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第53話 ミロクに5000P。

ダンジョンあるあるその16

コレクターによる無限周回。

アイテム類を考えるのが面倒になり色違いなどで置いてしまうと、必ず全て揃えたがる者に何度も何度も周回され相当な出費になってしまうこと。

 ローズやキキョウ、ニルを生成してからは200日ほど。

 ユキが加わってからは110日ほどになる今日、ダンジョンに新たな仲間が加わった。


 1人目はサキュバスクイーンのティア。

 2人目はダイヤモンドガーゴイルのホリィ。


 14000Pという莫大なPが注ぎ込まれた彼女達は、このダンジョンの有り様を、そしてダンジョンマスターの立場を変えるという願いを一身に受け生成されている。

 しかし――。


「こんな美味しいものわらわが食べるわけには、わらわが……ああああ美味しいー。いくらでも入っちゃうっ、鬱になっちゃうーっ」

「んーどんなドレスが良いのか悩みますわ。あれも欲しいこれも欲しい。もうダンジョン外へ出て稼いでこようかしら」


 何も変わらなかった。

 7人から9人になっただけだ。

 むしろ悪化していると見て間違いない。


 頼られると頑張る子、純粋素直な子であるはずなのに彼女達は既に虐殺を考えている。それも門番であるはずなのに門を離れた虐殺の旅を。


 一体どういうことなんだ。

 あと鬱になっちゃうってなんだ。お前は鬱だろ。

 どうしてこう、濃いのしかいないのか。どうすればもう少し薄い子が生成できるのか。俺に胃に優しい子をくれよ。


 一心不乱なのか乱心しているのか分からないがよく食べるティアと、目移りしながら食事や服装を考えるホリィ。

 俺は目頭を押さえた後、再び生成リストを出した。


 今度こそ。


 次は49階層と50階層の守護者、五獣。

 玄武、白虎、朱雀、青龍、それぞれが49階層の各方角の守護者で、麒麟が50階層エレベーターの守護者。


 まず生成するのは、五獣のトップであり地上最後のボスである麒麟から。


 ただ麒麟は生成リストにない種族なので、似ているキリン、つまりはジラフ系等の種族に造形や特徴を付けて寄せるなんちゃって麒麟である。

 正直無理矢理感は否めないと思う。

 それに麒麟へと寄せる分、生成Pは多く取られ、これまでのように何でもできる最強を生成することができないかもしれない。


 しかし、それで良い。

 それで全く構わない。


 なぜなら麒麟に求めるのはたった2つ。

 あれもこれもと付け足すことなどせず、麒麟に寄せる以外に使えるPの全てをその2つに集約する。


 1つ目は純粋な強さ。


 50階層のエレベーターは、ダンジョンにおいて最も単純な戦いが巻き起こる決戦場。直径130mのただの円上では、特異な能力や策略など意味を成さない。

 考えている暇などない、瞬きする暇などない。血と汗を滲ませ獲得した力のみがその瞬間を生きながらえさせるのだ。


 ゆえに純粋な強さが求められる。

 特に四獣に干支と、様々な環境を体験してきた侵入者達は、それを越える過酷な環境を想定して50階層に挑む。準備は周到に行われているはずで、生半可な特殊さなど意にも介さない。

 だからこそ単純さが侵入者の予測を裏切り、尚且つ最終階層に相応しいと納得させる。そして風格が滲み出るというわけだ。


 2つ目は純粋な優しさ。


 相変わらずこのダンジョンでは、俺の威厳が全く仕事をしていない。ダンジョンモンスターのアクも強過ぎる。胃のもたれない日は未だかつて訪れたことがない。

 そんな日々に一筋の優しさ、労わり、包容力。涙と胃痛を滲ませ獲得した力のみがその瞬間を生きながらえさせるのだ。


 ゆえに純粋な優しさが求められる。

 特に地上最後の守護者と、地上組のダンジョンモンスター達を取りまとめる役割を持つ。1階層の前に追加していく自然型ダンジョンの性質上、以後生成されるダンジョンモンスターは全て地上組であるから、麒麟はトップに君臨し続ける。

 だからその姿を見習うかもしれない、手本にするかもしれない。そして地上全てが優しさに包まれるかもしれない。


 今まではあれもこれもと欲張り、結果自らの首を締め、未来を閉ざした。一寸先は闇、そんな言葉が似合う生き方をしてしまっている。

 だがそれももう終わりにしよう、ここを分岐点にするのだ。

 悪逆非道へと突き進むこのレールを切り替え、連綿と続くダンジョンマスター生活を、尊敬され幸せに過ごせるダンジョンマスター生活に。

 そう、俺は人間種族のダンジョンマスター、学習することこそ我が力。改めてそれを教えてやろうっ。


「ふふふ、はははは、あーっはっはっは」

 かかっているDVDの邪魔にならない音量で、俺は全能感を味わう。

「良いから早く生成しろよマスター。よっと」

 すると、横からそんなことを言われた。全く誰のせいでこんな小芝居をしなきゃならなくなっていると思うんだ。

 声の主であり、犯人でもあるマキナは、そのまま王座の肘掛けにお尻を乗せる。


「マキナよ、ここは玉座だぞ。勝手に座って良い場所だと思っているのか? あと肘掛けに座るのは行儀悪いからおやめなさい」

「うるせえなあ。よっと」


「マキナよ、俺はダンジョンマスターだぞ。うるせえとか言って良い相手だと思っているのか? あと人の頭を肘掛けに使うのはひどいからおやめなさい」

「まあまあドンマイドンマイ」


 玉座の幅の広い肘掛けに座り、足を組み、寄りかかるように俺へと体重を預けるマキナ。

 同じ高さに座っていれば肩に頭を置く可愛らしい感じになるのだろうが、肘掛けに座っている分高さが違う。結果としてマキナは俺の頭に肘を置き、頬杖をつく。ビールを飲み、ぷはー、と言っているその姿と行為には、可愛らしさの欠片もない。


「早く生成しろってー」

「はいはいはいはい、叩くんじゃありません」


 まあ、いつものことだ。

 しかし、だからこそ変えなければいけない。せめてもう増やしてはいけない。俺のキャパティシーは既に7人でいっぱいいっぱいだ。なんならオーバーしてる。ずっとオーバーしてるからもう自分のキャパティシーがよく分かんない。

 ともかく優しい子をと俺は祈り、麒麟の生成を開始する。


『 ジラフ

   ビッグイータージラフ・・・1000P

   スカイジラフ・・・700P

   ハイジラフスマート・・・500P

   ・・・・

   ・・・

   ・・ 』


 さて、キリンの魔物リストはこんな感じ。

 選ぶのはいつもの通り1000Pのビッグイータージラフっ、と言いたいところだが、その種族では空を飛べない。麒麟と言えば空を飛ぶのだから、せめて元々そういう能力を持っている種族が良い。


 50階層の仕様上、そもそも空を飛べなければボスとして君臨するのは難しいというのもある。

 130mの円内に侵入者がギュウギュウに詰まってたらどう戦えば良いのか分からなくなるし、エレベーターが空に浮かぶまでその場にいない設定なんだから、空を飛べなかったら赴くこともできやしない。降ってくるのか? 外れたら地面に真っ逆さまだぜ?


 そしてなにより大食漢はもういらない。

 選んだのは700Pのスカイジラフ。


「まずは麒麟っぽくっと」


『 スカイジラフ

   ユニーク

   性別:指定無し

   造形:人間型 獣状態一角馬型 獣状態四足竜型 獣状態巨大化 カラフル ・・・1400P

   性格:穏やかで優しい ・・・0P

   特徴:霊獣 長寿 麒麟児 天駆け 絶対音感 測量 精密動作 幸先 不吉 象徴 ビール好き ランダム魔眼 ・・・2500P

   適性:神託 HP吸収 MP吸収 ・・・1300P

   能力値:全能力成長率上昇 ・・・2100P 』


 これで8000P。


「ふむふむ。良いんじゃねーの? 麒麟が実際にビール好きなのか知らねえけど」

 俺の頭の上で生成の様子を眺めるマキナからもお墨付きを頂く。

 だがマキナよ。そう言ってくれるのはありがたいが、この画面ってダンジョンマスター以外には見えないようにできてるんだけど、一体どうなっているんだい?


「そんなの権限持った時から見えてるぜ?」

 そうだったのか。このダンジョンは俺の知らないことばかりだ。

「俺からみんなの画面は見えるの?」

「いや?」

 そうだったのか。通りでこのダンジョンは俺の知らないことばかりなはずだ。


「ビールって言ってたら飲みたくなってきた。ビール」

 俺はビールを生成する。

「枝豆も」

 俺は枝豆を生成する。

「手塞がるから持ってて」

 俺は枝豆の入った皿を掲げる。


 もちろんスカイジラフはまだまだ完成ではない、これが麒麟の基本系、最低限の形。ここから欲しい力を追加していくのだ。


 造形はもっと優しそうにする。決してこんな風にダンジョンマスターの頭に肘をついて皿を持たせ枝豆を美味そうに食べる子にはならないように。

「ちゃんとガラ入れは自分で持ってるだろ」


 性格ももちろん優しそうにする。最終階層の番人に相応しい設定もつけるが、細心の注意を払い俺に向くことがないようにした。

 決してこんな風に枝豆を持ちながらダンジョンマスターの頭をチョップする子にはならないように。


 特徴もさらに優しそうにする。それから四獣と関連付けないとただのキリンになるから関連付けて……って痛い痛い。

「分かった分かった、優しい、マキナは優しいって。殻入れを持ってくれてありがとうございます」

「ったくよー」


 そして適性と能力値はいつも通り。


『 スカイジラフ

   ユニーク

   性別:指定無し 

   造形:人間型 優しそう 温和そう 絶対良い子 ふんわり 大人っぽい 獣状態一角馬型 獣状態四足竜型 獣状態巨大化 カラフル ・・・2050P

   性格:穏やかで優しい 温和 柔和 家族想い 慈母 古風 殺生嫌いだが戦闘時は容赦しない 静かに怒り怒るとめちゃくちゃ怖い まとめ役で厳しくも優しい良い長子 ・・・1700P

   特徴:霊獣 長寿 麒麟児 天駆け 祈りの聖者 絶対音感 測量 精密動作 罠無効 中央の守護者 慈しむ愛 可愛がり 幸先 不吉 象徴 終わりの使徒 ビール好き 無限の治療 最後の一撃 5人兄弟姉妹の家長 ランダム魔眼 ・・・4800P

   適性:鎌術 魔力操作 見切り 罠発見 思考 学習 神託 HP吸収 MP吸収 ・・・1950P

   能力値:全能力成長率上昇 ・・・2800P 』


 14000P。


 『これで生成を開始します。よろしいですか?』

 「よろしおす」


 城の門番であるティアやホリィと同額になってしまったが、問題ない。

 言ってみれば天空城砦は裏ステージみたいなもんだ。本編クリア後のストーリーで、その本編が地上。つまりこの子が表面のラスボス。


 だから頼むぞ、頼む。

 このさらに体重を預けてだるーんともたれかかってきている裏ボスに、めっ、と言える、そんな子よ来て下さいっ。


 そんな俺の祈りと同時に、そこには靄が現れた。

 目が痛くなるようなカラフルの靄の塊。黄色を基調としながらも、キリンのイメージとはかけ離れたカラフルな色合い。


 とりどりの色は決して混じらず、しかし境界をどんどんかき消しながら蠢き、健やかに晴れる。

 中には美女が佇んでいた。

 造形を人間型に設定されたことで、キリン要素を何一つ持たない人間姿の美女。それはもうとてもとてもカラフルな色合いの美女。


 凄い、凄いカラフルだ、レインボーどころの騒ぎじゃない。不安になってくるぜ。


 だがそれは一旦置いといて、……また女の子か。

 役割を持っている守護者が離れたら派遣されるマスプロモンスターは男や雄の場合もあったけど、ネームドモンスター予定のユニークモンスターは必ず女性。なにゆえに。


 これじゃあハーレムを狙っていると思われるじゃないか。


「まさかマスターの分際でハーレム狙ってるとはな。驚いたぜ」

「誤解だっ、誤解なんです裁判官さんっ。いや分際ってひどいなマスターって言ってるのにっ」

「え? んじゃあ、下種?」

「……」


「おい下種の分際でハーレムを狙うとは良い度胸だな。美女に囲まれて嬉しいか?」

「……滅相もございません」

「なんだと? アタシら囲ってて嬉しくないってか? 興奮しねえってか?」

「超嬉しいです。興奮してきました」

「良し。セクハラだな」


 マキナは俺の顔を上から覗き込みニッコリと笑う。

 このダンジョンはセクハラ認定が俺に不利過ぎやしないかい? そういうことにうるさい企業でもここまでではないと思います。

 今度は慰謝料に一体何P取られてしまうんだ。


 海より深い悲しみが俺を襲う。


「おいおいマスター、悲しいこと言うなよ。アタシはセクハラしたから何万P寄越せなんて言わねえよ」

「え?」

「安心しろよ、誰だと思ってんだ? アタシはマスターの一番古くからの相棒で、ダンジョンを守る最終階層の守護者じゃねえか」


 天にも届くような喜びが俺を襲う。


 その言葉は俺が何度も何度も思い、そして一度も叶えられることのなかった言葉。あるいは呪いのように俺を苦しめてきた言葉だ。

 それがまさか本人の口から聞けるとは、この気持ちを俺は一体なんと表現したら良い。


「マ、マキナ。ありがとう。愛してるぜ」

「なんだよむず痒いなあ。でもしゃーねーから受け取っといてやるぜ」


 そうだ、これは幸せだ。これこそが幸せだ。

 今日ここに俺は確かな幸せを見つけた。ダンジョンマスターとして最上の幸せがこんなに近くにあったのだ。

 俺は枝豆の皿を持っていない方の手で、愛しくてたまらない可愛い可愛い我が相棒、マキナの頭を撫でる。


「へっへっへ。ところでさあ、マスター、欲しい物があるんだけどさ。高くて手が出なくてなー、どうしよっかなーって思ってたんだよ。なあなあマスター」

「……。……。ぜ、全然、全然生成してやるよそんなの、任せなさい頼れる俺に」

「ホントかっ? さすがマスター頼りになるぜー。よっアタシのマスター」

「はっはっは、よせやい。で、なんだい? 何が欲しいんだい?」


「城。浮いてるやつ」

「……」 

「ここはまあ実家だし落ち着くんだけどさ、別荘的な? アタシ専用で、壁は全部金ピカにして宝石をこう、全体にちりばめて――」


「君の名前はミロクだーっ」

「ちっ」


『 名前:ミロク

  種別:ネームドモンスター

  種族:スカイジラフ

  性別:女

  人間換算年齢:23

  Lv:0

  人間換算ステータス:113

  職業:地上最後のラスボス

  称号:友愛と優愛の使徒

  固有能力:聖母の慈悲 ・優しさを癒しの力に変える。

      :霊獣 ・肉体の幾分かを精神体に置き換えることができる。HPMP回復量上昇。キリン化はステータス低下なし。

      :全能たる長女 ・兄弟姉妹の使える能力を一部劣化させ使用可能。

      :幸運の象徴 ・自身を見た者、感じた者に幸運を訪れさせる。関わりが深くなればなるほどに訪れる幸運が大きくなる。

      :不運の象徴 ・自身を見た者、感じた者に不幸を訪れさせる。関わりが深くなればなるほどに訪れる不幸が大きくなる。

      :精密動作 ・精密な動作を行える。

      :我が家の大黒柱 ・家族と関わりが深い対象ほどステータス上昇スキル上昇。家族の危機を察知できる。

      :命運の魔眼 ・左右、視界内の命を増減させる。

  種族特性:空中歩行 ・空中を地面と同じように駆けることが可能。

      :哨戒 ・警戒が上手くなる。

      :自慢の脚力 ・脚力が上昇。

      :進化の遺伝子 ・環境や望みに適した形に成長していく。

  特殊技能:エナジードレイン ・生命力と魔力を干渉するたびに吸収する。

      :ジエンド ・周囲全てを道連れに命を朽ちさせる。

  存在コスト:2100

  再生P:14000P 』


 おそらく全ダンジョンを見回してもこれほど大きな声で名付けられたネームドモンスターはいないだろう。

 雄叫びにも近い大声をもって、地上最終階層守護者、スカイジラフ改め麒麟は、ミロクという名を授かった。


「はい、素敵な名をありがとうございますダンジョンマスター様」

 ネームドモンスターになったことで、ダンジョンモンスターの枠組から外れる知性を、そして実際に反乱してダンジョンマスターの枠組から外れられる個性を得たミロクは、そう言って頭を深々と下げる。


 頭の動きに合わせて髪の毛がしなかやかに揺れ動いた。

 カラフル、という造形の設定を強く受け、とても鮮やかで様々な色彩を持ったミロクの髪色は、なんと言って良いのか。


 腰ほどまである長い髪の毛の色はまるでグラデーションのよう。天辺の黄色から橙、茶、赤、桃、紫、青、水、緑、黄緑と続き毛先でまた黄色に戻る。

 髪型自体は毛先にちょっとだけクセのあるストレートなのだが、髪色は本当に超ファンキーな人でもそこまでしないぐらい。


 それに眉毛もまたカラフルだ。前髪が丁度隠す長さで切り揃えられているので見辛いが、黄色でありながらも様々な色が入り混じる。

 その下にある瞳もまた同様で、左右とも光の当たる加減によって色彩豊かに移り変わっていく。超ファンキーな人でも以下同文。


 服装はなぜかチャイナドレス。

 色は黄色で、スリットは深め。首の付け根からヘソ辺りまでと、袖口手前の脇部分から腰辺りまで、前後左右4箇所に縦に長細い露出が設けられており、格好を見れば挑発的で扇情的。超ファ以下同文。


 色味と格好だけなら正直、思わず見てしまう奇抜さと直視できない大胆さしかなく、設定した優しさが反映されていないのではと心配になって仕方ない。

 しかし、表情や雰囲気など全体から受ける印象も踏まえて見てみたなら、そんな心配がいらないことはすぐに分かる。


 頭を下げたことで髪の毛が少し前に寄ってしまったミロクは、顔の振りと手ぐしで元の位置に戻した後、ゆっくりと柔らかく微笑む。

「地上最終階層守護者として、そして序列第9位として相応しい活躍ができるよう、誠心誠意頑張っていきたいと思っております」


 落着きがあり、穏やかな顔。温かい瞳。雰囲気はほんわかとにこやかで、近くにいるだけなのになぜだかこっちも同じように優しい気持ちになれる。

 絶やさない笑顔は美しく魅力たっぷりで慈悲深い。


 優しさを求めて止まない俺が辿り着いた終着点、完成形と言えるだろう。

 これ以上の優しい雰囲気や表情は、世界の全てを手に入れてもどこにだって見つからない。何もかもを許容し許すような佇まいは、まさに聖母と評するに相応しい。


 ――だが、そんな優しさを目の前にしても、俺の心は暗いままだった。何か悪い箇所を見つけたのではない、ただ、過去を思い返したのだ。


 マキナはどうだった。セラはどうだった。オルテはどうだった。

 ローズはどうだ、キキョウはどうだ、ニルはどうだ。

 ユキはどうなんだ。

 ティアとホリィは。


「マスター枝豆ちょっと低い。あー、高過ぎ、もうちょっと下げろよ。そうそこ」


 彼女達はみな美しく、強く、凛々しい。男なら、いや女でも、そしてダンジョンマスターでも傍に置いて幸せな気持ちにならないはずがない。そしてそれぞれに違った優しさを持つ。俺は見てきた。

 だが俺が生成し登用し今ここにいる彼女達は、地獄を煮詰めたとしてもまだ甘い、そんな悪辣さをいとも容易く扱うのだ。


「どうか、どうか……よろしくお願いします」

 俺はそんな彼女へ、心からの願いを込めてそう言った。雰囲気同様の優しさがありますようにと。極悪の性格じゃありませんようにと。

 天国じゃなくて良い、地獄じゃなければ良いんだっ。


「はい、よろしくお願いします」

 そんな願いが通じたのか、ミロクは指先を体の前で揃え、俺に向かって再び頭を下げる。顔を上げるとまた微笑んだ。


 ……まさか叶ったのか? 優しさを持っているというのか?


 ……いや、そんなはずがない。俺は騙されない。これまでも挨拶がきちんとできる子はいたさ。しかし現状はこうだ。

「地獄を煮詰めたビールおかわり」

 人の頭の上でビールをおかわりするこの子が全てだ。

 ミロクもそうに決まっている。なんなら今の挨拶とて俺へ向けてではなくマキナへ向けて行われた挨拶ではないだろうか。

 ミロクから見てマキナと俺は同一方向にいる、マキナが俺の頭に肘をついたこれは、今勘違いさせるための伏線だったんだ。


「いいえ、ダンジョンマスター様。違います、わたしはダンジョンマスター様に御挨拶させて頂きました」

 しかしミロクは俺の目を見てそう答えた。

 優しそうな声、心にどんな分厚い壁を持っていようが溶かしてしまう、そんな声。


「ダンジョンマスター様のことを心よりお慕いしておりますよ」

「ミ、ミロク……」

 

 一瞬、信じても良いんじゃないかという思いがよぎる。だが、ダメだ。俺には信じることができない。だってこれまで裏切られてきたんだ。何度も何度も、そう何度も何度も。


 信じたい、信じたいよ。俺だって信じたいんだ。けど、無理なんだ。


 俺の人生、いやダンジョンマスター生には、ほんの少し、ほんの少しだけ辛いことが多過ぎた。もう、誰かを心から信じることなんてできない。

 例え本当にミロクが優しくても。……俺は、悲しみと申し訳なさでぐちゃぐちゃになってしまっている心を落ち着かせるよう、目を伏せた。


「ダンジョンマスター様」

 するとその視界にミロクが入ってくる。傍で膝をつき、見上げてきたその綺麗な瞳。


 ミロクは硬く握り締められていた俺の左手を優しく解いた。そしてそのまま両手で握り締め、まるで包みこむように抱き寄せた。なんだろう、でも、とても暖かい……。


「ダンジョンマスター様、大丈夫ですよ。信じて下さい」

 優しげな顔。黄色の睫毛がパチパチと上下し、大きな瞳と柔らかい眼差しが俺を見つめる。


「……ミロク」

「何があろうとも裏切るはずがありません。ダンジョンマスター様が一番大切なのですから」

 ともすれば聞き惚れてしまうような音色の声と、心吸い寄せられるようなセリフ。


「何より、わたしがダンジョンマスター様のことを信じております」

 俺の手はじんわりと、徐々に徐々に暖かくなっていく。それは、全身をゆっくりと、しかし瞬時に駆け巡った。

 だから壁は、俺の心に築かれた壁はガラガラと音を立てて崩れ去った。その優しさと暖かさと、心から放たれただろう言葉を前にしては、いかなる拒絶も意味を成さない。


「本当に、本当に……、ミロク、信じて良いのかい?」

「もちろんです。それに、そう思っているのはわたしだけではありません。ここにいるみなさん方全員そう思っていますよ。わたしはそれを口に出しただけです」

「――っ」


 涙が溢れる。

 悲しくて流れる涙ではない、嬉しくて流れる涙が。


「……分かってる」

 ポロポロポロと涙が頬を伝い、俺の口からそんな言葉が漏れる。

「分かってるんだ。本当は、全部分かってたんだ」

 ギュッ、と手を握り締め、ギュッ、と手を握り締められる。


「みんな俺のことを想ってくれているって、本当は分かってたんだ……」

 涙は止まらない。


「はい、わたし達も分かっております。ダンジョンマスター様が何よりわたし達のことを想ってくれていることを、そしてわたし達の想いを受け止めてくれていることを」

「ミロク……」

「だからわたし達は強く在れるのです。ダンジョンモンスターとは全て、ダンジョンマスター様からの愛で生きるのですから」


 涙はとめどなく流れ続けた。

 目を塞ぐことも、目をこすることも俺にはできない。ただただ涙が流れ続けた。

 ミロクはその様子を見てまた柔らかく笑い、片手を離してハンカチで涙を拭いてくれる。ありがとう、ありがとう……。


 ああ、これが優しさというやつか。

 生まれてから一度も味わったことのないそれを、俺は今全身で味わっている。

 ダンジョンマスターで良かった、記憶を永遠に忘れることがないからいつまでも思い返せる。そして何より、ダンジョンマスターでなければこの優しさを味わうこともなかった。


「ありがとう、ミロク。もう大丈夫だ」

 俺の手とミロクの手の温度が同じになった頃、涙が止まっていることに気がついた。もう流す必要がなくなったからだろう。

 そう、嬉しさと共に流れた涙は、もう必要ない。なぜならこれからはこれが普通になるのだ。俺のダンジョンマスター生に新たに加わった優しさのページは、きっと今後も増え続ける。


「いいえダンジョンマスター様。まだまだお心は深く傷ついています、もう少しだけ温めさせて下さい」

「ありがとうミロク。だけどもう大丈夫だ、本当にありがとう」

「そう言っていただけるなんて、優しくあれと生成されたわたしにとっては嬉しい限りです。しかしだからこそ癒させて下さい、ダンジョンマスター様のその愛に溢れる優しい心を」

 ミロクはそう言って、再び俺の手を強く握る。

 とても温かい。優しさがそこから染み出してくるようだ。


「本当に、本当にありがとう。ただ大丈夫だ、本当に大丈夫だ。ミロクのおかげだよありがとう」

「わたし達もダンジョンマスター様のおかげでいつも満たされております。みなさんが気安く反乱してしまうのも分かります、愛を再確認できるのですね。しかしそれでダンジョンマスター様が傷つくのは本意ではありません。どうぞ心より癒されて下さい」

「癒されたさ。本当に心から癒されたさ。ありがとう。だからそろそろ、もう大丈夫だよミロク」

「いいえわたしには分かります。ダンジョンマスター様は今も何かに怯えていらっしゃいます、怯える必要などここでは必要ないのです。わたしはそんな心を癒したいのです」


 ミロクは握った手をさらに自分へと近づける。俺を思いやってのことだというのは目を見れば分かる。キラキラと輝く目には、俺を陥れようなどという考えはまるでなく、ただただ俺を想うその優しい心が現れている。

 本当に嬉しいことだ、ダンジョンマスター冥利に尽きるというものだ。


 しかし、しかしだ。

 それはひとまず置いといて。


 貴女、薄着じゃないですか。

 特に胸元が縦に長細くではあるものの露出してるじゃないですか。丁度谷間が上から下まで。手を握って引き寄せたら、そこがもう、危ないんですよ。


 危ないんですよ。


 俺が何に怯えてるかって? それはね――。


「10ー、9ー、8ー」

「マキナ、それは何のカウントダウンだい? 一体それは何のカウントダウンだい?」


「7ー、6ー」

「離すんだミロクっ。離しなさいミロクっ。ダンジョンマスター様がセクハラで訴えられてしまうよっ。離しなさい、離しなさいミロクっ。ミロク? ミロクさーん?」

 手はびくともしない。

 俺の左手はどうあがいても動かず、暖かく優しく包まれている。


 通常、ダンジョンマスターの動きをダンジョンモンスターは阻害できない。命令に逆らうこともできはしない。だから引っこ抜こうとする俺の意思を邪魔することはできないのだ。

 だが、このダンジョンではその限りではない。

 反乱すれば、その限りではない。


「優しさはっ?」

「すみません、ですがダンジョンマスター様はまだ心を癒されていない様子。友愛と優愛の使徒の称号と地上最後の守護者の役職、付けて下さったミロクの名にかけて、ダンジョンマスター様の意に背くとしても癒すまでは離しません」


 なんて優しさだ。

 これが優しさと言うものなのか。これが俺が生まれてから今まで一度も知ることができなかった優しさだと言うのかっ。


「5ー、4ー、3ー」

「ミロクっ、離すんだーっ。有罪になるっ、また1つ罪を犯してしまうっ」

「大丈夫ですよダンジョンマスター様。それもマキナ姉さんの優しさです。ダンジョンマスター様はいつも優しさに包まれていますよ」


 優しさって一体何っ?


「それに罪を犯したならばわたしも共に償います。御安心下さい」

「いやそれならまず罪を犯させないでくれっ」

「2ー、1ー」

「うわああああー」

「0、判決は有罪」


 優しさって一体何なのっ。


「違うんです、僕はそんなつもりじゃあ、信じて下さい」

「もちろんです。みなさんダンジョンマスター様をいつも信じております。ですので慰謝料の減額を嘆願致します」

「良かったな。1万Pで許してやるよ」


 優しさって一体何なんだーっ。


 というかこんな風にPがゴリゴリ削られていったら生成に足りなくなっちゃうよ。いやまあ本来1000Pあれば十分に強い種族が生成できるんですがね。

 でもそれを考えると1万Pって取り過ぎじゃあ……。

 もうちょっと控えては頂けないでしょうか。


 優しさに溢れるミロクよ、どうか……。


「先ほど言ったではありませんか。罪を犯したならばわたしも共に償うと、1万Pの内の半分、5000Pはわたしが背負います」

「……ありがとう。でも俺がミロクに払うPなんだから、半分になってないような気もするけどね。まあ、ともかくありがとう。ただ、そもそも無しにはならないんですか?」

「優しさとは清く正しくルールを守った上で、送り合うものです。法律を無視することや秩序を乱すことで得られるのは優しさではなく、ただの甘えです。厳しさをかねそろえてこその優しさですよダンジョンマスター様」

 厳しい……。


「なあなあにしてくれ、というのは、めっ、ですよ」

 俺がめって言われちゃった。というか完全に俺に過失がある言われようだな。果たしてあれは俺が悪かったのか?


「でも、わたしが支払いを待つくらいであれば問題ありません。ダンジョンマスター様、ずっとお慕いしております、お支払いは何年後でも何十年後でも何百年後でも構いませんからね」

 ミロク……。

「うふふ、これは内緒ですよ?」

 俺の手を離したミロクは、指を1本立てて口に当て、そう言いながらウインクをする。


 優しさ、それはこの弱肉強食の世界において、誰も彼もが忘れがちなもの。しかし、生きるためには何よりも大切だと言えるもの。


 人生魔物生ダンジョンマスター生、どの生でも悲しいことばかりだなんてことはない。けれども楽しいことばかりだなんてこともない。悲しいこともやはりたくさんある。

 時には悲しみに押し潰されてしまう事だってあるだろう。


 誰にでも訪れるそんな時、誰もが優しさに救われるのだ。

 愛する者からの優しさ、仲の良い者からの優しさ、嫌いな者からの優しさ、通りがかりの者からの優しさ、何でも良い。それで悲しみを乗り越えるエネルギーを手に入れる、それが生きるということだ。


 ああ、優しさを求めて良かった。俺は間違っていなかった。

 苦節200日、俺の心はついに救わ――。


「10日で1割の計算はわたしの方でしておきますから」

「今払いまーす」


 涙が溢れる。

 嬉しくて流れる涙ではない、悲しくて流れる涙が。


 俺のダンジョンマスター生に悲しさというページが今新たに加わった。一体何ページ目なのかもう分からないが、このページは間違いなくこれからも増え続けることだろう。


 優しさなどもういらぬっ。


 次は四獣だっ。

お久しぶりです。

前回投稿から10日ほど経ってしまいました。何度も更新まだかと見に来て下さった方もいるかと思います、大物でもないのにもったいぶってしまったようで本当にすみません。

まだ読んで頂けていたのなら幸いです、是非またよろしくお願いします。


年末年始いかがお過ごしでしたでしょうか。英気を存分に養えたかどうかは分かりませんが、また1年踏ん張っていきましょう。

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