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第45話 ダンジョンマスターの空の旅路

ダンジョンあるあるその8

反抗的なネームドモンスターほど役に立つ。

我の強い子ほどいざという時に良い位置にいたり良い働きをしてくれること。

 上から見たなら誰もがこう思うだろう。

 まるで1枚の絵画のようだと。


 芸術工学、デザインとは、審美の世界にさらなる美しさをもたらすため、人の心の奥底に眠る感覚を直接脳に届けんと見出されたものである。


 それは才ある者達が長年に渡って思考錯誤し、時には狂気に身を任せつつも手に入れた英知。

 果てはかすかにも見据えられず、自分が今どこにいるかすら分からない、人生を賭けたとしても砂粒1つ手に入るのかも分からない。

 そんな中でこれ以外に無いのだと死ぬまで突き進んだ者達により見つけられた、神のレシピ。


 世界の全ては数式によって示される。

 神が作りしその世界には、自明の理のような万物の法則が存在した。


 芸術家とは、その法則を我が物とし、世界を構築してみせる者のことである。


 そして、今日ここに、そんな芸術家の末席に名を連ねる者が生まれた。

 そう、それこそがこの俺、ダンジョンマスターである。


 俺が見下ろすのは我が城。


 大きな大きな城。

 直径10kmの大地いっぱいに建設された巨大な城は、上から見れば南側が開いた、三日月型の城。

 高さは最も高い部分で3km、つまり3000mにも及ぶ。

 三日月の穴の部分は美しい庭園。

 東京ドーム641個分、直径6kmを越える巨大な庭には、花壇、噴水、小川、色とりどりのレンガの道、様々な物が散りばめられ、こんな上空からでも美しさと荘厳さに目を奪われる。


 芸術の粋を集めた奇跡の絵画。


 しかし、絵画とはキャンパスに描かれるから絵画だ。ただあるだけでは絵画と呼ぶことなどできない。


 だからこれは、絵画なのだ。


 白いキャンパス。

 雲のキャンパス。


 上を見ても、横を見ても、下を見ても、雲が流れている。この絵画は、真っ白な雲のキャンパスに描かれた。


 その城は空に浮かぶ城。

 天空を漂う大地に建造された、天空城砦。


 この巨大な城を乗せた広大な大地は、高度5000mに在る。


 直径10kmと、城と同じ長さを持つ円形の大地。その面積は実に78.5k㎡にもなる。


 その質量は果たしていかほどだろう。大地は決して薄っぺらではない。

 真上真下から見れば綺麗な円形に見えるこの大地は、横から見たなら漏斗型。薄っぺらいどころか非常に厚いと言って良い。


 y=logxのグラフの形をした流線が、ダンジョン中心より5km高度5000mの地点にある大地の端と、ダンジョン中心より0km高度1910mの地点にある大地の底とを結ぶ。

 大地の色は半透明で白色、乳白色に近い色。茶色の土でも灰色の石や岩でもなく、どちらかと言えば石英に近い材質で造られた大地。

 それがまるで氷柱のように、幾つも重なり密集し、その流線型を造りだしている。


 石の密度はそのほとんどが、約2.7t/㎥。

 石英も同様であり、大地の中に通路や部屋が数え切れぬほど存在し空洞に近いとしても、実に3090mもの厚みを持った石英の氷柱。

 質量を計算したならば、途方もない数字が出てくることは間違いない。


 だが、それでもその大地と建造された城は、高度5000mに浮遊する。


 むろん科学技術で起こるはずも、起こせるはずもない。

 しかし魔法が駆使されるこの世界では、勲章が用意される程度にはありふれている。このダンジョン以外に天空城を持っているダンジョンとていくつもあるのだろう。


 それでも。


 灰色を重く含んだ城。

 緑と青と色とりどりの庭。

 白に近い大地の結晶。

 そして燦々と輝く、城の頂点に設けられた赤いダンジョンコア。


 黄金比1.618という調和の曲線。

 神秘の造形。

 この姿は、形は、世界全てにある天空の大地、天空の城と比べても、群を抜いて――。


「美しい……」


 こんな落下中に見ても、そう呟いてしまうくらい。


 ……さて、ここで1つ問題がある。

 どうして俺は落下しているのだろう。


 窓を開けていてそこから落ちたわけではない。

 なぜならさきほどまで城を上から見下ろせていたからだ。


 城は大地いっぱいいっぱいに建っているので、窓から落ちれば大地からも落ちることになるが、上から望めるはずはない。

 一体どうしてか。


 答えは1つ。


『そろそろ反省したか?』

 このダンジョンに、空を飛べる子がいたからだ。


 朝目覚めると、俺が一切動揺を見せなかったにも関わらず、すぐにPを使い切ったことがバレてしまった。

 言い訳無用、問答無用。

 44万Pの責任を俺は背負わされる。


 1万Pの誤差があると俺は主張したのだが、裁判長には認めてもらえなかった。


 そして、現在、絶賛落下中だ。


「反省したよ。しましたよマキナさん」

『反省したやつは反省したって言わねえよ』

「貴様、根に持っていたのかっ」

『貴様?』

「マキナ様ぁ」


 俺はこの天空城砦を凄く良いと思う。

 あまりにも美しく、最強たる彼女達が住まうに相応しい城だと思う。

 生憎玉座は1つ、俺専用だが、そこに住む権利を得ているというだけで世界から喝采と尊敬を受けるに違いない。


 しかし使い過ぎた。

 7人も良いと思ってくれているはずだが、いかんせん使い過ぎた。


 本来であれば、1万P余っていたはずなのだが、やっぱり使い過ぎた。

 裁判長、どうして弁護士がいないんですか、検事しかいないじゃないですか。


 この世界の知識でのP変換は1度に大きく使えば使う程、効率的。多く使ったのはそういう理由だ、それを意識し過ぎ、起こった結果。

 知恵の回る人間種族のダンジョンマスターだったからこそ、起こった問題、弊害と言える。


 1P銅貨1枚、10P銀貨1枚、100P金貨1枚、1000P白金貨1枚。そして、1万P白金貨100枚。

 10万Pになれば、白金貨1万枚。


 43万Pを全て注ぎ込めば、白金貨18万4900枚だ。


 日本円換算なら、18兆4900億円。

 しかし、もちろん18兆どころではない大規模なことができる。


 なぜならこの世界には魔法がある。

 魔法があれば、機材なんて無しに大規模なことが起こせる。一人いるだけで工事はどれだけ捗る事か。魔法の素材なんかもダンジョンでの生成にはバンバン使える。


 特殊な素材もいくらでもある。

 魔物を解体したりドロップアイテムとして手に入る素材もさることながら、植物、鉱物などにも特殊なものが多い。熱を加えると浮かぶなどの意味が分からない現象を起こす素材だってあるのだ。


 しかし逆にないものもある。

 それは労働基準法。

 一人で大規模工事ができるほどの者を雇う場合は1日金貨1枚近くが必要な計算になるが、ただの工夫や人足の場合は1日銅貨1枚。日本円換算にするなら100円で良い。

 そして1日24時間の内24時間働かせても日常の域を出ない。


 また、安さだけを求め雇用した際に心配な、工事ミスや経年劣化はダンジョンにとって無縁のもの。

 ゆえに、18兆という少ないお金でも、天空城砦と、そこへ入るためのキー階層である地上部分を作り得たのだっ。


 はてさて、どこに文句があると言うのかね。


『分からない、と?』

「……」

『分からない、と?』

「いえ、分かります……」


 落下速度はどんどん速くなる。

 風にはためかない服と、振動すらしない肌。

 ダンジョンマスターは所有物も含め、ダンジョンからの影響を受けない。だから俺は真直ぐに落ちて行く。


 天空城砦。

 俺が考えた構造は、まさに卓越しているの一言に尽きる。

 さすが人間種族のダンジョンマスターだと、知恵を武器とする唯一の種族だと言って貰える出来映えだろう。


 だが、それに凝り過ぎたのさ。

 城内に罠は1つもない。城内どころか、同時に併せて生成した地上階層にも罠は1つもない。

 魔物も1体もいない。影も形もない。ダンジョンを広げたので端の方にはそこそこいるが、あれは侵入者だ。


 調度品も1つもない。天空城砦内部はガランとしている。

 アイテムもない。キーアイテムを手にしないと次に行けなかったり起動しない装置もあるが、無理だ。


 全て外観です。


 俺はちらりと我が城を見る。

 もう、見上げなければ見えなくなってしまった城。ああ、ってことはもう5000mを切ってるのか。


 漏斗型の石英、水晶状の大地を見た感じ、今は上部と1番低いところとの間くらいかな? 5000mと1910mだから、3500mくらいだ。


 俺は上を見上げた。

 城は大地の端から建てられている。城の端の高さは北端を除いて、全高の3分の1。ダンジョンコアがある最も高い3000mの3分の1だが、それでも1000mの高さ。

 巨大な城、僕の城。


 ここからはまだ窓も見える。でも、誰の顔をそこには映っていない。

 帰る為にあるはずの我が家は、俺から9.807m・s2で離れていく。もう戻れることのできない桃源郷、僕の幸せは全てあそこにあったと言うのに……。


『ダンジョンマスターとは言え、空気抵抗を受けようと思えば受けられますので、減速は可能ですよ』

『つかこれまだ全然反省してねーな。もう1回やっとくか』


「……、ああ今日も、朝日が眩しいぜ」



 俺は広がる自分のダンジョンを見回す。

 地上、半径50km、50階層。


 この間までは半径30km30階層、環境の変化はおろかギミックの1つもないみすぼらしい姿だったが、見よ、我が雄大なダンジョンの姿を。


 魔境の険しい自然を飲み込みながらも、新たに作られた人工の建造物が点在し、それらは調和している。

 まず目を引くのは、なんと言っても鎖だろう。


 天空の大地から延びる12本の鎖。


 東西南北を12で分け配置された巨大な鎖は、天空の大地外縁部と、29階層から40階層を繋ぐ。


 つまりダンジョン中心より5km高度5000mの地点と、中心より21km高度0mの地点とを繋いでいるということ。

 長さにすると高さ5底辺16だから、16.76。ほぼ17kmという途方もない長さの鎖。

 鎖は一欠片の大きさだけで10mあり、厚みは直径は1mととてつもなく太い。

 そしてそれに応じた重量を持つはずなのに、ピンと張られたわむ様子など一切見せない。


 天空城砦がこの地から離れることがないよう、地上に設けられた台座と繋ぎ、引きとめているのがこの鎖。

 そう、すなわち天空城砦は、それだけの重量の鎖がたわむことすらできないほど、強い力で拘束されているのだ


『それが真直ぐなのはただの通路だからだろ。P消費抑えた安全なルートにしたから急勾配にできなくてたわんでねえだけじゃねえか、罠も仕掛けられねえし雑魚も置けねえよ』

 ……。


 そして、天空城砦に辿り着くためには、それら12本の鎖を守る守護者達を倒し、キーアイテムを手に入れていく必要がある。


『キーアイテムはありませんが? そもそもそこがそのまま通路なのですから、歩けば天空城砦に辿りつきますので無意味ですね。29階層以降の地上階層に赴く必要が皆無になっております』

 ……。


 ……。

 ……。

 ま、まあほら、高さ5km長さ16kmなんだから5:16だぜ? 傾斜32%だぜ?

 そこそこ急勾配だし17kmは長いし足場だって鎖なんだから穴開いてるし丸いし、登り難いと思うよ?


 そりゃあステータスのある世界の人の身体能力があれば登れるだろう。

 我が家のダンジョンコアの波動は強いから斥候系の人や直感強い人からすると道筋分かり易いんだろう。

 けどさ、まさかあんな荘厳な城なのに、鎖をそのまま登って行けるとは思わないでしょ。そう思いません?

 キーアイテムだってさっさと生成できるじゃない。確かに今はPないから生成できないけどさ。


 ……分かった、じゃあもう鎖を登った人は処刑だ。

 通路の階層は全部41階層だし41階層は通路以外に存在しないけどもう階層外からの攻撃を許可しよう。


 階層外からの攻撃&魔物や罠の設置を不可能にしてあるダンジョンの仕様において絶対的に安全な通路に赴きあまつさえは階層外からも攻撃する。そんなダンジョンのタブーを半端じゃなく侵すことになりますけれど。


 良いのかいみんな。みんなそれで良いのかい?

 ダンジョンモンスターとしての誇りはないのかい?


『んじゃあ早い者勝ちだなっ、どこら辺からオッケーにする? 手かけたくらい?』

『キッチリと決めましょう、毎度そうしていればどんな下等生物でも教え込めますからね。いえ、処刑のタイミングをバラけさせ誘いこむ方にしましょうか』

 ……。


 ……。


 ともかく天空城砦に辿り着くための試練その1として、鎖の守護者を倒しその胸から下げているペンダント型か何かのキーアイテムを、鎖の根元にある台座にはめ込む。

 すると台座が光り、欠片のキーアイテムを手に入れることができる。

 それを鎖の分守護者の分、つまり12回繰り返すと、手に入れた12個のキーアイテムが合体し、鍵が完成する。


 これで試練その1クリアになるわけだ。

 もちろんクリアしなければ先に進めない。


 我がダンジョン初の、ほにゃららしなければ次階層へ進めない足止めシステム。

 どうして今までなかったんだ……。そんないかれたダンジョン見たことねえよ。……今も無視して行けるのでないと言えば今もないんですが。


 鎖は天空の大地からそれぞれ等間隔に同じ長さ伸びているため、その着地点はダンジョン中央から見て全て一定距離、そして一定の幅間隔。

 であるから、29階層から40階層までは同一円線状に存在している。

 台座のある場所を中心として、半径5kmの円が各階層。


 その階層のボス、鎖を守る12の守護者達ももう決まっている。


 北29階層の守護者は、ネズミ。

 北東微北30階層の守護者は、ウシ。

 北東微東31階層の守護者は、トラ。


 東32階層は、ウサギ。

 南東微東33階層は、タツ、というか竜族。

 南東微南34階層は、ヘビ。


 南35階層は、ウマ。

 南東微南36階層の守護者は、ヒツジ。

 南東微西37階層は、サル。


 西38階層は、ニワトリ。

 北西微西39階層は、イヌ。

 北西微北40階層は、イノシシ。


 そう、子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥、十二支。干支である。


 ダンジョンモンスターは基本的に勲章や役割で強化される。

 勲章とは、勲章。

 役割とは、最終階層のボスだとか、普通のボスだとか、指揮官だとか門番だとか、宝の番人だとか。与えた役割が重いほど補正が強くなり強化される。


 しかしそれら2つはあくまで基本的なもの。

 基本にして最大の強化だが、他にも強化の方法は多数存在する。

 その内の1つが、関連性。


 関連性とは、例えば各階層を属性毎、種族毎に揃える等。

 ダンジョン全てを揃えたなら勲章を授かるが、各階層を揃えただけで勲章は授からない。それでも強くなるのはこれが理由。

 我がダンジョンももちろん行っている。

 相変わらずコモン魔物がいないので、階層には守護者1人だけだから。


 そして属性を揃える関連性の他にも、括り、方向性などの関連も存在する。

 魔物同士の関連、その土地との関連、歴史、史実、同様の能力、様々な関連で魔物は強化されていく。

 だから十二支。

 ただの12体のボスモンスターであるよりも強化され、属性や種族を揃えるよりも多様化された、最強のボス軍団がそこにいる。


 ダンジョンにおける工夫、例えばダンジョンコアの波動を利用するような工夫を、俺はもうすることができない。

 そんな誇り高い道を歩むには、俺の手は悪に染まり過ぎている。

 だが、構造もギミックも関係ない、魔物の強化であるなら話は別だ。


 俺にできる残された最後の誇りはここにある。

 見せてやるぜ、悪逆非道のダンジョンマスターの、矜持ってやつをっ。


『十二支はこっちの世界じゃ聞いたことないぞ? 生成リストにもいないだろ』

 ……。


 そしてこの十二支の階層は、どの階層からでも入ることができる。

 しかし十二支とは史実。それも1番がいて2番がいて12番がいる、順序のある史実。ゆえに順番通り入らなければボスはさらに強化される。


『……誰も知らない。……のにか?』

 ……。


 ……。

 ……。

 そうだね、史実知りようがないんだからそんなんないよね。一応階層順に攻略しないと強化、くらいにはできるし、強化がないわけじゃないんだ。はい。


 では干支のボス達にどういった強化があるのかと申しますと、階層ボスであり城に入るためのキーアイテムの守護者。

 あー、でも階層は10や5の倍数の補正じゃないとあんまりだし、鎖登ればダンジョンに入れるのでキーの重要性がなさすぎてやっぱり補正は弱い。キーアイテム自体も12体で分けてるし。なんなら今はないし。

 一応天空城砦の正面玄関から入れるということで、補正があるにはあるんですけどね。


 まともな補正は、魔境にいるような魔物だからそこでと、……、……、階層順攻略の補正と……。

 あ、鎖を壊そうとしたり台座に攻撃したりすると、ダメージに応じて明るさが変わる赤い光のエフェクトがあるんです。

 そのタイミングでボスの胸元のキーも同じ色に光るんで、探し易い分ハンデとして強化されるよ。


 ……分かった、確かに強化って言ったが、あれは嘘だ。

 強化はされません。


 でもマイナスだってないだろう?

 干支階層は中心から21kmにあるので一周するだけで130km以上移動することになる。

 広い、というのは自然型ダンジョンの醍醐味であるが、強制的に歩かせるとやはり幾ばくかのマイナス補正を食らう。

 しかし、我がダンジョンは鎖を歩けば良いだけなので強制ではないし、一周するとしても同階層をではなく29階層から40階層各10kmを、になる。全く問題ない。


 分かったかい?


 これでも俺は考えてるんだぜ?


『ふーん』

『……』

 ……。


 ……。


 ともかくこれが試練1の全貌だ。

 そして次、試練その2。エレベーターを起動しろ。


 干支をどこから始めてどこで終わるのか、それは知らない。だから貴方が次の試練をどこから始めるのか、俺も知らない。

 だがどうであれ干支階層を抜ければ、中央から16km地点にいることになる。


 だからそこからダンジョン中心を見た際、険しい山のその先に、塔が建っているのも見えるはず。

 ダンジョン中心地。

 天空の大地の水晶の氷柱が高度1910mまで伸びているその場所、標高1000mの山に建つ、ねじれた塔が。


 50階層、半径500mの小さな円。

 そこに塔が4つ建っている。

 まるで台風のように、シダ植物のように、貝のように、螺旋を持って迫上がり、絡み合い建っている塔。


 北向きに入り口を設けられた塔は黒く、どこか水や冷たい印象を受ける。中に入ればそれは正しかったと理解できるほどに気温が低く、凍りついている。


 西向きに入り口を設けられた塔は白く、どこか鉄や安寧な印象を受ける。中に入ればそれは正しかったと理解できる程に緩やかで、紅葉に溢れている。


 南向きに入り口を設けられた塔は赤く、どこか火や熱い印象を受ける。中に入ればそれは正しかったと理解できるほどに気温が高く、熱せられている。


 東向きに入り口を設けられた塔は緑で、どこか木や健やかな印象を受ける。中に入ればそれは正しかったと理解できる程に穏やかで、草花が咲き乱れている。


 どれも同様の形で同様の長さ。

 そして魔物も罠もなく、ただただ階段を登って行くだけの塔。

 頂上へはアッサリと辿り着くことができ、そこに飾ってある、いや奉ってある勾玉を取っても何も起こらない。


 とても簡単なミッション。


 しかし、干支階層を抜けたその場所から、この塔へ入るまでがまず難しい。

 恐ろしく過酷な階層を抜けてこなければならないからだ。


 49階層。

 ダンジョン中央より13kmの地点から、50階層に入る500m地点までの12.5kmの長さを持つ巨大階層。

 5km地点、天空城砦の下に入るまでは平坦だが、そこから4.5kmで1000mまで登る山を持つ、平原と山道を持つこの階層は、山や湖などの配置こそ全く同じだが、北、西、南、東、その4つの方角でそれぞれ違う特徴を持つ。


 人にとってはあまりに険しい自然を。


 北は寒く極寒で、一面の銀世界。吹雪は絶えず、視界は全く確保できない。だが立ち止まってしまえばそこで永久に止まることになる。

 巨大な湖は全てが凍りつき、雪山や寒冷地で活動する魔物達すら活動に支障をきたす凍原階層。


 西は実り豊穣で、見渡せば豊かな彩りが待ち受ける。雰囲気は緩やかで綻ぶ顔は止められない。だがここでは、ゆっくりと年老いる。

 体が重くなり、目は衰え、手に皺がきざまれ、声もどんどんひしゃげていく紅葉階層。


 南は暑く灼熱で、一面の溶岩炉。グツグツと煮えたぎり、常にどこかで爆発が起こる。安全な場所等どこにもない。

 巨大な湖は溶岩でできており、火山や熱帯で活動する魔物達すら活動に支障をきたす火口階層。


 東は芽生え爛漫で、咲き乱れる花と青々とした若葉がそこにはある。雰囲気は穏やかで落ち着く心は止められない。だがここでは、ゆっくりと若返る。

 活力漲り、声が若々しくなるも、手は短くなり、剣も鎧も重くなり、いつしか泣き出してしまう萌芽階層。


 それらのどこかを越え塔に入り勾玉を手に入れたのだから、重要なキーアイテムだと分かるだろう。

 だが、勾玉の使いどころはこれより先にない。

 勾玉を使う場所は、塔より前。


 黒い塔で手にした黒い勾玉は極寒で。

 白い塔で手にした白い勾玉は豊穣で。

 赤い塔で手にした赤い勾玉は灼熱で。

 緑の塔で手にした緑の勾玉は爛漫で。


 なぜならその東西南北4箇所で、勾玉により遭遇できるようになった4体の魔物こそが、49階層のボス。

 中心にあるエレベーターを起動するために倒さなければいけない守護者なのだから。


 北の玄武。

 西の白虎。

 南の朱雀。

 東の青龍。


 四獣と呼ばれ、方角を守る結界を司る彼等ならきっと見事守り通してくれることだろう。


『流石は主様。現在の49階層は、ただの森と湖と坂ですが、強力な魔物は環境を変化させると言いますし、きっとそう変化させてくれることでしょう』

 ……。


 そして四獣を見事打ち倒し、各塔にオーブを設置したならば、その4つの塔よりも内側にある平らな闘技場のような場所が、50cmほど浮かび上がる。

 100mちょっとの闘技場は、まるで地面から解き放たれたかのように。

 そう、天空要塞へ直通のエレベーターだ。


『本来の直通は鎖の道じゃがの。勾玉もないからエレベーターは起動せんしの』

 ……。


 エレベーターの中心にはオーブが浮いている。

 その闘技場に乗り浮かび上がったオーブに触れれば、一気に500mほど浮かび上がるのだ。


 元々1000の高さの山の頂上にあるので、既に天空の大地の結晶氷柱の方が近くなった視界。怯むこともあるだろう、景観の素晴らしさに見惚れることもあるだろう。

 だが、そこは50階層。地上最後の階層だ。


 だからそこには、いるんだよ、

 地上階層最終50階層の守護者、麒麟。そう四獣は五獣だったのだっ。


『五獣、美味しいのかなー。四獣は似た様なのがいるけど麒麟はこの世界にいないから食べてみたいなあ……』

 ……。


 ……。


 ……。


 ともかくそれが試練2の全貌で、試練その3はもちろん五獣、麒麟を倒せ。

 ここは特になんら変わったギミックもない。

 ただ直径130mの遮蔽物も何もない闘技場が500mほど浮かんでおり、敵が空を自在に飛べる魔物であるだけだ。


 趣向を凝らす干支から四獣。

 その最後の締めくくりはやはり何もない単純な戦いこそが相応しい。


 ……分かった、うむ確かに、確かに最終階層もアレだよ、別に関連性は何もないよ。

 関連性も何もない上に、天空城砦の正面玄関を守る守護者でしかない上に、関連性のない四獣も同じく正面玄関の守りに参加してるから役割としても薄いよ。強化はそんなにないよ。


 環境だって今は普通に森だからね。


 でもあれだぜ?

 麒麟は浮かぶ闘技場の下側に身を隠せるし、空を飛べない人は落とされるだけで終わりだ。

 俺も人間だから500mの落とし穴って言うと、50階層に来れる人じゃあ即死罠かそれに近い扱いになるけど、死亡確率制限解放とコスト制限解放の勲章を持つ俺なら置ける。


 それにその対策として四獣の塔にあった勾玉は、真ん中のオーブに触れさせれば一定時間闘技場から落ちない設定にできる、壁に跳ね返る的なね。

 4つあるんだからパーティーの内4人は落ちないようにできるんだから、ハンデ扱いにもならない。つまりボスにマイナス補正はない。


 色々考えてあるだろ?


 俺だって頑張って節約とかしたんだぜ?


『流石は主様。……節約した分は全て外観、ということですね。思い切りの良さは素晴らしいです』

『研究所も名ばかり。設備が全く揃っとらん、外観だけではないか』

『お腹空いたー。けど食料庫しか食べるのないよー』

 ……。


 ……。


『もう1回上から落としてみるか』

『そうしましょう。ただ回収が面倒なのでご主人様、さっさと鎖を上ってきて下さい』

 ……。


 ……。


 ……。


 ……。


 ……。

「ふう、……中々の勾配だった」


 おおっと言っておくが、ダンジョンマスターは動かないでおこうと思えばダンジョンモンスターからは動かせないんだぜ?

 俺は動かない、宣言してやる、俺は一切動かないぜっ。

 え、じゃあ反乱して動かすって?

 そんなことをしたら地面に当たったりすると俺死んじゃうぜ? 反乱されてやられたことにはダメージ食らうからね。え、だからやるのかい?


 ……さあ行こう、空の旅へ。

お読み頂きありがとうございます。


いつの間にか100ブックマークを越えていました。本当にここまでお付き合い頂いて感謝しかありません。


最近2日に1度更新となっておりますが、もう少しで9人目も登場します。

これからも見て下さったなら嬉しい限りです。

よろしくお願いします。

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