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第69話 聞いてマキナ先生、ミロクも。

悪逆非道のダンジョンあるあるその9

100分続くかダンジョンバトル。

ノリノリで攻めようと一方的に侵攻する上に、侵入者がいないので全勢力が攻めに継ぎ込まれ簡単に100分以内で終わってしまうこと。

 青い空。


 白い雲。


 華やかな水着。


 そして――。


「上級水竜だーっ」


「グオオオオオオオオオーッ」


「いやああああああーっ」


 城の庭で、怪物が暴れ回っているっ。


 それは鮮やかな水色の体表の鱗を輝かせた、全長50mはあろうかという巨大な竜。

 蛇のような長細い体に長くない四肢を生やし、こめかみ付近からは輝く角、口元付近からは長い髭。翼はないというのに、大空を自由に飛翔し、大きな顎は何もかもを噛み砕き、圧倒的な水の力をもって全てを統べる巨大な竜。


 世界において最強の生物として君臨する怪物、それが上級水竜。


 そして――。


「Lv30越えてるからな、5人がかりって言っても、ミスるとヤベーぞ。気をつけろよ」


「はい、マキナ姉さん。いくよ、ククちゃん、リリちゃん、ナナちゃん、トトちゃん」

「ああ姉上」

「わーってんよっ」

「頑張るよミー姉」

「どんとこーいってな」


 我がダンジョンに引き摺り込まれてしまった哀れな怪物、それが上級水竜。


 美女と美少女の集団、計5名によってたかって攻撃され、殺されようとしている。

 一体なぜこうなったんだ。


「マスターが、ダンジョン外で魔物倒すな、っつうから、こうやって持って来てやったんじゃねえか。感謝しろよな?」

「……なるほどねえ」

「ま、この間、誕生日プレゼント貰ったからな。お返しだぜ」

 するとマキナは俺の問いに、今も身に着けている髪飾りを指差し笑顔でそう答えた。


「そうか……。ありがとう」

「おうっ」

 俺が礼を言うと、マキナは嬉しそうに頷き、再び上級水竜と激しい戦いを繰り広げる5人へ指示の檄を飛ばす。


 そして、俺も改めて、その戦闘へと目を向けた。


 戦っている5人とは、49階層守護者である四獣の4人と、地上最終階層50階層守護者であるミロク。

 いわゆる五獣姉妹だ。


 彼女達は5人姉妹で、普段の表情こそ違うが、顔立ちは非常によく似ているそっくり姉妹。

 けれど、性格はそれぞれで大きく違い、戦い方も真逆と言えるほど。


 長女、麒麟(仮)のミロクは、回復。

 次女、玄帝のククリは、攻撃。

 三女、白帝のリリトは、防御。

 四女、炎帝のトトナは、爆撃。

 五女、青帝のナナミは、遊撃。


 同じ戦い方をする者は1人もおらず、同じ場面で同じ行動を取る者すらもいない。

 全くと言っていいほどの、バラバラさだ。


 だが、それも当然のこと。

 5人は、1人1人が、各エリア、各階層の守護者である。

 したがって、ダンジョンのボスとして、一緒に戦うことはまず有り得ない。また、戦い方が被るなども、有り得ない。そんなダンジョンは攻略し易すぎる。

 ダンジョンによっては、諸々を揃えることで、勲章を授かりパワーアップすることを狙っていたりもするが、このダンジョンでは、そんなもの狙えやしない。ボス同士の戦い方は、千差万別が絶対条件。だからこそ、彼女達はバラバラの戦い方をしていて、当然なのだ。


 しかし、5人は姉妹である。

 相性を大事に、と思い生成された結果、戦い方の不一致は、役割分担となり、行動の不一致は、チームワークとなった。

 回復も、攻撃も、防御も、爆撃も、遊撃も、バラバラな動き。けれどもそれは、あたかも一個の生物のように。5人よりももっとたくさんいるかのように。戦っている相手には感じられるのだろう。

 ゆえに、5人揃った時の力は、単純にボスが5人集まっている力とは、比べ物にならないほど、格段に強い。


 だが、上級水竜とて強い。最強クラスの種族なのだからそれも当然。

 むしろ、上級竜に拮抗できる時点で、賞賛に値すると言っても良いくらいだ。

 だから戦いは、一進一退の攻防が続いている。一瞬毎に優勢と劣勢がひっくり返り、どちらがいつ倒れてもおかしくない、そんな一進一退の攻防が。


 そこに、真剣でない者など1人も、1匹もいない。

 

 上級水竜からすれば、負ければ確実に死ぬだろう戦い。手を抜くわけがない。

 それにこれは、最強たる竜にとって、生まれて初めての同種以外との戦いだ。普段行う蹂躙とはわけが違う、まともな勝負になり得る戦い。

 よく見れば、その表情は歓喜に打ち震えているようにも見える。


 対する5人、五獣のミロク、ククリ、リリト、トトナ、ナナミからすれば、負けても死ぬわけではない戦いになる。ダンジョンモンスターはダンジョン内で負けても復活可能だからだ。

 しかし、彼女達はえげつないほどの訓練を乗り越えてきた。もし負けた場合どうなるかを考えたなら……、やはり負けるわけにはいかないのだろう。

 それにこれは、彼女達にとっても、生まれて初めての先輩達以外との戦いだ。普段行う蹂躙とはわけが違う、まともな勝負になり得る戦い。

 よく見れば、その表情は歓喜に打ち震えているようにも見える。


 だからこそ、5人と1匹は、誰しもが真剣で死力を尽くしていた。


 ……。


 普段の蹂躙ってなんだよ。

 普段の蹂躙ってなんだよっ。


 思わずスルー仕掛けたが、普段の蹂躙って凄くおかしいよ。

 それがダンジョンモンスターのすることかい? そんなのは悪逆非道のダンジョンのダンジョンモンスターのすることじゃないかっ。なんてこったいっ。


 それに……それに……。

 俺はもう1つだけ思った。


 こんな、全てのダンジョンの歴史を紐解いてみてもいくつあるのか分からない名勝負なのに……。


 ……なぜ、水着なんだろうか、と。


 黄色に茶色のぶち模様という何かしらの動物を彷彿とさせる柄のビキニとパレオを身につけたミロク。

「うふふ、(仮)ってなんですか?」


 黒と緑というスイカ模様のハイレグワンピース姿のククリ。

「スイカ模様……」


 金色のビキニという、ヤンキー一家のお子様が背伸びして着るような派手な――。

「んだとごらあっ?」


 赤色のセパレートタイプの水着の上から、パーカーを羽織るトトナ。

「……見ないで」


 青色のワンピースタイプだが、紐で前後を留めているような色気を漂わせるナナミ。

「15歳、未成熟な果実」


 こんな世紀の大決戦になぜ、お小遣いのPをたくさんかけて生成した最強装備ではなく、水着で挑んでいるのか。

 どうして、グラビアアイドルの写真集のあおりみたいな言葉を返されたのか。(仮)に関しましては、本当にごめんなさい。うん、まあ、どうして水着なのか。


 俺は、白色のビキニ姿のマキナに、そう問いかけた。


「気分は海水浴だからな」

「……なるほどねえ」

「ま、折角、マスターが、女の子らしくなりますように、ってプレゼントくれたからな、女の子らしいとこ見せてやろうと思ってよ」

 するとマキナは俺の問いに、今も身に着けている髪飾りを指差し笑顔でそう答えた。


「……そうか。ありがとう」

「おうっ」

 俺が礼を言うと、マキナはまた嬉しそうに頷き、再び上級水竜と激しい戦いを繰り広げる5人へ指示の檄を飛ばす。


 ……。


 まだ5月なんだけどなあ……。


 ……。


「グギャアアアアアアー」


「まだまだっ。みんな、気を引き締めてねっ」

「ああっ分かっている。こんなところで気を抜いたら、教官方にどんな訓練をさせられるか……。鍛えぬいた必殺技、受けてみよっ」

「ひゅー、やるじゃねえかクク姉。トトっ、お前も効き辛え攻撃してばっかで、ストレス溜まったろっ、ぶっ放させてやるぜっ」

「ありがとリリ姉。……根暗の鬱憤を舐めるな、食らえーっ」

「おおー。全く、壮観壮観」


 ……。


 これが……、俺の……。


 ……。


 ダンジョン開闢から1年が過ぎた。

 それはつまり、どういうことかと言うと、彼女達の誕生日が来た、ということである。


 女の子とは、記念日を大切にする生き物。

 ダンジョンモンスターである彼女達とて、女の子であることに変わりはない。

 生成されたその瞬間から歳を取ることなどない、不老不死な女の子であっても、誕生日は大切だ。

 むしろ1歳老ける、なんて概念も持たない女の子である彼女達にとって、誕生日とは、ただただめでたく祝うべき記念日。


 もちろん俺にとってもそう。祝うべき日だ。

 彼女達に出会えたことは、奇跡のような出来事。それが始まった幸せな日を、祝わないわけないだろう。


 だから、ダンジョン開闢から1年が経ったあの日、盛大なパーティーがこのダンジョンで行われた。


 いつもの祭りよりも、一層力を入れたお祭りは、とても賑やかで華やかで、みんな一様に楽しそうだった。

 そして、その中で、俺の誕生日がまず祝われ、全員からプレゼントが届く。


 どれもこれも、一体何P使ったか分からない、とても高級な代物で、一体どれだけの命が注ぎ込まれたのか不安になったが、俺は涙を堪えようとしても堪えられないほど嬉しかった。

 俺が欲しい物、と言うよりも彼女達の欲しい物だったような気もするし、ちょっと借りてくね、と言われてから返ってきてもいないが、とにかく俺はとても嬉しかった。

 なんて幸せなダンジョンマスターなのだろうか、そんなことをしきりに思っていた。


 しかし、だからこそ俺は、自分が送るプレゼントを出すのが、恥ずかしくなっていた。

 なぜなら俺のプレゼントとは、Pで生成したものではなく、原材料だけを生成し、自ら加工した物だったからだ。


 俺が持っているPは多くない。

 借金があるため、なるべくをその返済に充てているので、自然にそうなってしまう。

 所持金、という意味では彼女達より遥かに劣り、俺が精一杯背伸びして生成する物とて、彼女達からすれば安物でしかないだろう。そのくらいに。


 それゆえ、手作りという方向性に舵をきったのだ。

 プレゼントに大切なものは金額じゃない、気持ちである。

 そんなことを考えて。


 けれども、それは、男の独りよがりな考えだったと、みんなからのプレゼントを受け取って、実感した。

 確かに俺は、きっと、彼女達からなら何を貰っても嬉しかっただろう。そこら辺に落ちている石ですらも、おめでとう、や、ありがとう、という言葉や気持ちと共に送られたなら、感涙してしまったに違いない。

 だが、それは、やはり、男の1人よがりなのだ。


 こんなものを渡すのは、申し訳ない。俺は思った。

 もういっそのこと、誕生日プレゼントは忘れたことにして、後日渡す方が良いのではないか。そんなことすら思った。

 プレゼントとは、女性から貰ったプレゼントの、3倍の金額の物を返してこそ、プレゼントになるのだから。


 しかし彼女達、その日誕生日を迎える予定だったマキナとセラは、俺にこう言った。


 マスターが、ご主人様が。

 渡したいと思った物が欲しい。


 と。


 俺は……、自分自身で言うのは気恥ずかしいが、世界で一番幸せなダンジョンマスターだと思った。

 そして同時に、絶対に3倍返ししなければいけない、そんなことを思った。


 心から思った。


「いやーそれにしてもミロク達、強くなったなあ。あれからを思えば、Lvは3倍になったんだっけ?」


 心から思っている。


 思っているからか、最近会話の節々に、3倍の数字が出てくるのに敏感になっている。

 気にしてる言葉が妙に聞こえたり、自分に言っているように聞こえるのは、よくあることだ。実際に増えているわけじゃあないのにね。気のせいだよね。


「おう、気のせいだぜ」

 良かった。

 気のせいのようだ。


 男なら、女性からのプレゼントには全力で応える、それが義務だ。

 気持ちだけで十分だ、なんて女性は、この世に1人足りともいない。


 もしいるとしても、最初の1回は、という注釈がついているだけのこと。


 だからこそ、女性が渡してくれた金額の、3倍の物を返すのだ。

 あくまでそれは目安で、そこは臨機応変に対応しなければいけないが、ともかく、センスがあってなおかつ3倍、が重要なわけだ。


 なお、先にプレゼントを渡す場合は、あまり高価過ぎてもいけない。女性側は、プレゼントの交換を望んでいる、なぜならプレゼントとは女性にとって、愛を送る行為そのもの。

 一方的にプレゼントを贈るだけの関係は、愛を一方的に送る関係と同一、好き合っているとは言えない。また、高価過ぎる物を贈ったりしてプレゼントの交換を拒むのは、愛を拒む行為そのものである。もし返ってきた場合のお返しも辛い。

 まずは、安くともセンスの良いプレゼントを、一緒に出かけた際にでも買って渡し、お返しが返って来れば3倍で返す。

 あとは記念日まで待つんだ。相手が購入する金額を予想し、その3倍を用意しておくんだ。難しい? 愛があるならできるはずだ。


 記念日以外でのプレゼントはやめるんだ。付き合った何かしら、出かけた何かしら、そんなタイミングなら良いだろうが、女性はお返しをしたい生き物なのだから、日常的に贈られても困る。

 女性はいつだって対等でいたいんだ、返せない人と付き合うのは、結構疲れる。選ぶのだって面倒だし。

 どうしてもプレゼントしたいのならば、普段の何かで返せるような、安い物や普段の生活に使う物だけに留めておいた方が良い。

 そうして記念日にだけプレゼントを贈り合う習慣をつけ、相手から贈られるプレゼントには大仰に喜び、きっちり3倍で返すこと。贈り物は愛なのだから。

 それをせずに許してくれるのは最初の1回だけ。早ければ2回目で見切りをつけられてしまう。贈り物は愛なのだから。

 しかも1回目を失敗しているのなら、2回目は豪華にだ。とは言え1回目の失敗を女性は絶対に忘れてくれない、2回目に挽回してもそれでプラスマイナス0になったと思うのは男だけ。女性は2回目に大成功させたとしても1回目の失敗を忘れてくれない。

 贈り物は愛なのだから、愛してる、と言った1回目の時、シカトされてしまっていれば、それは例え2回目愛してると言った時、凄く愛してる、と答えてくれたとしても、1回目シカトされた悲しさや疑念は消えはしないだろう?

 そう、それでも2回目は必ず成功させなければいけない。やらなければいけない、できるはずだ、だって愛しているんだから。愛して――。


「――はっ。い、今のは……」

 俺は俯きかけていた顔を上げる。

 意識が飛びかけていたようだ。どうやら上級水竜ショックは思いのほか大きかったらしい。

 しかし、今のは一体……。


「どうしたマスター?」

 俺が神妙な面持ちをしていることに気づいたのか、マキナは心配そうに声をかけてくる。


「いや、今、変な知識が……、また……。最近たまにあるんだよ」

「そうなのか」

「こう、朝起きた時とかにかな? 変な知識が加わっていて……、そんな日は絶対寝心地が悪いんだ。まるで寝ている間、誰かに耳元で囁かれているような」

 女性へのプレゼント。

 エスコート。

 褒め方。

 エトセトラ……。妙な知識だけが、頭の中で反芻されている、一体これはなんなのか……。


 気のせいなのだろうか。


「おう、気のせいだぜ」

 良かった。

 気のせいのようだ。


 ともかくあの日、俺がプレゼントを渡すと、彼女達はそれに、始めこそ苦笑したものの、その場で身に着けてくれた。


 嬉しそうにはにかんで、他のみんなから少しからかわれながらも、俺に礼を言うと、その後もずーっと身に着けていてくれた。

 今日だってマキナは身につけてくれている。

 髪はショートと言えるくらいの長さだが、見るだけで分かるサラサラなストレートの流れを、マキナ自身の耳と、俺が渡した髪留めだけが変えている。

 だからか、ほんの少し大人びた雰囲気をマキナは漂わせている。


 ああ。

 俺はやっぱり、世界一幸せなダンジョンマスターだ。


「グギュアア――、……ア、ギャグアアー……」

『侵入者、竜種・上級水竜を倒しました。41559Pを獲得しました』


 その結果がこれである。


 最早、受け入れるしかないというのか。


 なんてこったい。


 5月の水着を受け入れるしかないというのか。

 寒い日はもうないけど、涼しい日はまだ多いし、暖かい日と交互にくるような季節だよ。水着が早い。

 高位の種族だから、何に対しても耐性は元々高いし、0℃の中で水着を着ていても平気なのだろうが、早い。季節感が早い。


「ふうー。みんな、やったねっ」

「流石に強敵だった。技の練度を確かめる練習に使える相手じゃないな、成長した気はするけれども」

「あーきちぃー。疲れたー。俺ほとんど防御に回ってたぜ? ダンジョンコアとダンマス様っつう、足手まといの標的が2つあるからよー」

「次戦うなら木竜がいいなあ。水は面倒」

「ブレスを弾いたらコアの方向に飛んでいった時はビックリしたけど、まあまあ及第点か?」


 口々に、戦いの感想を言う五獣達。

 先の読めない激しい戦いが終わった安堵感からか、笑顔や軽口も見受けられる。


「みんな、凄く成長したよ。本当に。お姉ちゃんは嬉しいっ。頑張ったもんねえ」

 ミロクも、しみじみとそんなことを言った。


 地上最終50階層の守護者、ミロクは、スカイジラフ種族といういわゆる麒麟(仮)であるが、人間型で生成されているため、見た目はキリンでも麒麟でもなく、極彩色の優しげな23歳の長女である。


 黄色から始まり黄色で終わる、虹色グラデーションの奇抜な長い髪の毛を真直ぐ下ろし、やはり目も虹色に輝く瞳。

 正装であるチャイナドレス姿であっても、常に色は鮮やかで目に痛いが、性格は真逆のように穏やかで優しく、温和で柔和。厳しい一面も持ち合わせるが、地上階層や五獣のまとめ役として相応しい長女である。


 身長は161cm前後と、少し高いというくらいで、特に特徴はない。

 体重は……不明だが、結果を見ようとした妹を、とても良い笑顔で制止していたため、軽くはないのだろう。


 それは、体型を見ても、確かに感じられる。

 太っているわけではないが、ある程度肉付きが良く、そして胸やお尻が大きめだ。

 男性から見たならば、万人受けするであろう、そんな体型だが、女性から、いや、自分自身から見たならば、もう少し痩せたいと思う、そんな体型なのかもしれない。


 けれどもその体型は、ミロクの持つ雰囲気によく似合っている。

 ミロクが元々持っている優しい雰囲気や、いるだけで和んでしまう雰囲気を、その体型がさらに大きなものにしているのだ。

 ミロクは本当に、とてもとても優しく、いかなる弱音も聞き入れ、いかなる失態も共に償い、心の全てを包んでくれる。


 ミロクがいなければ、一体今頃どうなっていたか。

 きっと俺の心も、厳しい修行を課された2期組の心も、擦り減るほどに磨耗して、生きる屍になり果てていただろう。ありがとうミロク、ありがとう。


 とまあ、ともかくミロクはそんな、優しさの権化であり、俺にとってダンジョンにとって絶対になくてはならない存在であり、オアシスのような癒しを与えてくれる長女だ。


「みんなカッコ良かったよっ。でも、緊張したのかなあ、もうちょっと上手くできたなってところも、わたし含めて、あったと思わない?」

 けれども、ミロクは、しみじみと言った後に、そう言葉を続けた。


「練習をあの時サボってなかったら、できたかもしれないよね。くやしいね。練習の大切さ、分かったでしょう?」

 それは、諸手を挙げて褒めるのではない言葉。


「そうさな。姉上の言う通りだ。いつの間にか、基礎をおろそかにしていたかもしれない」

「力不足も納得だよ。分析とか反省は、苦手だけど、ちゃんとやるよ」

「練習不足だったなあ……、はあ……」

「仕切り直しかあ」

 そしてその言葉に、妹達は、みんな頷く。


 優しい優しいミロクだが、ミロクの立場は、五獣の長女であり、初期組の7人との橋渡し的な存在を務める2期組のトップであり、地上最終階層の守護者として、侵入者達からすれば、最終目標とも言える階層の守護者。

 優しさだけではなく、ダメなところはダメだと、ハッキリ言える厳しさも、持ち合わせている。

 こんな、みんなが喜んでいる時にでも、


「今までも頑張ってきたけど、これからはもっと頑張ろう、もちろん、一緒にねっ」

 しかしその厳しさとは、やはり、みんなに強くなって欲しい、と願う、優しさから出たもの。

 だからミロクは、落ち込ませずやる気に満ち溢れさせるような、他者を堕落させないような、そんな合わせ技を使うことができる、最高の上司で、姉であるのだ。


 けれど。

 けれど、1つだけ。

 ミロクと付き合う上で、1つ、注意しなければいけないことがある。ミロクを、決して怒らせてはいけない。


 ミロクの妹達4人は、反省会のような形で、先ほどの上級竜との戦闘を振り返っていた。しかし。


「あの場面が少し上手くいかなかったなあ、後衛がもう少し援護してくれればできたと思うんだが」

「ああ確かにそうだったな。俺達ができてても、後ろからのがねえと、なあ」

「えー、後衛は上手いことやってたと思うけど。あれで足りないんなら、そもそも……」

「うんうん。後衛や遊撃はどうしても前衛の実力に左右されるし。上手くやった方だよ、私達は」


 なにやら内容は、少しずつそれていく。


「そうか。あれで限界なら、あたし達は確かに実力が足りなかったな。後衛をカバーする実力も必要とは」

「ったくだぜ。これだから戦いのなんたるかが分かってねえやつは。自覚がねえって言うか、なんと言うか」

「はい? その言葉、そっくり返すけど……?」

「うんうん。それとも無いのは自覚じゃなくて記憶か? 年寄りはなんでも忘れるから困る」


 それは最早反省会と言うよりも、舌戦のよう。4人はどんどんヒートアップ。


「プライドだけが高いお子様は、都合の良い事を忘れるから困る」

「つーか、前衛がいないと力が発揮できませーんって、ボスとしてヤバクねーか? ただの雑魚じゃん」

「前衛なのに、前衛ができない人に言われても。ねえ?」

「全く全く。一体、普段何を目指しているのか、半年も経つというのに成長が見られない。どこにもな」


 目と目の間ではバチバチと火花が飛び交うようになっていた。


「なんだと?」

「ああん?」

「何か?」

「何だろうなあ?」


 そんな時――。


「みんな、どうしたの? ねえ?」


 世界に、たった1つ、声が響いた。


「――ひぃっ」

「――ひぃっ」

「――ひぃっ」

「――ひぃっ」


「喧嘩、してるの?」


 それは、ミロクの声。


 先ほどまでの優しげで癒されるような声とは違う、どこまでも、どこまでも冷えた、心臓をわし掴むような声。


「――ひぃっ」

 と、俺の口からも思わず、彼女達と同じような声が漏れた。

 心は、恐怖を感じている。どうしようもない、そう、どうすることもできない恐怖を感じている。

 心臓から巡る血液が、全身に恐怖をぶち込むかのように、俺達の身体はどうしようもなく震えだし、そして震えたことにすら気付けないほど、怯えていた。


「喧嘩、してるの?」

「……あぁ……あぁ……」

 精神と脳髄の奥の奥にまで刻み込まれた畏怖が、声にもならない、そんな叫びとなって飛び出てくるのを、俺達は止められない。


「ちちちちちちち違うさ、ミー姉。けけけけ喧嘩なんかじゃないさ」

「へえ。喧嘩じゃないんだ? すっごく言い争ってたみたいに見えたけど」


「そそそそそそそんなことねーって。ぜぜぜぜ全然言い争いとかそんなじゃなねーよ」

「じゃあ、あれが普段の会話ってこと?」


「うううううううん普通だよ普通だよ。やややややだなー、もう」

「そっかあ。また勘違いしちゃったのね」


「かかかかかか勘違いさ。なななな何だよミー姉」

「あれが普段の会話なのね、うふふ、ごめんねみんな」


「あははは」

「はははは」

「えへへへ」

「ふふふふ」


「うふふ。ねえ、みんな。お姉ちゃん、みんなに言ってなかったかもしれないことが、1つあるの」


「なにをだ?」

「なんだ?」

「何?」

「何を?」


「お姉ちゃん、嘘つきは大嫌い」


「……」

「……」

「……」

「……」


「あと、これはみんな、もしかしたら知ってるかもしれないけど」


「……」

「……」

「……」

「……」


「お姉ちゃんね、怒ると少し、怖いのよ?」

 頭を傾げ、ミロクはニコリと笑う。


「あ……、あ……」

「えと……、あ……」

「そのぅ……、あ……」

「これはね……、あ……」

 5人は、もう言葉も紡げない。


 ミロクを、決して怒らせてはいけない。

 ミロクは、優しく、立場や役職に応じて持ち合わせている厳しさも、優しさから滲み出た、相手のことを思いやる心だ。

 ミロクの優しさは、まさに天井知らず。高い高い空のそのまた向こうまであるに違いない。

 しかし、だからこそ、ミロクが怒った際には、その優しさが高くまであった分だけ、まさに底なしの恐ろしさが生まれるのだ。


「ねえ?」

 そんな、わずかな言葉だけが、戦いが終わり、静寂が訪れた庭園に響いた。


 ……。

 マキナさん、マキナさん、応答して下さい。

 これはどうしたら良いんでしょう。マキナさん、応答して下さい。

 喧嘩が起こりそうだったので、確かに止まってくれとは思っていましたが、喧嘩以上の何かが始まりそうです。あと僕自身もとても怖いです、逃げたいです。

 マキナさん、応答して下さい。


「あれ、こんなところに綺麗な花が。マスターに女の子らしく、って言われたんだから、花の名前とかも知ってないとなあ」

 マキナさん? マキナさん?


「確か、これは、スズランだったな。5月の花はたくさんあるよなあ、ちゃんと覚えないと」

 マキナさん? マキナさん?


「ちょっと覚えることに集中し過ぎて、周りの音がなんも聞こえねえや」

 マキナさん? マキナさん? 


 マキナさん……。


「花は良いなあ、アタシの部屋にも飾るかあ」

「よっこらしょっと。マキナや、花の冠の作り方を知っているかい。難しいからなあ、集中し過ぎて、周囲の音は何も聞こえなくなると思うけど、教えようか?」

「おお、マスター。ありがとう、教えてくれ。周りの音が聞こえなくなる集中は困るけど、致し方ねえ」

「よーし、綺麗な花冠を作るぞー」

「おー」


 俺達は、晴天に照らされる花畑で、綺麗な綺麗な花冠を作った。

 それは、マキナの頭によく似合っており、なんだか、なんだかとても、幸せな1日になったのでした。めでたしめでたし。


「「「「もうしませんっ、ごめんなさあーいっ」」」」

お読みいただきありがとうございます。


ブックマーク、評価、感想、たくさん頂きました。

どう進めようか、進めたけれどこれで良かったのか、そう不安に思っている時にブックマークや評価、感想を頂けると勇気が出てきます。本当にありがとうございます、これからも全身全霊頑張ります。


さて、この章も終わりました。

次回からは戦争編です。キャラが増えましたので随分長丁場になると思います。章を丸ごと飛ばしても飛ばしたなりだと思いますが、お読み頂けると嬉しいです、どうぞよろしくお願い致します。

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