第65話 コーリーとサハリーとシェリーを。
悪逆非道のダンジョンあるあるその5
適当に作った場所の方が有効。
考えに考え抜いて生成した罠等を含めた場所よりも、やる気が尽きた状態で生成した場所の方が、ダンジョンモンスターの介在する余地が多いために乗り込まれ、たくさんの侵入者を倒し鍛えるだろうこと。
新年を迎え、また新しい年が始まる。
一体今年はどんな年になるんだろうか。
と、そんなことを思っても、実際に、新年の幕が明けたからと、生活が急に変わる者は、極小数だろう。
大体は、昨日と同じような今日があり、先週と同じような今週があり、先月と同じような今月があり、同じような1年になるのだ。
それが、幸か不幸かは、人それぞれ。
俺は、果たしてどちらだろうか。
我が天空城には、様々な施設がある。
それは、ダンジョンとして必要な施設でもあったり、ダンジョンとしては必要でない施設でもあったり。
前者の代表は、玉座の間や、作戦室。後者の代表は、図書館や、それぞれの私室、と言ったところだろうか。
俺がこの城を生成した際には、Pのほとんどを外観に使用したため、どの部屋も、ただのガランとした広間でしかなかった。
ゆえに、それらは後から付けたされたもの。
ダンジョンとして必要な施設は、Pが手に入る度に、俺がせっせと生成して。
ダンジョンとしては必要ない施設は、みんなからの要望に応じて、やはり俺が貯めた、なけなしのPを使い生成した。
まあ、確かに図書館や、私室は必要だった。
本は、知識を得るためにも、教養を得るためにも、大切であり、それらがまとまって置かれる図書館は、我がダンジョンの力を底上げする働きを見せてくれることだろう。
そして自分の部屋というのは、疲れを癒すためであったり、また、己の個の概念や、個人として精神をより発達させるのに、大切である。
このダンジョンでは、みんな、様々な戦闘方法で戦っている。ゆえに、個性を磨くことは、やはりダンジョンの力を底上げすることに役立つはずだ。
だからそう、図書館や私室に関しては、不満はない。
しかし、中には、そんな施設必要ないんじゃないの? と思う施設も、いくつかある。
多数の要望があり、彼女達の笑顔には代えられない、と思ったため、生成しないわけにはいかないと、俺は、毎度、泣く泣く生成しているのだが、よくよく考えてみると、どうにも。
したがって、今日。新年を迎え、宴会も一段落した今日。
俺は、それらの施設を見て回ることにした。
本当に、その施設が使われているのか、そして、役立っているのか。そんなことを思って。
「まずは、トレーニングルーム」
筋肉トレーニング用の器具や、持久力強化のための器具が、整列して配置された、我がダンジョンのトレーニングルーム。
備え付けられた階段を下りれば、プールなども完備した、素晴らしいトレーニングルームだ。
ストレスのない環境で、思う存分、体を鍛えられることだろう。
しかし、ダンジョンモンスターは、筋肉トレーニングをしても、筋肉が増えることはない。体力は向上するかもしれないが、ダンジョンで戦う以上、1戦終われば、再生Pを使用して体力を回復するから、大して意味はない。
なのにどうしてこんなものが必要なのか、俺には一切理由が分からない。
なんなら誰も使わないんじゃないの?
「あれ? 王様、どうしたんです?」
と、思っていると、トレーニングルームには、コーリーがいた。
スポーツブラに短パンとレギンス、というラフな格好で、バイクを漕ぐトレーニングをしている。
俺が入って来たのを確認すると、コーリーは、それを一旦中止して、汗を拭きながら近づいてきた。
35階層の守護者、コーリーは、フルアーマーホース種族といういわゆるウマであるが、亜人型で生成されているため、見た目はウマでなく、王子様のような16歳の少女である。
橙色の髪は短く見えて、後ろ髪を三つ編みにし、お尻近くまで伸ばしているキザな髪型、目は、右の橙色の瞳と、左の水色と灰色が混ざったような瞳の、オッドアイ。
キレ長の目と、中性的な甘いマスクは、クールさと優しさをかねそろえており、その出で立ちは、まさしく王子様のような少女である。
身長は172cmと、モデルになれるほど高く、足も長い。スキニータイプのパンツがよく似合う。
スカートも似合うと思うのだが、本人曰く、似合わないので絶対に穿かない、とのこと。
体重は……不明だが、毛束でしかないような尻尾を、実は10kgあるのだ、と冗談混じりに言うので、軽くはないのだろう。
あいにく身長と違い、体重も体型も、モデルと言えるほどではない。
ただ、体型を見る限り、ポッチャリしているなんてこともなく、腹筋は、縦に薄っすら線が入るような、女性らしい筋肉がついていて、しなやかで健康的であり、スポーツをするのに適した、スポーティーな体型である。
とまあ、ともかくコーリーは、王子様のようだが、女の子らしくないことを気にしてスカートを穿きたがらないというような、意外と普通な悩みを持つ女の子でもある少女だ。
「王様もトレーニングしにきたんですか? 一緒にやります?」
近づいてきたコーリーは、爽やかに笑いながら、そんなことを言ってくる。
さらに、やるんなら、と言って、わざわざ俺用のスポーツウェアを生成して、ウインクしながら手渡してくれた。
「王様は状態異常になれないから、多分筋トレしようと思っても、1人じゃ負荷かけれないですよね? やるんなら、ボクが反乱して抑えておきますよ」
そして息つく暇もなく、ちょいちょいと手招きして、器具の上を指差し、ここに寝て下さい、と。
……何、この子。
「う、うん。あ、ありがとう」
「あはは、どういたしまして」
……凄く優しい……カッコイイ、王子様……。
多少強引ではあるものの、その強引さがまた心地よい。
コーリーは、こういった行為を、嫌味なくこなせる。
誰隔てなく、爽やかな笑顔で行われる行為や気遣いに、押し付けがましさは一切なく、気疲れすら感じさせない。された者は、ただただ純粋に、ありがとう、と思うだけだ。
だからか、コーリーは、なんでもできる超人のように見える。
欠点などはおおよそ何もなく、才覚に満ち溢れ、いつだって自分に自信を持っている。そんな風に。
しかし、案外、不器用な性質だ。
クールで爽やかなのは根っからだが、いつも余裕を持っているように見えるのは、そういう振舞いが板についているだけで、何でもできるように見えるのは、努力で補っているだけ。
できないことや、苦手なことはたくさんあって、実はコンプレックスだってとても多い。
スカートを穿かないというのも、酔うと泣き出すのも、泣きながら人の胸を揉むのも、そういったことがあるからだ。
そして、そんな自分が嫌なのか、普段は自信満々に見えるくせに、時々自己評価が低くなってしまう。
だからこそ、人の役に立たなくては、期待に応えなくては、と、頼み事にはとても弱くなる。嫌われたくない、という考えもあるかもしれない。
女子高に通えば、百合の後輩に言い寄られ、イケナイ関係に。
共学に通えば、悪い男の先輩に言い寄られ、ただれた関係に。
ああ、悪い未来が見える。
「コーリー、いくら言い寄られても、簡単に体を許しちゃいけないよ?」
「急になんですかっ、哀れみの目が凄いんですけどっ?」
ええー……、と言いつつも、俺の体を抑える役目は放棄せず、かける負荷すら変えない。
大丈夫だよ、俺にはもっと酷いことをしてくれても良いんだよ? されたからって俺は、貴女達のことを嫌いになんてならないよ?
初期の7人に対する俺の愛を知っているだろう? 彼女達が何をしてきたのか知っているかい? 酷いだろう? 酷いだろう?
「酷いんだ……酷いよ……」
「急に泣きだしたっ。情緒不安定なんですかっ。王様ー、王様ー?」
ペシペシっ、と頬を何度か叩かれ、目を覚ました俺は、コーリーと共にトレーニングを続けた。
そして、その中で、今回トレーニングルームに来た事情も説明した。
「なるほど。そういうことだったんですね」
「ごめんよコーリー、俺は、なんておろかだったんだ。俺とコーリーの憩いの場所を、壊そうとしていたなんて」
「いや、勝手に憩いの場所にしないで欲しいですけど。まあ、そういうことなら、ボクも手伝いましょうか? 他には、もしかしたらいらない施設があるかもしれませんけど、王様が1人でやると、後から皆に文句言われちゃいそうですからね」
……何、この子。
「う、うん。あ、ありがとう」
「あはは、どういたしまして」
……凄く優しい……カッコイイ、王子様……。
俺達はトレーニング終了後、シャワーを浴びて、俺はいつもの格好に、コーリーもいつもの、レザーベストとパンツルックの格好に着替え、次なる目的地へと向かった。
「次は、プラネタリウムだ」
この世界から見える星や、正座の全てを知ることができるような、プラネタリウムへ。
真っ暗なドームの天井に光輝くいくつもの星と、リラックスできるような優しい音色の音楽は、どちらも心地よい。
日々の喧騒を忘れ、心も身体もリラックスできることだろう。
しかし、間違いなく、必要ないんじゃないかな。
ここは。まず間違いなく。
「……すぅすぅ。……ん? 王様、コーリー」
けれども、プラネタリウムには、まるで依存症のように通い詰める使用者がいる。サハリーだ。
俺達が入ってきたことに気付いた、頭に三角帽子を被り、ストライプの綿のパジャマを着たサハリー。
しかし、再びスヤスヤと眠り始めた。
36階層の守護者、サハリーは、スリープシーム種族といういわゆるヒツジであるが、亜人型で生成されているため、見た目はヒツジではなく、眠たげな16歳の少女である。
水色のキューティクルの効いたおかっぱ頭と瓶底眼鏡、その眼鏡で見え辛いが、瞳は、右が深い紺色で、左が髪色と同じ水色と、オッドアイ。
パッチリおめめで可愛らしい顔立ちであるのだが、眠っているか眠たげであるかのどちらかのため、目が開いている瞬間こそあまり見ない、やはり眠たげな16歳の少女である。
身長は150cm前半と、そう高くなく、体重は……不明だが、軽くはないらしい。
関心なのは、角が大きいのに、角が重いからと言い訳をしたりしないところか。……まあ単に面倒なだけかもしれない。
体型は、なんとなく、幼児体型っぽい。
おそらく腹はつまめるし、お尻はぽよんぽよん弾むのだろう。
なぜかは知らないが、サハリーの体にはリラクゼーション効果があるようで、抱き枕にされている光景や、数人にもみくちゃにされている光景をよく見かける。だが、そんな時も基本的に眠っている。
とまあ、ともかくサハリーは、常に眠く、そしていつでも眠る。特に何も気にしない、超マイペースな少女だ。
「って寝るのっ? 起きようよサハリー、王様とボクが来たことが気になったりしないの?」
サハリーが眠ったことに対して、コーリーがツッコミを入れ、起こそうとする。
「ぐぅ、すぅ……、話は、聞かせて貰いました」
「まだ何も言ってないよっ」
「ここが、いるかどうかの査察に来たんで……ぐぅ、すぅ」
「急に眠るねっ」
サハリーのボケに対し、コーリーは的確で素早いツッコミを入れている。
さすがはコーリー。我がダンジョンのネームドモンスターで唯一のツッコミ担当。
そして、そんなコーリーに、最もツッコミを入れられている2トップの内の1人、サハリー。
眠さからか、基本的に口数は少ないが、口を開けば常にボケる。強力なボケキャラである。
が、しかし、天然でやらかしているわけではないのか、意外とちゃっかりしているな、と感じることも多い。
普段から、立場が上の初期の7人を煩わせるようなことはしないし、鍋から具をよそえ、と言われたなら、好物を多めに盛りつけるなどの工夫は必ずする。
よいしょが上手いのか、なんなのか。
情報収集も上手いな、と感心する。
好物を言われたことがなくても、知っているし、今も、俺達がここに来た理由を知っていた。
「わたしはプラネタリウムの守護者、サハリー。眠いけど、守護者としてここを守らねばならない」
ただ、貴女は36階層の守護者です。
転職しないで。
「王様、、ここがいるかどうかですけど、それは、座って、そして、眠ってみたら分かりますよ。さあ、お眠りなさい、眠れ、眠れ、ねむ……ぐぅ」
そしてまさかの二度寝。いや三度寝か。
今度は起きそうにない。
仕方ないので、俺は言われた通りに、眠ることにした。
眠るんなら、プラネタリウムじゃなくても良いんじゃないか、と思うのだが、サハリーの顔があまりにも幸せそうだったから。
俺は座って、天井の星々を眺め、心地よい音楽に身を任せ、目を瞑る。
……。
……。
「2人共、そろそろ起きて。起きて下さい。もう2時間は経ってますよ、ボクはいつまで待ってれば良いんですか?」
そうして、俺とサハリーは目覚め、目を合わせて、頷き合った。
「ごめんよサハリー、俺は、なんておろかだったんだ。俺とサハリーの憩いの場所を、壊そうとしていたなんて」
「分かれば良いんです」
プラネタリウムは素晴らしい。こんな癒しの空間があるだなんて。とてもとても心地よい眠りだった。
設計者は一体誰? そう、それは、俺。
「ボクの時もそうでしたけど、さっきから王様は、人の憩いの場所を共有しようとしてきますね」
「さてプラネタリウムは守られた、次はどこに行くんですか? 楽しそうだしわたしも行きたい。コーリー、おんぶしてって。自分の足で歩くほどではないけど、おんぶしてもらえるなら行きたい。背で眠りたい」
「凄い素直だねサハリー。正直なのは良いと思うけど、それでおんぶはしたくないよ」
「お願いお願いコーリー、お願いっ。コーリーコーリー」
「……分かったよ、分かったって。全く。でもちゃんと着替えたらね。パジャマは眠る時の服装だから。そうそう、はい、じゃあ、おいで」
そうして、俺は、レザーのジャケットを着たサハリーと、そのサハリーをおんぶするコーリーと共に、次なる場所へと向かった。
「コーリー、簡単に体を許しちゃいけないよ?」
「何の話なんですかさっきから」
「……すぅすぅ」
「次は、シアタールームだ」
たくさんの映画を取り揃え、それらを大画面で味わうことができる映画館へ。
画質、音響、全てに拘り尽くしたここでは、人類の叡智の結晶である映画を、思う存分楽しむことがでいる。
日々の日常からかけ離れた、非日常を味わうことができるだろう。
しかし、間違いなく必要ない。
こここそ、絶対に必要ない。
「今のは真似できますかねー。今のは真似できるんですかねーっ。あ、王様、コーリー、サハリー」
だが、映画館には、よく1人真似っ子が通いつめていると聞く。シェリー。
映画を見ている最中であったが、俺達に気付いたシェリーは、黒光りして、頭が異様に長く、開けた口からもう1つ口を出して、シャーッと言いそうな衣装を、身にまとったまま、座席を立ち上がり手を振ってきた。
37階層の守護者、シェリーは、ラーニングモンキー種族といういわゆるサルであるが、亜人型で生成されているため、見た目はサルでなく、元気印のような16歳の少女である。
鈍い黄土色の短めのツインテールで、目は両方とも、鮮やかな灰色。
常に輝いていて楽しげでテンションの高い顔や表情は、それと同じ性格と相まって、異様なまでに明るい雰囲気となって現れる、まさしく元気印のような16歳の少女である。
身長は155cmかその辺り。手足が長い、というわけではないが、スタイルは悪くない。
体重は50kgらしい。普通よりも軽め、というくらい。
体型も、スリムはスリムだが、痩せているわけではないため、二の腕は揺れるし、お腹周りは少し服の上に余る。
大台に乗った体重は、年頃の女の子が声高に言える数字ではないかもしれないが、なぜか声高にして言ってくる。
気にしていないことはないのだが、あっけらかんと言ってくるので、全く気にしていないようにしか見えない。
とまあ、ともかくシェリーは、とにかく明るく、テンション高く、元気いっぱいの真似っ子の少女だ。
「皆さんも映画見にきたんですか? 良いですね、一緒に真似しましょうっ」
サハリーはいつも通り、明るく元気な声で、映画館の大音量に負けないように、俺達を呼ぶ。
「いや、その衣装なにっ」
もちろんそれに対し、コーリーも、大きな声でツッコミを入れた。
「次に真似する人の格好です。触りますか? ヌメヌメしてますよ」
「ヌメヌメしてる人の真似しちゃいけないよっ」
「それで、ここがいるかどうかの査察に来たんですよねっ。へいらっしゃい」
「話の展開が急っ」
シェリーのボケに対し、コーリーは再び的確で素早いツッコミを入れている。
さすがはコーリー。我がダンジョンのネームドモンスターで唯一のツッコミ担当。俺が引退しても、しっかりツッコミを入れていってくれるだろうと安心できる姿だ。
そして、そんなコーリーに、最もツッコミを入れられている2ツップの内の1人、シェリー。
持ち前の元気さと明るさ、勢いによって、とにかくとにかく常にボケる。強力なボケキャラである。
その全ては、天然のような計算のような、ただの勢いのようなボケで、収集がつかなくなるな、と感じることも多い。
普段から、立場が上の初期の7人に対しても、ボケこそしないが、その勢いで接するので、なんだかドキドキするし。
まあ、悪気は全くないと分かるので、怒られたりすることもないが。
むしろ、素直すぎるから、真直ぐ人を褒めるので、可愛がられているのもよく見かける。
もちろん俺自身も、シェリーの真直ぐ過ぎる異常な明るさには、思わず笑ってしまうことがある。
「私はシアタールームの守護者、シェリー。王様と私の憩いの場を、守護者として守らなければいけません」
ただ、貴女は37階層の守護者です。
転職しないで。あと、既に俺の憩いの場所になってしまった。
「王様、、ここがいるかどうかですけど、それは、着替えて、そして、見てみたら分かりますよ。さあ、着替えて着替えて、着替えて」
そしてまさかの着替えの強要。
いやだよ、……ヌメヌメ、ヌメヌメしているぅ……。
しかし、俺は、着替えることになった。
映画館はこんなものを着て見るものなのか、と思うのだが、シェリーの顔があまりにも楽しそうだったから。
ヌチャア、と、いう音と共に俺は椅子に座り、大迫力の画面と音声に、身を委ねる。
……。
……。
「2人共、結論を出して下さい。もう2時間は経ってますよ、エンディングロールも終わりましたよ。ボクはいつまで待ってれば良いんですか?」
そうして、俺とシェリーは明るくなった映画館で、目を合わせて、頷き合った。
「ごめんよシェリー、俺は、なんておろかだったんだ。俺とシェリーの憩いの場所を、壊そうとしていたなんて」
「分かれば良いんですよ」
映画館は素晴らしい。こんな娯楽の空間があるだなんて。とてもとても迫力がある体験だった。
設計者は一体誰? そう、それは、俺。
「……さっきも見ましたよね、このやり取り」
「すぅ。すぅ」
「完全勝利ーっ」
「あと、サハリー、ずっと寝てるじゃないか。楽しそうだからって来たのにキミ、ずっと寝てるじゃないかっ」
「……ぐぅ、あと、5分」
「はっ、サハリー流石ですっ。あの音響の中でも眠るとはっ、どうやってやるんですかっ、教えて下さーい」
「ああ、また始まってしまった。やめなさい、やめ――、凄いヌルヌルじゃないかこれっ。全然止められないよっ」
「あああああああと、10分」
「うりゃああああーっ」
このダンジョンに不必要な施設など、1つもなかった。
ダンジョンは、きっと、これで完全であるのだ。
ああ、それが分かって、俺は本当に嬉しく思う。
……しかし、どうしよう。
実は、今回、俺がこのような視察を行ったのは、不必要な施設をPへと変換し、借金の返済に充てようと思ってのことだったのだ。
このまま、Pが増えなければ、借金が返せない。
俺の部屋の扉に、借金返せ、との張り紙が貼られる日も近い……。
一体、どうすれば。
「こら。やめなさい、やめなさいって。もー」
ふと、俺の視界に、2人を止めようとするコーリーの姿が目に入った。
「……コーリー、あの、ちょっと」
「やめな――、はい? なんです?」
「頼む、コーリー。Pを借りさせてはくれないか」
「え?」
「無利子で、どうか。頼む頼むよ。」
「嫌ですよ。そんなことを言われ――、って縋りつかないで下さい。そんなことをされて――、って凄いヌルヌルだなこの人も」
「頼む。頼む。コーリーしか頼れる人がいないんだっ」
「分かった、分かりました。貸しますから。もう、全く。いくらです? 別に増やして返せとか言いませんけど、ちゃんと返して下さいね?」
Pを貸してくれたコーリー。
これで、今月も乗り切れる。良かった。本当にありがとうコーリー。俺はコーリーほど優しい子を知らない。
……しかし。
「コーリー、簡単に体を許しちゃいけないよ?」
お父さんは心配になっちゃうよ。
「……P返してもらいますよ?」
「あああああ止めてくれる人がいなくなったから首がああああああ」
「あああああ止めてくれる人がいなくなったから腕がああああああ」
「じゃあ自分達でやめようよっ」
「いやああああ」
「いやああああ」
3人は、笑顔……ではないが、おそらく、大好きな施設と、大好きな仲間と共に、充実した毎日を送っている。
このダンジョンは施設も。そして、ネームドモンスターすら完璧だった。
だからこそ、俺は誓う。彼女達のこの場所と幸せを守ろうと。
Pを借りなければ生きていけない弱弱しいダンジョンマスターだが、きっと、そのくらいの力は、俺にだってあるはずさ。
必ず守ろう。
俺は、全身をヌメヌメさせながら、そう思った。
……しかし。
その誓いが、まさか、たった数秒で破られることになるとは、俺はこの時、思いもしなかった。
そう、ここはダンジョン。
彼女達はネームドモンスター。
であれば、必ずあれが行われる。
『えー、館内放送、館内放送じゃ。コーリー、サハリー、シェリー、その3名は、至急作戦室に集合じゃ。特訓を始める。以上じゃ』
地獄のような、猛特訓が。
ん? 作戦室?
お読みいただきありがとうございます。
久しぶりの投降となりました。
忙しさも少しは過ぎましたので更新ペースがしばらく大丈夫かと思います。
ただ再来週辺りはまたちょっと分かりません。
頑張ります。すみません。




