第2話 しかしもう終わりのようです。
ダンジョンマスター格言その2
ダンジョンはダンジョンマスターを映す鏡である、マナーを守り健全運営。
何が起きたのか、俺は改めて考える。
ここは森。まごうことなき森の中。深い深い,弱肉強食の世界が広がる森の中。
右を見ても、左を見ても、全て緑と茶色でできている。
しかし前には、そんな森に不釣合いな銀色の景色が広がっている。
緑と茶の、木々の隙間から見えるその景色は、太陽の光を反射し、キラキラと光り輝いていた。
まあ、なんて綺麗なんでしょう。
俺は大層感激し、その光の数を、1、2、3、と指折り数えたのだが、幾度折り返そうと数え切れなかった。一体、あの光は、なあに?
それはね、金属さ。
武器と防具。
そこにいるのは人間の軍。
悲しみと、嘆きと、憎悪に満ち溢れた、人間の軍隊。
「えらいことになってもうてるやんけーっ」
俺は近くにいる人間の軍隊に聞こえないように、そっと叫んだ。
ダンジョンマスターは、たった今、世界に降り立ちました。
ダンジョンを繋げてしまいました。
いや、俺のせいかあれは。だって、トントン、としただけで繋がるだなんて、普通思わないだろう。判定基準が厳しすぎる。俺は悪くない。
しかし状況は俺にすこぶる悪い。
「まず上級風竜グラファウルスって誰だよ」
ダンジョンが世界と繋がった瞬間、知らない人、いや竜が討伐されて、82327Pもゲットしてしまった。
初期Pは1000Pだったから、その82倍だよ。
1000Pの時点で割と大金だよ。まあダンジョンを一から作るとしたら、王様から渡された50Gのような心許なさだが。しかしそう考えると今の状況は、城から出た瞬間に知らない人から4000G渡された感じになる。
どんな顔すれば良いのか分からないよ。
「いや、それよりも軍だ軍」
現在、人間の軍勢は、悲しみと嘆きと憎しみに満ちている。耳を澄ませば聞こえてくる、むせび泣く声や怨嗟の声が。
どうしてそんなことになっているのかって?
答えは簡単。
俺がここに来て、上級竜討伐のアナウンスを聞き、なんてこったい、と言った後、ダンジョン内には無数の回収可能アイテムがあった。
ダンジョンマスターは自分のダンジョン内にある、所有者のいないアイテムを回収できる。武器や防具や、諸々をね。
それらを回収して、Pへと変換したり、改造して宝箱に入れてリリースするのも、ダンジョン運営にまつわる重要な仕事である。ダンジョンマスターにとってアイテム回収は、最早本能と言っていい。
というわけで、俺は、回収可能なアイテムを、全て回収した。
なお、そのアイテムには、生物の死体も含まれる……。
つまり、人の軍隊が多数の犠牲を出しながらも、やっとの思いで倒した上級竜と、その勝利を掴む為に犠牲となった、数多の仲間の亡骸も消え失せた。というわけだ。
「許さん、許さんぞー」
「うわあああー、くそう、くそーっ」
「ああああああーっ」
侵入者は叫ぶ。
そりゃこうなるわ。
「うわああああーん、どうしてー、どうしてこんなことにーっ」
ダンジョンマスターも叫ぶ。
そりゃこうなるわ。
誰も幸せになってないじゃない。
だって、アイテム回収は重要なお仕事なんだもの……。ダンジョン内に、そういうのがあると落ち着かないんだもの……。
ダンジョンってのは、自分の体みたいなもんだからね、嫌だろう? 分かってくれよ。
結果と致しまして、人の色々な死体が2090人分。
竜の死体1。
装備類もたくさんあり、壊れている物も多いが2090セット以上ある。落として回収を諦めたり、壊れて捨てたりしたやつかな?
あとは、巻き添えを食らったのだろう魔物の死体や、崩れた山から出た鉱石や、行軍の中で掘り返された薬草など。
武器や防具などは改造してリリース、魔物の死体もバラして改造後リリース、人の死体は魔物の餌にリリース。全てに色々な用途がある。
しかし、それらをPに変換することも可能。
要は俺にとっての換金。
死体などを、そのまま取っておいたとしても、ダンジョンマスターの権能は凄まじいため、生涯、腐ることも劣化することもない。が、罪悪感で嘆きが止まらなかった俺は、それ以上所持している自分を見ていられず、人の死体は、全てをPに変換。
そうやっている間にも、傷が元で死んだ人がちょくちょく出たので、討伐によるP獲得、さらに回収&換金。
そして現在のPは、120566P、となった。
これはもう、王様から50G持たされて、城から出たら、6000G渡された感じだよ。
どんな顔すれば良いのか分か……、あんま変わらないな。
ともかく、紆余曲折あり、P自体の変化はそうでもないのかもしれないが、人の心の変化は凄まじい。なんて言ったって、さっきまで一緒に戦っていた仲間が、消えていったんだ。
上官、部下、そして戦友。もしかしたら恋人だっていたかもしれない。
ダンジョンが、人や魔物の死体を回収、いや吸収しているのは周知の事実。侵入者達は行き場のない怒りや虚無感を、全てこのダンジョンへ向けている。
確かにその行き場のない怒りの先はここです、元凶です。行き場ありました。
「どうしてこんなことにーっ」
落ち着くために、さっきからずっと正座しているけど、何一つとして落ち着かない。
石コロが膝の辺りに、丁度当たっているんだが、それをどけられないほど落ち着かない。
倒された上級竜とは、この厳しい世界を我が物顔で闊歩する魔物の中でも、頂点に君臨する竜種の最強種であり、その脅威は最早災害と同列に語られる。
そんな化け物が、この森を住処にしていた。
けれど、そんな化け物を、人の軍隊は打ち破った。
人間と亜人の混成軍は、現在15000名ほどの規模。
ダンジョン外にも1000以上の死体があるようなので、死者は3000名を越える。元々は2万名規模の軍だったのかもしれない。
それだけの数をたった1体で葬る上級竜も確かに強いが、それでも人間の軍隊は、竜を打ち破り、その手に勝利と栄光を収めたのだ。
上級竜を越える戦力、それはダンジョンにとって、いや全ての生物にとって、勝てるはずがないことを意味する。
そんな軍隊から戦果と仲間、そして想いを奪い去ったのがこの俺。
……どんだけピンポイントなんだ俺。
そんな俺の戦力だが、魔物の生成もせず、ダンジョンを広げることもせず、世界に繋げてしまっているために、魔物は0匹。階層は全1階層。広さは半径1kmの円となっている。
最も近い人なんて、既に肉眼で見えている。
そんな近くにダンジョンを偶然作るだなんて。
……どんだけピンポイントなんだ俺。
あ、また1人お亡くなりになった。回収回収。
ダンジョン内でのダンジョンマスターは、全知全能だ。権能は凄まじい、その中の1つにマップがある。
マップは、ダンジョン全てを表示でき、侵入者の情報や位置を把握できる優れもの。
侵入者の情報とは、すなわちLvであったり、ステータスであったり、スキルであったり。ダンジョン運営にとって、必須の情報と言えるものはそれで得る。
俺もダンジョンマスターとしてできることはしようと、侵入者のステータスなんかを、ザッと見てみた。
Lv200越えてる人がいっぱいいた。魔物より遥かに劣るその身で、Lv200を越えた化け物。そう評しても良い、人として最高峰の存在。それが……えーっと何人だ?
さっき傷が元でお亡くなりになった将軍さんも、Lv200を越えていたのだが、それでもまだ2桁はいる。
Lv200に次ぐLv180以上にいたっては、3桁。
俺は、侵入者達のステータス画面をそっと閉じた。
……。
ダンジョン内でのダンジョンマスターは、全知全能だ。権能は凄まじい、その中の1つにマップがある。
マップは、ダンジョン全てを表示でき、侵入者の情報や位置を把握できる優れもの。
侵入者の位置とはすなわち、どこにいるかだけでなく、何をしているか、も見ることができる。地形に光点で示すモードもあれば、監視映像で映すモードもあるからだ。
監視カメラなんてなくたって、俺は侵入者を、どんな角度どんな距離からでも見放題、どんな小さな声でも聞き放題。
俺もダンジョンマスターとしてできることはしようと、侵入者の様子をザッと伺ってみた。
ダンジョンコアだ。みたいな会話が出てた。
カメラの視点を移動させダンジョンコア方向を映してみる、はい、僕にも見えました。ダンジョンコアの影に、隠れるようにして正座しているのが僕かな? ちょっと顔を出してみる。こんな顔してたんだなあ。
俺は、侵入者達の監視映像をそっと閉じた。
ダンジョンコアとは、ダンジョンマスターの心臓、ダンジョンの核、と呼ばれるもの。
白い部屋にあった、足元の赤く光る結晶のことだ。
あれを壊されるか、ダンジョン外に持って行かれるかすると、ダンジョンマスターは死に、ダンジョンも消滅するため、そんな物騒な名称で呼ばれている。
なお、ダンジョンコアこそが、侵入者である魔物や人にとっての、美味しいものである。
経験値的に、という意味で。
ダンジョンコアは、今までに獲得したPが多ければ多いほど、壊された際に多量の経験値を排出するのだ。
また、ダンジョンコアは、獲得したPが多ければ多いほど、生物達を誘引する効果を持つ。
自らがダンジョンコアであり、美味しいよ、と強くアピールするのだ。
さて、我がダンジョンコア君は、一体どのくらいPを獲得したのだろう。
どんなパワーアップを遂げたのだろう。
俺はコアを改めて見た、さっきまでは拳大で、足元にちょこんと控えめにあったはずのコアを。
俺はコアに縋りつく。
コアさん、コアさんや、光輝くのは止めて下さい。
なんでいきなり、人くらいの大きさになっているのでしょうか。ちょっと浮いてるから2mはありますよね。止めて下さい。
そのおかげで隠れられていますが、コアさんが見つかると結局一緒なんです。あなた僕の心臓なんだもの。
コアの波動を、タレ流すのは止めて下さい。
光輝くにしても、赤色は止めて下さい、せめて緑でお願いします。森の中で、赤はお止め下さい、せめて補色は、補色だけはあぁ。
シャイなあの頃に戻ってぇ……。
俺は、自分が着ていた服を脱いでコアへとかけては、なんとか輝く赤色の光を、向こうにいる軍隊へ届かせないようにしていたのだが、コアは巨大で、全くもって隠しきれない。というかそもそも、気付かれた後から行っても、到底無理な話だろう。
マップ機能を使い、音声だけを拾ってみたが、そこから聞こえてくる会話は、ダンジョンコアの破壊を行う方向で進んでいた。
「どーしよう、どーしよう」
俺はあたふたあたふた。
このダンジョンには、まだ魔物がいない。
ダンジョンを守ってくれる俺の配下は、誰もいない。急いで誰かを生成したいが、Pを大量に獲得したからか、魔物の生成リストが膨大な量になっている。一体どの魔物がどんな特性を持ち、どんな風に良いのかが、サッパリ分からない。
異世界の知識、なんてものを授かってしまった分、この世界の知識、魔物の知識などが抜けてしまったのだ。どうしてこんな役に立たない知識ばかりがあるんだっ。せめてこっちの、弱肉強食の世界に必要ない、オタク文化の知識は捨てさせてくれっ、メイドの良さなんてどうでも良いわっ
俺は、何か、この状況をなんとかできる魔物はいないのか、と、魔物の生成リストを、探し回った。
そして、気付く。
「……そもそも侵入者がいる階層に、新しい魔物は生成できないんだった」
侵入者がいない階層に生成して、転移などで送ることはできるが、生成したい階層に侵入者がいたら、ダンジョンの仕様上無理なんだった。全1階層の今じゃあ、どこにも無理無理。
あっはっは、忘れてたよー、もうこのウッカリさん。
「あわわわわわわわ」
どうしてこんなことに……。どうしてこんな……。
俺が一体何をしたって言うんだっ。いや確かに色々してますがねえ、でも死体はもう返せないんです。Pに替えてしまったんです、人に分かり易く言うならお金に替えてしまったんです。
そう言うとめちゃくちゃ極悪だなっ。俺最低じゃねえかっ。
「そりゃ殺されちゃうよー……。――おおっ? 帰る? 帰るのか?」
なにやら聞こえたそんな言葉。
俺は立ち上がり、ダンジョンコアから、ひょっこりと顔を覗かせる。
あら、目が合っちゃった。
……俺はスっと戻る。
話し合いの末、わざわざ竜を吸収し、今しがたも死んだ仲間を即座に吸収してみせているのは挑発だ。
返り討ちにする用意があるからやっているのだ、乗ってやる必要は無い。我々もボロボロだから、準備を整えもう1度来よう。
そう言ってくれた人がいた。
なんて優しい人なんだ。吸収していたのは、もう、投げやりと言うか、しないと落ち着かないからやっているだけなのだが、それが功をそうした。
まだダンジョンマスター暦浅いからね、そこら辺の我慢というか、そういうのが効かないんですよ。若さってやーねー。
人生、何があるか分からないもんだなあ。未来がどうなるかなんて分からない、色々考えていたのが馬鹿みたいだ。いやあ良かった、あっはっは。
「……でもまた来るのか」
そうですか、そうですよね。そりゃそうだ。
竜の死体なんて吸収しなきゃ良かった。いや、そっちはまだP変換してないから出せるんですけど、人の死体がねえ。もう換金済みだし。
まあ、吸収してるのが罠っぽい、とかなんとか言ってるから、今更出したらなお悪いんだろうが。
……。
ともかく、次来るときが命日だな。
「もちろん、俺の」
お読み頂きありがとうございます。
1話1話長いですが、お付き合いいただけると嬉しいです。