第1話 ダンジョンマスターになりまし――え?
ダンジョンマスター格言その1
ダンジョンマスターとは何よりも誇りを重んじ、最後のその瞬間まで誇りと共に在る者の名である。
ダンジョンマスターは、神から、世界の調和と発展、という使命を授かり造られた、神造の生物である。
ゆえに、その力は凄まじい。
無から有を生み出し、瞬時に森を海を作りだし、果てには生命の創造といった、神にしか許されぬ御業や禁忌をも行うことができる。
それらの力が使えるからこそ、ダンジョンを作り、強化、運営して、使命を叶えることができるのだ。
また、ダンジョンマスターは、殺されない限りは不老不死であり、怪我をせず、病気にもならず、食事睡眠排泄、それから呼吸すら必要としない。
ダンジョンマスターの総数は1万体と決まっており、どこかで誰かが死ねば、即座に誰かが生まれるため、その数から減ることもない。
完全にして無欠。神にも近しい存在。
それが、俺達、ダンジョンマスターである。
『 名前:--
種族:人間
職業:ダンジョンマスター
勲章:異世界の知識を持つ者 』
生誕1日目。
俺は、ダンジョンマスターだった。
辺りを見回すと、ここが真っ白な部屋であることを知る。
壁も天井も床も存在しないのに、部屋とは少々おかしい表現だが、ここはそういう部屋だ。俺にはそれが分かる。
俺達ダンジョンマスターは、この何もない部屋で生まれ、この何もない部屋でダンジョンの原形を作り、そして世界に降り立つ。
全ての生物が生まれながらに立ち上がる方法を、卵の殻を破る方法を知っているように、俺達ダンジョンマスターも、この部屋のことを、出る方法を知っているのだ。
そのために必要なものも、全てこの部屋に備わっている。
足元にある小さな赤い結晶。ダンジョンコア。
そしてこの部屋の設備である、前方に置かれた、地球ではない星を模る地球儀。
最後に、これは俺自身に備わっているものだが、メニュー機能。
『 名前:--
種族:人間
職業:ダンジョンマスター
勲章:異世界の知識を持つ者 』
ステータスとも呼ばれる、文字を映す画面である。
ほんの二、三操作すると、俺の情報を示す画面から、ダンジョンマスターとしてダンンジョンに行える権能が、ズラーっと表記される画面に移り変わった。
メニューとは、自分のことを知るためだけのものではなく、色々な仕事をするためのツールでもある。
そこにはいくつもの項目が並んでいる。
例えば、ダンジョンモンスターの生成、登用。いわゆるダンジョン側の魔物を、戦力を増やす項目
階層の追加。通路や部屋の生成。ダンジョンの構造自体を大きくする項目。
環境の変更。罠の生成。設備の生成。それから、各種仕掛けやギミックの生成など。これらは、ダンジョンを複雑化する項目。
こういったものがある。
ページを切り替えれば、さらには、宝箱の設置などの項目も。
先ほどの魔物生成などより優先順位は下がるが、ダンジョンを魅力的にし、誘いこめるようにするのも大切だ。
また、さらにページを切り替えていくと、今は関係ない項目も出てくる。ダンジョンモンスター復活や、罠の再装填等々。ただ今は関係ないと言っても、これらもダンジョンを運営していく中では非常に大切なものである。
他にも、ダンジョンモンスターをワープさせたり、名前をつけたりする項目。回収したアイテムの強化を行う項目。
館内アナウンスなんて項目もある。
ダンジョンマスターにできることは、実に豊富である。
ダンジョンマスターは、さっきも言ったように、完全無欠の神にも等しい存在である。その力はダンジョン内でしか発揮されることはないが、逆に言えばダンジョンにおいては紛れもなく全知全能だということ。
偽神とも呼ばれ、世界を創造できるこの力をもってすれば、どんな欲望も思いのまま。
ダンジョンマスターとは、最も夢に溢れた職業でもあるのだ。
俺は、自らの未来を脳裏に思い描き、ニヒルに笑った。
……けど。
けどまあ、ね。そうは言うけど、それは一先ず置いといて。
ダンジョンマスターは、とてもキツイ。
ダンジョンマスターに、休日はない。だって、睡眠いらないから。
給料もない。だって、食事いらないから。
あと、殺される。だって、ダンジョンマスターは世界に生きる全ての生物の敵で、魔物の本能と人の理性、そのどちらから見ても、とても美味しい敵だから。経験値的な意味で。
殺されない限り不老不死って、最後は結局、殺されるってことじゃないか。
まさか、古今東西の様々なラスボスが目指した、不老不死がこんな形で裏目に出るとは。
最早、キツイの一言では言い表せない。
休日なし、給料なし、殺される、って一体どんな職場? どんな3Kだ……。
それに、全知全能だとか生命の創造、神の御業だの禁忌だの、偉そうなことを言ったが、それらを行うためには必ず、P、というものが必要になる。
現在俺も初期Pととして1000Pを持っているのだが、これをダンジョンマスター以外にも分かりやすく言うなら、お金だ。
お金を支払って、ダンジョンマスターは神の如く力を発揮するのだ。タダでできるわけじゃない。
むしろお金がなければ何もできない。
なんなら、目の前に敵が迫っているようなピンチであっても、そのまま襲われ死に行くだけ。そんなもの全知全能どころか無知無能だ。言うなればただのカス。カス野郎。言い過ぎた、元気だそう俺。
うん、生まれや死に方よりも、生き方が一番重要だよ。これから頑張ろう。
とまあそんなわけなので、夢見て笑うばかりではいられない。
生きるために、よく考えてダンジョンを作りましょう。
まず初めに選ぶべきは、メニューにある先ほどの項目のページの、一番最後。ダンジョン生成前の一度しか選べない事柄から。
それは、ダンジョンの種類と、ダンジョンの位置の項目。
種類の選択とは、異空間型ダンジョンと自然型ダンジョン、これら2つのどちらにするか。
入り口だけがゲート、主に扉で世界と繋がっていて、ダンジョン自体は異空間に位置している異空間型。
入り口どころかそのままデ-ンと、世界の中に存在していて、ダンジョン自体も自然の中に位置している自然型。
どちらもダンジョンであることに違いないが、性質や性能は一長一短、全くの別物。
異空間型は、通路から部屋から全部自分で生成するため、P消費は毎度大きいが、構成は自由自在。
扉だけという見つかり辛さと、作った分の道しかない、高い防衛力を持っている。
平たく言えばローリスク、ローリターンで、砂漠の中に水没ダンジョンを作れるなど、ロマンもある。まさにザ、ダンジョン。
自然型ダンジョンはその逆で、ハイリスク、ハイリターン。
山や海、町をそのまま飲み込むのでP消費は少ないが、構成は不自由。見つかり易い、というか原生生物がそのまま侵入者になり、自然の中であるから四方八方から攻め込まれる。しかし、原生生物の狩りや病死老衰などでも、Pを獲得できるため、獲得量は莫大。
環境によりできないことも多いが、環境に適した生成ならば、P消費がかなりお安くなるので節約可能。まさにザ、……、ザ……、思いつかないや。
ともあれダンジョンは、侵入して来た魔物や人を倒すことでのみPを得られるため、それの方法を決定付けるようなこの選択は、非常に重要なものである。
よく考えて決めよう。
さて、どちらにしようかな。
優劣はないが、特製の違いは大きい。異空間型にして見つかり辛くひっそりと過ごしながら大きくするか……、いや、やっぱりPを素早く稼げる自然型ダンジョンが良いかなあ、いや、やっぱ――。
『ダンジョン形式を自然型で確定しました』
――り、戦争とかでも大勢の侵入を許さない安全な異空間型ダンジョンが良いか。悩む、悩むぜ。……ん?
……んん?
……んんん?
今、なんかアナウンスが聞こえたな。確定しましたって。
自然型ダンジョンで、確定しましたって……。完全に、言ってたよね……?
「なんてこったいっ」
決まっちゃったよっ。え、なんで決まったの? 自然型ダンジョンが良いかなあって言っただけじゃん。いや、言ってもねえや、思っただけだよ。俺が生まれてから喋った言葉は、なんてこったい、って言葉だけだからねっ。
いや、なんてこったいが俺の初言葉だと? 嘘だろう? もっとカッコイイ言葉を初言葉にしたいからずっと黙ってたのに?
なんてこったいって、嘆きじゃないか。嘆きが初言葉だなんて、かっこ悪すぎるっ。生まれや死に方よりも生き方が重要だなんて言ってたやつは誰だっ、こんな始まりで俺は一体どう生きていけばいいんだっ。
「なんてこったいっ」
……。
……、あ、また言っちゃった。
……。
……。
……自然型ダンジョンで確定したのか。
うん、まあ、良いんじゃない? 頑張るよ。
しかし、そうか、メニューはポチポチ押して選択することもできるが、思念で操作することもできるのか。
最初に教えておいて欲しかったなあ。
とはいえ、今、知ることができて良かった。
異空間型ダンジョンと自然型ダンジョンの選択は、どちらを選択しても、優劣があるわけではない。あくまで特性が違うだけなので、やり方次第でいくらでもなんとかなる。
だが、次の選択の時に、そのミスが出ていたら、それはダンジョンが即座に終わってしまうことを意味する。だから、今知れておいて良かった。
俺はメニューの最後にあった、ダンジョンを繋げる前に一度だけ行える選択の、もう1つの項目に目をやった。
それは、ダンジョン位置を選択する項目。
直後、目の前にあった地球とは違う星を模った地球儀が、妙な光を帯びる。
あそこから選べ、ということなのだろう。俺は進み出て、地球儀の前に立った。
便宜上地球儀と呼んでいるこれは、拡大の意思を示せば、星と同じ大きさにまで拡大することができる上に、表面に映されているのは、リアルタイムの映像である。嘘みたいに素晴らしい代物だ。
地形や環境だけでなく、情勢も把握できれば、ダンジョンを見つけ次第破壊する国家の近くや、強力な魔物の縄張りなどに作らなくて済む。知恵を絞れば、必ず生存確率は上がる。
もう先ほどのようなミスはしない。
なぜなら俺は、他のダンジョンマスターとは違い、人間種族のダンジョンマスター。
身体能力に劣る人間が、今や世界で大きく反映しているのはなぜか。それは、経験を確かな糧とし、同じようなミスを繰り返さず、常に成長していくからだ。ゆえに人間種族のダンジョンマスターである俺も、同じようなミスはしない。ここで必ず、最高の場所を掴み取る。
それを思えば、自然型ダンジョンになったのは、僥倖だったな。
自然型ダンジョンはハイリスクハイリターンだが、つまりは場所の選定さえきちんと行えば、あっという間にPを稼げるということ。
Pが稼げない最初の頃は、配置できる戦力も少ないため、どうしても運で生きるか死ぬかが決まってしまうものである。そこを素早く抜けられるのは嬉しい。
そしてある程度Pを稼げたなら、そこからが俺の実力の見せどころだ。
運で死ぬのではなく、実力を発揮して死んだのなら、それは仕方ない。自分の力を何も発揮できずに死ぬよりは、100倍マシだ。
生まれや死に方よりも、生き方が大事だって? 良い事を言うねえ。誰が言ったんだろう、それはね、俺。
俺は未来を想像して、ニヒルに笑った。
そして拡大し回し過ぎたせいで、海しか表示してくれなくなった地球儀を一旦縮小して、もう一度陸地で探す。
人の都市。
魔物の森。
俺は世界を巡っていく。そんな中、俺はとある森で、その動きをピタリと止めた。
大きな大きな森の中。
そこは、たくさんの生物がいそうな、深い深い森だった。
俺が注目したのは、その森の端。
町があったのだ。
1cmが1kmという尺度で、森の切れ目からは、5cmほど。つまり森からは、5kmほど離れたところに町がある。
ここは、良い場所かもしれない。
人が入ってこない森であれば、きっと魔物の王国になっていて、誰も彼もが餌を求めている。
人の居場所に近づきすぎれば、きっと危険と認定され、アッサリと壊されてしまうに違いない。
最も安心できる場所とは、第三勢力になれるここのような、人と魔物の領域の境である。
この辺りで探すことにしよう。
だが注意すべきは、ここが良い、なんてことは思わないことだ。そうしたらすぐに繋がっちゃうからね。
俺は心を無にしながら森を見て、大体の当たりを決めた。そして大体の辺りで、コンコン、と洒落た面持ちのまま地球儀を指で叩いた。
自然型ダンジョンだ――。
『選択された場所との同期を500P消費して行います』
――から、50階層になったら半径50kmくらいになるし、町とは……60kmくらい離れていれば良いかな? と、そんな位置。
まずここを第一候補として、あとは、洞窟や、何かしらの巣であるとか、そういうものを探して、次に町を調べてみて、良さそうな町なら本格的にここにしよう。
求める条件は、短期間でPが稼げそうなこと、それからできる限りの安全と安定。
良い場所がありますように、そして、選んでも、俺の知らない事情とかで窮地に陥りませんように。
俺は神様にお祈りし――。
「なんてこったいっ」
俺の貴重な三言目も、まさか、なんてこったいに奪われるとは。なんてこったい。
いやそれも当然さ。またアナウンスが流れたからね。思わずなんてこったい、と言ってしまう不吉な言葉のアナウンスが流れたからね。
場所を決めるだけじゃなかったの? これってもう繋げる選択なの?
この白い場所に、普通は10日とか、そんくらいいられるんじゃないの?
ここで初期Pを使って魔物を生成したり地形を作ったりして、ダンジョンとしてある程度完成してから行くんじゃないのっ?
ねえ、誰か答えてーっ。
その瞬間、視界が一瞬にして変わった。
それは深い深い森の中。
そう俺は、さっきほどまで地球儀で見ていた、景色に降り立った。
「ええええええっ」
『同期が完了し、ダンジョンが開放されました』
「えええええええっ」
『侵入者、竜種・上級風竜・個体名グラファウルスを倒しました。82327Pを獲得しました』
「えええええええええっ」
……。
……。
……。
「なんてこったい」
質問、感想、お待ちしております。
誤字や脱字へのご指摘もよろしくお願い致します。
また語彙力向上のため、こんな表現がある、等ありましたら是非教えて下さい。
なお最初の美女登場は4話、いえ5話です。
冒頭の話の決着は28話になります。それまで今しばらくお付き合い下さい。
タイトル詐欺はございませんので、そうなるまでも、そうなってからもお楽しみ頂けると幸いです。
今後ともよろしくお願い致します。