第72話 ホリィも、聞いてオルテ先生。
悪逆非道のダンジョンあるあるその12
高階層のダンジョンほど、アイテムがない。
生まれた際から、どこかおかしいダンジョンモンスターしか生成できなかったため、最終階層付近を実家だと言い張り、侵入者が来ないように流行らないように、侵入者の欲する物どころかアイテムすら置かない。
コーン、トーン、カーン、コーン。
そんな、何かを叩く音や何かを削る音が、今日も天空城の入り口前に響いている。
しかしそれも今日で終わるだろう。
「ふう、完成だっ。……なんと、なんと素晴らしい」
俺は眼前にある、身長と同じ高さの石像を見て満足気に頷き、手に持っていたミノと木槌を置いた。
先ほどまで響き渡っていた、コーンカーンという音は、ミノと木槌が石像を削ることで発生した音。
俺はその音を、7日7晩鳴らし続けていた。
体が疲れないダンジョンマスターならば、不眠不休の作業ができる。
心が疲れないダンジョンマスターならば、一切集中を切らさぬ作業ができる。
それを証明するかのような1週間は、嵐のように通りすぎ、1つの結果を、いや、1つの作品をこの世に残した。
それは、ダンジョンマスターの石像。
すなわち俺の石像。
完成したのは、等身大の俺の石像だ。
どこからどう見ても不足はなく、感じられる威風には一片の陰りもない、この荘厳かつ壮大なダンジョンに在るに相応しい石像。
カッコイイ立ち姿で自信満々にどこかを指差す俺の姿は、見れば思わず大志を抱いてしまうに違いない。
「ふっ」
最早どんな匠ですら、修正する箇所を思い浮かばないだろう完成度の高さに、俺はおもむろにニヒルに笑った。
「これならば文句ないはずだ、まさしく城の入り口に飾るに相応しい。見てくれ、ホリィ。ホリィの守護するここに思わず飾りたくなるだろう?」
そうして、自信満々に石像を納品する。
「完成致しましたか陛下。拝見させて頂きます、どれどれですわ」
その声を聞いてやってきたのは、ツナギ姿のホリィ。
60階層の守護者、ホリィは、ダイヤモンドガーゴイル種族といういわゆるガーゴイルであるが、人間型で生成されているため、見た目は像でも悪魔でもなく、ツインドリルの映える17歳のお嬢様である。
縦ロールのツインドリルの黄緑髪で、右が鮮やかな黄緑色、左が黄色のオッドアイ。
ツリ目気味のハッキリした顔立ちで、薄いくちびると、高校の制服姿がよく似合う細い体つきを持っており、おそらくはどんな格好をしても抑えられないほど、気品や優雅さに満ち溢れた17歳のお嬢様である。
身長は158cmと、平均的。しかし手足が長く腰の位置が高いため、もっと高く見える。
体重は……不明だが、かなり細いので、平均に比べれば随分と軽いのだろう。おそらく手足や腰は、身長と比べると随分細い。
スリム、と言える範囲を少々通り越していて、ネームドモンスターの中でも間違いなく1番細い。
しかしそれは、貧相という意味ではなく、華奢という意味でもなく、しなやかさと高潔さを感じさせる細さ。
胸もお尻も小さく、体は表も裏もストンと絶壁だが、華やかなほどに魅力的で、女性のプロポーションとして一つの到達点のようにも思える。
男性ならば、その一挙手一投足に目が奪われ、心までもが奪われてしまうに違いない。
そのため、ホリィと言えば、その細くしなやかな体つきと、短いスカートとニーソックスの間に見える、絶対領域が個性として挙げられる。
が、しかし、今現在は、ツナギ姿。
スラっとした体型の者が、身体のラインを隠すツナギを着ていたならば、体つきに女性らしさを感じることはないだろう。しかし、細く長い手足と高い腰を持つホリィからは、一歩歩く度に、女性らしさが零れ落ちるように伝わってくる。
気品、優雅さ、そしてツリ目と濃い眉や睫毛によって印象付けられる厳しさを滲ませるホリィは、自らのアイデンティティであったような太腿の絶対領域を捨ててもなお、男に夢を与える麗しさを持っていた。
「陛下」
太陽の光を淡く反射するような黄緑色の髪を揺らして、俺が作った石像を、ぐるりと1周回ってきたホリィは、凝らしていた目を俺に向ける。
眉間にシワを寄せるかのような、厳しくハッキリした眼差し。
俺はそれを見た瞬間、思わず不安に駆られたが、しかし、次の瞬間、ホリィの表情は、フワリとした笑顔へと移り変わった。
普段は全く見せない、鉄壁の美少女の、柔らかな微笑。
そこから発せられる言葉なんて分かりきっている。俺は微笑みの華やかさに釣られるように笑い、紡がれるだろう労いの声に耳を傾ける。
「全然駄目ですわね。作り直しです」
「ええっ、笑顔の意味はっ?」
「まずパッと見で腕の長さがおかしいですわ、それから指の長さも。服がのべーんとしていて風にはためく感じが見えませんし、立ち方もバランスも、気味が悪いのは最悪です。表情も何を考えているのか分かりませんし、感じ取れるものもありませんわ。そして何よりモチーフがイマイチ」
「モチーフがイマイチっ?」
ホリィは、俺製作の像の前に仁王立ちし、あれやこれやと、1つずつ悪い点を指摘していく。
この石像は、ホリィの守護階層である60階層、すなわち城の玄関前に飾るためのオブジェである。
60階層には、ホリィと同系統の種族のガーゴイルを、何体も置き、扉に手をかけた瞬間一斉に襲いかかる、という手法を取る階層なのだが、全てがガーゴイルでは味気ない、という意見も出たために、いくつか本物の像も置くことが決まったのだ。
当初は、Pで有名所の石像や銅像などを生成する予定だったのだが、オルテが自分の姿の像を生成しろ、と言ったことで予定は変更。
このダンジョンのネームドモンスター28体に、俺を加えた29個の像を生成する予定になった。
が、オルテが自分の像は飴細工で生成しろ、と言ったことで予定は変更。
それぞれが好きな材質の29個の像を生成する予定になった。
が、オルテがこんなもんで飴の良さが伝えきれるか飴の良さは色合いや見た目の美しさだけでなく云々かんぬん殺すぞ、と言ったことで予定は変更。
そんな何でも良いって言ったのに文句ばっかり言うんなら自分で作りなさいっ。オーはもう何もしないからねっ、全部自分でしなさいっ。となった。
そうして自分の像は自分で作りましょう、という芸術運動が起こり俺も俺自身の像を自作しなければいけなくなったので、こうやって作っているわけだ。
既に60階層を見回せば、黄金で作られたマキナ像や、銀で作られたセラ像。
鋼鉄で作られたローズ像、CGで作られたキキョウ像……は立体映像だけど、お米で作られていたニル像……はもう無いけど、雪で作られた雪だるま……は雪だるまだけど、そんな26体の像が既に置かれている。
あれでもオッケーだと言うのにダメなのか。そうかモチーフか。
いやモチーフは貴女の陛下よ。
おにぎり以下なのか俺は……、確かにおにぎりはおいしいけどさ……。
「わたくしの階層に置くのですから、もっと麗しく、壮大に。そう、わたくしの美しさや気品に見合う作品を所望致します」
ホリィは俺の像の悪いところを指摘しながら、そんなことを言う。
なんという自分を持ち上げた言葉か。そう思うけれど、ホリィの表情は、その言葉に一切の疑問を持っていないような、自分への自信に満ち溢れていた。
とまあ、ともかく、ホリィは抜群のプロポーションで、顔立ちも性格もハッキリして自分にもの凄く自信を持っているお嬢様だ。
だからこそ、ホリィの一番の個性と言えば、プロポーションや絶対領域などではなく、その傲岸不遜さである。
虚飾を司るからか、見栄っ張りなのだ。
内容は一先ず置いておいて、見栄えが完璧でなければ気が済まない。そんな性格。
であるから、ホリィの守護階層に置く像は、生半可な完成度ではOKなど到底貰えない。
「と言うわけで、作り直しです。よろしくお願いしますわ」
俺の渾身の一作は、あっけなくも、不合格となってしまった。
「ホリィさんホリィさん。鬱だけど、わらわも像作りました、鬱だけど。鬱だけど、精一杯作りました、鬱だけど」
すると、それを横目に、ティアが自身の像を持ってやってきた。
ティアもまだ自身の像を完成させていなかったので、俺の横で一緒に作っていたのだが、どうやら完成した様子。
ティア自身を模した、艶美さ漂うエロティックな像は、自身の守護階層の特徴である水晶を材料としており、白く濁った半透明な色合いも、造形も、ひたすらに美しく、果てしないほどに艶やかである。
「ティアさん、では拝見させて頂きます」
「鬱だけど、凝って作ったの、鬱だけど」
鬱アピールは酷いが、一生懸命に作ったのだろうことはよく分かる。
鬱なのに頑張るだなんて、それはまさに命を削る行為。ティアよ……、なぜそこまで……。
いや、分かりきっているか。
ティアにとって、ホリィは親友だからだ。
2人は、お互いにとってダンジョン内で最も近しい存在であり、強い絆で結ばれた存在。
友達や仲間を越えた、親友と言える存在なのだ。
だからこそティアは、ホリィの階層に飾る像を、鬱病にも関わらず責任感を持ち努力して、自らの命を削ってまで作ったのだろう。
他のみんなが続々と完成させていく中でも、拘りに拘りを重ねて、より良い物になるよう一生懸命に。
きっと、1番の完成度を目指したに違いない。
自分がホリィの中で1番になる為。
ホリィに喜んでもらう為。
泣けるじゃないか。
ホリィは、俺の像を見たときと同様、厳しい目でティアを模した水晶像をぐるりと1周回る。しかし、そんなティアの心意気を感じ取ったのか、凝らしていた目をティアに向け、フワリとした笑顔に変えて見つめた。
ありがとう、嬉しい、そんな聞くだけで幸せになれるような言葉が紡がれるのだろうか。俺はなんとも幸せな心持ちになり、発せられる言葉に耳を傾けた。
「全然駄目ですわね。作り直しです」
「え……」
「まずパッと見で顔が暗いですわ。ここには相応しくありません、ティアさんならもっとできるはずですわ。それにポーズも単純ですし、ちゃんと考えて下さいましたの? もっと頑張って下さいですわっ」
「全然駄目……、相応しくない……、もっとできる……、ちゃんと……、もっと頑張って……」
しかし待っていたのは辛辣な言葉。
その瞬間、ティアは膝から崩れ落ちる。
「笑顔の意味っ。やめるんだホリィっ、そんな追い詰めるような言葉を言ってはいけないっ。大丈夫か、大丈夫かティアっ」
俺は崩れ落ちたティアを抱き起こす。
全身に力を入れられなくなったのかティアは、頭を支えてあげなければ顔すら上げられないようだ。
「ううう、もう駄目、わらわにはもう生きていく価値なんてない……」
「くそう鬱が悪化しているっ。そんなことないさっ、ティアは十分頑張ってるっ、良いっ、最高さっ。何もしないでも良い、生きていてくれるだけで俺は嬉しいよっ」
必死で俺はティアの存在価値を認める発言をした。
心からの本当の言葉だ。
しかし、ティアの目に光は戻らない。これは最早手遅れだ。
あとはもう……死に向かうしか。
「お父さん、お母さん、今、逢いに行きます」
「いや貴女生成された子だから御両親はいないよっ。強いて言うなら俺が親です、会ってるよ今、今逢ってるよっ」
「そんな、じゃあ、ここは天国?」
「あれだけの虐殺をしておいて天国に行くつもりなの貴女っ? というかここが天国なら俺も死んでるし。……あと大きな声では言えないが、ここはどちらかと言うと地獄だ」
「地獄だなんて……。もうだめ、最後に、陛下、あれを言って?」
「……ああ、分かったよティア。……今日も今日とて」
「明日が……、ガク……」
「――はっ、ティアっ、……、ティアっ」
言い切る前に、力を失ったティア。腕の中で眠る愛しい重さが、まるで悲しみの重さに変わったかのよう。
「ティアーっ」
俺は、もう2度と返事を聞くことのできない名前を、空に向かって力の限り叫んだ。
「コントは結構ですわ、早く再開して頂けませんか? ティアさんは5分もあれば作れますが、陛下は最低1週間かかりますでしょう?」
「仕方ない。鬱だけど、頑張ろう、鬱だけど」
「いやあ、2人の見てたらしたくなっちゃってね。……え、5分で作れるの?」
「3月の戦争開始まで、つまりダンジョンオープンまで残り半年ほどと相成りましたが、余裕と考えて貰っては困りますわよ」
ホリィに手を握られ引っ張られる形で、ティアが俺の腕から立ち上がる。
その際に、ティアが何か言ったことで、何やら喋り始めた2人。
繋いだ両手が離れても、交互に笑い一緒に笑い、楽しげに話している。
会話が成立しないことも多々あるような、ぶっ飛んだ2人が、あんな風に良い雰囲気で会話をするのも案外よくある。けれどもその様子は何度見ても、見ているだけで心がホッコリしてしまうものだ。
しかしどうしてだろう。なにやら裏切られた気分だ。5分で終わるって貴女……。
「仲間だと……、像作りに苦労している、同じ仲間だと思っていたのに……」
俺は1人膝立ちのまま、そんなことを呟き、地面に両手をついた。
……。
……。
「さあて、4体目作ろうかなー」
が、誰も構ってくれないので普通に立ち上がり、ノミと木槌を持つ。
ボケを誰も拾ってくれなかった時って一番恥ずかしいよね。
「新しい岩、新しい岩」
俺はそんな恥ずかしさから気を逸らそうと、手早く作業を開始しようと岩を生成しようとする。
「おっと」
しかしそんな時、先ほど作った像が、作業場を占領していることに気付いた。
「その前にこの不採用になった3体目をどうにかしないとな」
これをどかさなければ新しい像を作ることはできない。俺はダンジョンの権能の1つ、収納機能により像を収納することでそこからどかした。
……。
……だが。
現在、俺の困り事はいくつかある。
像に関することだけでも3つ。
1つ目は、俺が作る像がホリィの求める完成基準に達する気がしないこと。
ダンジョンマスターは成長しない。だから1回目に作った像も、100回目に作った像も、技術的には変わらないのだ。
前回の反省を活かして作ってはいるが、やはり技術的に差異はない。
ホリィのダメ出しにはいくつか、今の実力では解決できない問題も含まれているので、永遠に満たすことは不可能である。
どうしましょう。
2つ目は、不採用となった像をどうするか、ということ。
自分の姿を模した像を破壊するのは忍びない、が、かと言ってどこかに飾る場所があるわけではない。
ダンジョンの収納機能は、ダンジョンの規模に応じたものなので、100階層もある現状では収納量も収納能力も凄まじい。
人サイズの石像程度なら、永遠に収納しておいても構わない。しかし、ネームドモンスター全員がダンジョンの権能を持った今、収納しておいても、そこが安住の場所となるわけではない。
俺を模した像なんて、悪戯の格好の餌食だ。全員の楽しそうな顔が目に浮かぶ、何かをやらかしては、見て見てー、とすぐさま持ってくることだろう。しまっておくわけにもいかない。
仕方なしに、1体目と2体目は俺の部屋に飾っているが、正直、自分の部屋に自分の像を飾るやつは危険人物だと思う。それも俺の場合は自作の像。危険度はより一層上がる。
置いている像がこれから増えることを思うとさらにだ。異常者と言われても仕方ない部屋になるだろうことは、まず間違いない。
どうしましょう。
3つ目は……。
これが本当に1番どうしましょうなんだが……。
俺はチラリと横を見る。
……。
しかしまあ、これはきっとなんとかなるだろう。
次こそは大丈夫なはずだ。そう考えよう。
「1つ目と2つ目の問題は結局、俺が次に合格を貰えば解決することだし、合格できる術をなんとか考えよう」
俺は視線を正面に戻して、想像で胸焼けした身体を落ち着かせながら頭を捻る。
ダンジョンマスターが技術的に成長しないのはもう仕方がない。地獄すら生ぬるいあの訓練をくぐり抜けても、何一つ変わらないのだ。
だからホリィもそこは考慮して言ってくれているはず。
おそらく限界以上のことを求められているわけじゃない、技術不足によって言われていることだとしても、きっと技術以外のところでカバーできたりするのだ。
「うーん、うーん」
俺は頭を悩ませる。
「ホリィさんホリィさん、完成したよー」
「あらお早い。では拝見させて頂きますね。……ふむふむ。……ふむふむ」
「どう?」
「うーん、うーん」
俺は悩む。
「ティアさん……、……、……、実に素晴らしいですわっ」
「おおー」
「こんなに良い物を、ありがとうございます。一生の宝物に致しますわ」
「うーん、うーん」
俺は悩む。
「そこまで? いやーそんな褒められると鬱になっちゃう」
「あらそれは大変ですわね、もっと褒めませんと。なーんて、ふふふ」
「もー、ふふふ。そんなこと言ってー、鬱にしちゃうよー?」
「うーん、は、そうかっ。アイデアだっ」
そして数分後、俺はついに閃き、手を打ち鳴らした。
「技術は変えられない。でも方向性なら変えられる。ポージングや表情、服装。そういうものを変えたなら良くなるかもしれない」
目の前の暗雲が、一気に晴れたかのような爽快感。
そう、ダンジョンマスターの技術が成長することはないが、アイデアならいくらでも思いつける。
そこすら変えられなければ、ダンジョンの踏破などとても簡単なものになってしまう。ダンジョン全体が同じことの繰り返しにしかならなくなり、さらには攻略法が確立されてしまえば2度と阻止できない、ということなのだから。
すなわち、アイデアで問題を乗り越えることは、ダンジョンマスターにとって唯一の成長であり、ダンジョンマスターにとって相応しい戦い方である。
そんなところを焦点にするとは、ホリィ、粋なやつだぜ。
「じゃあ問題はどんなアイデアで勝負するかだな。みんなが作った像を参考にさせて貰おう」
俺は拾ったノミと木槌を再び置いて、60階層に並ぶ26の像を見て回ることにした。
26人の作り手が各々の想いを込め心血を注ぎ製作した像は、何の気なしに見ているだけでも違いは感じられる。
しかしこうやってよく観察しながら見ると、その違いはさらに大きいものだった。
やっぱり黄金だろ、と言うマキナに金で作られたマキナ像は、自信満々な表情と今にも動きだしそうな躍動感でいっぱい。
吸血鬼はやはり銀ですね、と言うセラに銀で作られたセラ像は、銀で吸血鬼の像は作っちゃいけないんじゃないかと思うものの、淑やかさに溢れながら威圧感が大仰に伝わる。
将軍であれば武器ですよ、と言うローズに武器を折り曲げるなどして作られたローズ像は、重厚感や力強さがダイレクトに伝わってくる。
作るのが面倒だから、と言い3D映像で済まされたキキョウ像は、今にも消えてなくなりそうな儚さを持っている。CGだもの。
お米で作る、と言って作ったものの、その瞬間に消えてしまったニル像は……、確かおにぎりだった。
ユキだから雪だな、と言って作っている最中、季節はずれの雪合戦に興じそっちが楽しくなっちゃったのか、雪だるまでいこう、と言ってユキが置いた雪だるまは、やはり雪だるまだ。
一時は3mを越えていたからかなんだか怖かったが、小サイズになってとても可愛くなった。
それから五獣と干支と、天使と悪魔。あとホリィ。……あと、あれ? ティアのもあるぞ? ――まさかっ?
「あ、陛下、わらわも完成しましたので」
「え、嘘だろうっ。……そんな、仲間だと思っていたのに……」
「そんな、仲間だと思われてただなんて……、鬱に――」
「なるんじゃないっ。実際に仲間だからね、同じダンジョンの。そうだ、ホリィはなんて言ってたの? 合格した理由とか知りたい。というかホリィは何してるの? なんか体育座りして」
「あ、ホリィさんは鬱になりました」
「なんでっ」
「あ、間違えた。しました」
「したのっ? だ、だめよそんなことしちゃあ……」
理由は不明だが鬱になってしまったホリィと、合格したティア。
「……ええ……」
なんだか怖くなったので、俺はホリィとティアから離れるように見学を続ける。
作り手の込めた想いや性格が伝わってくるような26体の、いや27体の像、確かにここに比べれば俺の像のモチーフが劣っていると言われても仕方がない。
しかし、何かふつふつと俺の中でアイデアが湧きだしてくるのを感じる。
これが創作意欲、というやつか。
早く俺の像もここへ並べたいものだ。
しかし、俺の像が並んだところで、まだ全員揃うわけじゃない。ダンジョンモンスターは総勢28人なので、俺を除いてももう1人いる。
その人物は、今も俺の横で……。
「くっ、まだ……。まだこんなんじゃ飴の魅力を出しきれてない。飴はもっと崇高、そして雄大。刹那的な爆発力も永続的に感じられる威厳も、まぶたの裏に残る神々しさも何一つ足りないっ」
飴のオルテ像を前に頭を抱えていた。
そう、オルテもまだ自身の像を完成させられていない。
何度も何度も作ってはいるのだが、飴を食べる時のような強い拘りのせいか、その度に自分で不合格の判を押し作り直している。
今もまた見事に見える自身の飴像に首を振り、作り直すことを決心したようだ。
「オルテや、そろそろ良いんじゃないかい? 十分素晴らしいと思うよ」
「ああん?」
怖いよ……。
「完成で良いんじゃ――」
「殺すぞ」
怖いよ……。
「飴の魅力をまだまだ引き出せていない、こんな状態で完成だなんてそれは飴への冒涜。せめて飴の持つ輝きの1割でも出したい、でも伝えきれない。あの美しさも味わいも切なさも何一つ足りていない。それのどこが完成と言えるっ」
「ごめんなさい」
怖いよ……。
凄い喋るし……。
「オー」
「なんだい? 飴かい?」
「……違う。……これ、部屋に送っとく。……食べて良い」
「……そうかい。ありがとう……」
俺はオルテのその言葉に思わず涙を流しながら言った。
なぜ泣いているのかって? 簡単さ。
あの俺に対し飴を要求してばかりだったオルテが、こんなにも立派に育ったからさ。
飴を人にあげるようになるだなんて誰が予想していただろう。しかもこんなに大きな飴を……。俺は感動した。
だから泣いているんだ。
そうだよな? 15体目の飴オルテ像?
……15体目かあ。俺は一体、後何体の飴オルテ像を食べれば良い。
等身大だから140cmちょっとと、像としては大きくないけれど飴としてはとてつもなく大きい飴オルテ像。
噛むと殺されてしまうので全て舐めて食さなければいけないのだが、真面目に頑張っても1週間くらいかかる。いや頑張ってもって意味不明だが。まあとにかく頑張っても1週間かかる。
オルテは像を完成させるまで、飴断ちをするそうなので食べるのを手伝ってはくれないし、他のメンバーに呼びかけてもその時だけは応答がない。ニルですら一切。
そりゃあこのサイズの飴を1人でいくつも食べてれば胸焼けするさ。
先ほど言っていた3つ目の問題とは、俺がいくら頑張っても解決しないこと。
永久に送られてくる飴オルテ像。
俺の部屋には、既に俺の像が2体と、オルテ像が10体と半分飾られている。
もう何がなんなのか、頭がおかしくなっちゃうよ。
そろそろ、そろそろ完成させて下さい。
何よりも俺のために……。
わなわなと震える俺の横で、オルテは再び大きな飴を出し、加工を始めた。
「……、ま、まあ、うん。ともかくみんなの作品を見たことで、新しい方向性は見えてきたぞ。これで次こそ合格だっ」
俺も改めて作業を再開する。
その1週間後、俺の部屋に俺の像がもう1体、飴オルテ像がもう5体増えることを、まだ誰も知らない。
お読み頂きまして、誠にありがとうございます。
ブックマーク、評価下さった方々、おかげさまで総合評価が800Pを突破致しました。嬉しい思いで一杯です。なんとかご期待に答えられるよう、頑張って行きたいと思います。
感想を下さった方も、ありがとうございます。頂いた感想は、全て参考にさせて頂いております。
頂ける度に、より良い作品に近づいている気がしています。
これからも頑張ります。ありがとうございました。




