第75話 さよならダンジョンマスター。
悪逆非道のダンジョンあるあるその15
近場にダンジョンが全然できない。
良い、と思う土地は誰しも同じであるため、最悪な場所に作ってしまうと、近隣に全くダンジョンができないこと。
天空城内部のとある1室。
窓も入り口もなく、ただただ殺風景なその内観。
作戦室に似ているが、あそこには世界全てを見渡せる地球儀が置かれている。
この部屋にそんな豪勢なものはなく、あるのは円卓と21の椅子、ただそれだけ。
殺風景だと言えるかもしれない。
しかし、それらは厳かという言葉だけでは到底言い表すことのできない厳粛さと重厚な雰囲気を纏っている。
重要な一室であることは誰の目にも明らかだ。
ここは、下院議事堂。
2期組と呼ばれる後期に生成されたネームドモンスター21名が集い、会議を行う厳粛なる部屋。
そして、ネームドモンスター達の自室や女風呂などと同様、ダンジョンマスターの監視外に指定されている部屋である。
ゆえに当然、ここでの会議の内容はこのダンジョンの未来を決める重要なものばかり。
「それではこれより第22回ダンジョン下院議会を開催いたします。司会は一周しましたので順番通りにわたしが務めさせていただきます。よろしくお願いします」
ゆっくりとした口調でそう言ったのは、序列第九位のミロク。
微笑を絶やさないいつもの顔とは違い、穏やかながら真剣さを滲ませる面持ちで、円卓を囲む椅子から立ち上がり、同じく会議へ参加する者達へ深々と頭を下げた。
その真摯な姿は、これより行われる会議がいかに真剣なものであるかを物語っているように見える。
「宜しくお願い致しますわ」
「しゃす」
「お願いします……」
「お願いするわ」
「ほなよろしゅう」
「お願いするよ」
「どうぞお世話になります」
「お願い致しました」
それを受けた者達もまた、やはり会議の重要性を増すような真剣且つ神妙な面持ちで応えた。
円卓を囲む椅子に座っているのは9名。
用意されている椅子は21脚なのだから、半分を越える12名が不参加。何やら不甲斐ない数字に見える。
だがこの数字は、会議の紛糾を避け、より効率的に行うため、数名の中から代表者を選び参加する方式になっているからこそ。
序列第十一位、ホリィ。
序列第十九位、リリト。
序列第二十位、トトナ。
序列第十三位、ヴェルティス。
序列第二十六位、ケナン。
序列第十二位、コーリー。
序列第二十七位、スノ。
序列第二十九位、ツバキ。
彼女達は、同じ役割を担う者達から、送りだされてここへやってきたのだ。
9名という数字に、一切の不足はない。
下位議事堂では今日も今日とて、ダンジョンマスターが知ることのない、ダンジョンの未来を決める会議が行われていた。
「では、最初の議題です。最初の議題は」
ミロクは最初の言葉と同様のゆっくりとした口調で述べる。ただの句読点や息継ぎが、まるで緊張感が一気に高めるような重さを持っているようだ。
当然、誰しもが次の言葉に耳を傾けている。
「7時から始まるラジオ、ダンジョンマスターレイディオのパーソナリティーである王様がウザイので降板を希望しています。という苦情が届いたことについてです。皆さんどう思われますか?」
そんな言葉に。
「確かに騒がしいですわね。降板で」
「最終的に道徳を説いてくっからな。降板で」
「ゲストに行った時の絡みもウザイよ。降板で」
「多分アリスね、じゃあ仕方ないわ。降板で」
「王様はトークがなってへんからなあ。降板で」
「それにやたらボケたがるからね。降板で」
「でも頑張ってるわよ。降板で」
「はい。降板で」
それがこんな厳かな中で話すことなのか。
そんな疑問を浮かべる者はもちろん、1人もいない。
「降板すべきが9票。過半数を越えましたので、ダンジョンマスターレイディオ、メインパーソナリティーから、ダンジョンマスター様が降板することに決定いたしました。早速報告しましょう。――ダンジョンマスター様、今よろしいでしょうか」
『あ、ミロク? 何何ー。あれ、映像映んない』
「ダンジョンマスター様、落ち着いて聞いてください。ダンジョンマスター様がやっておられるラジオ、ありますよね?」
『うん。俺とミロクで立ち上げたやつね。最近調子良いよね、そうだミロクディレクター、今度のネタも考えたんだ、聞いて――』
「残念ながら、ダンジョンマスター様は降板、となりました」
『……降板?』
「今後はアシスタントとしての活躍を期待しております。では」
『え? あ、待、待つんだミロ――』
「それでは次の議題です。2番目の議題は」
ミロクはまるで何事もなかったかのように、さっきと同様のゆっくりとした口調で述べる。
彼女達はまた、次の言葉に耳を傾けた。
「男湯女湯の壁を一部取り払った結果、助けてー、と叫ぶとダンマス様は女湯を必ず見に来る、粛清を。という苦情が届いたことについてです。皆さんどう思われますか?」
そんな言葉に。
「許しがたいですわね。粛清で」
「手で目隠ししてる時も、もう大丈夫って言えば指の間から見てくるからな。粛清で」
「ナナミはスタイル良いし……。粛清で」
「背中流してあげた時言ってたありがとうも、そういう意味かしら。粛清で」
「ウチも前、痛っ、て言うたら、すぐ大丈夫か、って見にきたで。エロいわあ。粛清で」
「うーん、ボク一緒に入っててもあんまり見られたことないな……。粛清で」
「王様も男だから仕方ないわ。粛清で」
「はい。粛清で」
彼女達はまた、真剣な面持ちで答える。
笑みを浮かべる者などもちろん、1人もいない。
「粛清すべきが9票。過半数を越えましたので、ダンジョンマスター様は女湯を覗いた刑により粛清することが決定いたしました。早速報告しましょう。――ダンジョンマスター様、今よろしいでしょうか」
『あ、ミロクっ? 良かった繋がった、あのさっきの降板とかのことだけど』
「ダンジョンマスター様、落ち着いて聞いて下さい。ダンジョンマスター様は女湯を覗いたこと、ありますよね?」
『えっ……、え、あ、いや、あの時は助けてーって、ダンマス様助けてー、とか、痛いっ王様ー王様ー、とか言われたから……』
「残念ながら、ダンジョンマスター様は粛清、となりました」
『……粛清?』
「今後覗く際は言い訳せず堂々として下さることを期待しております。では」
『どうし、あ、待、待つんだミロク、ミロクさ――』
「それでは次の議題です。3番目の議題は」
ミロクは円卓に置かれた紙を1枚めくる。
「来月に予定されている戦争についてですね。戦う者を各自定められていると思いますが、何か意見はございますか?」
下院議事堂では、このダンジョンの未来を左右する議題を会議する。
そのため、3月に行われる戦争についての会議ももちろん行われる。
「んー、特には」
「ねーな」
「ないかな」
「ないわよ」
「ないなあ」
「大丈夫かな」
「そのままで」
「はい。ありませんでした」
「では特になし。と」
その程度だが。
「次の議題です。4番目の議題は」
ミロクはまた1枚紙をパラリとめくった。
やはり、彼女達にとってはそちらの議題の方が重要らしい。
「眠っている際に膝枕をすると、旦那様は寝苦しそうにされます。今後は常日頃から高い枕を使わせてはいかがでしょう。という陳情が届いたことについてです。皆さんはどう思われますか?」
「わたくしもされたことありますわね、最低ですわ。高枕で」
「乙女の心を踏み躙ってやがるな。高枕で」
「……腕に頭置いてると、腕が食われるぅ、とか寝言言わない? 腕に重りで」
「寝返りうつのも禁止したら? 膝枕も腕枕も動かない方がいいもの。腕に重りで」
「たまに手つきエロいからな、指も動かさん方がええんちゃう? 指は縛りで」
「え、ボクそんなのされたことない……。指は縛りで」
「こっちが寝入っちゃった時、そうしてたの見られたら恥ずかしいわよね。目も縛りで」
「はい。チヒロの案なら大賛成でした。目も縛りで」
「様々な意見ありがとうございます。早速報告しましょう。――ダンジョンマスター様、今よろしいでしょうか」
『……どうしてだ。ダンジョンマスターレイディオにダンジョンマスターがいなくなったら何レイディオになるんだ。――は、ミロクっ、ミロクさんっ』
「そちらに関しては、ミロクのお悩み相談室にタイトルを変更いたします。御安心下さい。ところでダンジョンマスター様、落ち着いて聞いて下さい。最近寝苦しかったこと、ありますよね?」
『乗っ取られたっ、し、信じていたのに……。え、何? 寝苦しかったこと? ああ、起きた時首が痛かったり腕が痺れてたりとか? ダンジョンマスターに状態異常はないからおかしいなって思って――』
「これよりダンジョンマスター様はお眠りになる際、高枕で、腕に重りを乗せ、指と目を縛ることとなりました」
『……え、何その拷問。え、俺殺されるの? 殺され――高枕だけ意図が分からない、どうして枕は高いだけなの。リアクション難しいよっ』
「今後はごゆるりとお休み下さい」
『寝辛いよっ、まさか永遠にですかっ? 絶対に寝れないっ。ミロク、ミロクさんっ、ミロクのお悩み相談室に僕のコーナーもひとつよろし――』
「それでは次の議題です。5番目の議題は」
会議はこんな風に進んで行く。
これまでも。
そしてこれからも。
会議の議題の8割以上がダンジョンマスターについてのことで、紛糾するのもダンジョンマスターについてのこと。
ダンジョンマスターがここにいれば、実に様々な表情をしたことだろう。
「確かにうつ伏せで眠られているとお休みのキスができませんわ。頭は固定で」
「横向かれててもし辛いからな、チュ、チュウは。ほ、ホッペにだぞっ? 頭は固定で」
しかし残念なことにダンジョンマスターはこの議論を聞くことはない。
こんな会議はダンジョンマスターの監視外である下院議事堂か、就寝中しか行われないのだから。
「これよりダンジョンマスター様はお眠りになる際、頭を仰向けで固定することとなりました」
『どうしてっ。凄くどうしてっ。寝返りうったら首折れちゃうよっ』
そのためダンジョンマスターが聞けるのは結果のみ。
もちろんそれでは同様の種類の表情しかできない。
「ダンマス様が作って監督してるフットサルチームだけど、ダンマス様って戦術疎いよね。解雇で」
「結果が全てだものね。仕方ないわ。解雇で」
驚愕や困惑といった表情しか。
ダンジョンマスターはいつもその時になって驚き、嘆いている。
「残念ながら、ダンジョンマスター様は解雇となりました」
『……解雇? そんな、確かに0勝15敗でリーグ最下位だけど、もっとやれると思うんです。後生で――』
彼女達は自らの行動の理由を、時には行動そのものを、決してダンジョンマスターに悟らせない。
万に一つも知られることがないよう、細心の注意を払っている。
「戦争前のイベントはな、皆で盛り上がれるそれが一番相応しいやろ。追い込み漁祭りで」
「最近周辺に魔物がいなくなっちゃって王様も暇そうだったし、きっと楽しんでくれるさ。追い込み漁祭りで」
理由は……色々ある。
面白いからだとか、恥ずかしいからだとか、おそらく1つの言葉では言い表せないほどたくさん。
「お喜び下さい。新年のイベントは、追い込み漁祭りに決定いたしました」
『……それはあれかなミロク君。海で船を使って魚を獲るやつかな。だったら歓迎さ。楽しもう』
しかし、その想いはたった1つ。
いや、集約すれば1つになる、と言った方が正しいか。
「そうよね、旅行って言ってもダンジョンマスターがダンジョンを留守にするわけにはいかないもんね。留守番で」
「はい。留守番で」
その想いに、もちろんダンジョンマスターも気付いている。
誰に確認しても、はあ? と言われてしまうが、ともかく自信満々にそう思っている。
「残念ながら、ダンジョンマスター様はお留守番となりました」
『……全員で行っちゃいかんてっ。俺1人残しても何もならないよっ、いや確かにこのダンジョンも大きくなったし、俺がいれば機能自体は正常に動くけど、でもね、それでもダンジョンモン――』
本来であればダンジョンマスターとネームドモンスターは、相棒や盟友と言うに相応しい関係である。
ここ以外に存在する9999のダンジョン全てでそうなっているのだから、それは疑いようもないこと。
しかしこのダンジョンでの関係性は……。
一体なんと呼べば良いのか。
被害者とイタズラっ子、そう呼べば良いのか。父と子、あるいは、子と母、そう呼べば良いのか。
殴られる方と殴る方、そう呼べば良いのか。兄と妹、あるいは、弟と姉、そう呼べば良いのか。
友達か、親友か。
それとも、虐殺を止める方と、虐殺をする方か。
そのまま、相棒や盟友でも良いのか。
はたまた、恋人か、夫と妻か。
どの関係性にも頷けそうだが、どの関係性にもしっくりこない。
このダンジョンのダンジョンマスターとネームドモンスターの関係性は謎に包まれている。
が、しかし、幸せな関係だということだけは疑いようもない。
それこそ、9999のダンジョンの者達全員が、羨ましく思ってしまうような。
「次の議題です。最後の議題はわたしからです」
ミロクがそう言うと、他の8人は再び耳を傾けた。
これが第何回目の会議だろうが、これが何個目の議題だろうが、同じように真剣に。
ダンジョンの住人達は、死が別つまでを共に過ごす。不老不死なのだから、それは永遠に続くかもしれない。
けれど、ダンジョンコアが壊れたりダンジョンマスターが死ねば終わるのだから、それは今日終わってしまうかもしれない。
だからこそ彼女達は話し合いに手を抜かない。
自分達を決して揺るがない愛で包みこんでくれる、その誰かさんと、永遠を幸せに過ごせるように。
自分達が自分達の意思で愛すると決めた、その誰かさんと、今日で終わっても幸せだったと過ごせるように。
彼女達の議題は尽きない。
「先日ダンジョンマスター様が、第27回大会から第29回大会までのダンジョン最強決定戦で2期組が連続して優勝したことについて、下克上が起きてるね、そろそろ最強の名は返上かな? と、マキナ姉さん方に言い放ったことについてです」
「は?」
「は?」
「え?」
「え?」
「あ?」
「あ?」
「ん?」
「ん?」
「結果、第30回大会は1期組VS2期組となり、負けた方がダンジョンマスター様と共に相当に厳しい訓練を課されることとなっております。皆さんは処刑に賛成して下さいますか?」
「……。処刑で」
「……。処刑で」
「……。処刑で」
「……。あ、あたし今回司会だったわ。良かったあー。処刑で」
「……。処刑で」
「……。処刑で」
「……。処刑で」
「……。処刑で」
「処刑すべきが21票。早速処刑しましょう」
きっと、ずっと。
お読み頂きましてありがとうございます。
これからも頑張ります。




