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第66話 鍛えてキキョウ先生。

悪逆非道のダンジョンあるあるその6

浅い階層で狩り過ぎ、深い階層の意義を見失う。

降って湧いたような強いボスを序盤で使ってしまうと、それを越えなければいけない実力と強さが求められる高階層に全く侵入者が来ないこと。

 新年を迎えたのは、我がダンジョンだけではない、世界全てが同様にそうだ。


 聞くところによると王国、帝国、魔王国の3国は着々と戦争準備を進めており、戦力となる兵士達は、既に集結の様子を見せているのだとか。

 とは言え、戦争開始まではまだまだ時間がある。

 飛行機や列車などの輸送方法がないこの世界では、何万という人員を集結させるだけで、果たしない時間がかかるのだ。

 移動を開始していてもまだ、戦争準備は半分も終わっていない、そんな段階だろう。


 しかしそうは言っても既に取り止めるという段階は過ぎている。

 準備はこれからも進んで行き、必ず開戦に辿り着く。


 こちらが折れるなどすればその限りではないが、その場合は目も当てられないような条件を突きつけられてしまうだろう。

 可愛い可愛い我が子に、そんな重荷を背負わせるわけにはいかない。


 そう、俺は誓ったように、この場所と、彼女達の幸せを守る義務がある。

 だから、最早戦争は避けられぬ運命。


 俺にはどうすることもできない問題だ。


 俺のせいじゃない。


 俺のせいじゃないんだ。


「コーリーが戦う予定の勇者じゃが、立ち回りはこんな感じじゃな。武器を抑えられそうになると、左手で広範囲に魔法を放ち下がろうとする。狙い目はそこじゃ」

「なるほど。後で、この間バックルハイベアーだかと戦った映像も確認しときます。ボクと相性はそう悪くなさそうなんですよね」


「サハリーが戦う予定の英雄じゃが、状態異常に関して対策を積んでいる分、かかれば脆いとの分析が出ておる。しかし仲間を犠牲にするスタイル、丁度44ページに書かれた戦いのことじゃが、そういう戦法も頭に入れるように」

「眠くない……眠くない……。44ページ……。了承です、今度の武道大会に出るらしいので、観戦とビデオ録画行ってきます」


「シェリーが戦う予定の転移者じゃが、初見殺し的な技が多いからの、一番楽じゃな。現在新たな技を秘密裏に練習中じゃが、習得したらまた資料に加えておく。楽じゃからと言ってサボるでないぞ?」

「はーい。ちゃんと持ってる技全部対策して習得しときますっ。真似するぞーっ」


 俺の……せいじゃない……。キキョウ先生……。


 どうしてこんなに、入念な下調べが行われているんだろうか。

 ダンジョンは、例え相手がどんな猛者でどんな特徴を持っていようが、対応を変えずに、デン、と待ち構えながらも、確実に嵌める、そうやって戦うのではないだろうか。

 調べ尽くして、万全の対策を施して、迎え撃つ。そんなの殺し屋の戦いじゃないか。


 それに、どうして戦績や戦闘方法をこんな事細かに調べられるんだ。

 勇者や英雄の戦いなんて、普通は秘匿されてしかるべきことなんじゃないのか?


 戦争では数が大事だ。数こそが力と言っても良いだろう。しかしステータスやスキルがある以上、1人で100人を圧倒するなんてこともできなくはない。個々人の強さも大事に決まっている。

 だから強い人の情報を漏洩させ、対策を施されてしまうことは避けなければいけない。

 特に勇者や英雄だなんて存在は、たった1人で戦況を変える為に存在しているのだ。


 数で劣る小国が数で勝る大国に、一気呵成に飲み込まれることがない理由も、低Lvの状態ですら非常に強く狡猾な魔物達との生存競争を、曲がりなりにも人類が戦えている理由も。

 勇者に英雄、そういった存在がいるからこそ。


 情報を漏らしちゃいけないんだよ。

 なんなんだ、新たな技を秘密裏に練習しているから、習得したらまた資料に加えるって。秘密の意味を教えてくれ、何もかも筒抜けじゃないですか。


「おい主殿、電気を消せ」

「どうしてぇ……、――あ、はい」


 嘆いていると、キキョウからそんなことを言われたので、俺は部屋の明かりをメニューから消した。

 だだっ広い作戦室には、窓も何もついておらず、明かりを消せば完全な暗闇が出来上がる。


 一体何が始まるのだろう。

 そう思った瞬間、そこに突如として映像を映すディスプレイが浮かび上がった。


 まるで、ダンジョンマスターの権限にあるメニューが巨大化し――。

「今は全員にあるじゃろ」

 まるで、俺達の権限にあるメニューが巨大化し、中空に映しだされたようなディスプレイ。


 そこまで距離がある程度離れているため、全容を見渡すこともできているが、一辺が10mはありそうな巨大な画面。


 シアタールームよりは小さいものだが、しかし、なんだこれは、と、俺は思わずそう呟く。

 城の生成時も、生成してからの要望でも、俺はこんな機能をここに設けてはいない。こんなカッコイイ機能、思いつきもしなかった。

 これは俺の生成したものではない。


「さて、ではまずこれから見るとするかの」

 しかし、俺以外は対して驚いた様子を見せておらず、何に使われるものなのかも熟知している様子。

 なぜだろうか、このダンジョンには俺の知らないことが多過ぎる。


 キキョウは、手元に出てきたダンジョンのメニューのようで、そうではない中空に表示されるタッチ式のパネルを操作し、巨大なディスプレイに映像を流した。


 めちゃくちゃカッコ良いじゃないですか、それ。

 後で教えて下さい。


 こんな凄い装置で一体何を見るんだろうか。なんだかワクワクしてきたぞ?


 キキョウは操作し終えたのか、自分も手元のタッチ式パネルではなく巨大な画面の方を向き、言った。

「これが2週間前、コーリーが戦う予定の勇者パーティーの元へ、600P生成のシカ系魔物、ハイローグディアーを送り込んだ際の映像じゃ。しばし見ておれ」


「……。……え?」


 俺の呟きは、画面から流れてきた激しい戦闘音にかき消される。

 そこでは、勇者と他6名のパーティメンバー達が、森の賢王とも呼ばれるハイローグディアーと死闘を繰り広げる様子が映っていた。


「あの……、あの……、これ……」

「静かにせい主殿。質問があるなら後でまとめて受け付けるゆえ」


「あの……、コーリー、これ……、どうして……」

「どうもこうもキキョウ先輩が言った通りですよ。ハイローグディアーをノーマルモンスターの復活不可能設定で生成して送り込んでます。そのまま送るとLv1になりますし弱いので、追放してからですけど。というか集中してるんで後にして貰っても良いですか?」


「あの……、サハリー、これ……、どうして……」

「すぅすぅ、――はっ。……確かに追放するとネームドモンスター以外Lv1になりますが、あれは強制的に1階層所属になるせいであって、神威魔法等で維持すれば最終階層Lvでも追放できます。というか今眠いんで後にして貰って……すぅすぅ」


「あの……、シェリー、これ……、どうして……」

「問題ありませんっ。王様が新たに授かった勲章、禁忌に染まりし者の効果でダンジョンモンスターを追放する際に、原生生物にするかどうかを選べるようになったので、死んでもダンジョンモンスターだとはバレませんよっ。というか今真似してるんで後にして貰って――今のどうやったんですかねっ?」


 ……。


 ……。


 ……。


 何その勲章……。


 ……。


 ……。


 勇者パーティー一向は、強力無比な魔物を討ち果たし、声を挙げて喜びあっている。


 勇者なら勝って当然かもしれないが、600Pクラスの魔物がLv100近くにもなっていれば、人間換算ステータスですらLv200相当。

 そこに人を遥かに上回る体躯や膂力、移動速度、それから多様な種族特性などの様々な力が加わるのだから、その実力は生半可なものではない。

 準備に準備を重ね挑んだわけでもなく、楽な任務だと思って行った時に遭遇したのなら、苦戦は当然。それどころか命の危険さえある。そのため、勝った喜びも、飛び跳ねるくらいには大きかったのだろう。


「あちらのLv上げも兼ねられるのが、これの良いところじゃの。さて、各々に意見を聞こう。コーリー」

「そうですね。狙い目と言っていた行動に対して修正が全く行われていないので、ボクもそこを突くことはします。しかし反射速度が以前のデータに比べ良く伸びていますね、このまま成長していくならボクも相応の返し技が必要になりそうです」


「確かにそうじゃの。よく見ておる、ではサハリー。お主は勇者と戦うわけではないが、分析の練習の一環として聞こう」

「――はっ、あ、はい、眠かったですがちゃんと見てました。えーっと……、装備面を抜きにしても、見た感じパーティーメンバーの脅威度がこれから上がるので、コモン魔物の掃討速度が現状の予測数値よりも高くなるかと」


「ほう。眠っておったわりには感心感心。そうじゃな、そこは新たに数字を出さねばならんところではある。次眠ったら叩き起こすから覚えておくように。次はシェリー」

「はーいっ。真似できない技はありませんでしたっ。でもやっぱり勇者の成長速度は凄いですね。このまま鍛えるとパーティーメンバーと勇者の実力が離れすぎて逆に弱くなっちゃうと思うので、パーティーメンバー鍛えても良いと思いまーすっ」


「うむ。戦闘に繋がる分析ではないが、良い意見じゃ。勇者のみを別の場所へ派遣しパーティーメンバーに対し魔物を送ろう。最後、主殿」

「……え? 俺も? あ、はい。えーっと……。ダンジョン外にダンジョンモンスターを追放して送るのは、やめて欲しいと思いました」


「却下じゃ」

 却下かあ。

「それでは次、サハリーが相手をする予定の英雄の映像じゃ」

 キキョウが手元のタッチ式パネルを操作すると、巨大な画面は切り替わり、今度は別の景色を映しだした。

 ああ、もしかしてこれ全員分あるんだろうか。


 ダンジョンモンスターをダンジョン外に遠征させ、襲わせる。これは、ダンジョンマスターとして恥じるべき行動ではない。

 周囲の環境を整えるためや、自身の存在を喧伝するため、はたまた脅威さをアピールし、侵入者を増やすためなど、様々な用途で推奨されるものだからだ。


 しかしそれはあくまで、1階層に行けるダンジョンモンスターしかダンジョン外に出せない、という仕様の下で成り立っている。

 階層コスト制限が、階層×いくらか、で決められている以上、1階層に行けるダンジョンモンスターは種族的に弱い魔物ばかり。1匹だけに絞れば、その限りでもないのだが、1匹は所詮1匹。

 さらに、ネームドモンスター以外、階層=Lvなのだから、ダンジョン外に行く際は必ずLv1になる。


 その程度だからこそ、外に出しても良いのだ。

 環境を整えようとしたとしても、ダンジョンの規模に対し少量のことしかできず、喧伝するにも脅威さをアピールするにも、やはり小さなことしかできないから、認められているだけのこと。


 そう、コスト制限解放という効果の勲章を授かったからと言って、最終階層にすら置けないようなコストの魔物を、ダンジョン外に解き放って良いわけでは決してない。

 そんな重箱の隅をドリルで突くような真似を、誇り高きダンジョンマスターはしてはいけない。


 だと言うのに、俺はそれだけに飽きたらず、生成に600Pもかかる強力無比な魔物をも、さらに送り込んでいるというのか。

 それも、軽々しく行ってはいけない追放をして、低階層による弱体化のくびきから解き放ち、なおかつ高Lvのまま送り込んでいるというのか。


「主殿、襲わせる際はちゃんと完全に支配して、目当ての者達以外は極力襲わんようにしておるからの。心配するでないぞ。こちらとてそうした方が、多様な動きを引きだせるメリットがあるのでな」


 コントロール権だけは手にしたまま、送り込んでいるというのか。


 なんてことを……。


 なんて……。


 ……。


 ……。


 禁忌に染まりし者ってなんですか……。


 そんな勲章嫌だよ……。そっちのショックの方が大きくて、ちょっと他のこと考えられないよ。

 一体いくつ後ろ暗い勲章を授かれば良いんだ。俺の勲章欄はもういっぱいさ。生まれて10日経った辺りでもういっぱいだったさ。

 ヒドイ勲章はもうコンプリートしたんじゃなかったの? あといくつ増えるの?


「大丈夫ですって王様。禁忌に染まりし者なんて勲章、大したことありませんよ。魔物を追放して尚ダンジョンのために戦わせてるのも、十分非道ですから」

 すると項垂れる俺に向かって、コーリーがそんなことを言って慰めてくれた。


 しかしその慰め方は違う。

 臭い物を消す為にさらに臭い物を解き放ってるじゃないか。


 そんな慰め方……、いや、待てよ?

 今のは……。


「コーリー、君はツッコミじゃなかったのか?」

 俺はおもむろに立ち上がった。

 ショックのせいか、足に力は入っていない。フラフラと、まるで骨の抜けた操り人形のようにコーリーへと歩みよる。


「今のは、ボケだろう? コーリーは、俺と同じツッコミじゃなかったのか? このダンジョンで唯一の、ダンジョンモンスター側のツッコミじゃなかったのかっ?」

「いや……、ボクだってたまにはボケたいというか。今日だってずっとツッコミで、このメンバー相手にずっとツッコミをやってると体が持ちませんし」

 コーリーがアッサリと言ったその一言は、俺にあまりにも深い絶望を抱かせた。

 目の前の景色は、何かに染まっていく。


 絶望という、奈落の底の色に染まっていく。


「嘘だろコーリー? 嘘だと言ってくれ。コーリーにまでボケに回られたらっ、俺はっ」

 取り乱す俺。

 それもそのはず。自らの進む先に、そんな恐ろしい生が待ち受けているとして、一体誰が冷静でいられるだろうか。受け入れられるのだろうか。

 誰かに当たれると言うのなら、当たらねば心が生を保つことなど到底――。

 

「モノローグの表現が鬱陶しいなっ。もうちょっと控えめに――、あ」

「……くくく、入れたな、ツッコミを」

「し、しまった」


「そう、貴様はもうツッコミの――」

「貴様?」

「そう、コーリーはもう、ツッコミの呪縛から逃れられることなどできないっ。もう一生ツッコミを続けなければいけないのさっ、俺と一緒になあっ」

「すみませんキキョウ先生、この人うるさいです」

「すみませんキキョウ先生、静かにします許して下さい」


「次騒いだら、何かの底に放り込むからの」

 キキョウはそれだけを言って、巨大な画面に映る映像について色々な説明を再開した。

 場所はどこそこで、相手方はこれこれこういう任務の帰りで、持ち物には何があって、こういう事情で仲違いしている、というような、それはそれはとても詳しい説明だった。


 とても詳しい。詳し過ぎる素晴らしい説明だ。

 そういった前情報があるからこそ、さらに正確な見方と分析ができるのだろう。

 けれど先ほど言った、何かの底、の何かの部分については一切説明してくれない。逆に怖い、何の底なんでしょうか、恐怖しかありません。


 俺はおずおずと席に戻る。


 キキョウが説明した映像は、サハリーの相手となる英雄の戦闘映像。

 決着が着くと、再び各々の分析結果の発表が行われ、次にシェリーの相手の転移者のものも見た。


 それに対しての各々の分析発表も終われば、今度は自分達の戦闘を撮影した映像が始まる。


 こうやって、自分達の事も見返して分析することが、さらなる成長に繋がるらしい。

 戦いについて、俺は全くの素人だが、言っている意味はよく分かる。確かにそうなんだろう。


「コーリーはいざと言うとき、物理攻撃に頼りすぎるの。強引な突破を叶える力も必要じゃが、もっと優位に立ち続ける術を学ばねば。ほれ、ここは良かったの」

 爽やかな王子様のような風体のコーリーは映像の中で、強大な魔物と戦っていた。


 生成するならば、1000Pを越えてしまうような種族のその魔物は、ダンジョン外で数百年という時を生き抜いてきたまさに強者。

 格で言うならば、コーリーよりも格上なのは間違いない。


 しかしコーリーは、その中性的な美しい顔に汗を少し滲ませるのみで、澄ました表情のまま魔物へ拳を突き入れる。

 そして品のある所作のまま、まるで演舞のように舞い、戦闘を日常へと収束させた。

「妨害が上手く決まれば、戦い方も見えるんですけど、決まらないと迷っちゃって。実力不足、ってことですよね」


 続いて、サハリーの戦闘映像が流れる。

 サハリーの相手もまた、生成すれば1000Pを越えるであろう、強力無比な魔物。


「サハリーは逆に、もっと不利を一気に覆す強引な力が欲しいの。それが有るのと無いのとでは大違いじゃろうて。わっちはこれをもうちょっと鍛えたら良い気がする」

 サラサラな髪を揺らしながらサハリーは、魔物の攻撃を避け続けている。


 揺れる髪と違い、全く揺れないカッチリとしたレザーのジャケットは、魔物の攻撃によりどんどんどんどん擦り切れていく。

 しかし、いつもの寝ぼけ眼とは違う鋭い目が、瓶底眼鏡の奥からは覗いていた。


 そして次の瞬間、回転する斧が魔物の後ろから襲いかかり、何かが塗られていたのか魔物は無防備にも眠ってしまい、決着は一気につく。

 有効な攻撃を持っていないのであればその限りではないが、眠っている状態で殺意の篭った攻撃を受けたなら、生物は基本的に耐えられない。

「眠らせるのは好きですので鍛えます。でもこっちも眠くなる、ふあぁーあ、にゃむ。ピンチを演出して、誘い込むやり方とかを後で教えて貰えると助かります」


 言い終わったサハリーの大きなあくびの後、キキョウが頷き、そして最後シェリーの映像。


 もちろんその中では、シェリーの目の前にも強敵がいるのだが、美しさと可愛さ、明るさを合わせ、そこにさらに元気を加えた笑顔を浮かべるその顔からは、そんな様子など全く伺えない。

 だが確かに、生成すれば1000Pを越える種族が放った、強烈な一撃と同系統の一撃をもって技を相殺し、激戦を繰り広げている。


「シェリーは、練習のための練習が多いの。次は本番を意識してやって欲しい、一瞬見せたこの本気の動きが、どこまで出せるか知りたいのでな」

 技がぶつかりあった直後、戦闘に動きがあった。魔物が、格下と戦っているにも関わらず、捨て身の攻撃をして見せたのだ。大きく傷を受けるが、代わりに優位をもぎ取る魔物。

 一気に不利な状況に陥ったシェリー、だが表情からそれは読み取れない。むしろ笑顔はさらに輝いていた。


 ピッチリとした動き辛そうなパンツを履いているのに、軽快に動き回り、最後、楽しそうな笑顔でピースサインを掲げるシェリーだけが映る。

「真似し甲斐のある方でしたねー。まあ、確かに真似したい欲求のせいで、そうなっちゃいがちかもしれませんね。反省っ」


 キキョウは頷いて、宙に浮かぶ画像をプツンと消す。

 映像を見て分析したり反省したりする鍛錬はここで終了ということなのだろう。


 俺もそれで良いと思う。

 なぜならコーリーもサハリーもシェリーも、どうすれば強くなれるかを明確に意識できたのか、目が輝いているからだ。

 これからの厳しい訓練にも、一層実が入ることだろう。


 ……。


 だが、俺には1つ言いたいことがある。

 いや、言わなければいけないことがある。

 俺は手を挙げ、キキョウ先生に発言の許可を求めた。


「なんじゃ主殿」

「はい。……、ダンジョン外で、1000Pクラスの凄く強い魔物を倒すのは止めて欲しいと思います」

「なるほど。却下じゃ」

 却下かあ。

 3人には凄く肯定的で良いアドバイスをくれるのに、俺の意見は否定しかされない。ダンジョンマスターはとても悲しい。


「ではこれにてミーティングも終了じゃ。実技に移ろう、先ほど思ったことを心に刻んでの」

「はいっ」

「はいっ」

「はいっ」


「……実技?」

「ああ、実技って言うのは実戦のことですよ」

「外で戦ってきます」

「安心して下さい。できるだけPに変換できるよう、瀕死に留めて持ち帰ってきますからっ」


「え?」


「主殿。わっちもこやつ等も強くなろうと必死じゃ。全ては主殿のためにの。しかし外での戦いはきついものがある、予期せぬことも多いし死ねば復活も叶わんからの。じゃからそんなわっちらに勇気をくれんか? 一言で良いんじゃ」

「……」


「ワクワク」

「ドキドキ」

「ワクワク」


「ほうれ、早く言うんじゃ。ワクワク」


 ……俺は、この場所と、そして、彼女達を守ることを決めている。

 もし、ダンジョン外で死んでしまっては、彼女達は復活することも叶わない。いや、できなくもないのだが、ともかく叶い辛い。

 だからこそ、彼女達には、無事で帰ってきて貰わなければいけないのだ。


 俺は、悪く……悪く……。


「……ぜ、全力で……、かせ――」

「ようし行くかのっ」

「言わせないのっ?」


「行ってきまーす。ボクはもうこれからボケで行きますんでー」

「じゃあわたしがツッコミをしようかな? 眠りながらツッコミを入れる名人と呼ばれてみせる」

「わー凄いですっ。じゃあ私もやりますっ、寝ツッコミ、いえネッコミをっ」


「意味が分からないよ、ネッコミ? いや、まあじゃあ、ツッコミでいってくれるってことで良いんだね? ボケるよ?」

「すぅすぅ」

「すぅすぅ」


「えーっと、……、あー……。いざ改めてボケるってなると難しいなあ。ちょっと出て来ない、ゴメンね、思いついたら言うから」

「すぅすぅ」

「すぅすぅ」


「……? おーい、おーい」

「すぅすぅ」

「すぅすぅ」


「本格的に寝てるっ。……え、ツッコミは? ねえツッコミは? ネッコミって言ったじゃないかっ」

「え? もう朝?」

「まだ夜ですよ寝かせて下さい」


「ネッコミはっ? あと朝でも夜でもないよ、お昼だよっ、ってだから寝ないでって、今からダンジョン外行くんだから。キキョウ先輩も外での戦いはきついものが、って言ってたじゃないか」

「――はっ、そう言えば。……ツッコミはまだわたしには早かったみたい、ツッコミ名人の座は譲ろう」

「私が真似できない技があるなんて。ネッコミの座は譲ります」


「どっちもいらないよっ。いやネッコミって結局何っ?」


「ではの」

「う、うん。行ってらっしゃい」


 4人は旅立つ。

 このダンジョンではない、どこかへ。


 俺はそれを涙ながらに見送った。

 なぜ泣いているのかって? 簡単さ。


 あの、面倒臭さを何よりも優先させていたキキョウが、あんなにも立派に育ったからさ。

 後輩ができたことで、ああまで変わるとは、誰が予想していただろう。率先して後輩を引き連れ外に行き、手間を惜しまずアドバイスしてくれる、あんなことができるようになるだなんて……、俺は感動した。


 だから泣いているんだ。


 そうだよな? ツッコミ担当?


『ボクはボケ担当で行きますからねっ? 本当ですよ?』


 俺は覚醒したツッコミ担当に頷き、こう繰り返した。


「なんでだよ、なんでだよ、なんでだよ。違うな、もっと手首のスナップを……、なんでだよ、なんでだよ」

『練習してるっ。練習してるよ王様っ。ツッコミで負けたくないんだっ』


「あ、もしもしキキョウ? さっきの映像出すやつってどうするの?」

『自分のツッコミ映像を見返す気だっ。何やってんのこの人っ』

お読みいただきありがとうございます。


ブックマークや評価して下さった方、ありがとうございます。

ご期待に添えるよう頑張りたいと思っております。


さて、そろそろ第5章も終了致します。

あと4話の予定でおりますが、予定は未定です。3話になるかもしれませんし5話になるかもしれません、4話で収められるよう頑張りたいと思います。


ありがとうございました。

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