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第41話 最後のダンジョン攻略大作戦、後編。

ダンジョンあるあるその4

罠にかかって欲しいやつほどかからない。

間引くために存在する罠が、間引きたいやつに全く効果を成さない現象のこと。

「お、ラスボス臭いな」

 ユキは石造りの道に設けられた重厚な扉、今までとは違うプレッシャーを感じさせる扉の前に辿り着いた。

 幾多のダンジョンを踏破してきたユキにとって、その違いは手に取るように感じられる。事実、そこはダンジョン最集階層最奥。


「マップで見ると67階層か。そんな強くないダンジョンだな」

 ユキはそう言って扉に手をかける。


 ギイィィと、その重厚さに見合った尊大な音が、長い長い道に反響する。そして徐々に徐々に姿を露にする最後の間から声が響く。

『良くぞここまで来たな、侵入者よ』

 それはまるで地獄の蓋が開いたかのような尊大さと、最奥特有の轟きを秘めて、ベールグラスホッパー種族の男の声が響いた。

 戦うべき相手、勇者にとっての仇敵。

 ダンジョンマスターだ。


『だが最後の階層守――』

『ストップストーップ、ユキストーップっ』

「む?」

 ユキは振り返る。開きかけた扉をもう1度閉めながら。

 ギイィィバタン、と重厚且つ赴きある扉は姿に見合った尊大な音で閉じられた。中からの声はもう聞こえない。


『え、もしかして今喋ってなかった? 口上に入ってなかった?』

 勇者とダンジョンマスターの対面という至高の決戦は、もう1人のダンジョンマスターによって阻止される。

「口上?」

 人間型ダンジョンマスター。

 ユキにとってのダンジョンマスターによって。


『ダンジョンマスターは最終階層に侵入者が来たら口上述べるもんなの。タイミングはボスを倒す前と後でそれぞれだけど』

「そういえばお前も、ようこそ俺のダンジョンへ、とか言ってたな」

『そうそうそれそれ。ダンジョンマスター的な最大の見せ場なんだよ。それを妨害するだなんて。やってしまった、俺は、なんてことを……』

 振り返ったユキの目の前には、空中に浮かんだモニターのようなものがあり、見知ったダンジョンマスターを映しだしている。


 それは何の機材もなくユキが言うところのビデオ通話を可能とするもの。ダンジョンの機能、権能。

 マップとあわせ、どちらも脅威的なものだ。存在は上位者になら広く知られているが、そこまで詳細で克明なものだとは思われていない。

 人類の救世主である、召喚勇者ならば警鐘を発すべきもの。


「今までの悪行に比べれば大したことないだろ」

『やめなさい。そう言うことを言うのはやめなさい』


 だがユキはそんなことをするつもりなど毛頭ない。

 なにしろ既にダンジョン側に立っているのだから。


「……、ようこそ俺のダンジョンへ」

『やめなさい。からかって言うのはやめなさい、大事なんだよあれは。だって嫌だろ? やっと辿り着いたダンジョン最奥で相対するラスボスがあわあわしてたら。気分乗らないし倒し辛いじゃん』


 会話する相手は先日、いや今日初めて顔を合わせたダンジョンマスター。

 勇者とダンジョンマスター。必ず殺し合う仇敵の関係として出会った2人は紆余曲折、というほどのこともなくあれよあれよとこんな関係に。


「いや、普通にサックリやるけど」

『怖い、怖いよこの現代っ子め。いや勇者だからか。この勇者め』


 勇者それは、その種族に時折現われる担い手。

 その中でもユキは別格の、召喚勇者。


「で、なんだ? この魔王」

『それがね、ちょっとそこでストップしてて頂きたいんです。みんなが来るまで。揃って行けるまで』


 日夜救いを祈る世界中の人間達からの願いを神が叶え、与えられた神器。召喚勇者。

 それも世界で広く信仰される8柱の神の1柱が加護を授けた、歴史を紐といても数えるほどしかいない神の使徒、最強の存在。

 ユキはその力をもって、ダンジョンを、魔王を、そして上級竜をも切り裂き、その名の通り期待の通り、世界に安寧と激動をもたらしてきた。


「えー」

『そこをなんとか』

 手を合わす、パン――という音ともにされるお願い。


 しかし、そんな何もかもを叶えられる存在は前回、初めて何かの期待を裏切った。


「1人でも余裕だぞこのくらい」

 ユキはダンジョンマスターが映る映像をジトーっと見る。


『お願いしますっ、みんなで一緒に倒して下さいっ』

 拝み倒そうかというほどの手を合わせてのお願い。その姿は真剣で滑稽で懸命で珍妙で切実で――。


「断るっ」

 とても断りやすい。

『良くぞここまで来たな、侵入者よ』

 ギイィィという音と共にそんな声が響く。

『断るなよっ。ユキさーん』


『だが最後の階層守護者は――』

 バタン、と再び扉は閉まった。

『ダンジョンマスターの口上で遊んではいけませんっ』

 ユキはやっぱり部屋の外。


「1人でも楽勝だよこんなもん」

『こんなもんて言わないの。協力しようぜ、仲間でしょっ』


 仲間。


 ユキが異世界に召喚されてから4年。1度も仲間はいなかった。

 いや、かつてはいたのかもしれない。この世界に召喚され魔王を倒す旅に出た、最初の時期。


 辛く苦しく険しく、でもどこか楽しかった日々。頼りになる仲間と信頼できる仲間と旅をしてきたように思える日々。


 しかしいつしか会話が合わなくなった。足手まといになった。

 そして、いなくなった。


 魔王を倒しても、それは2度と手に入らなかった。


『1人で倒してみろ、その後面倒だぞー。アタシが私が倒すはずだった、とか。きっとことあるごとに勝負挑まれたりするよ』

「良いじゃないか、楽しそうだ」

 だが、そんなユキにも仲間ができた。

 人間どころか亜人ですらない魔物だが、一緒にいて楽しく信頼し合える仲間が。


『やめてくれ、その度に家を作りなおさなきゃいけないなんてやめてくれ。俺が大変だ』


 家。


 ユキにはこの4年間、家がなかった。

 いや、あるにはある、魔王を倒した褒美として渡された大きな屋敷が。

 旅ばかりだったユキにとってそれは嬉しかった。


 しかし住んでみて、そこは自分の居場所じゃなかったことに気がついた。


 ユキは強過ぎた。神から溢れんばかりの力を授かったユキは、王国の悲願を容易く叶えてしまえるほど強かった。それは王国の力をもってしても敵わないことを意味する。

 力あるユキは誰からも恐れられ、誰からも利用される。

 家の世話にと与えられた者達はただの監視で、家とは名ばかりの牢屋。そこは決して帰る場所なんかではなかった。


「そっちの都合なんだな」

『うん』

「掘っ建て小屋をやめたら、って今は何もないが。やっぱり城が良いな、壊れにくそうだ」

『暴れる前提の話はやめてくれ』

「壊し甲斐もあるしな」

『やめて下さい』


 だが、そんなユキにも家ができた。

 一緒に住むのはやっぱり魔物で、その家には自分の部屋どころか壁も天井もないが、食卓の自分の椅子と、心地よい居場所がある。


『頑張ってるから壊さないで。というか今は家ないから近くで争いが起こると俺が危なすぎるんです、争いの原因は少なくしましょう。良いですね?』

「えー」


『えーって、ほら、ちゃんと美味しい料理を用意して待ってるから。お願いしますよー』


 料理。


 これもなかった。影も形もなかった。

 美味しい料理なんぞどこをどれだけ探してもなかった。


 塩は海辺にある町以外貴重で、胡椒はどこでも貴重、砂糖なんて見かけることすら滅多にない。醤油、味噌、米、そんなものはどこを探しても見つからない。

 主食はカッチカチのパンと、マズイじゃがいもに火を入れたただの焼けたじゃがいも。または豆をグジャグジャに潰した粥のようなもの。

 料理方法は少なく、技術も拙い。

 王侯貴族の食事すらマズイ。

 贅沢の限りを尽くしても、その方向性が間違っているならどうにもならない。いやそもそもどう扱っても素材からマズイので無駄なのか。


 とにかく美味しい料理はどこにもなかった。

 全てを叶えられるはずの召喚勇者でもそれを変えることはできなかった。自分が作っても毒物になるだけだったから。


「美味いご飯なあ、例えば?」

『うーん。満漢全席』

「待つか」

 だが、それも手に入った。

 馴染みのある料理達は見た目も味もそのまま、もしくは上等になって現われる。テレビでしか見たことのない料理も、馴染みない異国の料理も、全て頬が落ちそうなほど。


 一緒に食べるのはやっぱり魔物だが、そこには例えようもない幸せがあった。


 ユキは刀を納め、その手を離す。

『良し、じゃあみんなに伝えてくるから。ちゃんとそこで待ってなさいよっ』

 仲間。

 家。

 料理。

 ユキは欲しかったものを手に入れた。欲しいと思っていたその全てを手に入れた。


「なあ」

『ん?』


 日夜救いを祈る世界中の人間達からの願いを神が叶え、与えられた神器。召喚勇者。

 それも世界で広く信仰される8柱の神の1柱が加護を授けた、歴史を紐といても数えるほどしかいない神の使徒、最強の存在。

 ユキはその力をもって、ダンジョンを、魔王を、そして上級竜をも切り裂き、その名の通り期待の通り、世界に安寧と激動をもたらしてきた。


「……いや、何でもない」

『? おう、じゃあ待ってろよー』

 通信が切れ、フ――、と監視の目もなくなる。


 しかし、そんな何もかもを叶えられる存在は今回、初めて何かを手に入れた。


「うん。だからまあ、感謝してる。うん、そんな感じ」

 ユキはさっきまでダンジョンマスターの映像が映っていた場所をチラリと見る。


 乞われて請われて壊れかけた勇者は、頭の天辺まで満たされた。

 けれど、だから気付く。


 案外まだまだ欲しい物があることに。


 それは数えようとしても、途中で止めてしまうくらいにはたくさんあって。


「だからまあ、ライバルは多いけど。でも一緒で良いか、仲間だし」

 誰も見ていないそこで、クルリと一回転したユキ。


「ふふっ」

 その笑顔には、これからの幸福が満ちている。

40話まで来ました。

ここまで読んで下さった方々、本当にありがとうございます。


ブックマークや評価をして下さった方々、感想やコメントを下さった方々、本当に励みになります。ありがとうございます。


なろう投稿から今日で1ヶ月が経ちました。

まだまだ志半ばです。これからも頑張りますので、よろしくお願いします。

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