第5話 さあ行くのです、マキナっ。
ダンジョンマスター格言その5
ダンジョンマスター同士は、仲間と書いてライバルと読む。
『 名前:マキナ
種別:ネームドモンスター
種族:上級風竜
性別:女
人間換算年齢:18
Lv:0
人間換算ステータスLv:220
職業:ダンジョン最終階層ラストボス
称号:ダンジョンの守護者
固有能力:竜王の血脈 ・竜因魔法、竜魔法の威力上昇。状況に応じてステータス上昇。支配の完全無効。
:無限の蓄積 ・思考能力を増加させ、他者の経験を踏襲する。
:時の魔眼 ・右、自身と周囲の時を支配する。
:予知の魔眼 ・左、未来を見る。
種族特性:風竜因魔法 ・風の竜因魔法使用可能。
:竜魔法 ・竜魔法使用可能。
:上級竜の膂力 ・防御能力を無視してダメージを与える。
:上級竜の鎧 ・あらゆる攻撃や変化に高い耐性を有する。
:上級竜の翼 ・質量、重力、慣性を無視し移動可能。
:上級竜の再生力 ・身体の破損欠損を即座に再生できる。HPMP自然回復上昇。
:人化 ・人間形態に変化可能。
特殊技能:オーラドレイン ・生命力と魔力を吸収する。
存在コスト:30000
再生P:60000P 』
これは、マップのステータスで、マキナを見た際の表記。
14の項目は、侵入者用の項目とは少し違う。
名前はそのまま名前。ネームドモンスターであればマキナのように書かれ、それ以外の名前のないダンジョンモンスターであれば--と書かれる。例えるなら俺のように。
種別は、ネームドモンスター、ユニークモンスター、ノーマルモンスター、マスプロモンスターのいずれか。侵入者用にはない項目。
種族、これもそのまま種族で、マキナなら上級風竜。
性別、これもそう。雌雄の表記ではなく、どんな魔物も全て男女。ただスライムなどの無性の魔物もいるのでそれ以外も存在する。
人間換算年齢は、ダンジョンマスターの種族に換算した際の年齢のこと。俺が人間であるため、人間換算年齢、と表示されるのだ。
表示されないのは、人間のみ。亜人もまた、人間換算年齢が表示される。
あくまで、これらのステータスとは、ダンジョンマスターである俺に、対象の強さや能力を分かり易く伝えるもの。
年齢によって、精神の成熟状況や、引退時期を知りたいのに、寿命が1年しかない者と1000年ある者の実年齢を書かれても分からないため、必ずこうなる。
Lvは、経験値を得ることにより上昇する、強さの大元であり、その基準にもなる……。
「いや、現実逃避している場合じゃないっ。すぐそこに魔物が迫って来ているんだった」
俺はハッと顔を上げた。
そこには見事なまでの荘厳さを誇る、白と青を混ぜたような天空の覇者、上級風竜。
ダンジョン最終階層の守護者であり、俺を全てから守り抜く最強の存在であり、そして最初のダンジョンモンスターでもある、まさに我が右腕と言える相棒。
俺はそんな上級風竜、マキナを見上げた。
「マキナよ、もう一度だけ言おう。迫ってくる魔物達を迎撃しては頂けないでしょうかっ」
「やだっ」
「この通りですっ」
「絶対やだっ」
しかし、言うことを全く聞いてくれない。
確かにネームドモンスターは命令に絶対服従するわけじゃないが、ダンジョンマスターのことは無条件で崇拝する。性格に認めたやつには従順と設定したんだから、俺には従順なはずだ……。
一体全体どうなっているんだ。
「でもですね、ダンジョンコアが壊されると俺だけじゃなくマキナも死ぬんだよ? ダンジョンは何も残さないで消滅するからね」
「分かってるよ、だからあれは倒す」
「え? 本当かいっ? ありが――」
「けどオマエの命令で行くんじゃない、分かったかーっ」
グオオオーーーっと上級竜の咆哮が轟く。怖い、何あれ味方? 味方ですか? そして俺はダンジョンマスターですか? 創造主で合ってますよね?
マキナは咆哮を終えると、背中の大きな翼をブワっとはためかせる。
1の行動で10の結果を。単純な言い方だが、それがステータスや固有能力、そして種族特性の力である。
生物の頂点に位置する上級風竜の種族特性は、何もかもが突き抜けている。ゆえに、翼で空気を掴み一度下へ振り下ろす、たったそれだけで、一瞬にして天高く舞い上がった。
ほんの一瞬遅れて、地表には暴風が吹き荒れる。
周囲の土や石、草や花、さらには岩や木、ダンジョンマスターまでもが吹き飛ぶ。
「うわあああーっ」
俺ーっ。
周囲の土や石、草や花、それから岩や木は吹き荒れ、近くにあったダンジョンコアに、どんどんとぶち当たる。
「うわああああーっ」
コアーっ。
ボコッ、ボコッ、ガコッ、ドコッ。耳に聞こえるのはそんな音。
俺の心臓部ーっ。
まあ、ダンジョンマスターやダンジョンコアは、ダンジョンモンスターの攻撃やその余波、起こした行動等によるダメージを、一切受け付けないので、怪我したり壊れたりすることなんてないんだけどね。
でもだからって……。
ボッコボコですやん……。
「ぐへあ」
木の枝を突き破り硬い地面に落下した俺。
肉体にダメージはなくても、その心にはひどいダメージを負っているよ。
俺は悲しみと共にコアの元へ戻り、かかった土ぼこりや、吹き溜まってしまった木の枝などを払い落とす。
そんな虚しい作業を開始して10数秒、ふと気付いた俺は、空を見回す。
「というかマキナどこ行った? 姿が見えないぞ」
マキナがの姿を確認できない。咆哮だけは聞こえるのに、その方向には何も見えない。
マキナは最終階層守護者なので、活動領域は最終階層に限定される。
つまりは、ダンジョンコアから、半径1kmの円内のみだ。
あんな大きな姿で空を飛んでいれば、どこにいようとも見えるはずだが……。
妙な胸騒ぎと共に、俺はマップを起動する。
そして、マキナを見つけた。
「……え? 13階層?」
20階層の守護者、つまりはボス、いやラスボスであるマキナは、13階層にいた。
俺は位置のみを表示する光点モードから、視点モードへマップを切り替える。
そこに映っていたのは、口に自身の鱗と同色の光を集めるマキナ。その光は次の瞬間、ひたすらの暴虐となり、魔物達を風でもって切り裂いた。骨も残らないとはまさにこのことだろう、そう確信できるその有様。
あまりにも強い。
ダンジョンモンスターであるため、低階層ではその力に制限を受けてしまう。上級竜のような強い種族であれば特にだ。
だが、現在ダンジョン内にいる魔物は、人と上級竜との戦いから逃げ出したにも関わらず、大して逃げられもしなかった各下の魔物ばかり。
あまりにも格が違う。回避も防御もできるはずなく、彼等は次々に死んでいく。
アナウンスが入る。
どんな種族の侵入者が死んだと、何P入ったと。貴重なPが手に入ったと。
だがしかし、それは――。
「や、やめてくれ……」
俺は呟く。
「やめてくれ……、マキナ……」
ヨロヨロと歩き出す。
ダンジョンとは、侵入者を倒しPを得て強くなっていくもの。そしてダンジョンマスターとはその導き手、担い手だ。だから侵入者を倒しPを得るというのは喜ばしいことである。
だが、これは違う。
俺達はこんなことのために生きているのではない。
ダンジョンマスターにとって最も大切なのは誇りだ。
自らのルールを厳格に定め、それを遵守する。緻密な計算と策略により、正々堂々侵入者に勝利を手にし、日々を生き抜く。
もしそのルールを破る日が来たならば、自らの手で命をも破り捨てる、そんな誇りを持つ者がダンジョンマスターなのだ。
そう、大切なのは誇り、美学。
安全に勝てる階層で戦う侵入者達へ、ひと滲みの欲望を染み込ませる。Lvでもアイテムでもお金でも何でも良い。
そうして、そろそろ次の階層へ行こうかと思わせ、ついには勝てない階層まで誘い込み、そこで倒す。
それがダンジョンだっ。
だからこれは違う。
こんな風に、ラスボスが出張して、低階層で殺戮を行うなどあってはいけない。
「やめてくれーっ」
「グオオオオオオオーーーーーーーッ」
20階層と13階層、あ、今は10階層か。10km離れていようが、全ての空気を震わせるマキナの咆哮は、俺の心からの叫びも打ち消す。
そしてその咆哮に込められた威圧により、マップ上の魔物は大移動を開始した。もちろんここから離れる方向へ。
……胃が痛い……。罪悪感が凄い……。
出張殺人事件はいかんよ。
「お、おかえり」
「オマエのためにやったんじゃねえっ」
膝から崩れ落ちた俺が地面を濡らしていると、マキナが戻ってきた。罪悪感のかけらもない。
「よっと。……ふんっ」
マキナは俺の近くまで空を飛んできて、ストン、と着地。腕を組んだまま、顔をふいっと横に向けた。
着地が軽い音になった理由と、腕を組んで顔を背けるなんて、人っぽい動作をする理由は、そんな姿になったからだ。
人の姿に。
白と水色の間の薄く綺麗な色の髪の毛。翡翠色の右目、上質なマカライトのような蒼色の左目。
目つきはキツイが美人で、しかしどこか幼さと生意気さを感じさせるような顔。
スラリと伸び、程よく筋肉のついた手足。引き締まりながらも主張する胸と尻。極上の美女、いやまだ美少女のくくりな少女は、完璧なスタイル。
白色のタンクトップにローライズのジーパン、茶色の編み上げブーツを履いた、身長175cmほどの人型のマキナ。
竜の姿から、人化という能力を使い人型になったマキナだ。
年齢の欄と性別の欄で、既に女の子であることは分かっていたが、まさかここまで美少女だとは。……、しかし竜形態は裸だったのに人化すると服を着るんだねえ。
「おい、変なこと考えてねーか?」
「いや?」
見た目はとても愛らしく、綺麗で可憐だ。しかし中身は暴虐で、言うことを全然効かないわがままお嬢さん。しかもその力は最強ときた、どうしたもんかね。
『 名前:マキナ
種別:ネームドモンスター
種族:上級風竜
性別:女
人間換算年齢:18
Lv:6
人間換算ステータスLv:292
職業:ダンジョン最終階層ラストボス
称号:ダンジョンの守護者
固有能力:竜王の血脈 ・竜因魔法、竜魔法の威力上昇。状況に応じてステータス上昇。支配の完全無効。
:無限の蓄積 ・思考能力を増加させ、他者の経験を踏襲する。
:時の魔眼 ・右、自身と周囲の時を支配する。
:予知の魔眼 ・左、未来を見る。
種族特性:風竜因魔法 ・風の竜因魔法使用可能。
:竜魔法 ・竜魔法使用可能。
:上級竜の膂力 ・防御能力を無視してダメージを与える。
:上級竜の鎧 ・あらゆる攻撃や変化に高い耐性を有する。
:上級竜の翼 ・質量、重力、慣性を無視し移動可能。
:上級竜の再生力 ・身体の破損欠損を即座に再生できる。HPMP自然回復上昇。
:人化 ・人間形態に変化可能。
特殊技能:オーラドレイン ・生命力と魔力を吸収する。
存在コスト:30000
再生P:60000P 』
本当にどうしたもんかね、凄くLv上がってるじゃないですか、一体どれだけの命を……。
Lvは、経験値を得ることにより上昇する、強さの大元であり、その基準にもなる指標で、同種族同士ならば、Lvが高い方が基本的に強い。
また、獲得経験値や、獲得Pは、相手のLvが高いほど、多くなる。
人間換算ステータスLvは、年齢同様ダンジョンマスターの種族に寄ってしまう項目。
他種族のステータスを表記されても、俺にとっては全く不明な数値になることが多い。人間と比べてもおかしな数値ばかりになるからね。
そのため、人間で言うなら、Lvどれだけくらいの強さですよ、と示してくれる項目だ。
しかし、そうは言ってもマキナが、Lv292と互角かと言うとまるで違う。ここで言うステータスとは1の行動で10の結果を出す能力のことなので、Lv292と同じ倍率で恩恵を受けられる、という意味。
例えば単純に考え、人間が筋肉だけで50kgを持てるところに、力関係のステータスを加え200kgを持てるようになるとしよう。倍率は4倍だ。
しかし竜は筋肉だけで200kgなど軽がる持てる。1tだって持ち上げられるだろう、そこに倍率を加えれば4t以上を持ち上げられることになる。
だから人間換算ステータスLv292と言っても、Lv292の人間と互角では全くない。
なお、Lv200の人とは正真証明の化け物で、Lv292なんてのは、この世にいないのではないかとすら思う。
職業と称号は、それぞれ強さに補正が加えられるもの。
固有能力は、その固体が持つ特別な力。
種族特性は、その種族が持つ特別な力。
特殊技能は、必殺技。
存在コストは、ダンジョンの各階層毎に定められたコストの内、どれだけを消費するか。
骸の迷宮という勲章を除いた、現在の俺のダンジョンのコストは、千の骸を吸いし迷宮の勲章の効果によって、各階層数×15となっている。そのためここ20階層でコスト300。魔物と罠と通路に部屋、環境など諸々を合わせてこの数字以下に収めなければいけない。
再生Pは、傷を負った際や復活の際に、どれだけのPを消費するか。数値は最大消費時の数値、つまりは復活の際のPのことで、傷を再生する場合はそれより安く、損傷度によっては数Pにもなる。
「……なに見てんだよ」
なぜだかマキナは体をよじって、胸を隠しながら、短パンを下に伸ばそうとする。
……見てはいません。
とにかく、マキナは強い。
人間にとってLv200ってのは国のトップの精鋭だが、それをもう軽々越えている。Lv6で越えている。まあLv0でも越えてたけど。
まさかそんな魔物が20階層の今の時点で既に存在するとは。
コスト的に、階層×15なんだから、3万なら、2000階層必要なのにね。
骸の迷宮の勲章の、魔物のコスト制限が解放効果は、凄まじいよ。
おかげで、コスト15までしか存在できない、1階層にまで行ってたから。
ちなみに、ダンジョンモンスターは1階層に行ける場合、ダンジョンの外へも出られるので、町などを攻めることも可能。
まさかそんな……。
俺はもう最強じゃないか。
最強すぎる。
なんてこったい、吐きそうだ……。
けれど、それでも、今度攻めて来る軍勢には勝ない。
彼等は、上級風竜を倒していた。それもダンジョンモンスターのように、弱体化の仕様がかからない、フィールドにいる上級風竜Lv60を。
上級風竜のLV60とは、人間換算ステータスで言うならば、Lv600相当だ。
マキナがLv0からLv6に上がった、その成長速度を見れば、Lv60になった際はLv1000くらいになっていそうだが、魔物の人間換算ステータスは、一定Lv毎に成長率が下がるため、そんなもの。
上級竜であれば、Lv15が、その一定Lvかな?
その度に7割程度になる。
Lv15でLv370。Lv30でLv475。
Lv45でLv548。Lv60でLv600。というように。
だがしかしっ。
Lv600とは、異常なまでの強さだ。Lv292とは雲泥の差と言える違いがある。
マキナには生成時、成長率上昇という項目にPを割り振った。
初期値上昇よりも随分お高い設定になるし、あれだけ振ったとしても倍率は少ないが、ちょっとだけ成長率が良くなっている。なので同じLvになったときはマキナの方がステータス的には強くなる。
……。
……。
だがしかしっ。
ダンジョンモンスターには仕様上、制限がかかる。低階層なら特に。
マスプロモンスターであれば、1階層の上級竜はおそらく飛べないし、ブレスも使えなくなる。
マキナはネームドモンスターであるため、そこまでではないが、それでも弱体化は凄まじい。
対してフィールドにいる魔物は違う、ありのままの強さ。それを倒すとかさ、恐ろしすぎるよ。
そのためにはもっとLvを上げなくてはいけない。LV60でも絶対に足りないのだから。Lv80、Lv100、いやLv120までっ。
……。
……。
だがしかしっ。
上級竜がLvを上げるためには、莫大な経験値が必要。Lv15まで上げるだけですら、おそらく気が遠くなるような時間がかかる。戦争計画が色々まごついて10年かかったとしても、到底間に合わない。
「とりあえずマキナよ、きっと侵入者である魔物は、続々やってくる。20階層で待ち受け、ダンジョンコアを狙う愚か者共を倒して、倒して、倒しまくって、Lvを上げるんだっ」
「やだっ。アタシはアタシより強い奴しか認めねえ」
……。
……。
だがしかしっ。
なにゆえだろうか、この子は言うことを聞かない。
聞いてくれない。
上級竜を出すダンジョンなんて、100階層を越えているような、凄く強くて逞しいダンジョンばかりだからか、我ができたてほやほやダンジョンじゃあ、竜に言うことを聞かせる格が足りないんでしょうね。俺のせいじゃないよ、なんてこったいっ。
凄い偶然でPが手に入ったからね、そりゃそうだ。なんてこったいっ。決して俺のせいじゃないよ。
ネームドモンスターになんてしなきゃ良かった。
……。
……。
「ふっ」
だがしかし――。
「な、なんだよ」
「ならば勝負をしようじゃないか、負けた方は勝ったほうに絶対服従。ククク、いざ尋常に勝負っ」
我に秘策有りっ。というわけで、俺の初めての戦いが幕を開けた。
質問感想心よりお待ちしております。
これからもよろしくお願いします。