第58話 スノ、ソヴレーノ、タキノに……タキノ?タキノは?タキノーっ。
ダンジョンあるあるその21
イケイケな弱者こそがダンジョンブレイカー。
方法で成功と失敗が完全に決まるのではなく、確率を増減するだけな以上、最悪な方法でも成功する者は出る。そして大抵の場合その方法が最も取りやすい。侵入者全体に悪影響が出てダンジョンの経営が破綻してしまうこと。
「やっと治まったかい? 眠気と発作は」
「目が覚めた気分だよ」
「目が覚めた気分です」
「文字通りね。なんにしろ良かった、それじゃあ皆のところに行こうか。自己紹介を改めてする必要はないけど、もっとよく知りたいからね」
「そう。頑張って。……ぐぅ、すぅ」
「もう寝てるっ。やっぱり凄い技ですっ、教えて下さいっ、それ教えて下さいっ」
「目が覚めたんじゃなかったのかいっ? もうボクは助けないからねっ。……。……。……ああ首が、ほら、早く起きてっ君もやめるんだっ」
「あああああああー」
「うりゃあああああー」
いつもと同じ毎日が、今日も続くと誰もが思っている。
一挙手一投足全てが日々同じであることなどないというのに、誰もが昨日と同じ今日が来ると、今日と同じ明日が来ると思っている。
しかし日常とは、非日常があるからこそ存在するのだ。
ゆえに昨日という日は2度と来ず、今日何が起こるのかを知ることはできず、明日が来るのかどうかすら分からない。
「全くじゃ、ではの。今生の別れじゃ」
「後生を、恩赦を、賜ることはできないでしょうかっ。タンバリンとマラカスも用意しましたんでっ」
コーリー、サハリー、シェリー。
凶弾からの盾となった俺のことは忘れないでくれ。
「ふう死ぬかと思った」
巧みな交渉術により、生きる、というその3文字だけを守り通した俺は、新たな仲間である干支の10体目から12体目の生成に入る。
子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥、酉戌亥。
とうとう最終組にさしかかった干支階層。
侵入者はさぞ多くのことを学んだだろう。
1階層目、子では、逃げる敵を捕まえる術を、逃げる敵が行う反撃を食らわないように立ち回る術を学んだ。
2階層目、丑では、トラップを回避する術を、強固な敵を崩す術や身動きできない状態での襲撃を回避する術を学んだ。
3階層目、寅では、戦術を、戦術で上回られている場合でも戦える術を学んだ。
4階層目、卯では、道に迷わない方法を、はぐれても対処し仲間と合流できる方法を手に入れた。
5階層目、辰では、進む勇気を、退く勇気を手に入れた。
6階層目、巳では、裏切らない心を、信じる心を手に入れた。
7階層目、午では、自然と戦う力を、混乱を乗り切る力を身につけた。
8階層目、未では、生物の淘汰に抗う力を、進化に打ち勝つ力を身につけた。
9階層目、申では、知識や経験を活かす力を、限界を打ち破る力を身に付けた。
ダンジョンと共に生きていく者として、そしてさらなる高階層へ挑む者として、侵入者達は必要なものを全てを手に入れた。
ならばここから行う試練は、侵入者に学びとらせるためでも、経験を植え付けるためでも、力を身につけさせるためでもない。
間引くための試練だ。
「まずはトリ、酉」
干支の中でも10番目に位置する38階層の守護者。
個性は、歓待。そして哀悼。
だから侵入者に課される試練は当然、歓待を断ち切ることと、死者への未練を断ち切ること。
こんな厳しい世界で欲望を持たない者など存在しない、そして大切な人を失っていない者など存在しない。
38階層守護者に戦いを挑めるようになれば、きっとどんな時でも剣を握っていられるようになるだろう。
10番目に相応しい試練さ。
『 ハイチャーミングチキン
ユニーク
性別:女性 ・・・0P
造形:亜人型 年齢二十歳 何でも話しやすい 自在変化 ・・・1300P
性格:楽しいことが好きで派手好き 器大きく面倒見が良い 世話好きで人といることが苦にならない 友達多い 慕われる ・・・550P
特徴:12人の使徒 12の功業 十二単十層目 幻想の担い手 お香 歓待上手 慕情の守人 死者との邂逅 計れぬ器 名誉女将 日入強化 ランダム魔眼 ・・・4000P
適性:短剣術 幻影魔法 結界魔法 支配耐性 疲労耐性 思考 学習 礼儀 交渉 説得 料理 歌唱 HP吸収 MP吸収 ・・・2750P
能力値:全能力成長率上昇 ・・・1800P 』
合計11000P。
歓待は、ダンジョンに入って金を稼いで強くなり潤った生活を送りたいと思っている者の足を止める。当然だ、夢を叶えたのだから。
その目的が悪いとは言わない、しかしそれでは欲望が足りない。圧倒的に。もっと大きな欲望が、いや野望がなければこのダンジョンの最終階層まで来ることなど到底不可能だ。
哀悼は、目的の全てを過去へ置いてきてしまった者の、最早叶わぬところにしか願いがない者の足を止める。当然だ、もう進む必要等ないのだから。
実際死者と再会するだなんてことは現在ダンジョンにある全権能を用いても不可能であり、全ては幻想の中の話である。しかしそれが本人の求めるものならどうやって否定できるだろうか、自らの手で壊すことができるだろうか、2度も殺すことができるのだろうか。
本人にその意識がなくとも死に場所を求めてダンジョンにやってくる者は非常に多い。そんな者もまた最終階層まで来ることは不可能だ。
それが間引き1段階目。
「次はイヌ、戌」
干支の中でも11番目に位置する39階層の守護者。
個性は、1対1といたぶり。
潤いのある生活以上の欲望があり願いを未来に持っているのなら、今度は己が本質と実力を問いましょう。もしここまでオンブにダッコでやってきたのなら、生きる事など絶対に不可能、そんな試練。
弱者を集中的に狙い強制的に1対1へと持ち込み必要以上にいたぶるここでは、精神力も鍛えられる。鍛えなければそのまま死ぬだけなのだから。
39階層守護者との戦いに耐えられるようになれば、きっとこれからもパーティーの一員としてもやっていけるようになるだろう。
11番目に相応しい試練さ。
『 ソードハイドック
ユニーク
性別:女性 ・・・0P
造形:亜人型 年齢二十歳 厳しく強面 自在変化 ・・・1300P
性格:現実主義で普段は冷たい 冷酷な表とは裏腹に内面は優しく熱く面倒見が良い 頑張るやつは嫌いじゃない 頑張らないやつでも案外見捨てない ・・・550P
特徴:12人の使徒 12の功業 十二単十一層目 教育者 育成者 仕分け人 刀匠 決闘 限界の先を見届けし者 強さと弱さを知る スパルタ 黄昏強化 ランダム魔眼 ・・・4000P
適性:魔力操作 土魔法 回復魔法 毒耐性 思考 学習 教授 教育 脅迫 手加減 HP吸収 MP吸収 ・・・2750P
能力値:全能力成長率上昇 ・・・1800P 』
11000P。
侵入者は基本的に何名かのパーティーを組んでやってくる。6人とか7人とか。パーティー人数を増やすと相対するボス魔物の能力等が上昇したりはするが、低階層の内は微々たるものだ。
そのため1人足手まといがいたとしても問題なく攻略していける。この干支階層も同様であり、成長のための試練を、などと謳っていても周囲にカバーされ続けたなら試練は与えられない。
だからこそそんな甘っちょろいやつはここで刀の錆となる。
甘え続け成長できず弱いままなツケを払わせるのだ。
頑張るという気概があり、見込みがあるのなら大丈夫。いたぶりも含めたスパルタ教育はきっと今までの試練分成長させてくれることだろう。
しかしそこでも仲間に甘えてしまうのなら見込みはなく、どうなるかは語るまでもない。
それが間引き2段階目。
「次はイノシシ、亥」
干支の中でも最後に位置する10の倍数のボスでもある40階層の守護者。
個性はタフ。&復活。
守護者はとにかく丈夫で、とにかく復活する。侵入者達は間引きに耐え、これから夢のような未来を掴むのだろう、それこそ栄光と呼べる程の。けれど果たしてそれは簡単に届きうるだろうか。
そんなことは絶対にない。
だからこそ、最も必要な物を持っているのかここで確かめる。それは……、諦めない心だ。
40階層守護者と戦い続けることができるようになれば、きっとどんな未来にも手が届くようになるだろう。
12番目という最後に相応しい試練さ。
『 リバイブボア
ユニーク
性別:女性 ・・・0P
造形:亜人型 年齢二十歳 はじけている 自在変化 ・・・1300P
性格:礼儀正しく聞き上手 気配り上手い ドM 誰からも好かれるが裏表激しい 表の性格はドM 裏の性格はドM ・・・550P
特徴:12人の使徒 12の功業 十二単十二層目 再生力 復活力 生命力 蘇生力 捕獲不可能 懐柔不可能 面倒臭い 快感変換 人定強化 ランダム魔眼 ・・・4000P
適性:棒術 魔力操作 木魔法 打撃耐性 思考 学習 医療 HP吸収 MP吸収 ・・・2750P
能力値:全能力成長率上昇 ・・・1800P 』
11000P。
……まああのー、あれだよ。攻撃食らいまくるからそういう気質はあった方が良いでしょうね。
攻撃すればするほど喜ぶような変た……、変わり者相手に戦意を失わず倒しきることが果たしてできるのか。
それが間引き3段階目。
これが干支階層、12の全ての守護者達だ。
「ふむふむ、良い生成でしたわい」
「お、最後の組も完成か。長かったな」
俺がしみじみ頷いていると、ユキがやってきた。
「1人目は若女将か。宴会が随分捗りそうだな、酌もいつでもしてくれるだろうし」
「おやめなさい、この子にだって宴会を楽しむ権利はあるのよ」
「2人目は刀使いか。ソードハイドックは元から刀術スキル持ちだものな、いやあ楽しみだ。ワタシの弟子一号だからな、スパルタでいかねば」
「おやめなさい、この子にだって職業選択の自由はあるのよ」
「3人目は変態か。ちっ」
「ごめんなさい」
そこに関しては何も言えねえ。
『これで生成を開始します。よろしいですか?』
「よし、では生せ――」
「生成だっ」
「こらっ。生成だっ」
淡い桃色の靄、濃いグレーの靄、焦げ茶色にも見える赤茶の靄。どれも毛っぽい3種類の靄が現れ、そして消えて行く。
中からは予想通り3人の美女が現れた。
「名前は、酉の君がスノ、戌の君がソヴレーノ、亥の君がタキノ」
「スノですね。良い名前をありがとうございます。今後の宴会業務は全てお任せ下さい」
お色気タップリの淡い桃色髪の美女、スノ。まだ若いだろうに貫禄タップリの美人女将スノは、なんともまあ頼もしく嬉しいことを言ってくれる。
ただその際に予算の相談はあるのだろうか……。
「ソヴレーノですか。良い響きの名をありがとうございます。必ずや王様の力になることをお誓いします」
淡々と頭を下げる灰色髪の美女、ソヴレーノ。若さも多く感じさせるが武士のような美人侍ソヴレーノは、この濃い面々の中では普通に見えてとても安心する。
こんな子を俺は地獄に送ってしまったのか……。
「タキノちゃんでーっす。可愛い名前ありがとうございます王様っ。つきましてはちょっとぶって頂きたいのですがよろしいでしょうか? さあさあ遠慮なさらず」
頭に大きなリボンをつけた茶髪の美女、タキノ。若くあどけなさ抜けないアイドルのような美人芸能人タキノは、キャラが一等濃く、そして壊れている。
「さあさあ、イノシシめ家畜になってブタに、いやメスブタになっちまえと言いながら。さあさあ」
徐々に迫ってくるタキノ。
目を逸らしても逸らしても顔を覗きこむように。どこを見ても目を見開いたタキノが追いかけてくる。
怖い、近い、そして怖い。俺はなんてやつをこの世に解き放ってしまったんだ……。
助けを求めて視線を彷徨わせるが、なぜだろう、誰とも全く合わない。
そして狂気にさらされている俺の横で、平和な挨拶が始まった。
「ユキ先輩よろしくお願いします。宴会の進行やイベントなどで手一杯の時もありますが、時間が許す限りはお酌させて頂きますね。ただ注ぐお酒はあたしの気分ですよ」
「仕方ないなあ、それでも良いよ、よろしく頼む」
「はい、もちろん」
なんて落ち着いているんだ、タキノと代わってくれないかスノ。
スノは酉なのでニワトリ系等の種族で生成しているが、トサカはなく、翼もない。人間と同じ見た目。
もちろん鳥肌でもなく、スベスベで毛穴1つ認識できない綺麗で健康的な肌。若干色黒かな?
髪色はピンクと突飛な色合いであるものの、ピンクの中では淡い色合いで、ウェーブがかった長い髪を後ろで括り綺麗に収めていることから落ち着いた大人にも見える。
体型や格好もそれを手伝っているのだろう。
凹凸激しくグラマラスな体型は大人を、身体のラインを隠すようなウール地の細いながらもゆったりとしたパンツと白色の割烹着は落着きを、それぞれ演出する。どこか郷愁を感じる姿だ。
俺に故郷ないけど。
というかなぜ割烹着? 若女将と言うよりも寮母さんの雰囲気が漂う。
『 名前:スノ
種別:ネームドモンスター
種族:ハイチャーミングチキン
性別:女
人間換算年齢:20
Lv:0
人間換算ステータスLv:104
職業:第十の鎖の番人
称号:拒絶不能の若女将
固有能力:理想の桃源郷 ・対象にとって最も良い環境を作り出す。領域内の全耐性を減少させ、無効化耐性を無効化する。
:真実の幻想 ・幻や幻影による支配に補正。
:日入の歓待 ・17時から19時の間、全ての行動に対し補正が入る。
:鳥化 ・鳥の姿になることができる。飛ぶことはあまりできない。
:陽炎の魔眼 ・右、周囲に幻を作りだす。
種族特性:美しき体 ・見た者のステータス、攻撃系、耐性系スキルを減少させる。
:美しき声 ・聞いた者のステータス、攻撃系、耐性系スキルを減少させる。
:鶏の羽 ・思いのほか飛ぶことができる。
特殊技能:マインドドレイン ・気力を干渉するたびに吸収できる。
:ハートプロテクト ・精神系の干渉を防御する。
:ネゴシエイト ・交渉事を有利に運ぶことができる。
:パーフェクトプランナー ・理想空間を作り上げる。
存在コスト:1800
再生P:11000P 』
11000P。
髪と同じピンクの左目と、紫の右目。
はにかんだ笑みは底抜けに明るいようでいて、頼りがいのあるような、何もかもを受け入れてくれるような度量を持つ。
「早速だが一杯」
「ただいまお持ち致しますね」
おちょこを差し出すユキと、それに白く濁った酒を注ぐスノ。
クイっと飲み頬を染めるユキも、よどみない動きで誰にも気を使わせず注ぐスノも、共に美しい。……美しいが、俺を救ってはくれない。
「さあさあ、顔面を殴るだけで良いんですよ? お腹の方が良いですか? あ、踏むほうが? どれでも歓迎ですよ王様っ、さあその歪んだ性癖を思う存分ぶつけて下さいっ」
「いや歪んでないです……。普通です……」
「ユキ先輩、ソヴレーノです。同じ刀を使う者同士語らうことも多々ありましょう、どうぞ懇意にして頂けると幸いです」
「そう固くなるなよ。ワタシ達は師弟だろう? これからは同じ屋根の下、同じ釜の飯を食べ、共に鍛錬する。ソヴレーノにはワタシの技全てを教えよう。ふっふっふ、さあ飲め飲め。スノーおちょこもう1個ー」
「こ、光栄です。はは」
なんとなくパワハラの気配がする。タキノと代えてあげたいくらいだソヴレーノ。
ソヴレーノは戌なのでイヌ系等の種族で生成している。狼はいるが犬はいなかったので丁度良かった。ソヴレーノの頭にはピョコンと立ち上がった犬耳があり、お尻近辺には毛束の尻尾がある。
しかしあとは犬歯が口を開けた時に見えるくらいで、犬っぽいところはない。
性格はどうなんだろう、愛想笑いしてお酒飲んでるから従順なんだろうか。凄く愛想笑いだ。
髪色は灰色で、後ろ髪全てを一束にまとめ前へと持ってくる髪型。丁度右耳の下辺りで結ばれた髪は、そのまま右胸辺りまで流れるように垂れている。
前髪もそれに合わせて右側だけ長いものの七三のように分けているので、おでこは大半が見えている状態。
身長は高いわけでないが、体型はスラリと細身で小顔とスタイル抜群。少女らしさの残る顔立ちとキリリと厳しい大人らしさが混じりあった、どちらともとれる微妙なお年頃の顔。
『 名前:ソヴレーノ
種別:ネームドモンスター
種族:ソードハイドック
性別:女
人間換算年齢:20
Lv:0
人間換算ステータス:112
職業:第十一の鎖の番人
称号:不正不能の侍大将
固有能力:懸命の育成 ・ステータス、スキル上昇。教育時さらに上昇。
:刀鬼 ・刀を装備時ステータス、スキル上昇。
:黄昏の成長 ・19時から21時の間、全ての行動に対し補正が入る。
:犬化 ・犬の姿になることができる。
:影縫の魔眼 ・左、周囲の対象の動作を止めることができる。
種族特性:犬社会 ・自分より下の者を服従させる。
:遠吠え ・自身と味方のステータス上昇。
:刃の毛 ・触れた者をみな傷つける。
特殊技能:マインドドレイン ・気力を干渉するたびに吸収できる。
:デスシュチュエーション ・対象を身体的精神的に追い込む。
:ストライクバック ・殺さずに仕留めることができる。
:ティーチャーコーチ ・教え導くことができる。
存在コスト:1800
再生P:11000P 』
合計11000P。
髪と同じ灰色の右の瞳と、漆黒の左の瞳。
口元だけのはにかみはまさに苦笑い。しかし断ることなどできるはずもなく、ソヴレーノはおちょこに口をつけた。
「良い飲みっぷりじゃないか。流石はワタシの弟子だ、もっと飲め飲め」
「あ、ありがたく頂戴致します」
おちょこが空になると、そこにはすぐさまとっくりから酒が注がれる。ユキ手づから注がれた酒を残すことなどあってはならないとでも言うように、ソヴレーノはいただきますと言って再び口をつける。
あまり強くないのだろうか、既にソヴレーノの顔は赤くなってしまっている。助けてやりたい。けれど助けにはいけない。
「さあさあさあさあ」
「やめて下さい……、やめてぇ……」
「放置プレイですかあ。いつまで経っても殴ってくれないなんて……、興奮しますね。でも殴って貰いたいっ、というわけでユキせんぱーい、殴ってくださ――ぶべらあああ」
「寄るな変態」
「……ぐ、ぅ、ぐが、ぅ、流石に、これは……痛すぎ……あ、でもなんだか、気持ち良く……ガク――」
良かった、変態の危機は去ったようだ。
ユキの元へ走りだしそして吹き飛んだタキノは、亥なのでイノシシ系等の種族で生成している。とは言えタキノの見た目はブタっ鼻でもないし、牙もなく太ってもいないためイノシシ的な特徴は耳のみ。
そして、……あれ?
タキノどこ行った? 今は紹介の時間なんだが。
髪色とか髪型とか服装とか、実物を目にしていないと説明し辛いのにいなくなってしまった。気の効かないやつだ。
しかし、さっきそこにカランコロンと転がった魔石は一体何だ? ドロップアイテムもある。
誰かが死んだ振り用に使う小道具を落したのかな? あれはやめてと言ったのに効果的だからと誰も彼もが使うようになってしまった。嘆かわしいことだよ全く。
「持ち主に注意しなきゃな。えーっとこのドロップアイテムの形状からして、イノシシ系等の魔物の牙か」
イノシシと言えばタキノ。つまりこれはタキノの物。
早速やってくれちゃって本当に。しかし上手いじゃないか、はっはっは。
……。
……。
『 名前:タキノ
種別:ネームドモンスター
種族:リバイブボア
性別:女
人間換算年齢:20
Lv:0
人間換算ステータス:113
職業:第十二の鎖の番人
称号:討伐不能の不死者
固有能力:灰からの蘇生 ・確実に死ぬような、死んでいるような状態からでも蘇ることができる。
:縛られぬ被虐者 ・抵抗不能の状態に陥らない。
:人定の復活 ・21時から23時の間、全ての行動に対し補正が入る。
:猪化 ・猪の姿になることができる。
:偶像の魔眼 ・左右、自身に集中する視線を熱狂に変える。
種族特性:再生力 ・欠損とHP減少を回復する。
:堅牢な毛皮 ・物理攻撃のダメージを減少する。
:猪突猛進 ・直線は速いが急には止まれず曲がれない。
特殊技能:マインドドレイン ・気力を干渉するたびに吸収できる。
:フォートレスコート ・広範囲の地面から木を生やし操る。
:ボディドクター ・身体系の医療効果を発揮することができる。
存在コスト:1800
再生P:11000P 死亡 』
タキノーっ。
「さあ、ソヴレーノ。ワタシとの師弟生活はまだまだ始まったばかりだぞ、飲め飲め」
「いただき――うぷ、い、いただきます……」
ソヴレーノーっ。
「スノっ、おかわりだーっ」
「はいはいただいま。ソヴレーノこれお水、合間に飲んでね、それからタキノ、短い付き合いだったけど楽しかったよ。これお供え物」
スノーっ。
いそいそと酒を補充し注ぎに回るスノに、次々と補充される酒を一生懸命に飲むソヴレーノ。
そして遠いお星の彼方になってしまったタキノ。
今は添えられた花束と、小さな写真だけがタキノの存在した証明だ。
赤茶の髪は肩に触れるか触れないかの先端だけが焦げ茶色。
アイドルのような服装と可愛らしい顔立ちから清楚さや純情さ、そして天真爛漫な明るさが見てとれる。しかしやつは真性の変態だ。
縁の赤いスクエアタイプのメガネは何も知らなければ可愛らしさを追加するアイテムだが、今となっては変態加減を助長するアイテムにしか思えない。
メガネの奥にある焦げ茶色の瞳は、常にハート型の光のリングを映し出し、変態性を際立たせていた。
恐ろしい……、目を瞑れば今もハッキリとあの目が思い返される。
トラウマになるよ。
「タキノちゃんふっかーつっ」
そしてそのトラウマは早くも蘇ってきた。
「おかえりタキノ」
「くふふふ、王様っ。ダンジョンマスターやPの意味が分からない馬鹿という勲章による、月に1度の自力即時復活を使わせて頂きましたよっ。この宴会でタキノちゃんにはまだまだするべきことがたくさんあるのにゃーっ」
「あるのにゃーて」
イノシシなのに語尾ににゃーをつけ、イノシシなのに手をワキワキと動かすタキノ。
相変わらず目も言動もいかれてやがる。
「まあ、ほどほどにね」
関わりたくない俺はそれだけを短く伝えて玉座に腰かける。
どうかこっちに来ませんようにと祈りながら。
「くふふふ、王様、見ますか? タキノちゃんがどこにウール地の衣類を着ているか。腹巻を見ますか?」
「結構です、結構ですんで」
「はあ、相変わらず王様は放置プレイが好きですねえ」
「いや好きじゃないです」
「でももうそれだけじゃ満足できないっ。だからタキノちゃんの今の興味は、あちらっ」
タキノが勢いよく指差したのは、肩を組まれ酒を延々と注がれるソヴレーノ、ではなく肩を組み寄りかかるユキ。
「さっきはせっかく殴って貰ったのに快感を得られないという、Mとしてふがいない結果に終わりましたが、タキノちゃんなら次は行けるっ。もう一度ユキ先輩にリトラーイなのにゃー」
「なのにゃーて」
ツッコミを入れながらも俺はタキノが来ないことにホッとする。
……ただ貴女死んだらまた復活Pがかかるのよ。君らへのお小遣いも君の復活Pもダンジョン強化費から出るんだからさ。もう足りないんじゃないの? え、本当に足りないんじゃないの?
えーっと生成Pは大体65%にまで割引できるけどお小遣いは丸ままだから、合計生成Pとお小遣いを別個に考えて、残るダンジョンモンスターのメイド2体分が余ってれば良いんだよな。
余りを借金返済に充てることは適わなくなるけど、最悪それでもオッケーとして。
生成Pは、ティアとホリィとミロクに14000Pずつ、ククリリトトナナミに12000Pずつ、アリスイーファスヴェルティスエリンカノンケナンコーリーサハリーシェリースノソヴレーノタキノに11000Pずつ。
計22万2000P。
これの65%だから、14万4300P。
お小遣いは、ティアとホリィとミロクに5000Pずつ、ククリリトトナナミに3000Pずつ、アリスイーファスヴェルティスエリンカノンケナンコーリーサハリーシェリースノソヴレーノタキノに2000Pずつ。
計5万1000P。
合計すると19万5300P。
ただ食い物飲み物だとかロッキングチェアーだとか、色々な物を追加で生成しているので実際はもうちょっと減った。
20万Pちょっとくらいかな?
そしてそこにタキノの復活に使用した11000Pが乗っかる。とは言っても再生Pにだって結構な割引効果を授かっているので7割くらいにはなっているはず。
俺は3万Pずつ7人に借りたので元々持っていたPは21万P。そこから使用したPを引くとー。
「残り112Pっ。……112Pっ?」
絶対生成できんやんけっ。
……また誰かに借りるのか?
「さあさあ飲め飲め」
こんな、現在進行形でパワハラの権化みたいになっている悪魔に借りるのか?
「むむ? 勇者としての直感が働いたぞ。どこかで困っている者がいる、助けを求める者がいる、そう金に困ってるやつがいる」
勇者は金貸しのことじゃないよっ。
そして本当に困っているやつは君の隣にいる人だよ。
ロックオーンじゃないんだよ、俺を指を差すんじゃありません。
「はいはーい。タキノちゃん困ってまーす、だからユキせんぱーい殴ってー蹴ってー罵ってー」
「やめろっ、やめるんだタキノーっ。もうこれ以上の復活は無理だぞっ、俺の借金が嵩むだけだあっ」
俺の叫びが玉座の間に響く。
くそう、誰か、誰か。そうだ、スノ、助けてくれっ。
「大丈夫です、死んで復活できなくてもあたしがみんなに合わせてあげます」
スノーっ。
ソヴレーノ、なんとかしてくれっ。
「これは師匠からの酒、師匠からの酒……うぷぅ」
ソヴレーノーっ。
「なぐ――っ、あ、あれ? 足が、動かない」
タキ――、え?
「体が、震える?」
……。
「はあ、はあ、息も上手く吸えない。でも興奮してじゃない」
……。
「むしろ全然興奮してこない。何も」
……。
「どうして、殴って貰えるんだから嬉しいはずなのに……」
……。
「ああ、駄目……、体が動かない。そっか、これが……、恐怖」
トラウマになってんじゃねえか。タキノーっ。
「なんだタキノ、この変態め。どうやらもう一度殺されたいようだな」
「ち、違うんですユキ先輩、殺さないで……」
「問答無用っ」
「た、助けて。王様っ、王様ぁ」
……。
「そこまでだ、ユキっ」
俺はユキとタキノの間に割って入った。
「なんだ? 魔王」
ユキの俺を見る目は、ひどく冷たい。……なんだか懐かしい気持ちになるよ。
それは、まさに俺達が初めて邂逅したあの時のよう。
「ふっ、貴様とももう長い付き――」
「貴様?」
「ユキとももう長い付き合いになるが、そう言えばまだ初めて出会ったときの決着をつけていなかったな」
「……ほう」
「ダンジョンマスターと勇者。所詮は相容れられぬ仇敵同士よ、今ここであの時の決着をつけようじゃないかっ」
「良い度胸だ」
「さああ来いっ勇者よ。俺に挑むということがどれほど恐ろしいのか、そんなことすらも分からぬ蒙昧なる者よ。己が無知を、弱さを、運命をっ、煉獄の狭間で永久に悔いるが良――べはあああっ」
殴り飛ばされた俺はこう思った。
このダンジョンヤバイやつしかいないじゃんっ。
あとP貸して下さいっ。
年を明けてから更新が2~4日とバラついております。
この章も残り2話となりましたが、しかしこれから先も更新頻度はバラつくと思われます。
面倒と思われる方も多いでしょう、大変申し訳ございません。




