第29話 7人のダンジョンモンスター。
悪逆非道のダンジョンマスター格言その11
魔物は育てるために使い、罠は見極めるために使う。ご飯は何のために使うんですか?
俺は震えている。
恐怖でではない。しかし歓喜ででもない。
「あわわわわわ」
ただ単に、動揺が収まらない。誰か止めてくれ、動揺を止めてくれ。
「美味い美味い」
そして、こいつらを止めてくれっ。
食べ続ける7人の美女。
美味い美味い、じゃねえよ。
俺は、窓から入る朝の穏やかな光に、長い影を作っている何かを、高く積み上がった何かを見上げた。それは、天高く聳え立つ塔だった。皿でできた、塔だった。
マキナ、セラ、オルテ、ローズ、キキョウ、ニル、そしてユキ。
このダンジョンのダンジョンモンスターであり、名前を与えられた、特別な存在、ネームドモンスター。
彼女達は、ダンジョンマスターたる俺の相棒であり、忠実な仲間であり、あらゆる危険から俺を守る、守護者である。
しかし彼女達は今、そんな任務を放り投げ、ダンジョンマスターの心を揺さぶる勢いで皿を積み上げていた。
バクバクバクバクと、そのお皿に盛られている料理を、一瞬で片付けて、次々に。
「あわわわわわわ」
どうやらユキの記憶にある、日本料理などの、地球産の料理に関する知識が、ネームドモンスター間で共有されたらしい。古今東西、和洋折衷。彼女達は、なんでもかんでも、とにかく注文してくるわわわわわ。
度重なる注文により、大量に出された料理の数が、積み上げられた皿の数だわわわわわ。
その数は、今もなお増え続け、テーブルに隙間無く置かれた料理達はまた、あっと言う間に、その塔を天へ近づけるために使わわわわわわ。
そんなことを言っている今この瞬間にも、新たな注文が入り、俺は料理を生成する。
しかし、それら料理は、テーブルに出現したと認識できたそのタイミングで、彼女達7人の内の誰かの胃袋に収まってしまい、やはり再び塔を築く材料となる。
そんなにバクバク食べるなら、味わっていないんじゃないか。
安物で、量だけ多く出せば良いんじゃないか。
そう思ったのは、遠い昔のこと。
なぜなら、料理の質を落とし、安物で済ませれば、必ずクレームが入るのだ。受け付けたクレーム件数は、まさに回線がパンクするほど。
舌の肥えた悪質なクレーマーが、揃うここでは、高級品しか許されない。
消費されてしまったPは、既に1000Pを越えた。
料理の生成Pには、皿が含まれることも多いのだが、しかし、そんなことを言ってもなんの慰めにもならない。
1P1万円であるから、消費した金額はすでに、1千万円を越えているということ。尋常じゃない、冗談じゃない、一体、どれだけ食えば気が済むんだ。
「つかお前のせいだっ、食いすぎだお馬鹿っ」
パコーン、と、俺はネームドモンスター7人の中の1人の、頭を叩いた。
「いたーい、あるじ様いたいよー。ひどいなー、あ、これ美味しい」
しかし、ニルはまた食べ始める。
パクパクパクパク、バクバクと。
「ニルや、君1人で半分以上食べてるだろ」
「マスター、アタシも頑張ってるぜ。高級肉を食った量なら、アタシの勝ちだ」
「張り合うなよ、頑張るなよ、お前ら本来食べなくて良いじゃん、魔素吸ってればそれで済むじゃん」
なぜか自慢気なマキナに、俺は思わずツッコミを入れる。
ガチャガチャと積み上げられていく皿を見て、君達は何も思わないのかね?
ダンジョンモンスターとしても、Pが重要だってことは本能で既に知っているだろう?
そんなPが減っていくことに、なんの疑念も抱かないのか、焦燥感がわかないのか。どうして食べ続けているんだ、こっちを見ろっ。
ダンジョンモンスターには、本来、食事も睡眠も排泄も必要ない。
人間種族である俺がダンジョンマスターのため、それらの行為をしなければ、調子が狂う特性は追加されてしまっているのだが、微々たるものでしかなく、あくまで趣向の範囲のもの。
真似事だけでも構わなければ、全くせずとも実際のところ問題ない。
だが……。
「いやー、いくら食っても腹いっぱいになんねえからよ」
「なるわけないだろっ。ダンジョンモンスターだぞ、基本的に最善の状態が保たれちゃうんだからいくら食ってもなるはずないよっ。再生P使って再生しちゃうんだからなるはずないよっ」
むしろPのダブル消費だよ。
マキナは、あははーと笑うと、ステーキを器用に切り分け、どんどん食べていく。一口で一気に食べない分、お行儀は良いが、しかし、食べるスピードはそれと同じくらい早い。
しかし、それを呆然と眺めていると、何ーっ? っと大きな声を出しながら、7人目のクレーマー、ユキが立ち上がる。
「お腹いっぱいにならないだと?」
女勇者は俺に詰め寄り、襟元を掴むと、前後に勢いよく振りながら言う。
「ワタシの、ワタシの楽しみをっ、貴様ー」
「ぐっへぐっへぐっへ、やめなさいっ。じゃあダンジョンから出て食べるか戦闘中に食べなよ、そしたらお腹いっぱいになるさ」
「ダンジョンの外まで我慢しろって言うのかっ? 食事中に食事以外のことをしろって言うのかっ? この外道めっ」
「確かに俺は外道だが、でもそこはお前がしろよっ。楽しみって言うんなら」
「断るっ」
「ええー」
「だがまあ腹がいっぱいにならないということはいくらでも食べられるということか。ならば良し」
「いいんかい」
どいつもこいつもアクが強いよ。そんでいくらでも食べて良いわけじゃないよ。
7人は、テーブルに座って、優雅に、しかしガサツに、とにかくたくさん食べている。
今日はダンジョンマスター生活90日目。
80日ほど6人だった、ネームドモンスターに、1人追加されることとなった今日この日。
しかし、6人でも御しきれなかったというのに、1人増えたら、御しきれるわけがない。その1人が、みんなの暴走を抑えてくれる、良い子だったんなら、その可能性もあったが、今のところ加速させているだけである。
幸せそうにしちゃってまあ。
「というか、馴染み過ぎじゃない? さっきまで戦ってたくせに」
俺はユキに向かってそう言う。
ユキが、その新しく加わった、いかれたメン……、いかしたメンバー。
つい先日、いや、つい先ほどまで、俺達のダンジョンを攻めてきた軍隊の中で、最強を誇ったのが、ユキ。女勇者。
勇者の名に相応しい実力は、異常なまでに凄まじく、俺達のダンジョンを瞬く間に蹂躙。全員に死を覚悟させ、事実、正面から戦っては、生きることなど不可能だっただろう、最強の敵。
しかし、それも1時間くらい前まで。
現在は、7人でテーブルを囲み、一緒になって食べている。
アレとって、とか、取り分けて、とか、嫌いだからあげる、とか。完璧なやり取りを行いながら。
たった1時間前まで。
ああ、1時間で1000Pなくなっちゃったのか……。
「そりゃあ、なんだか通じ合うからな。ダンジョンモンスターの意思疎通は、中々良い物だ。落ち着く。あ、今度はパン食べたい。食パンと……焼きそばパンに、カレーパン。あ、バターとマーガリン、ジャムはイチゴで」
「えー。あいよ」
俺は、言われた通りに、各種パンをテーブルに出していく。
「クリームシチューとビーフシチューも」
「何だその組み合わせ、別に似てないからな、その2つ」
ユキは席に戻って、再び美味しそうに食べ始めた。ヨダレを垂らしながら見ていたニルと、目が合ったことは無視して。
……しかしニルや、なんで君の席に寿司のシャリだけが、たくさん置いてあるんだい? ああ、キキョウが、寿司のネタだけ食べて置いてるのか……。
……分かった、出してやるから、こっちを見るのと、ヨダレを止めなさい。あとシャリだけのやつは俺が食べるから、こっち寄越しなさい。え、嫌なの? 食べるのかい? 違う、違うよ、僕は君から食べ物を盗ろうとする敵じゃないよ。
戦争は勝利という形で集結し、我がダンジョンは、Pこそ得られなかったものの、戦力を失ってはいない。
いや、むしろ戦力は拡充した。
全てのダンジョンにおいても、到底揃えることができないような、最高の戦力を揃えることができたのだ。
マキナは上級風竜。
最強種族、竜の中でも、上位種として君臨する上級竜だが、マキナはさらに、竜王の直系という特徴を持ち王の血を引く、正当なる王候補の圧倒的存在。
生成にかかったPは、6万P。
6万Pっていうのは、そうだな、大体……30階層は増やせるくらいのPかな? 魔物や罠を含め、建造物やギミック、設定等々、きちんと作った30階層が増やせるP。
セラは吸血鬼公爵。
王家の末席に身を置く公爵だが、セラはさらに、真祖返りを果たした、始祖にも成り得る、魅力の存在。
生成にかかったPは、3万P。
3万Pっていうのは、そうだな、大体……50階層あるダンジョンでも、10階層を増やせるPかな。
オルテはハイダークエルフ。
森においては神のしもべであるかのような、高位種族だが、オルテはさらに、叡智という、限られた者しか持つことを許されない知識を有し、暗殺者として右に出る者などいない、恐るべき存在。
生成にかかったPは、2万P。
2万Pっていうのは、そうだな、大体……全魔物の中でもトップに君臨し、ダンジョンに侵入する全ての敵を排除できる上級竜を、2体も生成できるPかな。
ローズはワーフェンリル。
歴戦の大将軍であり、平伏してしまう威圧感を持つ、人狼と狼の頂点。弛まぬ努力を続け、軍を意のままに操る存在。
キキョウは金華妖狐。
魔法に優れた妖狐の中でも、魔道を極めし鬼才であり、あらゆる敵を蹂躙できる、魔道王の名を冠する存在。
ニルはハイピュイア。
空を飛ぶ生物を統べ、腹ペコが腹ペコを呼ぶ、何もかもを食らい尽くす、食いしん坊的存在。
それぞれの生成にかかったPは、1万8千P。
1万8千Pっていうのは、そうだな、大体……、ワーフェンリルなら18体、金華妖狐なら16体と余り400P、ハイピュイアなら20体生成できるPかな。
ユキは勇者、それも召喚勇者。
召喚勇者とは、神が遣わした救世主。世界を救うことを、世界を変革することを許され、世界を相手に無双する許可を持った、最強の存在。
登用にかかったPは、4万P。
4万Pっていうのは、そうだな、大体……30階層ダンジョンが血反を吐はきながら、予想外の出来事もなく、強運の元にPを稼ぎ続けたとして、100年くらいあれば稼げるPかな。
……。
なにがどうしてこうなった。
強過ぎる、強過ぎるじゃないか我が軍は。
しかし、こんなありえない奴等が配下にいるというのに、今はどうしてこうなっている。
所有しているPが0よっ。
さっきから、軍の人達が続々とダンジョンから逃げ出してるのに、Pは常に0よっ。
俺は、ただただ皿の塔が高くなるのを眺めていた。もちろん、料理の生成を続けながら。
「ユキ、あとで1回戦おうぜ。もうさっきみたいにゃいかねーぜ」
「望むところだ。だが、ワタシはLv50の上級竜にも、勝った事があるからな、負けないぞ」
食事が一段落すると、今度は腹ごなしの運動を始めるらしい。ダンジョンモンスターなので、いくら食べても通常状態、急に動くことも可能さ。つまり、腹ごなしすることもないんだよ。
「お互い死なないでね。もうP無いから死んだら、復活できないぞ。特に2人は、6万Pと4万Pって、莫大だから」
マキナの復活にかかるPは6万P。ユキが4万P。
ネームドモンスターであるため、生成や登用した際と、同じPがかかってしまうのだ。
我がダンジョンだと、他にも、セラが3万オルテが2万と、特別に高いわけではないように感じてしまう消費Pだが、普通のダンジョンであれば、1万Pもあれば、全てのダンジョンモンスターが復活するだろう。
なんてこったい。
しかし、ユキは高いなあ。
ダンジョンをいくつも踏破して、上級竜や勇者を倒している、召喚勇者なのだから、当然かもしれないが、4万Pの復活Pだなんて、そんなものは普通のダンジョンからすればきっと、永遠の死となんら変わらない。
それだけ貯められることなんてないだろうからね。
我が家で良かったねえ。
我が家なら、みんながダンジョン外から魔物を引きずり込むせいで、数万Pなんて、頑張ったら1週間もしない内に貯まるよ。
いや、絶対にそんな風に、貯めちゃいけないんだけれどもね。
俺は、そうしないためにも、2人に死なないように忠告した。
しかし、それが役立つはずもなく。
「そうか、ダンジョンモンスターだから復活できるのか。ならギリギリまで行けるな」
「いや行くなって」
「けど、なんだ? さっきから、ダンジョンの魔物になったからか、考え事をすると、それに対応してるダンジョンの知識がフーっと入ってくるんだ、コレ、中々楽しいな。――え、心臓が無くなって魔石になったのか? ……まあ良いか」
「いいんかい」
「そうだ。ユキはオーラドレイン使えないだろ? 教えてやるよ。あ、つか魔眼もねーな、アタシら全員、魔眼、持ってんだけどさ」
「ん、そういえば。仲間外れか」
「そんなことねえよ、俺達は仲間だよ落ち込むな」
「ユキ、スキルの宝玉がありますので、それを使えば身につけられると思いますよ」
「おおスキル宝玉か、初めて見た。え、魔眼もできるのか?」
「え、魔眼もできるんですか?」
「スキルの宝玉は、環境や経験に大きく影響されますから、ここのダンジョンの者でしたら、おそらく魔眼や人化も選択肢に入るはずです。ご主人様」
「魔王」
「はい、どうぞ」
差し出された手へ、流れるようなバトンパス。
へへ、阿吽の呼吸ってやつだな。……立場逆じゃね?
「おおおー、できたできた」
ユキの、海のように穏やかで深く、恐ろしい青色だった両目の片方が、金色に変わる。本当に魔眼になったようだ。スキルの宝玉は、魔眼にも対応しているのか、なぜ、俺は知らないんだろう。
……。
『スキルの宝玉は効果がありません。使用をキャンセルしました』
くそうっ。
俺だけ仲間外れじゃねえかっ。
「なんて魔眼にしたんだ?」
「強奪の魔眼だ」
気を取り直して、ユキに魔眼の種類を聞いた俺。強奪の魔眼ねえ。
ふむふむ、スキルの宝玉に関しての知識は入ってこなかったが、強奪の魔眼に関する知識は入ってきた。
ダンジョンマスターは、考え事をすれば、それがダンジョン運営に関わる事柄の場合、適応した知識が身につく生き物だからね。完璧ですよ。
強奪の魔眼とは、対象のステータスやスキルを、一時的に奪える魔眼のようだ。最強の一角とも呼ばれる魔眼らしい。すごいなー。
「……いや、強奪てっ。勇者が持ってて良いやつじゃないじゃん。悪者が持ってるようなやつじゃんっ」
「良く分かったな。昔戦った魔王、いやダンジョン的には、亜人の勇者か。まあ、ソイツが持っていた魔眼だ。これせいで随分苦戦してな、欲しかったんだ」
なんて強欲っ。
「使い方は……なるほど……良し。オーラドレインは、自分で身につけるとして、マキナ、やるぞっ」
「おっしゃ。んじゃちょっくら行って来るぜ」
「……お気をつけてー」
建て直したばかりの家から、ワイワイと喋りながら出て行く2人。……なんだろう、仲睦まじい様子で出ては行ったのだが、嫌な予感がする……。
「主様、私も見学に行ってきます。少しでも強くなるために」
……凄く嫌な予感がする……。
「ローズ、ローズにはここにいて欲しいな」
「――っ。わ、わかりました。どけ吸血鬼、主様は、私を所望しておられる。主様、どうなさいましたか?」
嫌な予感は、一先ず回避された。
ローズにアーンして食べさせてもらっているところを、セラにゴミを見るような目で見られながら、近くで起こる、凄まじい轟音に怯える。
残存Pは、0。
現在の食事すら、回収してあるアイテムなどを食い潰して、行っている始末。
人間の軍は撤退し、まだまだ予断を許さない状況ながら、当面の危機は去ったと言える。去ったと言えるけど……。
嫌な予感は、どんどん近づいてくる。
俺は、2人に通信を入れた。
「2人共、悪いけど、もうちょっと家から離れてやってく――」
『やるなあマキナっ。ならこっちもいくぞ、必殺っ、ミラーズ――』
『ならこっちもだっ。行くぞユキ、食らえー、必殺っ、カタストロフ――』
吹き飛ぶ、築1時間の廃屋。
吹き飛ぶみんなが守るダンジョンマスター。
俺は考える、あの7人を御する方法を。
結局、新品の服に着替えたセラが、助けに来てくれるまでも、砕けた我が家に戻ってからも、見つかりはしなかったが。
しかし、俺は探し続ける。
俺は、絶対に諦めない。諦めることだけはしないんだ、諦めなければ、きっと最後には必ずできる。俺はそう信じているから。
「その意気です主様。特別コースの再開はいつにしましょう」
「……」
「わっちの研究所も手早くの」
「……」
「お腹空いたー。おかわりおかわりー」
「……」
「飴。ケーキも良いが、やはり飴。オー」
「……」
俺は諦めない。諦めてなるものか、絶対にこの7人を御しきってみせる。
じゃないと……。
戦争が終わり、これからは新たな物語が始まる。ダンジョンマスターこと俺が、この7人を見事に御しきり、ダンジョンとしての地位を駆け上がる、サクセスストーリーが。
しかしまあ、1つだけ予想、じゃないけど、そういうものがある。
もしも、世界一のダンジョンになったとして。
俺が、世界一のダンジョンマスターになったとして。
なったとしても、多分。御する方法は、見つかっていないまま。
第3章、ダンジョンバトル編開始です。
戦争編よりもさらに短い章ですが、楽しい話になれば良いなと思っています、よろしくお願いします。
また、感想や質問、心よりお待ちしております。
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