表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/139

第28話 腹が減っては戦ができぬ。戦争は終了したよ皆の者っ。

悪逆非道のダンジョンマスター格言その10

ただ一つのミスもしてはいけない、しかし完璧でいてもいけない。任せろ、完璧じゃないのは得意だ。

 マキナの、叫ぶ声が聞こえる。

 セラの、消え入りそうな声が聞こえる。

 オルテの、紡がれる声が聞こえる。

 ローズの、気丈な声が聞こえる。

 キキョウの、困惑した声が聞こえる。

 ニルの、泣いている声が聞こえる。


「逃がしたのか?」

「さあ?」

 女勇者は俺から視線を外し、そう聞いてきた。

 遠くから聞こえる咆哮。上級風竜の咆哮が鳴り響く北側を、女勇者は向いている。みんながずっと叫んでいる、通信もたくさん入っている。

 俺は、その通信を遮断した。だって、こんな良い子達をわざわざ死なせていいわけがない。


「ふんっ。まあどうでも良い。ワタシはお前を殺すだけだ」

 女勇者が一歩近づく。


「こっちも同じ人間だってのに、戸惑うそぶりも見せないとは」

「ダンジョンマスターになる者に、決まった種族はないと聞く。人間がしていることもあるだろう」

 俺がふとそんな言葉を漏らすと、女勇者はそう応える。


「ここのダンジョンの戦い方は、周到で狡猾だったらしいからな、知恵の回る種族なのは想像がついた」

 作戦を考えたのは、大体セラだけどな。

 確かに知恵の回る種族だが。


 しかしあの6人は、俺が死んだらちゃんと逃げてくれるだろうか。仇討ち禁止がダンジョン崩壊後も有用なのか、竜因魔法や神威魔法に対抗できるのか、その辺りは分からないが、俺の意図や願いは察してくれるはず。

 意図通りに動いてくれたことが一度もないって事実だけが、心配の種だ。


「もう会話は終わりか」

 俺は構えられた刀を見て、そう聞いた。


 納刀された刀。見ようによっては、攻撃意思を示していない状態に見える。だが、この女勇者にとっては、それが最速最強の構え。最大級の攻撃意思を持つ構え。

 マキナ達にすらダメージを与えるのに、俺が防げるなんてことはない。食らえば終わりだし、避けることもできない。


「ああ。お前になど何の興味もない」

「俺はあるけどな。なんてったって、同郷かもしれないから」


 しかし、俺とてただで死ぬつもりはない。できる抵抗はする。その答えがこれ。

 俺は、日本語で話しかけた。


「――っ」


「名前はどのユキ? 自由の由の方、有る希望の方、それとも白い雪の方?」

「――貴様」

 一切感じられなかった女勇者の目に、動揺が走るのが分かった。

 どうやら通じるようだ。同郷、それは強い繋がり。特にこんな、世界すらも違う場所では、余りにも強い結びつきになるだろう。


「お前は勇者で、俺はこんなところで。一体何が違ったんだろうなあ」

 俺はその動揺に畳みかける。


 女勇者の選択は、2つに1つ、殺すか殺さないか。強い結びつきのある同郷の者を殺す選択は、そうそう簡単には選べない。

 それが、俺の勝負内容。


 Lv100越えの勇者。一体、どのくらいこの世界で過ごしてきたのかは、知らないし、どのくらい裕福に過ごしているのかも、分からない。だが、同郷への思いは、必ずあるはずだ。

 もし、他のやつらと会っていなければ、俺が最初の同郷の人間。情も湧くだろう、殺すなんてできるはずがない。

「日本人か?」

「ああ」


 俺は地球生まれじゃないし、地球で生きたこともない。知識を持っているだけ。

 けれど、フリなら完璧にできる。なんてったって異世界の知識には、その世界の全ての知識が網羅されている。日本のことだって何でも知っている。

 初めてその土地に人類が誕生した頃も、歴代の総理大臣も、六法全書も、漫画の内容だってバッチリさ。


「へえ。……けど、ワタシには関係ない。ここで死ね」

 まあ、でも、無駄か。

 良い作戦だと思ったんだけど、勇者だもんなあ。


「同郷の人間を殺すのか?」

「だから、そんなことは、ワタシに関係ない」

 女勇者は、刀の柄を持つ手に、ほんの少しの力を込めた。

 こいつは勇者、そして俺はダンジョンマスター。俺達は争う運命にある。

 同郷の人間なんて繋がりよりも、そちらの繋がりの方が遥かに強い。お互いに見れば、殺し合わざるを得ない、そんな関係なのだから。


 それに、こいつは勇者として凄い方で、俺はダンジョンマスターとして結構極悪な部類の。そりゃあ見敵必殺ですよ。俺、人類の敵じゃないですか、なんなら魔物の敵でもある、つまり僕は世界の敵、滅ぼすべき存在っ。

 いやあ、普段の行いがちょっとだけ悪かったね。


「ワタシには目的がある。その目的のためならどんなことも厭わない」

「日本に帰る方法か? 残念だが」

「そんなものはない、とうに知っている。だからこそだ――」

 女勇者は、俺との会話を完全に打ち切った。


 もう何を言っても、時間稼ぎにすらならないだろう。駄目、だったか。

 同郷って理由だけじゃあそりゃそうだ。ま、元々そこまで期待してもいなかったけどね、だからこそみんなを逃がしたんだし、生き残った後のことなんて考えずに、Pを大量に使えたんだ。


 俺は目を瞑る。


 だから、分が悪い賭けで良かったよ、変に期待できてPを節約してたら、大失敗してたところだ。

 良かった良かった。


 ――頑張れ。


 最後に見る光景は、幸せな光景、まぶたの裏の幸せな光景だ。


 ――ああ、でも。


「せっかくの戦勝祝いケーキ、俺の分も生成したのに、食べず仕舞いか」


 刀の音が鳴る。


 俺は、みんなの顔を思い返しながら、人生、いやダンジョンマスター生の最期を待った。

「……」


 待った。

「……」


 待ってる

「……」


 ……あれ?

 生きてるな。何だ?


 目を開けると、刀が、首筋ギリギリで止まっていた。ま、まさか、恐怖を味わわせるだけ味わわせて殺す算段か?

 日本人ヤベーな、戦闘民族かよ。


「……ケーキ?」

 そんなことを思っていると、女勇者がそう……なぜだか、振り絞るような声で呟いた。


「今、ケーキと言ったか?」

「言ったけど?」

「日本人のお前がケーキって言うってことは、……ケーキか?」

「ケーキかってケーキはケーキだろ。あ、パンケーキとかそういう意味か? 俺のはミルフィーユだけど」

「――っ」


 女勇者の目が驚愕に染まる。

 さっきまでの冷徹な雰囲気とはまるで違い、興奮しきっている。

「……もしかして、欲しいの?」


「当たり前だっ」

「……」


 これは……、使えるっ。

「見逃してくれたら良いよ」

「何だとっ」


「ミルフィーユだけじゃなくて、生成すればショートケーキとかチョコレートケーキとか、モンブランにロールケーキにチーズケーキもあるよ」

「チーズケーキはいらんっ、嫌いだっ。だが……おい、ケーキだけか? 寿司は?」

「あるよ、かっぱ巻きからウニ、トロまで何でも。天ぷらも、ラーメンも、餃子も、お前が思い付く料理は何でもあるぞ。というか生成、作れるぞ」

「な、なんだと」


 なんだか凄く動揺し始めた。足踏みをドンドンと。どうしたどうした。

 女勇者は激しく葛藤している。キャラが壊れてやしませんか?


「食わせろっ」

「見逃してくれたらな」

「食わせてくれたらまず考える」

「……ケーキは冷蔵庫の中」

「冷蔵――うわ、冷蔵庫だっ。電子レンジまで……」

 家の中を見回して、ようやく冷蔵庫などの家電の存在に気付いた女勇者。うむ、あった方が良いもんは大体出してるからね。

 日本っぽくて驚いただろう。


 使い慣れた様子で女勇者は冷蔵庫を開け、中に入っていた俺のミルフィーユを取り出す。生地が何層にも重なった甘く美味しいケーキ。

「うおおおおおおー」

 女勇者は、感動と興奮がこちらにまで伝わってくるような歓声を上げ、手をニギニギしながらキョロキョロと辺りを見回す。


 察した俺がフォークをテーブルにコトンと置いた瞬間、山賊のように奪い去り、山賊のようにむさぼり始める。

 食い方が汚え。俺のミルフィーユが、山賊に……。

 あ、毒でも塗っときゃ良かった。


「美味いっ、美味いっ、うまーいっ」

「食べ方が汚いよ。もうちょっとゆっくり食べなさい」

 ただでさえボロボロになるミルフィーユが、砕け散っているじゃないか。


「うるさいっ。ワタシがこれを、どれほど待ち望んだか分かるか。勇者として4年過ごした日々、あの中で追い求めたものが分かるのかっ」

「平和とかじゃないんですか?」

「魔王を倒し日本に帰る術がないと分かってから、ワタシはかつて食べた料理を研究した。だが材料なんぞどこにもない、まるで違うものばかり。まずは見つけることからワタシの冒険は始まった」

 なんか語りだした女勇者。

 貴女の冒険が始まったのって、召喚された時からじゃないの? 魔王倒してから始まってるよ?


「しかしそれには領地がいった。育てなければならないからな。国のために働き領地を貰い、そして育てる。これにも人がいる、そして調理だ、ワタシしか調理法を知らないのだからワタシがやるしかない、だがワタシは……」

 下手だったんだろうか。


「なんでもできるのになぜ料理だけっ。ワタシは料理を求めて彷徨った、魔王を倒してからの3年6ヶ月」

 勇者になって4年だよな、魔王さん半年で倒したのかよ。

 魔王って呼ばれるのは基本的に亜人の勇者だろ。えーっとだから、倒した最高Lvのがこれ魔王さんなんじゃないの?

 貴女Lv何で倒したの?


「だが見つけられない食材も多く、精製法が分からない物も多かった。例え見つけても品種改良がされていないせいか、味は悪く、寒暖差や病気にやられ育てられない」

「日本は、何百何千年って、試行錯誤しての結果だからねえ」

「だからワタシはこのダンジョンに来たんだっ、来るな必要ないって言われてたけど、無理矢理な」

「無理矢理来ちゃったのかよっ」

 そりゃあセラも分からないはずだ。

 この女勇者、絶対自国でも持て余してただろ。


「どうせ負けると思ってたし、そこを助けて功績を挙げて、さらに大々的に実験をして、たくさんの美味しい料理に囲まれるはずだった」

「そうですか」

 俺、そんなことのためにこんな目にあってるのか、……涙出そう。


「しかしまさか、ここで見つけられるとはっ。――おいっ、寿司だ。寿司を出せっ」

「いや、見逃してくれたら出すって言ってるだろ」

「だから出せって言ってるだろっ」

「いやだから見逃して……、え、もう見逃す決定ってことか?」

「当たり前だ、このためにワタシは戦ってきたんだ。見つかった以上、戦う必要などどこにもないっ」

「勇者だろ、どこかにあれよっ」


 思わずツッコミを入れてしまった俺。しまったその通りにされたら殺される、と思ったが、しかし、そんなこと全く頭の中に無いのか、女勇者は希望に満ちた目で俺を見てくる。

 待ってくれよ、俺はそんな素早く状況に対応できる男じゃないんだ。展開が速すぎるぜ。


「ま、まあそうですか、なんかどうも。あ、でも今出せないぞ」

「殺すぞ?」

 俺が取り繕うようなお礼をして、現状を説明したその瞬間、取り繕うことも説明することもできない素早さで、喉元に刀が突きつけられた。

 こええよっ、この子情緒が不安定過ぎるよ。


「ワタシは食いたい、食いたいんだよ。邪魔するなら、お前を殺すっ」 

「いや俺殺したら食えないし。あれだよあれ、出せないって言ったのは、お前がここにいるからだよ。1階層くらい離れてないと出せないんだ。ダンジョンってそういうもんなんだよ、想像つくだろ」

「――ちっ、分かった」

 女勇者は頷き、消えた。

「出したかっ?」

 出てきた。


「いや早い早い。あんな一瞬で出せるわけないだろっ、ちょっと考えろ」

「くそうっ、ワタシは一刻でも早く食べたいんだ。出せっ、今出せっ、進化しろ進化っ、お前も異世界から召喚されてるんならできるだろっ」

 無茶言うなコイツ。キャラは完全崩壊してるし……どんだけ食いたいんだか。

「あー、方法が無いことはない」


「今すぐそれをしろ」

「お前の許可がいる」

「出す」

「いや、ちゃんと考えなさい。ダンジョンの仕様で、侵入者がいちゃ駄目だけど、配下なら周りにどれだけいても自由に生成できるんだ。だからお前がダンジョンモンスターになれば――」

「なるっ。だから出せっ」

 コイツもうテンションおかしくなって何も考えてないんじゃないか? まあ別に良いけどさ。


「あ、でもPねーのか。無理だったわすまん」

「早くしろーっ」

「揺らすな揺らすなっ、分かった分かった。あ、そうだ、100日以内だからあれいける、できる、できるから揺らすなっ、人に刀をつきつけてはいけませんっ」


『40000Pを使用し、個体名ユキ・キリシマをユニークモンスターとして、ダンジョンモンスターに加えます。尚ダンジョンの波瀾の幕開けの勲章効果により、0Pを使用になります。よろしいですか?』


 たっかっ。

 能力値とかに比例して増えるんだけどたっかっ。まあそりゃ高いか、召喚勇者なんだし。


「ええっと、じゃあユキ、これからよろしく」

「うむ、毎日美味い食事を所望する」


 マップで、赤色として表示されていた点が、青色に変わる。


『 名前:ユキ

  種別:ネームドモンスター

  種族:人間

  性別:女

  人間換算年齢:20

  Lv:109

  人間換算ステータスLv:426

  職業:ダンジョン勇者

  称号:召喚されし勇者

  固有能力:???? ・???????????

      :???? ・???????????

      :勇猛果敢 ・臆すること無く行動可能。常に全力を発揮することができる。ステータス補正。

      :絶対勝利 ・逆境であるほどステータス上昇。敗北しそうになると生命力魔力回復。運命の勝利を引き寄せる。

      :聖なる羽衣 ・あらゆる攻撃を防ぐ。空を浮遊できる。

      :人物鑑定 ・対象人物の情報を見ることができる。

      :物品鑑定 ・対象物の情報を見ることができる。

      :自動翻訳 ・会話言語を自動的に翻訳する。

  種族特性:技術習得 ・技術を習得しやすくなる。

      :発明 ・新しい発明、発見を行える。 

      :継承 ・自身の高い能力に関して教育能力が向上する。

      :覇権の使徒 ・他種族に対し行った対策の全てが上昇する。

      :???? ・???????????

  特殊技能:ミラーズスラッシュ ・一撃で2度の斬撃を加える。

      :ポイズンクッキング ・料理が劇物になる。

  存在コスト:24000

  再生P:40000P 』


 ポイズンクッキング……。


 勇者が仲間になった。


 ……勇者を、良かったのかしら。


「さあ、早く」

「焦るな。っと、そうだ、P無いんだよな。使っちゃって、まずPを稼がないと」

「P……、ああなるほどダンジョンで稼ぐ金みたいなもののことだな、今新しい知識が加わった。良し、まだダンジョン内に残ってる監視共を、狩ってくれば良いんだな」

「止めるんだっ。回収してある武器とかをP変換しただけでも、Pは増えるから、殺さないでっ」


 本当に勇者かコイツ。


「あ、というかお前、日本人じゃないじゃないかっ」

「何っバレただとっ」

「良いけど」

「良いのか」

「とにかく飯だっ。寿司っ寿司っ、あ、ウニはいらんぞカニもな、カッパ巻き系も。えーっとでもそれ以外は全部1皿ずつで、サーモンは2……5皿、中トロも5皿だ。それと白米単体、あと鰻丼」

「はいはい寿司と白米と鰻丼ねー。……米食いすぎじゃね?」


「ラーメン、コッテコテのトンコツな。それからざる蕎麦、あとナポリタン」

「とんこつラーメンに、ざる蕎麦とナポリタン、と。……炭水化物取りすぎじゃね?」


「餃子に、鳥の唐揚げ。天ぷら、あ、シソはいらんぞ。それから二十歳になったしビールも飲みたい、あとお洒落なカクテルと……グラタン」

「食い過ぎじゃね?」


「カルボナーラ、焼きそば。豚のしょうが焼き、トンカツ……あ、トンカツカレーでな、カレーにはナスとカボチャも入れろよ。それからおでんに、アジフライ、カレイの煮つけ。スイカにメロンとイチゴと、えっと、えっと」

「食い過ぎじゃねえか? いつでも用意してやるから、そんくらいにしておきなさいっ」

 俺は言われた物を、テーブルの上にどんどん置いていく。


「いただ、いただ、ただ、ただ、まふぅっ」

 言えていないいただきますを極上の笑顔で言ったユキは、まるで皿を飲むように数々の料理を平らげていく。綺麗な美人がそんな風に食べてると、正直引くな。


「あー、まあでもとりあえず、戦闘終了。勝利かなー……」

 むなしい勝利だ。

 作戦が……頑張って考えた作戦と、みんなの努力が飯に負けるとは……。


「とりあえず呼び戻そう。さっきの命令全部解除」

 まだ退却させる分のPが入る予定だが、現状の全てのPを使ったのに、全く意味のない行いだった。虚しい。


「お、向かって来てる、向かって来てる」

 マップ上で、どんどん迫り来る、青い点。

 1階層から30階層までなので、距離はなんと29km。長い距離だが、彼女達からすれば、ほんの一瞬で詰められる距離。

 空間魔法もあるし、なんてったって速いからね。特にマキナ。

「ばっっっかやろーーーーーっ」

 そんなマキナは、ドゴーンッと凄まじい音を立てて、壁に穴を開け、俺目掛けて突っ込んできた。


 ダメージこそ受けないが、俺はもの凄い勢いで吹き飛ぶ。

 むろん、その衝撃の余波は家を破壊し、テーブルに乗っていた料理も吹き飛ばした。

「……おい……」

 殺気と食材を身にまとった元勇者が、ゆらりと立ち上がる。

「待て、待て、もっと作るからいっぱい出すから」

 俺は新しいテーブルと椅子を作り、もっとたくさんの種類の料理を並べてた。ユキはその光景に満足したのか、刀を放り出して料理を乗っけたまま、極上の笑顔で席に戻って食べ始める。


「マキナ、気をつけろよ、俺死んじゃうところだったぞ。それにまた家壊れちゃったじゃないか。……マキナ?」

「馬鹿バカバカバカ、馬鹿マスターっ。うう、何やってんだよー、ひっく、ひっく」

「お前泣いてるのか?」

「泣いてねえよ馬鹿ー、うあああーん」

 めちゃくちゃ泣いてるじゃねえか。

 吹き飛んで、仰向けに寝転がる俺は、すがりついて泣きじゃくるマキナの頭を撫でる。柔らかく触り心地の良い髪の毛。


 俺は倒された体を、どっこらしょっと、という掛け声と共に起こし、離れないマキナを自分の手で抱き止め、頭をポンポンと撫でる。

「うううう、うあーん、うううああー」

 すると、さらに強い力で抱き締められる。

 一緒にマキナの腕の中に巻き込まれた木の板が、木っ端微塵に粉砕する力。ダンジョンモンスターからダメージを受けない俺じゃなければ、死んでいる強さの抱きつきだ。……ダンジョンマスターで良かった、2つの意味で。


「ごふっ」

 しかしその時、まさかの後ろからの衝撃。

「……」

「オルテか、気配を消すなよ」

 オルテも後ろから俺に抱きつき、離れない。俺はマキナを抱き締めていた片方の手を使って、オルテの頭を撫でる。


「……許さない」

「ごめん、ごめんて」

「……馬鹿オー」

 グリグリと、摩擦で焼けるのではないかというほど押し付けられる頭を、俺はゆっくり、そして愛おしく撫でた。


「主様っ」

「主殿っ」

「あるじ様ーっ」

 そうやっていると3人が到着。

「ぬっ」

 マキナは急いで離れる。顔はそっぽを向いて、見られないように。あの3人に、甘えているところや泣いているところを見られるのは、先輩としてのプライドがあるのか、恥ずかしいようだ。


「主様、申し訳ございません、お守りできず」

 ローズは俺の傍で膝を付く。

「俺が勝手にやったことだから、ローズが気に病む必要は無いよ」

「違いますっ。私は主様をお守りする為にいるのです、それが逆に庇われ、庇われ……主様の馬鹿ー」

 また馬鹿って言われた。

 泣きながら抱きついてくるローズ。俺はその衝撃を、オルテに支えられながら受け止めた。トラックとトラックに挟まれた軽四の気持ちを味わうも、ダンジョンマスターなので無事。


「主様は間違っています、主様はー主様はー、ふええええーん」

 意外な泣き方をするローズの肩を抱いて、俺は自分の方に引き寄せる。


「痛っ、痛いっ、かじるなニルっ」

 すると、いつの間にか反対から抱き付いてきていたニルに首を噛まれる。近くに大量の食材があると言うのになぜ俺をかじる。しかし痛いよ、もう10分経ったのかい?

「あるじ様-駄目だよ、悲しいよー」

 ……ただ、いつものような食料と見てのかみつきではないようだ。


「……ん」

 オルテが背中から離れる。その時に俺の手をニルの頭の上にやった。撫でろってことなのか、……お姉さんだな。

 ニルは気持ち良さそうに撫でられ、俺の膝の上に頭を乗せるように寝転がり、泣きながらニヤけ始めた。


「……主殿」

 2人に占領されている俺を、キキョウが見下ろす。

「わっちもすまな――、っな、何をするマキナっ」

 そして何か言いかけた瞬間、マキナに首根っこを掴まれ持ち上げられたと思ったら、俺の後ろに座らされている。

「ゲホゲホッ」

 咳き込むほどにバシンバシン、と、叩かれた俺の背中。


「んっ」

「……そうじゃな、では、わっちも、お邪魔する」

 するとキキョウはそう言って、背中からそっと肩に手を置き、しなだれかかってきた。ああ、ここ使えってやってたのか。マキナもやっぱ面倒見が、良いんだな。


「主殿は、やはり阿呆じゃ」

「面目ない」

「許さんぞ、じゃからもう2度とするな。マキナの阿呆も煩過ぎるしの」

「うるせえ」

 顔を真っ赤にしたマキナが言う。

 ……ああ、手が2本しかないのが残念だ。撫でる手が足りない。

「よいよい、これで良い」

 するりと、キキョウの腕が俺の首元を這い、後ろから抱きつく力を強める。本人が満足そうだから良いか。


 でもあれだ、1人足りない。


「……セラ」

 3人が離れた頃、最後の1人が目に入る。


「ご主人様、何を言われるか、もうお分かりですね?」

 1番怖いやつが。


「あー、セラさん。あれはですね、みんなを守るためにね。ほら勝算もあったと言えばあったし、そのためには、俺1人の方が都合良かったので……」

 その勝算とは、別ので勝ったんだけど。

「はあ」

 た、ため息をつかれた。


「ご主人様の性格は分かっております、それがもう治らないことも。Pを無駄に、大量に使ったりや――」

 はいすみません。

「我々のことを、思い過ぎることも。……、う、ううぅ、うう」

「……」

「うう、見ないで下さい。もうご主人様なんて嫌いです、ううぅ」

「ごめん、ごめんねセラ」

 俺は立ち上がってセラの元へ歩みより、そっぽを向いたセラの正面に回って、抱きしめた。


「うううう、うえええん、えええええん、馬鹿、馬鹿っ。怖かったんですよ、凄く怖かったっ。ええええん」

 抵抗せず、俺の腕の中に収まり、そこで、子供のように大きな声を上げて泣きじゃくるセラ。

「うん、ごめんね」

 強く抱き締めて、頭を抱きかかえて。耳元で何度も何度も謝った。


「……生きておられて、本当に良かった……」

 泣きながらそう言ったセラを、俺は強く強く抱き締め――。


「マスター、これうめえな。他にはねえのかっ?」

「オー、……おかわり」

「これほどに美味なるものをご存知とは、流石主様。もっとその英知をお見せ下さいっ」

「わっちは、このパスタなるものを所望するぞ、主殿早う」

「あるじ様、もっとー、足りない、全然足りないよー」

「お、おかわりシステムも有りなのか? ならおい魔王、今度は海外料理とかいってみたいぞっ。あ、でもサザエとかも食べたい、こっちの貝って全部毒があるんだよ、海鮮は和で頼む」


 あれー?


 ここって何かもっと感動するシーンなんじゃないの? 何で俺とセラ以外、全員飯食ってんの?


「私も頂きましょうか。ご主人様早く用意して下さい。いつものワインもお願いします」

「いや、お願いしますじゃないよ、セラさん、さっきのは?」

「早くお願いします。全く余計な心配をさせられてお腹が減りました。Pもすっかりなくなっていますしヤケ食いヤケ酒しなければ、やっていられません」

「ええーーーーっ」


 こうして、大軍の進撃による戦争。

 ダンジョンマスター最初の大仕事が終了した。

 

「人が食べてるの見ると欲しくなるなあ。おい早く海外料理、イタリア、あ、ピザ食べたい。皆、ピザは美味いぞ、ピッツァはヤバイぞ」


 勝利、という最高の形で。


「このステーキうめええっ。A5って言うのか、これもっと出せよ、全種類な、10キロずつくらい」


 しかし、俺の思っていた勝利とは、少し違う。


「チーズケーキはやはり美味しいですね。もっと上品な味わいの料理を、食べてみたくもあります、懐石料理、それから、フランス料理のフルコースを」


 ごめんなさい、嘘をつきました、全然少しじゃありません。


「……甘い、イコール、美味しい。フルーツ盛り、砂糖菓子追加。……ぜんざいとたい焼きも、追加……、各10セット」


 予想だにしない幕引き。


「豚カツ、これは美味です。衣がサクサクでたまりません。揚げ物は、実に多種多用なようですね、私には揚げ物をお願いします、ただしまずは天ぷらで、高級店の」


 そして、予想だにしない、それから。


「ペペロンチーノも中々。じゃが他のも捨てがたい、それに、意外や意外、刺身も美味いではないか。海の幸も良いのかもしれん、海の幸追加じゃ、最高峰の」


 いや、どんだけ食うのこの子ら、さっきまでの雰囲気って一体どこにいったの?


「とにかくいっぱい、いーっぱい食べたーいっ」


 ああ、今日も今日とて明日が見えない。


さてこれにて2章、ダンジョンマスター戦争編は終了となります。

長々とお付き合い頂きありがとうございました。

お読みになられている理由は様々なものだと思いますが、どういった理由であれお読みいただけたこと嬉しく思います。


まだまだ物語は続いていきますが、この7人が揃ったところで、ひとまずの1部分、一括りは終了です。楽しかったと思って頂ければ、これまた幸いです。


1章2章が終わり、物語の一区切りを投稿し終えた。ということで、これからはさらにたくさんの人に読んでいただけるよう、たくさんの人に面白いと思っていただけるように、頑張っていきたいと思います。


目標は、日間ランキング入りですね。


ありがとうございました。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=546221195&s
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ