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第68話 鍛えてユキ先生。

悪逆非道のダンジョンあるあるその8

反抗的なネームドモンスターが全員。

我の強い子が全員であること。


 必殺技。

 それは、必ず殺す技と書くもの。


 つまり――。


「ミラーズスラッシュっ」


「んぎもちいいいいいいっ」


「タキノーっ」


 タキノは死ぬ。


 なぜこんなことになったのか。

 深い理由はない。ただ単に、ユキ先生の授業が必殺技を鍛えよう、だったからだ。


 我がダンジョンの先生には、自分は何もせずにあれをやれこれをやれだとか、自分ができもしないのになんでできないんだとか、そんなことを言う口だけの先生などいない。

 自分ができることしか言わないし、まずは何でも自分がやってみてその有用性を証明する。

 だからそう、必殺技を教える際にはまず、必殺技を実演してみせるのだ。


 そうしてタキノは必殺される。


 殺しちゃうのかよっ、という俺のツッコミも、タキノの最期の笑顔も、どちらも澄み渡るような空に吸い込まれていきましたよ。


 はい。


 ユキは、居合いのみを自身の戦闘方法と定め、格下の相手は一撃必殺、同格と格上の相手にも、一撃で倒すか倒されるかの戦いを行う。

 それは勇者という、物語の主人公にしてはギャンブル性が高く、地味で、絵面に難があるものであり、そして同時に多数の弱点を抱えるものである。


 なぜなら居合いは、単発の近距離攻撃を行なうことに特化している。

 確かに攻撃の出は早く、刀の振りも速く、威力も高いのかもしれない。しかし連続した攻撃はおろか、打ち合うこともできず、離れた敵への攻撃はおろか、後ろ側へ回られただけで対処できない。複数人への対処など、もっての他。

 特化と言うにも、あまりに特化し過ぎている戦い方だ。


 そもそも、戦闘方法を限定すること事態が、いくつかの局面に対し無力になることなのに、居合いという戦闘方法は、その中でも飛びきり対応できる局面が少ない。


 酷く限定的な範囲においては、無敵を誇れることを加味しても、召喚される前は、剣術道場の1人娘で、居合い大好き刀大好き女子高生だったことを加味しても、居合いのみの戦闘という選択は、避けるべきであった。


 が、しかし。

 歴代の召喚勇者が成した功績と比べれば劣るものの、魔王討伐に単騎での上級竜討伐など、成した偉業はあまりにも偉大である。

 劣るというのも、回数的な話であって、偉業の大きさではおそらく勝るとも劣らない。召喚勇者として相応しい活躍を、ユキは遂げている。


 であるから、どんな戦場でも魔法はほぼ使わず、刀一本。

 抜刀状態は、合算しても10秒ないだろう戦い方で、それだけの戦績を、無敗の戦績をユキは誇ったのだ。


 どうしてそんなことができるのか。

 居合いという限定された戦闘方法では、対処できない状況が多数存在してしまうのに、どうして負けなかったのか。


 そう、それを可能せしめたのが、今日の訓練内容。


 必殺技だ。


 勇者時代後期のユキは、ミラーズスラッシュと呼ばれる必殺技を用いていた。

 ミラーズスラッシュは、1度の居合い斬りで2本の斬撃を発生させ、それらを高速で飛ばし、例え相手が遠距離にいようとも切り裂くことのできる技。


 斬撃を飛ばすコースは自由に選べ、拳程度の大きさの隙間があれば通すことができる。また、人の体が入る程度の隙間ならば2,3度折れ曲がらせることなど、途中で軌道を変えることすら可能だ。

 そして、拳程度の大きさの隙間があれば通るのにも関わらず、上級竜の頭から尻尾まですらも切り裂く。

 さらには、曲げられるのだから、背面にいようとも、何かに隠れていようとも問答無用。


 ましてや斬撃は目に見えず、魔法的な感知も受け付けないため、防御は不可能に近い。

 もっとも、全力の力で防御したとしても、武器ごと魔法ごと、切り裂かれてしまう。


 とても恐ろしい必殺技だ。

 特に俺はそれを強く思う。なぜならそれのみで、このダンジョンは1度踏破されかけたことがあるのだから。

 必殺技とは――。


『されてねえけどな』

『されてませんけどね』

『ノー』

『申し訳ございません。何を仰っているのか分かりません』

『やれやれじゃの』

『変なあるじ様ー、記憶障害が出てるねー』


 はい。


 そんなわけで、ミラーズスラッシュとはそんな必殺技でした。


 それがあるせいで、連続した攻撃がない隙を、などと言っても、まず1撃目を躱すことや受けることすらも叶わない。

 打ち合うことができないことを狙って、打ち合いに持ちこまざるを得ないように、と言っても、やはりまず1撃目でやられてしまう。

 離れた者へ攻撃できないから遠距離で、などと言っても遠距離への攻撃が、防御不能の不可視の一撃、という最も強い攻撃なのだから不可能だ。後ろへ回り込んで、と言ってもそれは同様。


 一撃一殺とは聞こえは良いが、だからこそーっ、などと言っても、必殺技からは斬撃が2本。さらに斬撃の大きさは上級竜の体長をも切り裂くのだから、一撃二殺どころではない。


 強力な必殺技があるからこそ、相手は、居合いで対処できない部分を攻めることができないまま、居合い斬りが役に立つ戦闘へと持っていかれてしまうのだ。

 そうなればもちろん、召喚勇者という最強の存在相手には届かない。


 そうしてユキは、無敗のまま勝利のみを積み重ねてきた。

 もし、必殺技がなく、弱点ばかりを突かれ続けていたならば、いずれは対処できずに敗北を喫していただろう。

 必殺技とは――。


「はあ? ワタシが負けるっていうのか?」


 いいえ。


 そんなわけで、必殺技というのは、自分の土俵に持ちこむためにも有用なものであり、引いては勝利のために必要なものなのだ。

 みんなそれぞれ、自分を代表するような技を身に付けられたら良いねえ。


「おい、魔王。どこの誰にワタシが負けると思ってるんだ? 言ってみろ、今すぐ行って、必殺技を使わずに倒してきてやろう」

「分かった。分かった。分かりました。ユキは強いよ、凄く強い。負けない無敵です、だからおやめなさい、やめて下さい」


 うちのダンジョンの子達は、みんな負けず嫌い過ぎる。

 そして俺の心を読み過ぎる。

 一体どこからどういう風に伝わっているんだ……。


「ちっ。おい、さっさと蘇れタキノ」


 ほがらかな春。とはまだ言えない3月の空。

 しかし天空城砦の庭園には、美しい緑の草原と色鮮やかな花が咲き乱れている。


 今日の訓練場所は干支階層ではなく天空城砦の庭園。

 

 先生はユキ、生徒はソヴレーノ、スノ、そして――。

 

「はいはーいタキノちゃん復活ーっ」


 タキノ。

 

「ラグナロクイマージュっ」


「んあああ、流石にこれはまだぎもち良くなれないいっ」


「タキノーっ」


 タキノは2度死ぬ。


 なぜこんなことになったのだろう。

 まあ、必殺技の実演だからこうなるんだろうがね。

 本当に、誓いを守らせる気が一切ないじゃないかこの人は。


 実演1回目の必殺技、ミラーズスラッシュは、勇者後期に使用していたもので、ダンジョンモンスターとなってからは、あまり使用していない。

 いや、使用していないことはないが、必殺技と言うよりも、通常技としての用途が多く、技を出す際にあまり技名を言わなくなったので、目立たないだけだ。

 つまり、既に必殺技でない、ということだ。


 では新しい必殺技、より強くなりレベルの高い戦いに身を投じ、優勝3回という華々しい結果を出す、今のユキの必殺技とは何か。


 それが、実演2回目の必殺技、ラグナロクイマージュだ。


 予備動作は、ミラーズスラッシュとも通常攻撃とも変わらず、ただの抜刀による居合い斬り。

 斬撃を飛ばすことも、ミラーズスラッシュとは同一。


 しかし、斬撃の本数は1本で、放った斬撃の軌道を操ることなどはできず、小さな隙間を通すことなどもできない。

 器用さや対応力においては、劣化していると言える。


 だがその代わり、威力においては追随することすら許さない。


 その威力は、触れる物全てが、まるで霧のように霧散してしまうほど。

 例え、我がダンジョンの主力達でも、まともに受けようとするならば、数人がかりでないと衰えさせることすらできないのだから。


 そしてさらに、射程距離と斬撃の大きさも大きく向上している。

 ミラーズスラッシュの射程距離は、おおよそ100mほどであり、斬撃の大きさは最大で10m。

 上級竜の尻尾から頭まで、と言うのは、斬撃が対象の体表を走ることで生じる、追加攻撃によるもの。なんなら斬撃を大きくしようとせずに放つ通常サイズは、1mほどである。

 しかし、ラグナロクイマージュは、何にも触れなければ50km先をも攻撃可能で、斬撃の大きさなど、軽く1kmを越える。


 居合いを放った直後から、その大きさであるわけではなく、徐々に大きくなる形態をとっているため、1kmの斬撃にするには、それなりの距離が必要となるものの、近距離にいる相手への攻撃に、1kmの斬撃は必要ないので、何も問題ない。

 斬撃を広げようと思えば、かなりの割合で広がりもするので、なおさら。


 そして今日、俺は、それを改めて視覚的に認識した。


 斬撃は、ユキの居合い斬りの刀の軌道そ6のままの角度で進むので、斜めに振る都合上、左端が地面に必ず触れてしまう。

 もちろん、その部分の地面は霧のように霧散する。


 徐々に広がる性質のため、地面に1度触れれば離れることは決してなく、ユキの足下1,2m先からずーっと、地面には霧散した跡がついていく。

 この技の特徴の1つだと言える、その痕跡、だからそこを辿れば広がっていく軌道が簡単に読めるというわけだ。


 それに、ここは天空城砦の庭園である。

 三日月型のような城が、大地をぐるりと覆った、その中の庭園なのだから、どの方向に放ったとしても必ず城に着弾する。

 ゆえにユキの必殺技の斬撃は、地面に触れる左端どころか右端まで、全ての軌道が天空城砦の城に描かれた。


 つまり――。


「俺の城ーっ」


 西へと向かって放たれたため、ダンジョンコアや諸々の施設がある部分こそ無事だったが、西の城の外壁は、今、全長2kmほど、クッキリお空を映している。

 地面へ潜り込んで行く左端の斬撃もまた、我がダンジョンの大地を、そして水晶迷宮の一部を消失させた。


「俺の城ーっ」


 水晶迷宮はLv上げに使うための魔素溜まり魔物が徘徊しており、言うなれば化け物の巣窟。地獄だ。

 日夜命を潰しあいながら成長を遂げている彼等。あんな風に穴が開けば、一斉に吹き出してくることだろう。


 けれど、心配はいらない。

 ラグナロクイマージュには、恐るべき追加攻撃がある。


 ――突如、世界が一瞬にして氷に包まれた。


 ユキの放った斬撃が触れて、霧のように霧散させたその場所を基点に、恐るべき勢いで氷の世界が広がり始めたのだ。いや、その様子は、氷なんて表現では生ぬるい。凍て付くという表現すらも、遥かに越えている。

 

 2kmほど切り裂かれた城にも、大きく切り裂かれた水晶迷宮にも生じ、全ては瞬く間に氷へと変わっていく。

 穴は全て塞がる。ゆえに、魔素溜まり魔物は1匹足りとも外へは出て来られない。

 むしろ、奥ヘ奥ヘと逃げて行く、どんどんどんどん勢力を広げる氷に、もしほんの少しでも触れてしまえば、その時点で自らも溶けることのない氷の棺に覆われてしまうのだから。


「俺の城ーっ」


 俺は叫んだ。

 荘厳だった我が城が、永遠の氷に覆われていく。

 あれほどまで美しく咲き誇っていた花々すら、今はもう全てが氷に。

 叫ばずにはいられない。


「俺の足ーっ」


 俺は叫んだ。

 あろうことか、ダンジョン内では神の如き采配を振るえる、ダンジョンマスターが、永遠の氷に覆われていく。

 あれほどまで、みんなに慕われていたダンジョンマスターすら。

 叫ばずにはいられない。


 凍りつくスピードが早いよっ。


「というか、破壊不能設定にしてある城とか大地が壊れるってこれ、神威魔法じゃないか。俺本当に凍っちゃってるじゃないかっ。だ、誰か、誰か助けてー」


「と、こんな風に、必殺技というのは戦闘を有利に運ぶものや、一発で相手を倒せるものにすべきだ。どんなピンチでも逆転できる、それこそが、必殺技の醍醐味だからな」

 勇者様ーっ。


「どんなのが良いかしら。悩むわあ」

 スノーっ。


「勉強になりますっ」

 ソヴレーノーっ。


 ……。

 タキノーっ。


 タキノ……。ユキさん貴女、即時復活は、月に1度しか使えないんだから24時間経つまで生き返られないよ。

 授業はどうするの。


「おっと、魔王、そんな心配は無用だ。てりゃ、神威魔法っ、ディヴァインクライム」

 途端、ユキの手に、異様な力が宿る。


 人の身で操ることなど到底許されない、神威魔法。その中でもあれは、高位の魔法に該当する。

 言葉に形容し難い音と共に光が溢れた後、訪れた静寂。それが最高に高まったその瞬間、1滴の小石のような物が、ユキの手から零れ落ち、中空に消え、何かの波紋を作った。


「タキノちゃん復活ーっ」

 そして、タキノが蘇る。


「な、なんだとっ?」

「ダンジョンモンスターだからな、元々復活の用意がある。これは、本来は生き返らせる魔法じゃなく、神との規約や制約を騙す魔法だが、だからこそ即時復活できるってことだ。ま、Pは余分にかかるんだけどな」

「ありがとうございます、ユキ先輩」

 得意げな顔してそう語り、自分が殺した相手から感謝されるユキ。


 よく分からなかったが、とにかくヤバイことをしたのだということは分かる。

 天使や悪魔は決まりにうるさい。規則こそが第一で、感情はおろか、種としての生存すら優先順位で後になる。

 なぜなら、仕える神がそういう存在だからだ。規則を全てにおいて尊重し、世界の調和を保つのが神。


 そこを捻じ曲げただと?

 それはまさしく神に喧嘩を吹っかける、そんな行動に他ならない。


 ましてやダンジョンは、いやダンジョンマスターは、世界の生物のバランスを保つのが役割でもある。つまりは調和を保つ役割を担っているのだ。

 俺も天使や悪魔と同じく、規則を守らなければいけない存在の1つ。

 だと言うのにその部分で神に弓を引くとは。それは、己の存在意義すら、根底から覆しかねない問題ではないのか――。


 しかし、しかしだ。

 今はそんなことどうでも良い。


 今は――。


「誰かー誰かー、もう下半身全部凍ってるよー。助けてーっ」

 この氷をなんとかして下さい。


 ダンジョンマスターは泣きそうよ。


「ふう、ようやく助かった。いやあ良かった良かった、何事も命あっての物種だからね。何か大変なことがあったような気もするが、ひとまず良かった良かった」


「どうぞ王様、お酒、ではないですがお茶を入れて来ました」

「おやありがとうスノ。頂くよ」

 お盆に乗せられ、運ばれてきた湯のみを、俺は手に取り、ズズズ、とすする。


「美味い」

「ありがとうございます」

 スノはそのまま、一緒に運んできた急須や茶葉の入った缶などを、テーブルに置いていく。


 浅黒い肌にピンク色の髪。

 その情報だけを聞けばかなりはっちゃけ、遊んでいるのでは? と思えてしまうだろう。しかし実際見たなら、そんな印象など毛程も抱かない、それがスノ。


 淡い郷愁を感じさせる、卓越した包容力と母性からなる逞しさを持つスノは、他27人の色濃い面々を上手くいなし、全体を落ち着ける、そんな役割を担っている。

 それはこの荒れすさんだダンジョンにおいて、まさに最も重要と言える役割であり、光をもたらしてくれる存在だ。


 割烹着に身を包む落ち着いた美人であるスノは、根っからの明るさを感じさせるような微笑の後、お茶のおかわりを注いでくれた。

 ああ……、心が、温まる。


「ぎもちいいっ。ぎもちいいっ。さあもっと、もっとこのタキノちゃんにぶつけて下さいっ」


 ……。

 ……。

 ……。


 必殺技の訓練は続いている。


 最初こそ、ユキに向けて3人がそれぞれ攻撃していたのだが、ユキはあまり防御が得意でなく、むしろ攻撃を攻撃で迎え撃つ派。

 そのため攻撃を受け切り、使用した感じを確かめさせることが難しかった。


 そこへ、立候補したのがタキノ。


 タキノは、攻撃を迎撃もせず避けず、ただ受け切るのがスタイル。こういう練習にはもってこい。

 しかし1つ問題がある。


 それは、同等の力を有する同期の必殺技を受ける、ということだ。

 未完成の物とは言え、同等の力の者の必殺技。それはすなわち死を意味する。例え耐久力に優れたタキノとて、死ぬ可能性は極めて高い。

 にも関わらず、仲間のためならとタキノは手をあげたのだ。


 なんて良いやつだタキノっ。

 うん。

 ……そういうことにしておこう。


「ソヴレーノ、まだまだ威力不足だな。タキノが喜ぶ程度の威力では、このダンジョンの誰も倒せんぞ」

「はい。ちょっと考え直してみます。うーん、威力威力……」

 現在、そんな良いやつタキノに向けて、必殺技を放っているのは、ソヴレーノ。


 キリっとして厳しいような印象を受けるが、どこか少女らしさや甘さを残している顔立ちのソヴレーノは、居合いではなく抜き身の状態の刀を振り、衝撃波を生み出す。


 土ぼこりを舞い上げながら進んだ攻撃は、強そうに見える、が、結局またタキノを気持ち良くするだけに終わり、本人も不満気に首を傾げている。


「ほうら、やっぱり居合いの方が良いんじゃないか? 弟子よ」

「い、いえ、絶対に良い技を見つけてみせますので師匠っ、これからは抜刀術の訓練だけでなく、打ち合いの稽古も……」


 そうして師匠であるユキと、そんなやり取りをする。

 厳しい目つきに冷静な部分、20歳という年齢にスレンダーな体、そして刀使い。ユキと被る部分も多いソヴレーノだが、戦闘方法の好みは微妙に違うようだ。


「微妙にじゃないだろ」

「微妙にではないです」


 戦闘方法の好みは全然別のようだ。

 

「あと、ワタシは着痩せするだけでグラマーだ。グラマラスだ」

「わたしも着痩せするだけでグラマーです。Dです」

「何っ、……弟子の分際で……。ま、まあワタシはグラマラスのGだがな。しかし次の一撃で良いのが出せなければ、今後1ヶ月は居合いの訓練とする」

「そんなっ、師匠の横暴ですよユキ先輩っ」


 体型は、2人共グラマーのようだ。


 諍いを誘発してしまった気もする、申し訳ない。

 ソヴレーノはユキに詰め寄った瞬間、顔をガッと掴まれ、なんとも可哀相な顔立ちになっている。


 そして、もう片方の手で胸を揉まれていた。

 やめてあげなよ……。


 ユキの手を振り切ったソヴレーノは、新たな必殺技をと、あーでもないこーでもないと考える。

 思いつくと表情はパッと華やぐが、ダメな箇所を見つけると表情は一気に暗くなり、暗礁に乗り上げるとウンウン苦しそうな表情になる。

 あの表情の豊かさこそがユキとの1番の違いだな。


 胸ではない。

 まあそもそも厳しい目つき、ってだけで、顔自体はそんなに似てないけど。


「早く早くー、放置プレイですかーっ? 興奮しますねーっ」

 と、そんな嬉々の混じった声が聞こえた。


 もちろんそんなことを言うのはこのダンジョンに1人しかいない。


「タキノちゃんはずーっとお待ちしていますよーっ。カモンカモーン」

 アイドルのような、清純さを誘う服装と、可愛らしく純朴さを醸す顔立ち、元気で明るく天真爛漫さを感じられる声、その全てを混ぜ合わせた結果、変態が誕生すると誰が思うだろうか。


 確かに俺は、最初からドM設定を付けていたさ。

 攻撃を受けるスタイルな以上、そういう嗜好もあった方が良いと思ってね。

 まさかあれが、ここまでの劇薬だとは……。


 赤縁メガネの奥に輝くハート型の瞳は、いつでも変態性を際立たせる。

 20歳には思えない愛らしい顔なので、黙ってたら美女にも美少女にも見える愛される存在になると思う。

 だが、現実にそうなることは、これから永い時を歩むこのダンジョンの歴史においても、1度足りともありはしないだろう。


 俺はそこから目を背け、ズズズとお茶をすすった。


 空を見上げれば、今日は綺麗な青空。

 暖かな春がもうすぐそこまで近づいている。


「このダンジョンができてから、もうすぐ1年だなあ」

 そうして、そう呟いた。

 4月にダンジョンが開闢したのだから、春夏秋冬を通り過ぎ、再び4月を迎えればそれで1年になる。


 100日目まででの死亡率は50%越え、1000日目まででの死亡率は、99%越えるダンジョンマスター。

 そんな、死に易いにもほどがある福利厚生の概念がない職場で、1年間生き残ったというのは、誇るべきことなのかもしれない。

 ましてや、今後も生きていく見通しが、既に立っている現状ではなおさらだ。


 さらに、俺は戦争も生き延びている。

 勇者の襲来も生き延びている。

 たくさんのダンジョンから、一斉にダンジョンバトルを挑まれても生き延びている。


 そして100階層という、一区切りと言えるような階層のダンジョンを作り上げた。

 100階層では、まだA級の冒険者の適性階層をギリギリ越えられていないし、強力な種族で高Lvな魔物に対しての適性階層も越えられていないので、まだまだ、と言えるが、それでもわずか1年では偉業に違いない。


 いやはやしかし、軽く思い返してみるだけで色々なことがあったなあ。

 長かったような短かったような。

「まあ、どちらにせよ、本当にいろんなことがあった。本当に……」

 俺は、色々あったという色々の内容を、しみじみと思い返す。


「んぎもちいいいぃっ」


「はい、1ヶ月居合い決定っ」

「あと少しだったのにーっ」


 いや、思い返さなくて良いな。

 本当に色々あったという色々の内容は、これからもあるのだから。それもさらなる色々を伴って。


「じゃあ次はタキノの番だな。しかしそうなると目標物がいなくなる、それは困った」

「王様、お茶、また注ぎますね」

「1ヶ月かあ……」

「流石に、自分で自分を痛めつけるのは違いますからねえ」


 一体どんなことがあるんだろうか。

 想像するだけで、俺の胃は大ダメージだ。

 7人だった時ですら、あれだけ酷かったと言うのに、4倍の28人になったら、もう、ね。


「スノもソヴレーノも、防御寄りではないから、効力も図り辛い」

「また欲しい時呼んで下さいね」

「1ヶ月かあ……」

「自分で自分を……、あれ? 意外と良いかもしれない」


 というか、そもそも1人だった時から既に胃痛は酷かったからね。マシにするために、2人目を生成したわけだからね。倍になったけどね。

 そしてそれを軽減するために3人目を生成して、1.5倍になって。

 まあ、それを28人目まで繰り返しているわけですね。あっはっはっは。


「仕方ない。適当な相手はここにいないし、結構鍛錬もして、時間も時間になったから、そろそろワクワクしに行っとくか」

「賛成です」

「了承致しました」

「タキノちゃん了解でーすっ」


「あっはっは。だったら俺って全然学習してないやないかーい。人間種ぞ――え? ワクワク?」


 ダンジョン1周年を目前にした今日も、俺の悲鳴は、ダンジョンにこだまする。

お読み頂きありがとうございます。


5章はまだまだ続きます。

なんでもない話を、面白く書けるよう、頑張ります。

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