入してくる者達もまた、2名から10名ほどのパーティーを組んでいることが多い。
ダンジョンでは、そんなパーティーを、1組単位で1個の存在として見なす。
そうすることで、マスプロモンスターから見ての脅威度、逃げるか戦うかの選択や、反応する罠の種類、強度などが変更される。他にも、ボス魔物に対して、戦うパーティーのメンバー数が多ければ、その分のプラス補正が行われたりもする。
パーティーとは、ダンジョン攻略、ダンジョン防衛、どちらの側にとっても重要なものだ。
ただ、ダンジョンにおいて、パーティーの最も重要な役割とは、ボスを倒すことで得る資格のことだろう。
ボスが階層守護者であれば、次階層へ行くための資格。
宝の番人であれば、宝を手に入れるための資格。
また、次に同じ場所に来た時に、ボスと戦わず素通りできる資格。
侵入者達はボスを倒すと、それらの資格を得ることができる。
その資格があるから、一旦ダンジョンから出ても、次に来た時にボスと戦わずに同じ場所まで戻れるのだ。
侵入者としても面倒臭さがないし、ダンジョンとしても倒せない相手にボスが何度も倒される損がなくなるので、良いこと尽くめ。
だが、その資格こそが、ダンジョンにとって戦争が不利であると言い切れる理由になる。
なぜなら資格は、倒した者達が得るのではなく、パーティー単位で得るものなのだ。
5000名なら5000名。2万名なら2万名。5万名なら5万名でパーティーを組む戦争においては、全員で同一の敵と戦うなんてシチュエーションは存在しない。
しかし、ボスを倒せば5万名全員が、ボスを素通りする資格を得る。例え同じ階層にいなくとも、ダンジョンにいなくとも。
つまり、この階層はこうだからこれが得意な者で戦う。次の階層はそれが得意な者で戦う。その次は疲れたから、また別の者で。なんて戦略もとれるということだ。
それがダンジョンにとってどれほど不利なことか。
ダンジョンは、ある種、ハメ技のような形で戦う。
前階層で学んだことや、行った対策を逆手にとって倒すのだ。けれども、それが行えない。
このダンジョンにおいても、足が遅い、方向音痴、高所恐怖症、女に弱い、寒さに弱い、暑さに弱い。
それら極端な階層を連続させ、どれか1つでも苦手なものがあればそこで倒す、という魂胆があるのだが、根本から破壊されている。
戦争は、ダンジョンがあまりにも不利な勝負なのだ。
確かにそれだけ大勢でパーティーを組むと、不都合は多い。経験値なぞ、ほんの少しも入らないだろう。だが戦争のように、目指すは勝利のみとするならば関係ない。
特にダンジョンでは、その仕様のおかげで、異様なまでのメリットを得られるのだから。
全く。
ダンジョン側はルールを重んじる、そんなダンジョンマスターの矜持を逆手についた、良い攻略法だよ。
正直、そんな手を臆面もなく使う様に、多少呆れはする。しかし、別に非難はしない。彼等はダンジョンマスターではない。生きることこそ、勝利することこそを是とする、腹から生まれた生物なのだから。
とはいえ、それで我がネームドモンスターに勝った気になられては困る。
それも、12の試練と4つの環境で戦う、まるで侵入者を育てるかのような、干支四獣階層で。
干支も四獣も、苦手なことを突く、というのが主題だ。それを、得意な者達だけで集まって攻略します、なんてのは、甚だおかしい。まともな勝負ではない。
「うちの子達は最強だよ。勝った、って言うんなら、きちんと全部を回ってから言って欲しいね。ねえセラ」
「そうですね。なぜ戦争をすると決まっていたのに、そうしたのか、という疑問は捨て置くとして、確かに、精鋭でも苦戦することは間違いないでしょう」
「う、うちの子達は最強だよねっ」
「はい」
「しかしそうか、みんな、あれだけ頑張って厳しい訓練を積んだのに、負けちゃうのか。なんか、悲しいねえ、反乱は絶対ダメだけど、なんとか勝たせてあげたいよ」
「はて、……ご主人様は、どうやら先ほどから、認識が少しずれておられるようですね。ネームドモンスターは負けておりませんよ?」
「ん?」
負けてない?
あれ、負けたって。
「明日、干支階層及び四獣階層で、それぞれ精鋭と戦うのは、ネームドモンスターのボスが不在時に代理で派遣される、マスプロモンスターのボスです」
「え?」
「ご主人様。2日続けて戦わせるなど。一体いつからここは、連続勤務をよしとするブラックダンジョンになってしまったのですか?」
「え? いつからも何も……、ダンジョンって、休みなしの生涯連続勤務じゃあ……」
「ここでは、そのような真似は致しません。働いた次の日は休日です。よって、本日働いた干支と四獣は、明日を休暇と致しますので、敗北するのは代理のマスプロモンスターです」
「……ええ?」
「そしてその後、軍隊は、50階層に到着し、その日の内にエレベーターに乗り込みますが、ミロクは有給休暇を取得しておりますので、戦うのは代理のマスプロモンスターです」
「……えっ?」
「天空階層に到着した侵入者は、休憩することなく、そのまま60階層の代理マスプロモンスターのボスを倒し、水晶迷宮に雪崩れ込みます」
俺の、え? は、なんの意味も持たなかったのだろうか。
一切阻むことができないまま、セラの説明は続く。
「いや、続けちゃいかんよっ。お待ちなさいっ」
「何か問題でも?」
俺が立ち上がり、セラの説明を止めると、小首をかしげ、そんなことを言ってのけるセラ。
さっきからずっと、問題しかない発言を続けていたのに、よくもそんなキョトンとできるものだ。我が家のメイドながら、恐ろしい。
「えーっとまず、休んじゃう?」
「休養は大事ですから。特に我々は魔石が心臓となったせいで、疲労も溜まるようになりましたので、休養は必ずとらなければいけません」
「た、確かにそうなんだけど。……非常時の際は、もうちょっと融通が効いたりとか」
「ご主人様が、積極的にお休みをとって下さるおかげで、下の者である我々も休みをとりやすい環境にあります。助かります」
何も悪気がなさそうな、屈託のない表情で、セラは微笑む。
貴女が、そんな表情できるなんて、むしろ悪気しかなさそうに見えるぜ。
しかし、俺が休みをとっている? そんな馬鹿な。
ダンジョンマスターは、休日なしがデフォルトの職業。俺だって1日足りとも休んだ記憶はない。
無事でも有事でも。
俺がしている仕事を思い浮かべてみたなら、すぐさま様々なことが思い浮かぶじゃないか。例えば、彼女達の御機嫌取り、それから借金返済の期日延長の申し出。宴会やイベントなどでは、Pを使用して諸々を配布する。彼女達の凶行を阻止すべく、自ら体を張ることだってある。
「セクハラもしておりますね」
セクハラだって毎日してる。
そうさ俺は、毎日毎日、凄く働いているじゃないかっ。
……。
……。
俺は玉座に再び腰掛けた。
「確かに俺は働いていない、認めよう。俺が働いていないのに、君達にだけ働けとは言えない。じゃあ、まあ、そこは良しとしよう」
2連勤の要求や、有給の利用については諦めた。
しかし、問いたいことは、もう1つある。
「なんでしょう」
「例え代理のボスでも倒されてしまうと、倒したパーティーはボス関連の資格を得ますよね」
「ええ。仰る通りです」
「そうなったら、ボスはもう再戦を挑んじゃダメだと決まっているわけですよね? ダンジョンのルールで。つまり、ミロクは、ホリィもだけど、1回目出なかったら、それ以降、戦う資格を失うわけですが。……2人は、戦わないということ? 四獣も干支も、もう戦わないということ?」
俺は、恐る恐る、といった様子で聞いてみた。
最早守られているルールよりも、破られているルールの方が多い我がダンジョンの現状。しかしそれでもなお、破って良いルールなど1つもないのだ。
特に、パーティーに関するルールは、全てのダンジョンと侵入者にとって、共通するルールなのだ。侵入者界では、最早知性なき魔物ですら知っているような常識である。そこを破ってはいけない。俺だけでなく、他のダンジョンにも迷惑がかかる。
どうか、どうか、俺の勘違いであってくれ。ルールを破るようなことを、しませんように。
「戦いますよ」
「そ、そんな……」
「ですが御安心下さい、ご主人様。確かに全員戦いますが、ダンジョンのルールを、いえ、パーティーに関するルールを、破ってなどはおりません」
「破って、ない?」
「ええ」
「で、でも、それなら、戦えないはずじゃあ。どうして?」
「パーティーが守護者と戦わずに階層を通過する資格ですが、ご主人様。例えば、5万名パーティーが一旦解散して、新たなパーティーを組む場合、そのパーティが、6名から8名ほどであったら、資格は、どうなりますか?」
セラに理由を問うていた俺だが、反対にセラから問題を出されてしまった。
しかし、ダンジョンマスターたる俺にすれば、そんな問題すぐに分かる。
「5万名パーティーで資格を得たなら、色々条件はあるけど、その66.6%の人数がいないと資格は失う。つまり5万名の内、3万3300名以上がそのままパーティーを組んでいない限り、倒したはずのボスと再戦することになる」
「流石はご主人様」
「いやあ、これくらい簡単だよー」
答えた俺は、満面の笑みのセラに褒められる。嬉しい。
「けどこれが、さっきの話とどう関係があるの?」
「ええ、それが、水晶迷宮の攻略が半分ほど進んだ頃、驚くべきことに、王国帝国による混成軍、つまり現在の全侵入者が組んでいるパーティー編成が、突如として解除されます。パーティーリーダーを務める帝国皇居にいる皇子が、何者かに魅了されており、パーティーを解除してしまうようです」
「え?」
「その後、水晶迷宮内にいる者達でパーティーを組み直しますが、66.6%は決して集まりません。パーティーの編成は近場にいないとできませんし、そもそも天空階層へ上がった者ですら、15000名ほどです。また、一部の者は、水晶迷宮内に設置された転移陣により、29階層から40階層、そして49階層の4区画と50階層。60階層、70階層、それからチヒロ、ツバキの元ヘ、転移させられてしまいます」
「え?」
「それぞれ、元々戦う予定で特訓していた、6名から8名ほどしか相手にしませんので、水晶迷宮や庭園には未だ多くの者が残っていますが、各階層で戦闘終了後、それらの者も順次送りだしますし、私達も全力で対処致します。御安心下さい。パーティーに関するルールなど、1つも破ってはおりません」
「……えっ?」
「しかし、天空階層へ上がった者達からすれば、このダンジョンがルールを破っているという、被害妄想とも言えるような悪印象を、世に広めてしまうこともあるかと思いますので、生存者は1名のみの予定としております。ボスを倒した資格を失った以上、地上階層へ降りる術を失ったと同義ですから、逃がさない限り逃げられはしませんので」
俺の、え? は、なんの意味も持たなかったのだろうか。
一切阻むことができないまま、セラの説明は続いてしまった。
「セラ、セラ」
「なんでございましょう」
「パーティーに関するルールを破らないばかりに、他のところの大事なルールがビリッビリになってる気がするんですけど。」
「ご主人様。お戯れを、我々がダンジョンのルールを破るなどと。そんなはずはありませんよ」
そんなことをよく言えるな、と思っても、口には出せないような、美しいほどの純白さを煌かせるセラの顔。
おおよそこの世の穢れを知らぬ、童女にしか出せぬその純粋無垢な素顔。どうやら、セラの心は、これまでの生で、何一つ穢れていないようだ。
……今までの行いで? だとしたらそっちの方が、むしろヤバイ奴だよ……。
「まさに悪逆非道のダンジョンマスターに相応しいメイド、ですね」
……。
俺のせいか……。
全ては、俺が元凶。
悪辣なる我が身が、背負わなければいけない業。
いや、業がどんどん乗せられてってないっ? もう今何業あるの? 100業とか? そんな、ご飯でも食べきれないのに、俺の胃が耐えられ――。
「食べれるよー」
……。
……、ううーん、今のタイミングで入ってくるんじゃないっ。今、ボケてるでしょっ。
ともかく、業を背負い過ぎだよ、俺は。
そして君達も、業を乗せ過ぎだ。
子供は親の背を見て育つと言うが、別に俺は業が好きなわけじゃいんだよ。一体どれだけプレゼントしてくるつも――。
「はあ? 子供?」
……突如、キレたセラさん。
……、今のは、その、ボケでして……。
「……」
「……」
セラは、先ほどまでの純白な表情など、どこにもないような、殺意にも似た漆黒の表情で、俺を見てくる。
「り、立派なレディだよね。子供とか娘だとか、全然思ってないよ。みんな、うん、立派なレディだからこそ、こう、ね、なんやかんやね」
だから俺は、慌てて取り繕った。
自分でも何を言っているか分からないが、ともかく取り繕った。
おかげで、その殺意が行動に移ることはなく、収まる。本当に良かった。しかし……。
「最近、娘扱いしようとすると、怒るけど、なんで?」
「ニル、お腹が空いたのであれば、余っている食材で何か作りますが?」
無視されたっ。
これから気をつけるので、無視しないで下さい。
いやまあ、そもそも最近、娘だなあ、って思うこと自体も少なくなってきたんだけどねえ。なんでだろう。
ダンジョンマスターとしての心意気が、薄れつつあるのだろうか。
……まあ、こんなダンジョンじゃあ当然か。
俺は悪逆非道のダンジョンマスター。
今日も今日とて、ダンジョンモンスターの機嫌を取るのに大忙し。
明日はどんな1日になるのだろうか。そして明後日は……。
みんな、反乱しないで仲間を犠牲にしないで戦ってくれるのだろうか。その答えを、俺はこの時、知るよしもなかった。
御機嫌をとったのに、知ることができなかった。
お読みいただきありがとうございます。
ここで、前回投稿していた分の投稿を終えました。
次回からは再び、干支と四獣の戦いとなります。同じような形式で進みますので、飽きてしまうかもしれません。精一杯飽きがこないように工夫はしておりますが、中々難しいです。
飽きてしまったときは一言、飽きた、とお声をかけて下されば、とても嬉しいです。助かります。
読んでいて楽しい、と、そう思えるよう、これからも頑張ります。どうぞよろしくお願い致します。




