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第74話 聞いてセラ先生。

悪逆非道のダンジョンあるあるその14

侵入者の男女比はダンジョンマスターの性別によるんだろうか。

全力を尽くさなければいけないダンジョン作りでは、どう努力しても、男性のダンジョンマスターは女性の侵入者を増やすことが難しく、反対に女性のダンジョンマスターは男性の侵入者を増やすことが難しい、とかなんとか言うが、みんな死んでしまうので分からないこと。

 7人から28人に増えた、我がダンジョンのネームドモンスター。


 94階層ニル。95階層キキョウ。96階層ローズ。

 97階層オルテ。98階層セラ。

 99階層ユキ。100階層マキナ。


 29階層の守護者、アリス。30階層の守護者、イーファス。31階層の守護者、ヴェルティス。

 32階層、エリン。33階層、カノン。34階層、ケナン。

 35階層、コーリー。36階層、サハリー。37階層、シェリー。

 38階層、スノ。39階層、ソヴレーノ。40階層、タキノ。


 49階層北の守護者、ククリ。西の守護者、リリト。南の守護者、トトナ。東の守護者、ナナミ。

 50階層地上最終階層の守護者、ミロク。

 60階層の守護者、ホリィ。70階層の守護者、ティア。


 彼女達はそれぞれ、自分自身が守るべき、守護階層を持っている。

 普段からその階層に鎮座し、その階層で、ダンジョンに侵入してくる愚かな侵入者を待ち受けているのだ。……。待ち受けているのだっ。


 しかし、そんな階層守護者の数は、合計で、26人。ネームドモンスターは、28人なのだから、2人、足りないことになる。

 そう、ネームドモンスターの中には、守護階層を持たない者も存在する。


 それが、我が家の双子メイド、姉天使チヒロと、妹悪魔ツバキ。


 ボスでもなく、裏ボスでもなく、ダンジョンを運営する側、いわば管理人と言える存在だ。

 そんな彼女達だからこそ、今、守っている場所がある。


 そこに足を踏み入れようとする不届き者を、成敗せんがために、2人並び立ち、睨みつけているのだ。


「何をなさるおつもりですか? 旦那様」

「旦那様、何をなさりに来たのですか?」

 旦那様と呼んでいる、ダンジョンマスターを。


「そこをどくんだ、チヒロ、ツバキ」

 そんな2人を、俺は、厳しい口調で問いに答えた。

 だが、顔も髪型も服装も全て、デザインは同じなのに色合いが違う2人は、俺の厳しい口調など意にも介さないとでも言うかのように、表情を何一つ変えず、通さないという意思も変えない。


「これより先には我々28名の私室しかありませんよ? 何か用でもございますか? 旦那様」

「旦那様、何か用でもございましたか? これより先には我々28名の私室しかありませんよ?」

 いや、むしろ通さないという意思は、より一層増したように感じられる。

 その目は厳しく、まるでゴミを見るような目だ……。


 それが旦那様と呼ぶ相手に向ける目だろうか……。一体我が家のメイド事情はどうなっているんだろうか。

 しかし、そんなことを言っても始まらない。


 俺には、しなければならないことがあるのだから。

 この向こうに。


「女の園への入ると言うのなら許しませんよ、旦那様」

 俺が決意を固めた目で改めて見ると、チヒロがそう言う。


 気になることがあれば、表情がパッと煌き、何かしなければならないことがあっても、浮つくような目でそちらをチラチラと見てしまうチヒロ。

 最近は我慢するようになったが、しなければいけないことが終われば、とても嬉しそうにはしゃいで、そちらへ向かう。

 そんな時には決まって、いつもの澄ました端麗な表情からは想像できないほど、何一つ知識を得ないまま大人になった子供のように、ただひたすらに愛らしい表情をする。


 チヒロは、善悪すら知らぬ透き通るような透明感と、どんな人でも心を開き安寧へと誘われる安らぎを持っているのだ。

 しかし、今は俺に対し、悪を見る険しい目をしている。


「旦那様、女の園から引き返すと言ったなら許しますよ」

 俺がそれでも決意を緩めない目で見ると、ツバキがそう言う。


 気になることがあれば、表情がパッと煌き、一生懸命に隠すものの隠しきれないほど、物欲しそうな目でそちらをチラチラと見てしまうツバキ。

 最近は我慢するようになったが、隠さなくて良いときになれば、とても嬉しそうにはしゃいで、そちらへ向かう。

 そんな時には決まって、いつもの澄ましたお淑やかな表情からは想像できないほど、何一つ知識を得ないまま大人になった子供のように、ただひたすらに愛らしい表情をする。


 ツバキは、善悪すら知らぬ透き通るような透明感と、どんな人でも心を開き安心へと導かれる安らぎを持っているのだ。

 しかし、今は俺に対し、善など到底ないという険しい目をしている。


 2人がどく気配は、一切ない。

 もちろん、力づくだとしても。


 守護階層を持たず、メイドとして働き、ダンジョンの安らぎを司るような2人だが、同時に強さも持ち合わせている。


 生成されてから1年間、他の者達同様に鍛え続けた結果、その強さがLv100に迫る中級竜以上だということは、先日証明された。

 さらには第24回ダンジョン最強決定戦において、チヒロが並み居る強豪を抑え見事優勝を果たしている。2期組の中ではティアに継ぐ2番目の優勝という快挙。それも2位はツバキという、双子でのワンツーフィニッシュ。

 最後の殴り合いは、歴史に残る名勝負だった。

 そんな双子が、弱いわけがない。


 俺を通すはずがない。


 これより先には28名のダンジョンモンスターの私室や談話室、エステやサロン、その他女性専用施設しかない。

 なんかまあまああるが、ともかく通すはずがない。

 これより先は、男子禁制エリアだ。


 ちなみに余談だが、女子禁制エリアは、存在しない。

 俺の自室も、男風呂も、全員が利用可能である。ここは俺の家なのに俺のプライベートはいつの頃から消えてしまった。


「それは最初からだと思います旦那様」

「旦那様それは最初からだと思いました」

 ……言われてみれば、なんだか俺にもそう思えてきた。


「がしかし、今はそんなこと関係ないっ。俺はこの先に行かねばならないのだっ」


 俺はダンジョンマスターの威厳をタップリ滲ませ2人を見る。


 そこを通すんだ、と。

 そこをどくんだ、と。


 ほとばしる俺の覇気。

 それはまるで2人に語りかけるように轟いた。


 厳しい目と、握り締めた拳。

 その強く握った拳が、前へと動き出す。


 お願いします、と。

 どいてくださいませんか、と。

 美味しいとこのケーキを生成してきましたんで、10分くらいで良いので、見逃して頂けませんか、と。


 何らかの箱の取っ手を握り締めた、その拳が。

 2人の目は、浮ついたように、物欲しそうに、俺の拳を追う。


「……そこまで仰るのであれば、しかたありませんね、旦那様」

「旦那様、そこまで仰ったのであれば、しかたありませんね……」


 そうしてダンジョンマスターの威厳は勝利し、俺は、目的の場所へと辿りついた。

 俺には、しなければならないことがある。ダンジョンマスターとして、俺として、しなければならないことがある。


 ダンジョンマスターは、ダンジョン内において、全知全能である。

 それゆに、仕事は多岐に渡る。


 と言ってもそれは、侵入者が引っ切り無しに来ている状態の話。

 ダンジョンモンスターの復活や罠の再装填、アイテム配置などは自動化できるものの、例えば改善が必要な箇所であったり、階層の追加は自分の手で行わなければならない。

 Pがなければそれもできないが、侵入者が引っ切り無しに来ている状態であれば、Pもそれなりに貯まっているだろうし、おそらくは大忙しだ。

 死ぬかもしれないので気が休まる暇すらないとも言える。


 だがしかし、それはもちろん、現在の俺には当てはまらない。


 侵入者は、確かに引っ切り無しに来ているのだが、それは侵入者と言うよりも、引きずり込まれた者というか、生贄というか、そんな風に言えてしまう存在。なんにせよ、ダンジョンが脅かされるほどには進入してこず、むしろ1階層で即座に殺されてしまう。

 そのため、ダンジョンの機構に改善が必要な箇所は見当たらず、階層の追加をする必要もない。

 さらに言えば、俺の手元にPが貯まることもないので、できることすらない。


 なんてこったい。


 ところが、俺は毎日毎日大忙し。

 目が回る、てんてこまい、そんな言葉がピタリと合うほど、俺の仕事は多岐に渡るのだ。

 もちろん仕事内容は、ダンジョンマスターにしかできない大切なこと、ダンジョンの改善そのもの。

 だから今日も今日とて、俺にはしなければならないことがあった。


 俺は、目的の場所の前に立ち、そこにある扉を、コンコン、と、ノックする。

 返答はない。

 そのことに、ドギマギしながらも、しかし俺は覚悟を決め、ゆっくりゆっくり扉を開けた。


 そこには。


「何の用ですか? ご主人様」


 セラがいた。


 ここはセラの部屋。

 眠るためのベットや、大きな洋服ダンスに化粧台に加え、たくさんの人形やぬいぐるみが置かれている。

 セラは意外と少女趣味なため、部屋はファンシーで至るところに人形やぬいぐるみが可愛らしく飾られており、また、部屋は全体的にピンク色だ。


 そんな部屋で、パジャマ姿のセラが、天蓋とレースのカーテンがついたベットの上で、一番のお気に入りのぬいぐるみである、目が黒いボタンのご主人様ぬいぐるみを抱き座っていた。


 俺が部屋に入りドアを閉めると、まるで警戒するように、ぬいぐるみを抱く力を強める。


 ……ちょっと、強すぎないかな?

 ご主人様が苦しそうよ?


「いや、なに、用と言うかなんと言うか」

 俺はセラの言葉に思わず、口ごもりながら応える。

 用があるから入ってきたのだが、いざ何の用だと言われると、なんて言って良いのか分からない。


「用もなければどうぞお引取りを。乙女の部屋に断りもなく入ってくるとは、セクハラなどでは済みませんよ」

 対するセラは冷静。


「だから、その、機嫌を直して欲しいんだ」

「機嫌を直す? はて、私は特に機嫌が悪くなどありませんが?」

「いや、でも怒ってるじゃん」

「怒ってなどおりません。お、り、ま、せ、ん、が、何か?」

 というより、不機嫌さを隠そうともしない返答。


 セラは現在、ストライキ中である。


 3日ほど前から、ダンジョンの仕事の一切をしていない。

 ゆえに現在ダンジョンが……。


 セラの仕事は多岐に渡る。


 それはダンジョンに侵入者が来ていようか来ていまいが関係ない。

 朝食の準備、俺を起こし着替えさせ、それから全員を起こす。朝食が終われば片付け、ダンジョン内の清掃や換気、庭園以外に飾られた花々への水やり、それから昼食の準備に後片付け。


 後輩達への指導を行い、自身の鍛錬も欠かさず、戦争準備中の各国やそれ以外の国々への情報収集も徹底し、夕食の準備。


 もちろん後片付けも済ませ、お風呂を入れ、俺の部屋のベットメイクをし、城全体の戸締りの確認や消灯を行う。


 とてもとても忙しい。

 毎日毎日大忙しだ。


 だからセラがストライキをしてから3日、全員でなんとかカバーしようと奔走しているが全く賄えきれていない。


 特に料理部門が壊滅的だ。

 いや、元々料理は、当番制のような形で作っていたので、セラがいつも作っていたわけではないのだが、栄養バランスを考える立場にはいた。

 だから、セラが休んでいることによって、チヒロとツバキが総監督のような立ち位置に立ってしまった。

 毎食毎食、その職権を乱用し、新しい、独創的な料理に挑戦する。

 最早、犠牲は、1週間だけ頑張って節約生活をして、結局ギブアップした俺だけに留まらず、ネームドモンスター全体にまで広がっている。


 ――ふと、気になって後ろを見ていると、閉めたはずの扉は開いており、白い輪っかと黒い輪っかがドアの枠の横から飛び出ていた。

 心なしか、残念がっているというか、落ち込んでいるように見える。

 ……だ、大丈夫だよ。ダンジョンマスターはそのー、た、食べたいと思っているんだよ? うん。


 まあ、そういうわけで、俺のお仕事の出番だ。

 俺はセラに向き直る。


 ダンジョンの構造を変更することもなければ、階層を追加することもない俺が、仕事で急がしい理由、それは、ダンジョンモンスター達の悪行を止め、退屈を癒し、そして不機嫌を直すというお仕事に邁進しているから。


 一見、ダンジョンマスターの仕事ではないように見える。けれどこれもダンジョンマスターの重要な仕事。

 なんて言ったってこれをしなければ、あらゆる状況で殺戮が起こり、暇つぶしにと殺戮が起こり、ストレス発散にと殺戮が起こることになるからね。

 ダンジョンの健全運営のためには、ダンジョン自体の改善よりもよっぽど重要度の高い仕事と言える。


 このままあの仕事量が続けば、きっとどこかで不満が出る。

 あの料理が続けば、……俺は良いんだけどね、きっとどこかで不満が出る。


 だから俺はセラに復活して貰うため、無理矢理にでも今日ここへ来たのだ。


 ……。

 ……。

 いや、違う。


 俺がここへ来たのは、そんなことのためじゃなかった。

 そんな理由で、格好を取り繕ってみたけれど、俺がここへ来た理由は、ダンジョンマスターの仕事とか、そんなことのためじゃない。

 ダンジョンマスターにとってしなければいけないこと、ではない。俺がしなければならないことがあったから、俺はやってきたのだ。


 そう、俺はただ……。


 セラを見た。

 頭が落ち着いたからか、先ほどよりもよく見えている。

 ご主人様人形を胸に抱き、下半身を布団で隠しているパジャマ姿のセラの姿が。たった数日見なかっただけなのに、懐かしいと思えてしまうほど見慣れたその姿が、よく見えている。


「セラ、すまなかった」

 俺は、目を合わせてくれないセラに向かって頭を下げた。


「はい?」

 そう、俺はただ……セラに謝りにきたのだ。


「悪かった、本当に。許してくれ」

 セラの不機嫌の原因は、全て俺にある。


 これが、ダンジョンを上手く経営するための仕事だなんてのは、自分自身への言い訳だった。

 あんなに必死に、なけなしのPをはたいてまでここへ来たのは、全て、セラともう1度、楽しく話をしたいがためだった。


 俺は情けなくも、今さっきそう気づいた。

 これは、いつの間にかさせられていた睡眠学習の成果による模範解答ではない、俺がセラを想う心が弾き出した、俺自身の答え。


「何も許すことなどございません」

「本当にごめん」

 頭を下げる俺の方を見もしないで、セラは突き放すように言う。


「謝られる筋合いもございません」

「謝らせてくれ。本当にごめんな」

 何度言っても同じ。


 セラは許す気が全くない様子だ。

 しかし、それも当然だろう。なぜなら俺は、セラに酷いことをしてしまった。


「悪かった。名前を間違えたのは本当に悪かったよ」

「……」


 そう、セラがストライキを起こした原因は、俺が名前を間違えて呼んだこと。

 呼びかける際、マキナと呼んでしまったのだ。


 直前までマキナと話していたので、それが出てしまったのだろうが、その瞬間のセラの目が冷たいこと冷たいこと。

 実家に帰らせて頂きます、とセラは言い、いや実家ここだよー、と言った俺の声は届くことなく、部屋に篭ってしまい早3日。


「別にそんな程度のことで怒っているわけじゃありません。ふんっ」

 もうプリップリだ。


 セラはご主人様人形を抱えたままベットに横になり、布団をがバっと被る。

 会話をする気なんてありません、という圧が凄い。


「じー」

「じー」

 後ろからの圧も凄い。凄く見られている。

 そこに興味津々にならなくても……。


「セラ」

 俺はトコトコと近寄り、ベットに腰掛けた。


「ちっ」

「あ、ベットに座られるのは嫌なのね」

 俺はトコトコと遠ざかり、ベットの近くに座る。

 しょうがない、パーソナルスペースってあるからね。まあ、セラさんは俺のベットの上で、ピザとかスナック菓子とか普通に食ったりしてるけどね。


「セラ」

 顔の高さをセラと合わせた俺は、髪しか見えていない、そっぽを向く彼女の名前を呼ぶ。


「本当にごめんよ。ダンジョンマスターとしてあるまじきことを、いや、俺が、セラを傷つけるようなことをしてしまった」


 ダンジョンマスターがネームドモンスターの名前を間違えるなんて、それはとんでもない失態。

 なぜなら、ダンジョンマスターからダンジョンモンスターに贈られる名前は、親から子へ贈られる名前よりももっと重要な物なのだから。


 ダンジョンモンスターは名前を付けられたその瞬間に、魂や自身の生を得る。

 もちろんダンジョンモンスターが生きていないとかそういうわけじゃない、しかし行動の全てがシステム化され、それ以外の行動を取ることができない存在である。

 魂があるのか、自身の生があるのか、そう問われればやはり些か疑問が残る。

 ゆえにネームドモンスターにとって名前とは、とてつもなく重要なもので、自らとダンジョンマスターとを繋ぐかけがえのない絆でもあるのだ。


 それが、贈った本人に間違えられたならどうだろう。どう思うだろう。


 親が子供の名前を間違えることですら子供の心に深い傷をつくるというのに、ダンジョンマスターが名前を間違えたなら、彼女達に一体どれほど傷つけてしまうのか。

 俺には想像することもできない。


 ましてや、俺と彼女達の在りかたは、恐ろしく近い。

 他のダンジョンマスターの中には、確かに同種族のネームドモンスターの異性と、常に蜜月を過ごす者もいるのだろうが、俺達ほどに近い関係性では、絶対にないと言える。

 俺と彼女達の関係性は、最早ダンジョンというくくりを超越したものである。


 だからこそ、彼女達にとってきっと、俺に名を間違われることに比類する、悲しいこととは、この世の中にあり得やしない。


 証拠に、普段から彼女達は、名前で呼ばないと酷く不機嫌になる。

 俺から名前以外の呼び方が出た、その瞬間に、どれだけ機嫌が良かろうとも一気に不機嫌になる。

 お前だとか貴様だとか、そんな風に呼べば、機嫌を直すには、相当な時間と、相当な根気を要する。

 貴女や貴女様がセーフなのは少々謎だが、まあ、ちゃんと名前で呼ばなければいけないということだ。


「すまないセラ」

 俺は手を伸ばし、そっぽを向いているセラの黒い髪を撫でる。

 普段は結んでおり綺麗にまとまっているが、今はほどかれサラサラと指を撫でる髪の毛。

 その手触――。


「セクハラです」

「すみません」

 ……すみません。


「……はあー。ご主人様、別に私がこうしているのは、ご主人様に名前を間違えられたからなどという子供っぽい理由ではありません。少し体調を崩していただけです」

 セラは再び体を起こし、俺にそんなことを言う。


 呆れたようなその目。


「え、そ、そうなのか?」

 その目を見て、俺は動揺しながらそう言った。

 目を見る限り、セラは嘘を言っていないと思ったからだ。そうだったなら、俺は今とてつもなく恥ずかしい勘違いをしていることになる。


 名前が大事とかそんなことを凄く……。


 なんてこったい。

 顔から火が出る思いだ……。


「全く、ご主人様が謝る必要などないと言うのに」

 セラは再びため息をつく。

 嘘を言っているようには見えない。

 俺が今までセラの嘘を1度足りとも見抜けたことがないということは一先ず置いておくとして、やはり嘘を言っているようには見えない。


 そ、そうか。俺は、なんという勘違いを。

「は、恥ずかしい」

「全くです」


 ……しかし。


「……いや、そうか……、でも、だとしてもだ、セラ」

「……」


 悪意があろうとなかろうと。

 失敗であろうとなかろうと。

 俺が、彼女達の名前を間違えるなんてことあってはならない。


 誰にでもミスはあるとか、そんな話ですらない。

 俺が生きる上で、一番間違えちゃいけないもの。俺のダンジョンマスター生が永遠に続くとしても、1度だって間違えちゃいけないものがコレなのだ。


「ごめんセラ」

 俺は頭を下げる。

 誕生してから1年と半年で、一体何度下がったか分からない軽い頭だ。いやある意味重い頭か。

 しかし俺にはこれを下げることしかできない。


「はあ……」

 そんな俺にセラはため息で応える。


「ご主人様、そんなに謝りたいと言うのなら、あのタンスにでも謝って下さい」

「え、……。タ、タンス、すまない」


「……じゃあ、あの本棚にも」

「本棚、すまない」


「カーテンにも」

「カーテン、すまない」


「絨毯にも、テーブルにも、ベットにも、パジャマにも」

「絨毯、テーブル、ベット、パジャマ、すまない」


「この3代目ご主人様ぬいぐるみにも」

「3代目ご――、初代と2代目は一体どう……、3代目ご主人様ぬいぐるみ、すまない」

 俺は謝る。

 何にでも謝る。


「じゃあ、……私の名前を間違えたことにも」

「セラ、ごめんな」

 その中に混じる本当に大切なことにも、きちんと。


「……。はあ、全く。ご主人様は何に謝れば良いかも分からないようですね。でも仕方ありません、そんなに許して欲しいのであれば、許してさしあげましょう」

「――、ありがとうセラっ」

 俺が顔を上げると、さっきまで布団を被っていたからか、ほんのりと頬を上気させたようなセ――。


「させていませんが」

「させてないね、ごめん」

 俺は基本的に何にでも謝る。


 俺が再び顔を上げると、セラは既にベットから立ち上がり、クローゼットを開けていた。

 クローゼットの中にはたくさんのメイド服がかかっており、それらは全て同じデザインに見えて少しずつ異なる。

 その日の気分などで変えるらしいそのメイド服の中から、セラは1着を選び、そして……。


「……ご主人様、いつまで乙女の部屋に居座るつもりですか? これから着替えようと言うのに、セクハラで訴えますよ。チヒロ、ツバキ」


「はいセラさん」

「はいセラさん」

「この不埒物を連れて行きなさい」


「こちらです不埒物様」

「不埒物様こちらでした」

 俺は双子に腕を掴まれ、ステレオから出されたような声を聞きながら部屋の外へと連れだされた。

 そしてバタン、と扉が閉まった2秒後、いつも通りカッチリした服装と髪型のセラが扉を開けて出てきた。

 早いっ。


「さて、休んでいる間に随分仕事が溜まってしまいましたね。行きますよ、チヒロ、ツバキ」

「はいセラさん」

「はいセラさん」


 扉を閉めたセラは、俺に構わずスタスタと歩いていく。


 ご主人様と呼ぶ存在である俺に何一つ構うことなく。

 なんて軽い扱いだ。


 ……しかし、やはりこうでなくては。

 俺の顔には自然と笑みが浮かぶ。


 これがこのダンジョン。

 俺が、てんてこまいな忙しさで保っている平和なダンジョン。

 ダンジョンマスターの扱いは、おそらく世界で一番軽いが、きっと世界で一番幸せの溢れる最高のダンジョン。


 俺達は彼女達と今日も一緒に歩んで行く。

 もちろんそれは、これからも、ずっと。


 セラ達3人が歩く後ろ姿を見ながら、俺はそんなことを思った。

 だからか、軽く目が潤んできた気がする。


 セラに許してもらうことができたからとか、久しぶりに姿を見たからとか、そんなたくさんの理由でなんだか泣けて……。

 でも、これはいつもの涙とは違う、ホッとした、言わば幸せの涙だ。


 こんなことで泣いてしまうなんて情けないような気もするが、これならあのセリフも幸せな意味に変わるだろう。

 いくぞ。


 ああ、今日も今日とて――。

 

「しかし、貴女方の本気の料理には驚きました。まさか私が3日も寝込むことになろうとは、出歩くことすら困難でしたよ」


 明日――、ん?


「セラさん。そうですね。そんな威力があるとは露知らず」

「そうでしたね。そんな威力があったとは露知らず。セラさん」

「旦那様にお出しするあの1週間で、なんだか腕が上がる感覚を得て、作ると……。なのでこの3日間の料理は抑えています」

「なのでこの3日間の料理は抑えていました。旦那様にお出ししたあの1週間で、なんだか腕が上がった気がして、作ると……」


「2代目ポイズンクッキングの名は伊達ではありませんね」

「わたし達が襲名するなど恐れ多く思いますが、より一層精進するつもりです」

「恐れ多く思いましたが、より一層精進するつもりです」


「期待しています。ですがやはり、料理とは、食べてもらうことこそが、上達への近道です。私が休むと、ダンジョンが回らなくなるようなので、これからは遠慮しますが、ご主人様はお暇ですし、先ほど食べたいとも仰っていましたね。間違いなく手伝ってくれますよ」

「旦那様、では、これからはよろしくお願いします」

「では、これからはよろしくお願いしました、旦那様」


 ……え?


 ……あれ?


 ……おや?


「何をボーっとしているのですか? 早く行きますよご主人様。いえ、初代ご主人様」


「あ、はい、今行き――、初代? え? 俺引退するの? え? セラさん? セラさん? 俺、死んじゃうの? セラさーんっ?」

お読み頂きまして、ありがとうございます。


ブックマークや評価、ありがとうございました。


現在、1話2話など、最初の方の話を、改稿していっておりますが、大した変更はございません。気になるかもしれませんが、無視しておいて下さい。


面白く、そして読みやすい話を書けるよう頑張りたいと思います。

よろしくお願いします。

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