第37話 牛ダンジョンそれいけニル。
悪逆非道のダンジョンマスター格言その19
胃が痛いです。
ニルは牛をメインに出現させる、牛魔ダンジョンに突入。
異空間型ダンジョンだが、各階層にだだっ広い空間を1つ作っただけの異端な形をしている牛ダンジョン。
凝っていない分、通路等にコストはほとんどかかっていない。
そして残った大量のコストは、広い空間を徘徊する牛魔物達へと注がれる。
食用の牛とは明らかに違う、戦闘用の牛。2本の足で立ち上がりその手に巨大な武器を持つ牛など、一口に牛と言っても様々なタイプの牛がいる。
しかし、最も違うのはその能力値だろう。攻撃力が高い牛、防御力が高い牛、素早い牛。魔法攻撃が強い牛、魔法防御が強い牛、器用な牛。
牛ダンジョンは、それぞれの牛の強さの差異で侵入者の虚や弱点を突き、倒していくダンジョン。
だが、種族が違えば能力値が違うのは当然だ。戦い方が違えば能力値が違ってくるのも当然だ。
それなら特に目新しいものはなく、ダンジョンは栄えない。
つまり、この牛ダンジョンでは、種族が同じなのに能力値が違い、戦い方が同じなのに能力値が違うのだ。
適性に追加したならお手軽に魔物の戦い方を変えることが可能、しかし牛ダンジョンは敢えて能力値だけに追加し同じ戦いで別個の結果を生み出している。
能力値への追加なら、マスプロモンスターにでも行える。安上がりで結果を出せるのならそれは賞賛されるべき案。
面白い発想だね、思わず自分もやってみたくなる。
とは言っても、そうそう上手くはいかない。
能力値をそこまで上げるにはPがかなりかかる。いや、足りないと言っても良い。
上手くいかせようと思ったなら、勲章、省みぬ挑発野郎を授かっている必要がある。
絶体絶命の状況でさらに挑発し続けた命知らずの馬鹿なダンジョンマスターにやめておけとの意味を込めて授けられる、省みぬ挑発野郎の勲章が。
効果は能力値項目制限解放。
能力値にいくらでもPを振ることができるというもの。
これがあれば、困惑どころか困憊させてしまうほどの差異を1匹1匹に与えることができるだろう。
なんで知っているのかって?
もういいだろう。俺の人生には悲しい出来事が多過ぎる。初日から。
これは俺のせいだけどさ。
しかし牛ダンジョンはそんな勲章を授かっていないだろう。授かっていたならば間違いなく死んでいる、これはそんな勲章だからだ。
ではどうやってそんなにも能力値に差をつけているのか。
それはマイナスを使うことで可能となる。
上げるのが無理なら下げちゃえ、という逆転の発想だね。
俺にはない発想さ、とにかく強くすることにしか興味がなかったから。2倍3倍注ぎ込んでも強くならないなら5倍10倍、いや20倍っていうのが俺の論理だから。
どうなんだろう、俺って馬鹿なのかな……。
いや、そんなことはないはずだ。これにも欠点はきちんと存在するからね。
分かり易い欠点さ。能力値にPを振るのではなく、能力値からPを奪うと弱くなる。当たり前だが、その弱くなるの度合いが非常に強い。それこそ安くなった生成P分以上。
マイナスできるのは生成Pの10分の1。やるとおそらくだが勲章を授かると思うので、もしかしたら半分いけるのかもしれない。
しかしじゃあそのダンジョンモンスターが、90Pや50Pの魔物と戦うことになった際に勝てるのか、と言うと答えは勝てない。そのくらい。
種族特性や元々所有している適性なんかは100Pの種族の方が間違いなく上。しかしそこまでステータスを下げてしまうと、何においても貧弱になり抗うどころか太刀打ちすることすらできない結末が待っている。
ステータスを下げるだなんて馬鹿のやることさっ。ステータスは上げるが至高。Pは振るが至高。
10倍以上振ってからがスタート地点っ。言ってて虚しくなるぜっ。
今度からは節約します。
とまあ弱くなるのだが、ステータスは項目別に下げられる。攻撃力だけ防御力だけとか。
なので物理攻撃力を下げても、物理防御力はそのままにしたり、その逆、物理防御力を下げて物理攻撃力をそのまま、むしろちょっと上げたりすると、侵入者は対処に迷う。
攻撃が効かないが相手の攻撃も弱いので、防御して強烈な一撃を叩きこもうと思っていたら、まさかの攻撃がめちゃくちゃ強くて吹き飛ぶとか。
攻撃は強いが防御が紙装甲なので、先制攻撃で倒そうと思ったら、まさかの防御がめちゃくちゃ強くてカウンター食らうとか。
だが、それらは弱くしてもたらした結果。
弱くなって侵入者を困らせられるようになりましたー、だなんて作戦は愚か過ぎる。メリットなんてないだろう、弱くなってるんだから。
つまり牛ダンジョンには全体を弱くしても勝てる秘密が隠されている。
質を落としても侵入者に勝るためにはどうすれば良いか。
答えは1つ、質より量を地で行くことだ。
1体で勝てないなら2体で、2体で勝てないなら3体で。10体で勝てないのなら100体で。
マスプロモンスター達はその種族にもよるが集団で行動することが多い。ただし種族的に単独行動をするとしても、高階層なら集団になっていたりする。
そのため複数揃えるのは簡単だが、案外質より量と言えるほどに数を揃えるのは難しい。
命令ができない以上、自然に集まってはくれないからね。
俺が簡単に思い付くのは罠。魔物を呼び寄せる警報のような、引っかかったら大量に呼び寄せてしまう系の罠。
1つの空間しかない牛ダンジョンでそれを使えば、効果は抜群のはず。
いや抜群過ぎるな。
そんなことをすれば生半可じゃない数の魔物が集まってしまう。なんてったって1つの馬鹿でかい部屋なのだからどこからでもやってこれる。
おそらく魔物を集める効果が、どう生成しようと強過ぎてコストが膨大になる。範囲を狭めても戦闘が長引けば結局集まってしまうから、基点を支えるそこはやはり高い。
魔物を置くコスト分が食い尽くされるくらいに異常な数値になるだろう。
設置したいなら、勲章、情報の暴虐者を授かっている必要があるくらいに。
情報を集めるためなら倫理を無視するブラックダンジョンに授けられる情報の暴虐者の効果、トラップコスト制限解放。
これがあればどんなコストのトラップでも設置することができる。
階層全域の魔物を呼び寄せる罠だって可能だろう。
もちろん俺は知っている。持っているからね。
だが俺はこんな効果、使うつもりも使う予定もない。一切使うつもりもない。
階層全域の魔物を呼び寄せるだなんてそんなこと。
なぜなら我が家はあれだからね、階層全域どころかダンジョン全域の魔物がどっか行っちゃってるからね。
呼び寄せても届かないからね。
でも強いのが来たら呼び寄せなくても全員集合で戦っちゃうからね。
意味無い意味無いはっはっは。
もし絶対呼び寄せる効果があるんなら、最終階層に付けておきたいですけどね。
でも来ないよね、通信して直接言ってもこないんだもん。というかやっぱりダンジョン外にいるから通信届かないんだもん。
俺は本当にダンジョンマスターなのか?
生贄とかそんな感じの方が合ってるんじゃないのか?
もし生贄だとすれば、俺はなぜたくさんのダンジョンマスター達の降参を無視して殺しまわっているんだ。世の中何が起こるか分からない、難しいなあ。
さて。
誇りを胸に自分はダンジョンマスターだと自信を持って言える牛ダンジョンは、もちろんそんな勲章を持っていない。
だから一部屋しかない階層で魔物を呼び寄せる罠を使えるはずがない。
ではどうやっているのか、そして高階層へ行っている実力者と魔物が戦わないようにどうしているのか。
ダンジョンマスターの腕の見せどころさ。
牛ダンジョンは、なんと安全な道を1本、その部屋の真ん中に通している。
そこはただ床の色が違うだけの通路と呼べるかどうかも分からない簡易的なしるべ。しかしその上にいる限り、魔物に絶対襲われないダンジョン内で最も安全な場所である。
だが、その途中で、魔物の集団と何度か必ず戦わなければならない。
階層守護者ではない、エリアボスのような存在。
いや、1度倒したならもう倒さなくて良い設定なのだから番人、だろうか。
安全なはずの道の上で、今か今かと待ち受けている形。
初めてそこを通る侵入者は、その魔物と戦うかどうかの選択をまず行う。迂回すれば戦わなくて済むようなので。
しかし基本は戦うだろう、迂回してその魔物を避けたとしても別の魔物と戦闘を行う可能性がある。それも運が悪ければ連戦、後ろから不意を打たれることだってあるだろう。
ご丁寧に、道の上で待ち受けている集団近辺の道は戦い易いように広げられている。
迂回し辛いほどではないが、戦う選択肢は取りやすい。
そして侵入者はその牛の集団と戦う。
戦闘方法は同じだが、能力値が違う牛の軍団と。
攻撃力が高い、と思っていて防御力が高ければどう感じるだろう。防御力が高い、と思っていて攻撃力が高ければどう感じるだろう。
魔法攻撃が強いなら、素早いなら、器用なら。
道が多少広がっている程度の場所だけで戦いきれるだろうか。
攻撃が弱いと思って受けた牛の攻撃力が予想以上に高くても、その場所内で踏ん張れるだろうか。それは、無理かもしれない。
ただでさえ牛は基本的に重く、パワーがある。攻撃力が弱くダメージが少なくても、押しだす力くらいはあるかもしれない。
50P100P程度の魔物は低階層でも十全の力を発揮できる。確かにそれでも人より弱い、コモン魔物、つまり雑魚魔物として分類され数多く倒されることを想定しているのだから当然。
しかしそんな魔物ですら、元々の筋力は人よりも格段に上なのだ。
道の外に出されたなら、そこで別の魔物に見つかる。
慌てて道に戻ったところでもう遅い。
道の上では新たな魔物に襲われることこそないものの、既に戦闘が開始された魔物から逃げるには五感と探知能力から逃げ切るしかない。
そして戦い、再び道の外へ押しだされたなら、また新たな集団に見つかる。
戦闘に時間がかかればまた見つかる。ちょっと移動すればまた見つかる。
膨れ上がるように魔物は増えていく。これが質より量をとった牛ダンジョンの戦法。見事なものだよ、俺には思いつかない。思いついても7人しかいない今は実行できない。
牛ダンジョンでは階層が深くなるごとに、通路の外へ出てしまった際に戦わなければいけなくなる魔物が増えていく。
そりゃそうだ、安全な通路を歩き、2度か3度くらい戦闘するだけで良い以上、ダンジョンの難易度は低い。他の設定は辛口にできる。
最終階層間近なんて、一歩外に出ただけで2グループぐらいから発見されて戦闘状態に持ちこまれてたね。
なんで知ってるのかって?
はっはっは。
はっはっは。
はっはっは。
……。
ああ、おまんじゅうが美味しいや。
『何食べてるのー、わたしのはー』
目聡く見つけるニル。おまんじゅう、残り8個。Pは残り1P。1人1つなら行き渡る。だが、それで満足するはずがない。
俺はなんでこんなもの生成してしまったんだ。
ああ、アンコが甘いぜ。
『戻ったらいっぱい食べて良いー? わーい楽しみー。……無かったらどうしよっかなー、あるじ様が食べた分貰おうかなー』
どうやってっ?
あ、俺ごと食べれば食べられるね、なるほどっ。いやなるほどじゃねえよっ、殺害予告じゃねえか。しかも殺し方エグイ、動機しょぼいけど。
いや、しかし、しかしだそれは置いといて。ニルよ。俺には1つ聞きたいことがある。
君の武器って確か短剣だよね、なんで手に持ってるのがフォークとナイフなんだい?
『上品に食べるときはコレ使うんだよー、知らないのー?』
「知ってるけど、今は食事中じゃないよ、戦闘中だよ」
『一緒一緒。あ、わたしはねー、食べ物がたくさん入った倉庫が欲しー。たくさん食べ物入ってるのが欲しいなー、やったーっ』
「俺まだ何も言ってないですよ。あと食事と戦闘は違うと思います。聞いてる? ねえ聞いてる? もしもーし」
ニルは上機嫌で駆けていく。
これまで通り、安全な通路を一切通らずに、そこら中にいる牛魔物目掛けて。気付いた牛魔物達は応戦、突撃の体勢を取り、一斉に駆け出す。
ニルはそれらに対し、フォークとナイフで応戦。
目にも止まらぬ早業を繰り出し、いつの間にかそのフォークとナイフには魔石とドロップアイテムだけが突き刺さっていた。
……。
それを美味しそうに頬張るニル。ナイフを口に入れるのは危ないよー。
ダンジョンモンスターの集団の内、何体かを倒したことで逃走条件が満たされた牛魔物達の何体かは逃走に入る。
普通は深手を負わせていて倒せそうで、尚且つお金を稼ぎたかったりしない限り追わない。が、ニルは追う。
魔物達がどれだけ逃げても追い続ける。
マスプロモンスターはすぐに復活する。それも狩り続ける。
ひとしきり満足すると、次の階層へ。そしてそこでもまたたんと食べる。
すみませんすみませんちゃんと我が家では1日10食くらい食べさせているんですが……。
50階層。
そこにいたのはワンダーミノタウロス。そしてそのお供のミノタウロスが4体。
ボスとて1体なわけじゃない、数体、時には数十体が階層守護者を担当していることもある。複数体のLv50の魔物がニルの前に立ち塞がった。
いや、立ち塞がったじゃないな。
『いっただっきまーす』
お皿に乗っていない料理として出てきた、そんな感じか。5体の魔物はどれがボスか分からないくらいの速さと簡単さで、全てがニルのお腹に収まる。
『んー新しい味ー。もう1周してこようかな、あ、でも帰ったらおまんじゅうだ。じゃあ帰ろー』
1つのダンジョンの命運が、今、尽きた。
お読み頂きありがとうございます。
増えていくPV数やブックマーク、評価はとても励みになります。
そんなおりに申し訳ないですが、ちょっとゴリゴリに改稿していこうかと思います。
明日11/27か明後日11/28か、1話からずっと文の改行位置や間を開けたり、ちょっと文章を変えたりします。
また改稿か、と思われる方多いと思いますが、すみません。ストーリーには影響ありませんので流しておいて下さい。
それから、タイトルですが、再び変更しようかと思います。
悪逆非道?のダンジョンマスター ほにゃららほにゃらら。まだ決めていませんが、1話更新につき1話ユニークPVが100くらいになるよう目指します。
よろしければ、まだまだお付き合い下さい。




