第35話 迷宮ダンジョンそれいけローズ。
ダンジョンマスター格言その17
ダンジョンマスターであるならば、起こっている出来事から目を逸らしてはいけない。目を向けさせるためにもっと凄いことしてくるから。
ローズは迷路状になっている、ガレイデン迷宮ダンジョンと呼ばれるダンジョンに突入。
異空間型の迷路という最もポピュラーな形態のダンジョンは、乗り越えられない壁、仕掛けられた罠、隠された仕掛け、襲い来る魔物、容易く迷う迷路、それらが組み合わさる凄まじい威力を誇る。
人気にも頷ける。やはり迷路はダンジョンにとって1度はやりたいものだ。羨ましい。
異空間型ダンジョンは、自然にそのまま作り上げる自然型ダンジョンと違い、一から通路やその他を作り上げなければいけない。
そのため、行けないところは問答無用で行けない。何もないのだから。
それが異空間型のPがかかる悪いところでもあり、自由度が高い良いところでもある。迷路とは相性が良い。
自然型ダンジョンだと、せっかく壁を作っても乗り越えられるからね。もちろん乗り越え不可能の設定はできるが、そうすると規模によっては異空間型なんて比じゃないくらいにPがかかる。
確かに迷路を作るならそれは必須だが、ダンジョン全体を迷宮化するとなると……。木々や崖を組み合わせるか、地下に作るか、はたまた10mの壁を作って乗り越え辛いようにするとか。そっちの方がまだ安いね、まああまり現実的じゃない。
異空間型の方がダンジョンっぽいと言えばダンジョンっぽい。
この迷宮ダンジョンは、そんなダンジョンっぽいダンジョン。
しかしだからこそ、大概の侵入者はこのダンジョンに適応できる。
魔物であるならその五感や直感で、人ならばその知識や経験で。
ありふれたダンジョンな以上、避けられない宿命だ。生み出された対策法はごまんとあり、それを使われていくつもの迷宮系ダンジョンは踏破されてきた。
今更やっても何番煎じか分からないくらい。
多分作っても早々に潰される。
だが、そう、それでもこの迷宮ダンジョンは生き残っている。
人からは対策法が既に確立され、魔物達からはカモにされているというのに、このダンジョンは生き延び初心者という括りを卒業した。
ただの迷路であればそうはなれない。だからあるのだ、これまでに散っていった迷宮系ダンジョン達と違う強烈なアイデンティティーが。
それは迷い込ませる技術。
そのための、配置。
建物と罠の配置だ。
この迷宮ダンジョンには建物が各所に存在している。異空間に元々あるものなんてないから、それはダンジョンマスターがわざわざ生成したもの。
建物なんてのは、自然型ダンジョンが何か隠したい時やルートを設定したい時にしか使わない。例えばダンジョンコアを隠すとか、ユニークモンスターのボスと順を追って戦わせたいとか。
異空間型ダンジョンが、建物を使うメリットは思い浮かばない。誰もしない。
つまりメリットを思いつき、それを実践することができれば、自分だけのアイデンティティーとなる。
迷宮に突如として出現する建物。明らかに重大なもののように思える、侵入者は間違いなく入るだろう。そもそもがそこへ行く道しか残っていないのだから。
むろん相応の準備はする。
明らかに怪しい場所へ入るのに準備をしない者はいないだろう。
だがどんな準備をしていたとしても中に入れば驚くはずだ。
その広大な広さに。外身からは想像できないほど巨大な建物。それこそが異空間型ダンジョンの建造物の特徴。
そこで行われる冒険は、先ほどまでの冒険と様相を変える。
異空間型ダンジョンの通路等のデフォルト設定である石ブロックとは違う、木で造られた建物の中。階段が多数ありたくさんの上り下りをしなければならず、出口は果たしてどこにあるのか分からない。
また建物なのだから、そこらかしこに扉が存在する。
建物を開ければ魔物が飛び出す。開けずとも飛び出す。扉が強制的に閉まる設定ならば閉じ込められ、条件を満たすまでは出られない。
建物を使うことで、様々な仕掛けが繰り出せる。
そしてそれにだけ気をつけていると、今度は罠にかかる。同建物内の近く限定だが、1人や1体だけが転移してしまう転移罠。
転移罠が罠位置からの直線距離ではなく、罠位置からの移動距離を元に転移させる以上、通常の迷宮では、あまり時間をかけず辿り着くことも可能だろう。パーティーメンバーの位置ならそれとなく把握できる。
しかし建物なら、あるいは2度と会うことは叶わないかもしれない。
なぜなら建物は上下に広がる。それは2次元ではなく3次元の距離。
通路の先へ行くのか戻るのか、どこを右に曲がってどこで左に曲がるのか、それに加え階段をいつ上っていつ下りるのかが加わる。
下に仲間がいると分かっても階段がなければ下りられない、同じ階におりて向かったとしても行き止まりなら戻らなくてはいけない。もしかすると上がってから下りるのかもしれない。
1つ条件が加わるだけで、最も気をつけるべき分断用の転移罠に容易くかかり、仲間との合流が無謀へと変わる。
それこそが建物の迷宮というアイデンティティ。
だが本来であれば、仲間を探すこともできなくなるような複雑で巨大な建物を生成できるはずがない。そんな巧妙な罠も仕掛けられるはずがない。
ダンジョンにはルールがあるのだ。
そんなことをするためにはそれこそ、勲章、愛の迷宮や汚職の政治家を授かる必要がある。
ダンジョンが愛により全階層を一瞬にして攻略されたダンジョンマスターに授けられる愛の迷宮は、各階層建造物コスト制限解放の効果を持つ。
建造物コストが解放されれば、いかに巨大な建物だろうとたくさんの建物だろうと、生成し配置することができる。
しかし、授かった瞬間がダンジョンの終わる時。活用できるはずがない。
最終階層にて賄賂を使いダンジョンマスターとしての誇りを踏み躙り生き延びた卑怯者のブラックダンジョンに授けられる汚職の政治家は、トラップ被探知確率制限解放の効果を持つ。
被探知確率制限が解放されれば、絶対に見つからない罠だって生成し配置しておくことができる。
しかし、授かった瞬間がダンジョンマスターの死ぬ時。我々誇り高きダンジョンマスターにはそうまでして生きる理由なんてない。
なんで知っているかって?
持ってるからさ。
ダンジョンが愛により一瞬にして攻略されたが賄賂を渡して生き延びたのさ。そして今ものうのうと生き延びてるさ、他のダンジョンをぶっ潰してでもなあっ。悪いか? 俺が悪いのか?
ああそうだろうさ、俺が悪いさ。本当に俺が悪いさ。まさかこんなことになるだなんて思わなかったんですっ。どうして……。
持てば死ぬしかないそれら勲章を、このダンジョンは持っていない。
しかし現実として、建物は驚く程に巨大で、罠は驚く程周到に仕掛けられている。
どうやっているか。それがダンジョンマスターの腕の見せどころさ。
俺には訪れない腕の見せどころさっ。
迷宮ダンジョンの建物は、その階ごとに階層を変えている。
11階層の2次元迷宮を冒険中に建物を発見し、入ったのなら1階部分が11階層。2階部分が12階層。5階部分が15階層、というように。
そしてその間の2階から4階部分は階層全域が建物で、5階部分15階層は再び2次元迷宮に繋がっている。
そうすることで他の部分のコストやPを節約し、巨大な建物を維持しているのだ。
また、副次的効果として、1階部分と2階部分、そしてその他階部分の建物の大きさが違うことによって階段を移動した際の感覚を大きく歪めることができるようにもなる。
罠を発見され辛くするには、威力を弱めれば良い。
例え少しでも移動させられたなら、幸運が味方しなければ巡り会えない3次元の別れなのだから。十分な成果。
発見し辛さにも制限はついているが、威力を弱めておけばそうそう見つからないくらいにはできる。んじゃないかなと思う。
特に近場に強力な罠があったりすれば、そちらに目が向くからなおのこと。
ただでさえ、侵入者の注意は扉から不意に出てくる魔物へ向けられている。補助的な仕事しかしない罠よりそっちを警戒するのは当然のこと。
そうすることで、迷宮ダンジョンは何一つ失うことなく生きている。命も、誇りも。
全く。色んなことができるもんだ。
俺だってそんな工夫をしていたいよ。でもさ、工夫する前になんかもう全部普通にできるようになっちゃった。命はあるけど誇りはどこかへ出かけたまま戻ってこないね。帰っておいでよー。
だがもちろんそれにも欠点は存在する。
転移してしまった者が、単独でも生きられる強者だった場合だ。
1人や1体でも、強いやつは強い。パーティーでその階層に挑んできていてもその中でエース級とも言える奴なら、何度かの戦闘は単独でも勝ち抜けるだろう。
そうなれば合流されてしまう。
すれ違い、という可能性はあるがそう高くない。大方は出会え、無駄に終わる。
Pを稼ぐことだけを考えれば、別にそのくらいの失敗ヘでもない。それでもなお利益が出るように調整すれば良いだけ。
問題は、ここで倒しきりたい。そんな時。
生き延びられれば、ダンジョンマスターの喉元まで迫る。攻略させるわけにはいかない。そんな時。
対策は簡単だ。
転移する先を指定し、いわゆるモンスターハウスを作っておけばいい。ダンジョンモンスターがわんさかいる凶悪な部屋を。
迷宮系のダンジョンがほとんどのダンジョンに好まれる理由が、モンスターハウスを作りやすいから。
単純で強力。安くも済む。
作らない理由はない。
事実、迷宮ダンジョンもモンスターハウスを作っていた。それもエリアボスに指定されている強力な魔物を含めたモンスターハウス。
最終階層に近い階層ゆえにそのLvも実力も高く、凶悪さに拍車がかかってるモンスターハウスを。
なんで知っているのかって?
なんかね、転移罠にかかる前にそのモンスターハウスを見つけたみたいで突撃してったからさ。
ローズは律儀ねえ。全部の魔物倒してってるよ。
アチチと火傷しかけた舌を空気にさらして、俺はもう1度お茶を飲む。ズズズ、と。うむ、この渋みがまた良いね。
この渋さを味わえるのも反乱のおかげと思えば、それはそれで良いんじゃないかなと思えてきた今日この頃。
『ふむ、この魔物も特別主様コースの第2工程を任せられる魔物ではない、弱過ぎる。もっと強い魔物でなければ実戦練習にはなりませんからね』
熱い、熱い、なんだろう急に手が震えだしちゃった。
湯飲みからお茶がパッチャパッチャ零れて手にかかっているけどこれはなんでなんだろう。
『武者震いとは……。改めて感服致しました主様、この不肖ローズ、主様に見合う魔物を魂込めて見繕って参ります』
良いのよローズ。そんなことをしなくても良いのよ。
そもそも主様は第2工程いけないから。まだ第1工程の1章すら終わってないから。これからも終わらないから。
『御安心下さい主様。私も日々成長しております、第1工程を習得しておらずとも第2工程が全うできるように致しましたっ』
「そ、そうか……。あり、ありがとう、ローズ」
『いえ、主様のためを思えば。……しかしそうですね、鍛錬場が庭というのも味気ないですし、私には練兵所を頂きたく思います。そこで一緒に頑張りましょう主様っ』
「…………。うん」
ローズはニッコリ笑って再び移動を開始した。
ああ、なんて良い笑顔なんだろう。
そしてどういうことだろう。散々伝わる俺の思考が、全く伝わっていなかった。声に出した文面しか伝わってませんでしたよ。
ああ……、お茶が美味い。
複雑な建物や仲間とはぐれる罠に阻まれる迷宮ダンジョン。しかし、ローズにはそんなもの何一つ役に立たない。
多数の狼。以前召喚していた狼とは強さの格もその数も圧倒的に違う、まごうことなき軍狼を召喚したその狼達は階層を、ダンジョンを瞬く間に駆け抜けた。
臭いを嗅ぎ分け、罠には一切かからず、建物の構造を把握し、魔物を片っ端から全て蹂躙していった。
そしてローズもまた、その先陣で槍を振るう。
召喚した狼達の中でも一際大きい、ローズの数倍はある赤い狼にまたがり他の狼達と討伐数を、攻略速度を競争するように。
その背中で狼を高みへと引っ張り上げるように。
50階層。
そこは最終階層。
建物などない。ただの空間に魔物1体。静かに、だが荒々しいまでの獰猛さをもって鎮座する階層。
最終階層守護者はウルフエルダージャッガー。
そのダンジョンで見てきた魔物とはまるで違う種族。その特性は対狼用に偏り、狼を捕食し生きる天敵と呼ぶに相応しい魔物。
幾度も行った降参を、求めた会談を、論ずる価値無しとはねのけられた迷宮ダンジョンのダンジョンマスターは、その誇りを知らぬ野蛮な、仲間とはもう呼ぶことのない者に対し、自らも誇りというベールを心をかなぐり捨てた。
最終階層まで来るであろう侵入者に絶対有利な魔物を生成したのだ。
その決断はどれほど苦しいものだったのだろう。
迷宮ダンジョンのマスターは、この戦いが終わった後、自らも命を断つつもりかもしれない。それほどダンジョンマスターにとって誇りとは大事な物なのだ。生きる意味そのものなのだ。
……。俺だってそうだよ。
俺だってそうなんです、信じてくれよーっ。
ウルフエルダージャッガーは、猫系の獰猛な見た目をし、生成にかかるPは実に1000P。ワーフェンリルであるローズと同格。
また、特徴などを加えられその力は、信じられないほどに強化されている。
ダンジョンマスターの誇りを糧に生成された魔物は、一直線に駆ける。
『伏せ』
もちろん逆方向へ。そして言われるがままに伏せた、伏せるしかなかった。その後に脳天に振るわれた槍に対しても微動だにしていない。天敵、だからこそ強さがよく分かってしまったのだ。
『ああ、主様。今お傍に。第2工程開幕です』
1つのダンジョンの命運が、今、尽きた。
毎度ありがとうございます。
読んで下さる方も、増えていっているようで嬉しい限りです。
感想や質問もまた、何かありましたら、何もなくてもよろしくお願いします。
ちょくちょく改稿しております。ストーリーに影響が出ない改稿しかしておりませんが、より見やすくより面白くを目指して頑張っていますので、気が向いた時にでも見返して下さると嬉しいです。
25万字を読み直そうとすると500分かかるそうですが……。
これからもよろしくお願い申し上げます。




