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第64話 鍛えてローズ先生。

悪逆非道のダンジョンあるあるその4

罠にかかって欲しくないやつほどかけにいく。

間引くために存在する罠が、間引きたくないやつに対して全力で使われる現象のこと。


 ダンジョンでは今日も今日とて激しい訓練が行われている。

 辛く厳しく涙なくしては語れない訓練だが、着実にその成果は出ており、まだ低Lvだと言うのに、水晶迷宮にいる600Pクラスの、Lv100を越える魔物を、いとも容易く翻弄できるくらい。


 さらに驚いたのは、ほんの数日前に行われたダンジョン最強決定戦の第11回大会で、ミロクが全体の3位を取り、戦況コントロール部門でイーファスが入賞する、という結果を出したことだ。

 第11回大会が、序盤からセラ、オルテ、ローズ、ユキの潰し合いが起き、相打ち倒れたこともその結果になった理由の1つだが、訓練の成果には違いない。


 あの辛い訓練を続ければ、低Lvながらも活躍できる。それを、頭と体だけでなく、目と心でも理解した2期組は、あれからさらに高いモチベーションを持って励んでいる。

 阿鼻叫喚の声も以前よりは減った……はず。


 まあ、ともかく俺は今日、ローズ先生に誘われて、その様子を見にきた。

 生徒は、今朝、俺が笑顔を守ると誓ったはずの、干支年長組。


「汗かくと化粧が落ちちゃうわ」

 エリン。

「根性ーっ、ド根性ーっ」

 カノン。

「またどっかのタイミングでサボられへんかな」

 ケナン。


 今の訓練内容は、体力作り。あれは、地面を均すためのローラーだろうか。

 身長よりも遥かに馬鹿でかい鉄の円柱と、それを引いて転がすための持ち手。3人は、一体何tあるのだろうかとおののくような、そんなものを引かされている。


 ただし、現在、エリンは小さな手鏡で化粧チェックをし、カノンは大粒の汗をかき、プルプル震えながら必死で引き、ケナンは座ってお茶をズズズと飲んでいる。


 いや、今また再開した。


「主様、お待たせ致しました。こちらの椅子にどうぞお座り下さい」

「ありがとうローズ」


 ローズが戻ってきたからだ。


「うーんっ、うーんっ。重いですローズ先輩」

「根性ー、ド、ド、根性ーっ」

「重いわあ、これもう限界ですわローズ先輩」

 3人は、一瞬足りともサボってなどいません。まるでそう言うかのように、額に大粒の汗を滲ませローラーを引いている。


「うむ、頑張れ3人共。それを引き続けることで、基礎体力の強化ができる。それにこのエリンの階層を、こうやって自分達の手で均すことで、愛着を持つこともできるのだぞ。一石二鳥だ」

 ローズはその様子を見てウンウンと頷き、そんな声をかけた。

 どうやらサボっていることには気付いていないようだ。


 一体どれほどの修羅場をくぐればあんな、息をするように嘘を吐けるものなのか……。


 もしかして……俺も普段から、あの3人に嘘をつかれていたのだろうか。

 風呂で、苦しい助けて、と言っていたのも、もしかすると嘘だったりするのだろうか。

 ……、いや、そんなことはないか。


 俺は、彼女達のダンジョンマスターだ。

 親よりも濃い繋がりを持つ。

 であるならば、嘘をついているだとか、そんなこと、たちどころに分かる。微妙な空気感であったり、表情の僅かな違いであったり、そういうもので。

 それが俺達の関係性だ。


 証拠に、俺の嘘が通じたことなど、ダンジョンの歴史を紐解いても、ほとんどない。

 言った途端に、いや、言う前から既に嘘だとバレてしまう。

 いやはや、俺も1度くらい、彼女達に嘘をついてみたいものだよ。


「主様の嘘は巧みで、私なんぞは1度足りとも見抜けたことがありませんよ。素晴らしいです」

「そうかい、ありがとうローズ」

「いえいえ」

 ニコリと笑いかけてくれたローズに、俺もまた笑い返す。


 そして俺はローズが用意してくれた椅子に深く腰掛ける。

 なぜだか体によく馴染む椅子で、俺はこんなことを思った。


 めちゃくちゃ心読まれてる。


 これだけ心を読まれてるんだから、本当に、どれだけポーカーフェイスで嘘をつこうが、通じることは絶対にないね。

 一体全体いつからこんなことに……。


「そうですね、正直我々からしてもいつの間にか、と言えます。生成された当初から、お考えは分かっていたのですが、時が経つほど鮮明になっていきましたから」

「なるほどねえ、ありがとうローズ」

「いえいえ」

 ニコリと笑いかけてくれたローズに、俺もまた笑い返す。


 ……。

 ……。俺は改めて思った。


 読まれ過ぎじゃない?


 一体全体、どこまで読めているんだ……。


「どこまでか、と言われると正直難しいですね。パーセンテージで表しますと、99.9%、と言ったところでしょうか。主様にもプライベートがございますので0.1%は敢えて読んでおりません」

「そうだったのかい、ありがとうローズ」

「いえいえ」

 ニコリと笑いかけてくれたローズに、俺もまた笑い返す。ちょっと苦い微笑みになってしまったかもしれないが。


 だって全部じゃん。全部じゃん。

 どこまでか、と言われると正直難しいって何だよ、99.9%は全部じゃんっ。

 0.1%しか読んでない部分ないじゃない。しかもあえて読まない部分て。いや貴女、俺のプライベート分少ないよっ、0.1%でプライベートの一体何が守れるって言うんだい。どうしてこんなことに……。


 というか、エリン、カノン、ケナンよ。そんなに心が読まれる俺の前でサボっちゃったら、サボったことが筒抜けになるんじゃないの?

 ローラー引いてなかったのがバレちゃうと思うけど、ローズよ、そこのところはどうなんだい?

 俺は、隣に立つローズを見る。


「……。……? なんでしょうか主様」

 すると、キョトンとして首を傾げた。

「……え? そこが0.1%っ?」


「ううーん、サボったことなんてないから疲れるわあ」

「根性ー、あああド根性ーっ」

「休憩欲しいけど、強くなるためにも頑張らなな」


 0.1%という貴重なものがまさかそんなところに使われてしまうだなんて。じゃあ俺のプライベートは丸裸じゃないか。

 どうして……。


 俺は妙にシックリくる椅子に座ったまま、深く項垂れた。


 ……。


 ……しかし本当にこの椅子シックリくるなあ。なんでだろう。


 風呂から一緒に上がって、服を着せてもらい、さあ見学に、と32階層に来た際、ローズが、主様を立たせておくことなどできません、只今椅子をお持ちしますね。と言って、どこかから持って来たこの椅子。

 新たに生成された物ではないと思う。

 それなら、この場で出せば良いだけだし。おそらく城の中にあったものだと思うが……。


 俺は、一旦椅子を降りて、ジーッと眺めてみた。


 うん、やっぱり元々どこかにあった物を持って来たんだろう。どこか見覚えがある。

 高さ数m、幅は、俺1人座っても、左右に少し余るくらいだが、肘かけには手が届くくらい。

 そして、妙に威厳を感じ、さらには荘厳な雰囲気を感じる。

 そう、これはまるで……。


「これ玉座だっ」

「はい、主様がいつもお座りになっている椅子ですっ。床とくっついていたので、てこずりましたが、頑張ってお持ち致しましたっ」


 破壊されてしまった、マイ玉座。


 思い出が走馬灯のように蘇る。

 あんなことも、こんなこともあった。

 アハハ、ウフフ、待ってー、捕まえてごらーん。


 ……。


 俺はローズを見る。

 とても、キラキラとした顔がそこにあった。


「あり……、ありがとう、ローズ。良い、座り心地さ」

「いいえ、感謝になど及びませんっ。主様のためを思えばこんなもの、屁でもありませんから」


 ……。

 ……。

 ……。0.1%の壁は結構厚い。


 ともかく俺は玉座に再び腰掛け、訓練風景を眺める。


 訓練内容はいつの間にかローラー引きから、徒手による組手に変わっていた。

 ローズVSエリンカノンケナン。

「まだまだ甘いっ。そんなことではいざと言う時に動けんぞっ。今はもう少し遅らせて入ってくる方が良かった、しかし狙いは正しい、成長が見えるな」


 3人は、ローズに、軽々とあしらわれているが、しかし、1度の攻防が行われる度にすら強くなっていくようである。


 だが、それも当然かもしれない。

 ローズは、鍛えることにおいて、ダンジョンでも随一の能力を持っている。

 今まで、鍛える対象が、ダンジョンマスターという鍛えることが一切できない生物のみであったため、イマイチ発揮されることがなかっただけだ。

 真価を発揮した今は、厳しい叱責とアドバイスで、メキメキと鍛えることが可能である。


 また、その飛躍的な成長の影には、ネームドモンスターが、鍛えやすい、というのも関係している。

 ダンジョンの住人は、誰しもが完全な記憶力を有する。

 であるから、アドバイスや学習した内容は、忘れない。戦闘内容は全ていつでも反芻できる。唯一鍛えられるネームドモンスターの鍛錬による成長速度は、ダンジョン外の者達の鍛錬による成長速度と、全く比べ物にならない。

 どのダンジョンでも、ネームドモンスター達は、1度の戦闘で100を学ぶとされ、1度退けた侵入者相手であれば、向こうが相当に鍛えてきたとしても、負けることはない、と言われる。


 だからこそ、ローズの特訓で、3人はたくさんのことを学び、破竹の勢いで強くなっていくのだ。


 が、しかし、ネームドモンスターを、実戦以外で鍛えているダンジョンは、あまり無い。というか、ほとんど無いだろう。

 ほぼ全てのダンジョンは、ネームドモンスターを生成したそのままにダンジョンへと配置し、侵入者と戦わせている。


 理由は2つ。

 もちろん、鍛えることがダンジョンマスターの矜持に反するとか、そういうことではない。

 単に難しいからと、効果が薄いからだ。


 指導するためには、ダンジョンモンスター同士を会わせられるようにしなければいけないが、強くなれるネームドモンスターは、コストがマスプロモンスターの6倍にもなる。

 指導する側、受ける側を一堂に介させるためには、その場の、ダンジョン的単位面積辺りの階層コストを、マスプロモンスター12体分も、空けておかなければならない、ということ。


 階層を生成する際、コストを全て埋めずに余らせることは、魔素溜まり魔物の発生など、予期できる不足の事態に備えるためや、予期せぬ不足の事態に備えるため、多くのダンジョンマスターがやっている。

 しかし、2体のネームドモンスター分のコストを余らせるのは難しい。

 生成Pの高い強い種族だからこそ、ネームドモンスターにして鍛えたいんだろうし、2体いれば、階層コストのほとんどを使ってしまうこともあるだろう。


 また、訓練を行っていれば、死亡するまでとはいかずとも、傷つくことは多いにある。その場合、再生Pがかかるのだが、ネームドモンスターの再生Pは基本生成Pそのまま。

 再生Pが満額消費されるのは、復活時のみだが、訓練の成果が実るくらいの回数を実施したなら、怪我、骨折、かなりのP消費になることは間違いない。


 ギリギリの利益で回していくダンジョンにとって、その損失はかなり痛手。


 そしてさらに、訓練は必ず侵入者の来ない階層で行わなければいけないのだが、どこでやるのか? という問題もある。

 最終階層でやれば良いのかもしれないが、その場合、最終階層のコストを、ネームドモンスターが2体入れる分余裕を持たせる、ということになる。

 スッカスカな最終階層は、ダンジョンマスターとしてとても怖い。


 案外、ネームドモンスターを鍛える、というのは、ダンジョンにとってハードルが高いのだ。


 とは言え、それでも、見合うだけのプラスがあるなら、鍛えるダンジョンマスターもいるだろう。


 ネームドモンスターが強くなることは、ダンジョンの戦力増強。

 ダンジョンマスターの、寿命を延ばすことにも繋がる。

 それに、ダンジョンマスターにとってダンジョンモンスターとは、可愛い可愛い我が子である。我が子に強くなって欲しいと思わない親はいないのだから、プラスが大きいのなら、一にも二にもなくまずやるだろう。


 だから、つまり、プラスは少ない、ということだ。


 ダンジョンには、ボス魔物などを強化したり弱体化したりする仕様がある。

 このダンジョンのような、明らかに階層に見合わない魔物を置いたなら、マイナスの仕様のみがかかるが、普通のダンジョンであれば、基本的にプラスの仕様のみがかかる。


 それは、ステータスが大きく向上し、スキルの及ぼす影響は拡大し、その種族に合わせた種族特性を、ダンジョンモンスター自身が所持していなくても、いくつか使えるようになる。そんなプラスだ。


 それだけのものを受けたなら、きっと、小手先の力を使うよりも、大きな力をガンガン振るった方が、侵入者にとっては脅威である。

 鍛えたい階層のダンジョンモンスターはきっと、これ以上侵入者に突破されたくない防衛ラインだったり、ここで侵入者を倒すのが1番黒字になるラインだったりするんだろう。


 対応できない技よりも、初見で倒せる圧倒的な力、の方が、分かり易く強く、求められる。


 それに、ネームドモンスターは、Lv上げのために侵入者と何度も戦ってるのだから、それだけでもかなり成長はしている。

 改めて鍛える必要はない、と考えるのも当たり前だ。

 だから、ダンジョンモンスターを鍛えているダンジョンは、ほとんど無い。


 ここがやっぱり特殊なんだろう。


 うちじゃあコストは無制限。

 ネームドモンスターはどこにでも行けるし、どこででも会える。


 同じ浴槽に浸かることだってあるし、同じベットで眠ることだってある。

 宴会だって、だからこそ盛り上がるし、ダンジョン外にだって誰でもいつでも行けてしまう。


 再生Pだって使い放題。

 いや使い放題ではないんだけど、それ以上に稼いでくるため、現状そんな感じ。


 生成Pが馬鹿みたいに多いので、再生にも復活にもかかるPは莫大なものだが、稼いでくるPもまた莫大なものだ。

 一体どうやって稼いでいるのか俺は見当もつかない。つけてたまるものか。


 そしてどこの階層で訓練をするかだが、侵入者が誰も来てくれないのだからどこででも良い。

 本当に誰も来ないよ。


 城を空に浮かべて広くなった当初は、まばらにいたのだが、いつの間にかいなくなってしまった。

 ダンジョンコアの波動は、100階層のダンジョンとは比較にならないほど強いので、知性の低い魔物なんかは、吸い寄せられるように入って来るはずなのだが、それ以上の恐怖に押し留められているのか、誰も。


 最後に効率だが。

 まあ、言わずもがなだ。


 100階層ダンジョンでも、生成Pが10000Pを越えていれば、大きなマイナスの仕様を受ける。

 特に干支は、29階層から40階層と低階層で、受けるマイナスは非常に大きい。そうなったなら、やはり鍛えることでしか身に付かない強さが重要になってくる。


 うん。言わずもがな、そんな話では全くない。


 だって反乱するからね。プラスもないけどマイナスもない、本来の力をバンバン扱えますからね。


 だから効率はとてもよろしい。


 ダンジョンモンスター特有の記憶力と、即座に回復する身体、磨耗に強い精神、そして生成する際に使用された、莫大なPによって得た溢れんばかりの才覚。

 それらを持ち合わせた彼女達は、それらを持ち合わせ強くなった先輩達に教わって、誰もが追いつけないほどの速度で強くなって行く。


「うむ、これができれば、相手がLv200だろうが遅れは取らん。30階層程度のステータスのままでも、あるいは倒せるだろう」

 しかしそんなことをしちゃあいけないよ……。


 ダンジョン側が、こんな風にメキメキ強くなって良いのかい?

 そりゃあ、次に起こるのは大規模な戦争だよ。

 とても辛い戦いになるのは間違いない。敗北する可能性だって十分あり得る。


 でもね、それは俺がこう、各階層の構成を考えて、ギミックを生成してなんとかする問題だと思うのよ。

 例えば、弱い侵入者を低階層に送り込んで、強い侵入者でも、苦手な環境に送り込んで、戦力的に倒せないなら、勘違いさせて対応が遅れるよう仕込んでいったり、っていう。ダンジョンってそういうものじゃない。


 なぜ、どんなやつでも倒せるように鍛えているんだ。

 貴女達、30階層の守護者なのに、Lv200を倒せちゃダメじゃん。反乱しないでそれなんだから、反乱したら一体Lv何を倒せるの。


 もうこれ以上強くなってはいけない。

 ローズ、スパルタをやめるんだ。


 そろそろ優しい訓練にするんだ。

 ほら、俺はさっき、この子達の笑顔を守ると誓ったんだ。俺に、誓いを守らせてくれっ。

 君はこのダンジョンで、戦闘の教育が1番上手いんだから、そんなスパルタで訓練してたら、メキメキ強くなっちゃうだろう? 手を抜け、甘くしてくれっ。


「甘いっ。なんだその動きは、それで最強決定戦を勝ち抜けると思っているのかっ? 次同じようなふぬけた動きをすれば本気で入れるぞっ」


 ダメだ。

 0.1%の壁があまりにも高いっ。


 なら、エリン、カノン、ケナン。

 君達が手を抜くんだ。


 サボれ。

 そうすれば、訓練の効率が下がって、強くなる速度は遅くなる。サボるんだっ。

 0.1%の壁を突き破り、この思いよ伝われーっ。


「きゃぁーん、いたぁい。回復しないとー、回復回復ー」

「根性ーっごふ、ごぱっ、ド根――ごぶふっ」

「中々隙があれへんなあ、早く攻撃したいけど、隙がないならしゃあないなあ」


 ダメだ。

 なぜだかカノンだけが、ボコボコにされてるっ。


 エリンとケナンは俺の考えを読み取ってサボり始めたが、ローズのスパルタ加減が変わらないため、真面目でサボらないカノンだけが、ひたすらにボコボコにされている。

 真面目が仇になるとはこのことか。


「今の内に化粧直しとこー」

「根……性……、ドこ――ごはあっ」

「腹減ったなあ、今日の飯はなんやろか」


 なんてこったい。


 カノンがもうボロボロじゃないか。


「やめるんだローズっ。そ、そうだ、そろそろ休憩に、休憩にしようっ」

「おやそうですか? 分かりました主様がそう仰るのなら。エリン、カノン、ケナン、主様の恩情に感謝し、体を休めろ」


「はーい」

「こん……こん……じょ……」

「はーい」


 カノンは虚ろな目で、パンチを空虚に繰り返す。

 何にも当たることのないパンチ、本人もどこに出しているか、分かっていないだろう。そ、そんなボロボロになるまで……、俺が、あんなことを言わなければ、もう少し早く止めてやっていれば……。


「おい、カノン、貴様……。私に返事すら返さないだけでなく、主様が休憩しろと仰った恩情まで無視し訓練を続けるとは、偉くなったものだな。良いだろう、そんなに特訓したいのなら、貴様には特別なメニューを施してやろう」

「やめるんだローズっ。カノンは精一杯やってるよ、ちゃんとやり過ぎてて返せないんだよ、休ませてあげてっ」

 俺は、カノンへと一歩歩き出したローズを、必死に止める。


 これ以上、カノンをひどい目にあわせるわけにはいかない。

 誓ったのだ、笑顔を守ると。今、俺のせいで笑顔がいる現状すら許せないのに、これ以上奪わせてなるものかっ。


「なるほど、そうでしたか、ちゃんとやり過ぎてああなったのですね。流石は主様、慧眼です」

 すると、俺の必死さが伝わったのか、ローズは足を止めた。

 よ、良かった。

「しかしそうなりますと、つまり、返事をする余裕のある者は、サボっている、と」

「え?」


 ローズはそう言って振り返り、エリンとケナンを見た。


「……」

「こん……じょ……」

「……」

 エリンとケナンの目が、こちらを見ている。

 まるで非難するように。


 ああ、誰かのせいで殺される人は、その誰かをこんな風に見るのね。


 俺はまた地獄を、地獄を作りだしてしまうというのか。


 ……。

 ……。

 ……。


「待つんだローズ。……そう、お願いがあるんだ。お願いが」

「お願いですか? なんでしょう、主様の頼みとあれば火の中海の中」


「訓練は一時中止だ」

「訓練をですか? 主様のお願いとあらば、仰る通りに致しますが、それですと、強くなるのが遅れてしまいますね。ワクワク」


 ワクワクが早いなあ……。


「ああ。だから、その代わりに3人を連れて……」


「代わりに? ワクワク」

「ドキドキ」

「こん……じょう……」

「ワクワク」


「Pを……、ダンジョン外で……、稼いできて、くれないか? 俺の取り分は1%で良いから」


「かしこまりましたっ。主様の仰せのままに」

「分かったわ。頑張りまーす、はい、回復」

「――はっ。ふむふむ、状況は理解しました。根性見せて頑張りますっ」

「いやあ、楽しい狩りの始まりやな」


「ううう、うううう」

 涙が止まらない。俺はダンジョンマスターとして、既に極悪に染まっている。まさに悪逆非道のダンジョンマスター。


 でもこれで良いんだ。

 可愛いこの子達を、あの地獄から救いだせたのなら、俺はそれだけで……。


 ……地獄に放り込んだのも俺だけど。


「それでは主様、行って参ります」

「うん、行ってらっしゃい」


「では行くぞ。しかしエリンにケナンよ、サボるなら、もっと上手くやらねばな。主様から伝わるとは言え、私達に見つからなければ注意しないがルールなのだから、もっと活用法を見出せ。それも練習だぞ」

「そうなんですよねえ、意外と難しくて。カノンちゃんが熱烈過ぎるから目立つのよねえ」

「器用ではないから仕方ない。しかし、あれもあれで愚直な分、精神は休まるぞ。今回のように、王様からストップも貰える」

「ウチらは実力やなくて、演技とか心理で勝負する部分もでかいからな。まあ今回のは成功って、言ってええやろ」


「主様は鈍感だからな、伝えるなら確かに、今回のようなストレートな演技が求められるとは思うが、それをもう一方に隠せてこその演技派だぞ」

「次は頑張りまーす。それより何倒しに行きます?」

「心理面で戦うアタシ達のこれからを思うなら、やっぱり知能と理性のある相手か?」

「吸血鬼……とかか? 確かあっちの方に城があったような」


「吸血鬼か。貴様もゴマ擦りが上手いものだ、良いだろう、乗ってやろう。ただし判定は厳しくいくぞ。先ほどの演技で騙せるのは、主様くらいだからな」

「もうちょっと狡猾にやりますか」

「エリンとケナンの得意分野だな」

「聞き捨てならんなあ。ウチは純真無垢やで?」


 4人は旅立つ。

 このダンジョンではないどこかへ。


 俺はそれを涙ながらに見送った。

 なぜ泣いているのかって? 簡単さ。


 あの、俺を想う余りに、愚直で暴走気味だったローズが、あんなにも立派に育ったからさ。

 後輩ができたことでああまで変わるとは、誰が予想していただろう。俺に演技をして、後輩にも勧めて、あんなことができるようになるだなんて……、俺は感動した。


 だから泣いているんだ。


 そうだよな? 玉座?


 俺は物言わぬ玉座に向かって頷き、そして、一生懸命玉座の間まで運んだ。


 Pがないと、転送することもできやしないから。

お読み頂きありがとうございます。


感想も頂きまして、本当にありがとうございます。励みになりました。

これからも一層頑張ります。また、感想はいつでも欲しがっておりますので、気が向きましたらよろしくお願い致します。


しかし、どうも今週1週間は更新が無理そうです。

また来週更新致します。

頑張ります。すみません。

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