第49話 巧みな交渉術で目指せ戦争回避、王国編
ダンジョンあるあるその12
高階層のダンジョンほど、アイテムがダサい。
生まれた際に世界の知識を得るが更新されていかないため、徐々に流行りについていけなくなり、侵入者の欲する物とは齟齬が出ること。
雲一つない青空が広がっている。
太陽が燦々と世界を照らし、まぶしさは少々目に刺さるがそれもまた心地よい。手で目の上にひさしを作ってやれば、青く澄み渡る大空がいっぱいに飛び込んでくる。
世界全体から見ればこの空はほんの一部分でしかない。しかし、1人の小さな心では永遠の時間をかけても味わい尽くすことなどできない大きな空だ。
目線を少し下げると、色合い豊かな庭園が広がっている。
誰かを癒すために存在しているわけではないと言うのに、見る者全てを癒すその姿。日差しに彩られ、ただ美しく誇らしげに、力強く咲き乱れた花々がそこにある。
細やかな砂利が敷き詰められた白い道の両脇や、ロータリー中央のレンガで囲われた花壇の中で、整列したたくさんの花は俺の視線をまるで遊びに誘うかのように奪い、この庭園の旅路へと導いた。
カチャリ、と陶器と陶器がぶつかり音を鳴らす。
俺はその犯人を捕まえたまま、優しく口付けを交わし、中に注がれていた紅茶を口へと運ぶ。華やかで落ち着く香りがふわりと鼻をくすぐった。
至福。それはこの時間を言い表すために作られた言葉に違いない。
高度5000mにあるこの天空の大地、巨大な城を構えたこの大地は、全ての者に幸せを享受させる楽園。
暖かく涼やかな日差しと風をまとい、俺は座る真っ白な椅子に心を預ける。
「ご主人様。ロキュース王国からの使者方をお連れ致しました」
とそこへ、景色以上に心洗われ落ち着く透き通った声が響く。
配下の中でも2番目に古く、このダンジョンや城の一切を取り仕切るメイド、セラ。メイドがそういったものを取り仕切る仕事なのかどうかは置いておいて、そんなセラが侵入者を連れ立ってやってきた。
「ご苦労セラ」
むろん、敵ではない。
俺はセラを労い後ろへ下がらせ、その侵入者達と視線を交える。品質も能力も高い武器と、装飾の施された鎧を身にまとった、15名の人間達。
「ようこそ、王国の使者殿。どうぞ、おかけ下さい」
侵入者達とは、王国よりの使者。これから巻き起こる王国&帝国VS魔王国VSダンジョン、という三つ巴の戦いを回避するため王国から送られた使者だ。
王国帝国と魔王国は長きに渡り戦争を続けている。一度は召喚勇者により王ごとズタズタに切り裂かれた魔王国だが、3年の月日により再興を遂げ、現在は互角、膠着状態。
そんな中で、王国はこのダンジョンと戦争状態に陥ってしまった。お互いにとって不幸な出会いによるものであったが、激しい戦いにより王国の戦力は激減。
ダンジョン側も稼いだPを失い、その後ダンジョンバトルで得たはずのPも戦力強化には使われず、心許ない戦力しかない。
両者にとって新たな戦争は避けたいものであり、むしろ互いを利用したい。
王国はダンジョンを味方に引き込み、魔王国に対して圧倒的な地の利と補給戦を得る狙い。
ダンジョンは戦争に不干渉を貫くも戦場のみを提供し、Pを稼ぐ狙い。
その利害が一致したからこそ、この場が設けられたのだ。
「申し訳ありませんね、こんな外で。しかし、この美しい庭園は私の自慢でしてね。平和のための会談、是非ここで行いたかったのですよ。どうぞお許し下さい」
俺は下手に出ながらも、これから行われる交渉を有利にするため威厳をほとばしらせる。彼等も促されるがまま、庭園を見回した。
押し殺しているが、その美しさに驚愕しているのが分かる。くっくっく。
俺は人間種族のダンジョンマスター。戦闘では役に立たない。全種族を比べても最下層に位置する戦闘力しかないからだ。
だが、全種族を並べてもトップクラスの頭脳を持っている。こういった交渉の場では無類の強さ、無敵を誇るに違いない。
さあ来い、来てみろ使者共っ。初めてきた俺の見せ場、存分に暴れさせてもらうぜっ。
51階層。真っ白なテーブルを挟み、俺の戦いが幕を開けた。
「ふんっ、貴様がダンジョンマスターというやつか。品性の欠片もない」
……。
「魔物風情が人間の真似事を。まあ仕方ないか、人間に憧れるというのは貴様等下等生物の常だからな。はっはっはっはっは」
……?
王国使者の代表っぽい男は、なにやら使者に相応しくない物言いと態度で応対してきた。残る14名の使者団もそれを止めることなく、ニヤニヤと笑っている。
俺は左後ろを見て、セラをちょいちょい、と呼ぶ、
「セ、セラさん……、この世界の使者ってこんな感じなの?」
かがんだセラの耳元で、俺はそう聞く。
これが普通なんだったら腹を立てるのは違う。俺がそもそも間違っているわけだからね。
「いいえ、通常とはかけ離れております」
良かった、これは普通じゃないみたいだ。しかしではなぜ?
「王国さんは休戦を狙ってない感じなの?」
「いえ、そういう命を受けてやってきております。ですがこの男の人間性を考えれば、予想の範疇、いえ予想通りですね」
良かった。でもやっぱりなぜ?
どうしてそんな人間性の使者を送ってきたのか。そしてなぜセラはそこまで詳しい情報を手にしているのか。……今はそちらは置いておこう。
「そこのところどうなんです?」
「私が多数の情報を手にしている理由は――」
「そっちじゃなくっ」
「この者が使者となった理由は侯爵という地位を利用し他を蹴落としたためですね。ここを味方につける功績は非常に大きいものなので、空いている国軍副総司令のポストを狙っているのでしょう」
なるほど。
凄い情報網だ。胃が痛いよ……。
しかし、だからと言って俺のやる事は変わらない。お互いの要求を出しあって、妥協点を探して行く。
いやむしろ良かったかもしれない。出世したいと思っているのなら間違っても敵対関係にはならないだろう。それが一番の愚策だからね。
それを思うと随分交渉がやり易いし、気楽に臨めるな。
情報の力とはこういうことか。胃が痛いよ……。
「使者殿。遠いところ御足労いただいたこと、まずは礼を申し上げます。では早速、こちら側の要求ですが、ダンジョン内で寝泊り戦闘をする分には構いませんが、戦力や備品の提供は致しません」
「そんなことは聞いておらんっ。ふざけるなっ。我々の要求は1つ、白金貨で1000枚分の食料と装備を明け渡すこと。そしてこの場所を我が国の軍の駐留場所とすること。あの城を明け渡せ」
……。
「あのような城は高貴なものが住んでこそだ。魔物風情が住むなんぞ聞いて呆れる、図に乗るなよ」
……?
「セラさん、セラさんっ。本当にこの人使者なの?」
「間違いなく。今までに幾度か有利な条件で交渉をまとめている有能な使者だそうです」
「えー、嘘でしょ?」
「王国はかなりの大国ですから威圧的な態度でも成立するのでしょう。その交渉術しか持っておりませんが、通用する相手には容赦ない分効果的かと」
なんとこれがまかり通るのか、恐ろしい世界だ。
しかし、今はその態度が逆効果だろう。王国は未だに大国だが、割とピンチの状況でもある。白金貨1000枚って、何Pだ? 3万P以上だろう。そんな大金出せるはずないじゃないか。
俺はお小遣い制だぞ。
みんなが稼いだPの内の5%が俺の取り分、というかダンジョン強化費を含めた俺のお小遣いだぞ。
王国が今財政ピンチなのも分かるが、それはつまり弱体化しているということ。強気の交渉はまかり通らない。8割はここのせいだろうが、まかり通らない。
全く。それは分かっているだろうになんでこんな奴が使者として来れたんだ。優秀なだけなら他のやつもいただろう。
「まともで有能な者は先の戦争で多くが討ち死にしておりますので。暴走を抑える者もいなかったのでしょう」
なるほど。ここのせいか。
「国軍副総司令も竜を持ち帰ることはおろか、死体を残さず亡くなり、一派全体が弱体化し加速させてしまったこともあるかと」
なるほど。ここのせいか。
そして貴女は知りすぎだ。
「おい貴様等っ。何を話しているっ、私を馬鹿にしているのかっ?」
使者団リーダーはとてもケンカ腰。
貴族の中でも上の方で、交渉をまとめた実績がいくつもあって、上のポストに近い高官でもあり、Lvは170と実力も高い。
そりゃあ偉そうになっても仕方ないかもしれないけど、こっちのダンジョンを見なさいよ。格が違うよ?
ここでお前より弱いのは、1人だけだぞ。
俺だけだぞ。
「そういうわけでは、はい、すみません」
「ふん、人モドキ風情が」
「すみません」
高圧的で、要求はひどい。
しかし交渉とはそういうものだ。これを妥協させ、俺の要求に近づけさせることが交渉術。人間種族のダンジョンマスターが一番得意とする妙技である。
「それと、秘匿されてはいるが、ダンジョンとやらはすぐに建造物が建てられるのであろう? 兵舎を建てろ。10万の兵が入れる規模のものをだ」
「いやいやお待ち下さい。それは無理と言うものです、私は――」
「貴様の意見など聞いておらんっ。歯向かえば容赦はせんぞっ」
「まあまあ、お茶でもどうぞお茶でも」
俺はニコヤカな対応を崩さず、交渉を続けた。
高圧的な態度に出られようとも構いはしない。俺が馬鹿にされようとも構いはしない。そんなことは怒る必要もない。
だが――。
「貴様らは魔物らしく野原ででも暮らしていろ。ああ、そこの女は兵舎にいても良い。あやつらも少しは発散できるだろう」
15人の王国使者団は、ドッと笑う。
「……」
言ってはいけないこともある。
怒ることもある。
ダンジョンマスターが怒るとはどういうことか、理解しているのだろうか。
ダンジョンマスターはこの世の生物全ての敵である、敵として君臨する者である。国とも対抗ができるほどの戦力を持つ者である。だから怒り、たった1人に対し敵意を向けるとはすなわち……。
彼等は、俺の逆鱗に触れた。
ドオオオオオオオオーンという大きな音。いや、爆発。
吹き飛ぶ使者団。
吹き飛ぶダンジョンマスター。
「ええええええーっ」
ありえない衝撃で爆発した地面に乗せられ、俺は天高く舞い上がる。
『侵入者、人間種・人間を15名を倒しました。33026Pを獲得しました』
「えええええええええーっ、ふぎゃっ」
背中から見事に着地した俺。
「大丈夫ですかご主人様」
「いや大丈夫じゃない、痛い……。キャッチできたでしょ?」
「体に触れろと? セクハラです」
「そっかあ」
俺はセラに背中をさすってもらいながら、何があったのかに頭を回す。王国からの使者はもういない。みんなPになってしまった。一体誰がこんなひどいことを……。
地面の爆発。つまりこの大地の下、61階層から70階層の水晶迷宮から放たれた攻撃。
俺が痛みを感じているのでこれは反乱か竜因魔法か神威魔法。破壊不能なダンジョン構造が破壊されているから竜因魔法か神威魔法。
マップを見る。そこには犯人の、やっちまった、という顔が映っていた。
「犯人に告ぐ、君はもう包囲されている。大人しく出頭しなさいっ、ユキっ」
「いやあー、すまんすまん。威力調整ミスった」
土煙の中から現れたのはユキ。冷徹な表情ながらも目を逸らし、ハハハーと笑っている。
「予想外に強くてな。700P台のLv160越えだったから予想してたんだが。良い戦いだったよ」
「おおついに魔素溜まり魔物がそんな強力に、人間換算ステータスがLv270ぐらいじゃないか、って馬鹿野郎っ。神威魔法使う時はもっと注意しなさいって言ったでしょうっ。使者さんが死んじゃったじゃないかっ」
「死者?」
「ええい日本語めっ。ああ死者だけど、使者だったんだよっ」
笑って済ませられることではない。まさかの使者全員殺害。宣戦布告である。
「一体どうするつもりかねっ」
「すまんすまん。あ、多分知り合いだコイツら」
「本当だよお前、王国の偉い人だからね。いやまあでも事故みたいなもんだから気にしなくて良いからな? どの道協定を結ぶ気も無かったし気に病むなよ?」
「え? いや別に気に病むとかないけど。でもそうか、気にしなくて良いなら問題ないな、じゃあな」
ユキはニコヤカに笑って、水晶迷宮へ戻って行った。
……どうやら笑って済んでしまったようだ。
あとその穴の修繕って俺がやらなきゃいけないのか?
『お、3万3000Pだったのか。ならワタシの取り分は……2万5000Pくらいか、やったー、何生成しようかなー』
俺のお小遣いから出さなきゃいけないのか?
「……セラ、使者さんが死者に……。どうしよう」
「あの者は遡れば王家の血筋で、取り巻きの14名も相当な家柄の者ですので、かなりの罪に問われることは避けられないでしょうね」
Lvに比べて入るP高かったからなあ、偉いと思っていたけどまさかそんなやんごとなき御身分だったとは。
「くそうっ、戦争が、戦争が始まってしまう。やっと終わった戦争編が……」
「大丈夫ですよご主人様。王国と帝国は同盟を結んでいるため、帝国と和平を結ぶことができれば王国も攻める口実を失います。現在は帝国の方が高い戦力を揃えていますので尚更です」
「な、何? 本当かい?」
「ええ」
良かった、良かった。今日ほどセラの情報に感謝したことはない。
頼む、頼むぞ帝国の使者。俺に力を貸してくれっ。
「しかしそれなら王国は門前払いでも良かったな、あの態度。ごめんなセラ、嫌な思いさせて」
「問題ありません。ご主人様に庇おうとして頂けましたから、それで十分です」
……なんだセラよ、可愛いこと言うじゃないか。
「最初は情けないなあこいつカッコ悪い、と思い見損ないましたが、2割ほど見直しましたよ」
「ふふふ、ありが――、8割取り戻せてないっ」
えー、どこから話せば良いのか。
前話にて、人が増えるとお話致しましたが……、この話の次次次話になりそうです。
使者との交渉を1話で終わらせる予定でしたが、文字数が凄いことになっており、3分割してしまいました。大変に申し訳ございません。
また、そのためにオチがちょっと弱い感じになっております。まとめて読んだ方が面白いです。
人が増えるというのは一旦忘れて下さい。
次次次話を読んだ際に、ああそう言えば前前前話で人増やすって言ってたなあと思い出すくらいで、使者編を遅いよと怒らずに目をあわせて楽しんでいただけたなら幸いです。よろしくお願いします。




