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第27話 勇者、ユキ。

悪逆非道のダンジョンマスター格言その9

配下はPを得るための道具ではない。そんなことは当たり前。

 最初に勇者と遭遇したのは、ニルだった。

 追撃にと追いかけていた体を急転回させ、一直線に勇者の下へ。そこは15階層。


「キーック」

 対敵した、その瞬間に繰り出された、高速の飛び蹴り。こんな低階層で、そこまで速い攻撃が来ると思ってもいなかったのだろう勇者は、まだ武器を腰に差したまま、戦う構えも取っていない。

 完璧な不意打ち。

 決まったかに思える攻撃。

 しかし、勇者は、それを攻撃で迎え撃つ。


 それは、抜き放つことと攻撃を、同時にできる武器。

 細く、長く、金属で作られたその形には、美しい波紋が描かれている。まるで煌びやかな芸術品のようであり、禍々しい殺すためだけの武器でもある、刀、日本刀に分類される大刀。

 鞘を利用し、振りかぶるだけでは到底不可能な速度を出すその一撃は、全力で迫ったニルの突撃に追いつき、追い越した。


 激突の後、2人の距離は直線上で離れていく。

 勇者は、その場から一歩も動いていない、ニルはその場を通り過ぎて、地面に転がったまま動かない。横一文字の切り裂かれた腹部を中心に、森の落ち葉を朱色に染めていく。


 勇者は一歩、ニルに近づく。と、そこへ魔法の雨が降り注いだ。

 避け場の無い無数の雨。次に勇者と遭遇したのはキキョウ。そしてローズ。

 キキョウは勇者へ全力で攻撃し、ローズは止めを刺されそうになったニルを回収し、回復する。


「ミラーズ――」

 勇者は既に納刀している。

 戦いが終わったからではない、戦いを終わらせるからだ。

「スラッシュっ」


 キキョウは遠距離から、魔法を曲射で撃った。ローズはニルを抱えて、その場から遠ざかった。勇者の居合いの範囲には、誰もいない。にも関わらず、勇者はその場で居合いを放つ。


 目にも止まらない速度で振るわれた刀は、この世に何かを生みだした。


 目には何一つ映らない。


 だが、確実に存在する、全てを切り裂く最強の斬撃。見えない斬撃は駆けぬける、キキョウ、そしてローズの元へと。


 キキョウは防御魔法を展開する。範囲を狭めた、魔力を温存できる防御魔法ではなく、防御力を高めることだけを考えた、巨大な防御魔法を。

 ローズは槍を構える。範囲を広げた、全体を防御できる防御方法ではなく、防御力を高めることだけを考えた、一点集中の防御方法で。


 しかし、斬撃はそれらを容易く切り裂いた。

 鮮血に染まり、膝から崩れ落ちる2人。


「ローズ……、キキョウ……。んー、空間転移-っ」

 その2人を、今度はニルが助け出す。ローズからの回復魔法により行動できるようになったニルは、空間魔法を使い、2人を連れてその場から脱出した。


「逃げられたか」

 女勇者は、ニルが繋げた空間を刀で切り払い、空間を歪めるものの、一歩間に合わずそう呟く。

 特に残念だったわけでもなさそうに。


 なぜなら、彼女にとって、あれが絶好のチャンスだったわけでもないからだ。あの程度の機会は、出会う度に、戦う度に訪れる。逃がしたからとて問題ない、コアに向かって進めば、いずれまた戦うことになる。

 出てきた時に倒せば良いだけのこと。最終階層まで行けば逃げられることもない、と。


 それは驕りでもなんでもない。

 余裕でもない。

 ただの事実だ。

 倒される危険性は一切なく、一方的に殺戮を可能とする実力差がある。それが、勇者という存在なのだから。


『 名前:ユキ・キリシマ

  種族:人間・勇者・召喚者

  性別:女

  年齢:20

  加護:愛と勇気の女神マリアンヌ

  Lv:109

  ステータス:秘匿されています

       :秘匿されています

       :秘匿されています

       :秘匿されています

       :秘匿されています

       :秘匿されています

       :秘匿されています

       :秘匿されています

       :秘匿されています

       :秘匿されています

       :秘匿されています

       :秘匿されています

       :秘匿されています

       :秘匿されています

       :秘匿されています

       :閲覧権限がありません

  職業:閲覧権限がありません

  称号:閲覧権限がありません

  固有能力:禁忌事項に触れます表示できません

      :禁忌事項に触れます表示できません

      :閲覧権限がありません

      :閲覧権限がありません

      :閲覧権限がありません

      :秘匿されています

      :秘匿されています

      :秘匿されています

  種族特性:秘匿されています

      :秘匿されています

      :秘匿されています

      :閲覧権限がありません

      :禁忌事項に触れます表示できません

  特殊技能:秘匿されています

      :秘匿されています

  最高種族討伐:竜種・上級水竜・Lv55・1人

  最高Lv討伐:Lv286・亜人種・勇者

  ダンジョン最高階層:144階層・踏破

  ダンジョン踏破回数:9回 』


 ダンジョンを9度も踏破し、144階層の最終階層守護者をも、倒している。

 Lv286の勇者という、一体どれほどのものか想像もできない化け物を、Lv109足らずで。そして、人が関われる生物の頂点に位置する上級水竜すらも、たった1人で倒し得た。


 神からの加護を、余程に受けているのだろう。ダンジョンの権能を振るってその力を見ようにも、全く持って及んでおらず、肝心な力は何一つ伺えない。

 分かるのは、このダンジョンなど簡単に滅ぼせるということだけ。

 

 女勇者。

 ユキ・キリシマ。

 青い髪に青い瞳。鋭く冷たい目、美しい美貌の中には、見る者を凍て付かせる冷徹さが込められ、誰もが息を飲む。

 金属と布の鎧に身を包んでいるものの、体が細いことはよく分かる軽快そうな見た目。むろんその通りに軽快で、軽快さの全ては、攻撃のために使われる。

 刀での抜刀術を主戦術に用い、実力は先ほど見た光景で、十分にうかがい知れる。誰もが思い知らされた。


 ニルもキキョウもローズも、確かに15階層という低階層ではあったものの、まるで子供扱い。


 勇者は、20階層に辿り着いた。

 その瞬間、必殺の矢が飛来する。

 それを抜刀し、真正面から切り伏せた勇者。身を隠しての暗殺も通用しない。勇者は狙いをオルテに定める。

 しかしその時既に、オルテは21階層へ移動。代わりにセラが20階層へと入り、勇者と戦う。


 彼女達も考えているようだ。

 全員が同階層に入ってしまえば、制限はより大きくなり、1対1の戦いでは大きな不利を招く。だから今のように交互に戦い、長所を活かすのだろう。

 ダンジョンにおいて、それは褒められた戦いではない。だが、それでも勇者には届かない。


 セラが勇者と数秒戦い、すぐさま引く。守ることに重きを置いた戦い、さすがに勇者も決めきれない。

 そしてセラが21階層に入った瞬間に、今度はキキョウが19階層から20階層へ入り、後ろから強力な魔法を放った。

 回避は不可能であると悟った勇者、しかしその魔法を、たった一振りで切り払い終わらせる。


 キキョウは19階層へ戻り、今度は、ニルが地中から攻撃を仕掛ける。空間魔法を多重に使い、勇者を翻弄。だが、勇者の抜刀は余りにも速い、ニルは捉えられる。

 その瞬間に、ローズが20階層へ入った。一瞬2人になるものの、多角的な攻撃により、勇者は防御体勢へと移行する。ニルは離脱し、勇者はローズと打ち合う。2人はそのまま21階層へ。


 21階層に入り、ローズは一気に後退して、22階層へさらに移動した。勇者は追うが、21階層にいるオルテの矢が後ろから迫り、その足を止める。

 が、しかし、その攻撃は読まれていたのだろう。場所を把握されたオルテは、先ほどローズとキキョウが食らった、見えない斬撃に切り裂かれる。


 ニルは再び勇者に迫り、中距離から羽や短剣を飛ばして制圧にかかった。だが、空間魔法を使い、勇者はニルの後ろへ転移する。ニルもまた、動けなくなる一撃を受けてしまう。


 そこへキキョウがカバーに入り、空間魔法でニルを別の場所に移した後、弾幕を張り、勇者を寄せ付けないよう攻撃し続けた。だが、全ての攻撃は避けられ、斬られ、相打ち狙いの一撃も、自分だけが斬られる結末に終わった。


 すぐさま、22階層へローズを追った勇者。追いつかれたローズは、槍で勇者の刀とまともに打ち合う。しかし、その頼みの武器ごと斬られ倒れる。


 そこへセラが入った。勇者を23階層へ引きずり込み、他の4人を、一時逃がす。だがその代わりに、自分はまともに刀を受ける。戦闘を継続するどころか、命を繋ぐことすら、不可能に近い深い傷。


 もう戦える者はいない。カバーに入れる者がいなくなれば、1人1人止めをさされていくだけ。

 しかし――、間に合った。


 わずかに青みがかった巨大な白い竜。

 背中の翼を羽ばたかせ、その竜、上級風竜、マキナは空に止まり、怒りの眼で勇者を睨み、その口へエネルギーを溜めた。


『 名前:マキナ

  種別:ネームドモンスター

  種族:上級風竜

  性別:女

  人間換算年齢:18

  Lv:15

  人間換算ステータスLv:403

  職業:ダンジョン最終階層ラストボス

  称号:ダンジョンの守護者

  固有能力:竜王の血脈 ・竜因魔法、竜魔法の威力上昇。状況に応じてステータス上昇スキル上昇。支配の完全無効。結果に補正。

      :無限の蓄積 ・思考能力を増加、加速させ、他者の経験を踏襲する。

      :天空の主 ・天を統べる。

      :時の魔眼 ・右、自身と周囲の時を支配する。

      :予知の魔眼 ・左、未来を見通す。

  種族特性:風竜因魔法 ・風の竜因魔法使用可能。

      :竜魔法 ・竜魔法使用可能。

      :上級竜の膂力 ・防御能力を無視してダメージを与える。

      :上級竜の鎧 ・あらゆる攻撃や変化に高い耐性を有し、一部を無効化する。

      :上級竜の翼 ・質量、重力、慣性を無視し行動可能。

      :上級竜の再生力 ・身体の破損欠損を即座に再生できる。HPMP自然回復上昇。

      :人化 ・人間形態に変化可能。

  特殊技能:オーラドレイン ・生命力と魔力を干渉の度に吸収する。

      :カタストロフブラスト ・空気と空間を歪ませ存在を無視して座標を破壊する。

      :リーシングクロック ・時間を止める。

  存在コスト:30000

  再生P:60000P 』

 

 そして、空から、全てを破壊する竜の一撃が降り注ぐ。

 ダンジョンの仕様による制限を受け、マキナはその力を十全に扱えない。竜を最強たらしめる竜因魔法とて、初歩のものしか使えないはずだ。

 だが、竜因魔法はダンジョンのシステムを無視して、結果を及ぼす。

 だから、初歩の攻撃であろうとも、全力で放てば、その威力に限ってのみ、ダンジョンの仕様を無視した全力の一撃を放つことができる。

「――っ」


 急展開していく戦場。次々に襲いかかってくる、一際強い魔物達。

 その最後の一撃。

「――ふう、少しだけ、危なかったな」

 けれども、大して焦った様子もなく、それゆえに、安堵した様子もない勇者。むしろ、ほんのり楽しみを感受しているような、恍惚とした表情。


 マキナの今の一撃は、きっと、並の者なら倒せていただろう。いや、Lv200の強者とて倒せていたに違いない。

 しかし勇者は無理だ。勇者には勝てない。

 それも、ここにいる勇者は、勇者の中でも飛びっきりの存在なのだから。


 その勇者は、平々凡々の存在から成り上がった勇者ではない、召喚された勇者。勇者となることを運命に定められ、神から無限の愛を得た召喚勇者だ。

 村を守る決意を持って戦い、勇者となったなら、村を守れる力を得るのだろう。

 国を守る決意を持って戦い、勇者となったなら、国を守れる力を得るのだろう。

 だが召喚された勇者は違う。


 彼等は、彼女は、世界の守護者。

 得る力は世界を守れる力。

 神に選ばれ勇者となった彼女は、ありとあらゆる災厄から世界を守りぬく力と、思うがままに世界を変える力を手にしている。この世界を形作った神の代弁者が、召喚された勇者なのだから。


 Lvは100ちょっとで、召喚勇者の割には、成した偉業も数少ない。

 成熟していないのだろう、本来の強さにまだ及んでいない。しかし、それでも、30階層の6人という戦力で、勝てる道理はまるでない。


「――必殺、ミラーズ、スラッシュっ」

 勇者は刀を振り抜く。

 見えない斬撃は空を駆け抜け、飛んでいたマキナの翼を、その一撃で切り落とす。それも1度の振りで2つの翼を。

 空での自由を失い、地に落ちようとするマキナ。

 落下地点に勇者は素早く入り、再び抜刀の構えを取る。

 

 だが、それはマキナのフェイント。種族特性、上級竜の翼を持ち、固有能力、天空の主を持つマキナは、翼なんぞなくとも、空を自由自在に駆け回ることができる。

 狙いを定めている勇者は、それを知らない。

 さらにその瞬間、マキナの体は一際小さくなった。

 数十mはあり、夜の暗闇ではうっすら光を帯びる上級竜の体から、勇者より7、8cm大きなだけの人型へ。それは確かに、勇者の動揺を誘った。


 マキナは、まるで空中に地面があるかのように一歩駆け、勇者へ蹴りを放つ。その攻撃は、勇者の体に初めて届いた。

 ――しかし。

 竜因魔法による身体強化を纏わせ、最大威力とはいかないものの、ダンジョンの制限を遥かに越えた威力の一撃ですら、勇者の体をふらつかせる程度に留まった。


 渾身の威力で蹴ったマキナは、その反動で体勢を崩してしまう。

 勇者は、刀を抜いていない。だからこそ、攻撃体勢は既に、完全に整っていた。

 「――必殺」


 5人は既に回復を済ませている。一番重傷だったセラも、ローズの回復魔法により、動けるまでに回復した。

 しかし、マキナの援護にはいけない。

 勇者へ攻撃を仕掛ければ、戦っているその階層へ入れば、マキナはダンジョンの仕様により弱体化してしまう。

 そうなれば、勇者の一撃を、避けることも受けることもできなくなる。それは絶対の死を意味する。

 攻撃を仕掛けず階層にも入らないのなら、もしかすると生き残るかもしれない。

 確率は五分五分、よりもずっと悪い賭けだが、5人にはそうする他なかった。


 攻撃が終わった、その瞬間に助けに入れるよう、5人全員準備をしていた。もしマキナが倒れても、5人で必ず勝てるようにも。

「ミラーズスラーッシュっ」

 その残滓だけで、木々を切り裂く斬撃は、体勢を崩す無防備なマキナへ――。


「マキナァアアアアっ」

 俺は叫び、俺は、……ホッと胸を撫で下ろした。


 今、頼りない掘っ建て小屋の我が家に、6人のネームドモンスターが揃っている。

「はあ、はあ。……マスター」

 荒い息をするマキナも。

「ご主人様……」

 可愛い服を血に染めたセラも。

「オー」

 いつも通り無口なオルテも。


「主殿、なぜです」

「あのままいったら勝ったじゃろうに」

「そうだよー、いいところだったのにー」

 落ち込み気味のローズも、取り繕おうとするキキョウも、泣きべそをかきながら怒るニルも。

 みんなが揃った。

 俺は、ホッと胸を撫で下ろす。誰か1人でも欠けてしまったら、悔やんでも悔やみきれないところだった。


「アタシらを転移させるのは、P消費でけえから、やらないんじゃなかったのか?」

「高かったよ本当。ダンジョンマスターもビックリさ」

 俺はダンジョンの権能を使い、彼女達を転移させた。


 戦闘中に、普通はそんなことできないが、本来の階層とは違う階層へ行っていることが、幸いした。やってみるもんだ、絶対にやっちゃいけないと思うけど。胃は痛い、けど、返られないものはある。

 世の中には、優先順位って言葉があるのだ。

 その言葉を初めて使った人は凄いね、全く。


 俺にとっての優先順位、これは、最初から決まっている。

 誇りなんかクソ食らえ……と思えていたら胃も痛くなることはないんだろうが、まあそういうことだ。


「さて」

 俺は呟く。手は尽くした。


 策の限りを尽くした。

 運も良かった、相当強い魔物を生成できた。相当に強いダンジョンになった。けれど、それでも勇者には届かない。そんなまごうことなき事実が目の前にある。


「6人がかりで行くぞ、仲間もいねえ勇者なんざ怖くもねえ。6人でかかれば余裕だぜ」

「そうですね。なんら問題ありません」

「……やる」

「主様ご安心を。必ずや、我らの手で勇者を打ち取って見せます」

「ゆるりと寝ておれば良い。わっちにくれる、研究室のことを考えてな」

「任せてーっ」


 なんて胃の痛くなる提案をしてくるのかしら、この子達は。ネームドモンスター総がかりだなんていかんよ。

 でも、そんなことをしても。

「無理だよ。勝てないよ」


 戦力的には、本当に申し分ない。

 全ダンジョン合わせても、このダンジョンが1番の戦力なんじゃないの、と思えるほどだ。それはないんだろうが、気分的にね。親馬鹿も入ってる。

 ただやっぱり、ここはダンジョン。外と違って、ルールに縛られた世界。ルールを守ればその分のプラスが、犯せばその分のマイナスがある。


 6人がかりで戦うのは、軍隊のような多人数相手なら数が近くなるし、良いのかもしれないが、1人相手にはただの悪手。

 30階層程度のダンジョンが、強力無比な種族を生成しても、本来の実力を発揮させてやることすらできない。


 彼女達が本当の実力を出せれば、きっと負けないに決まってるのにねえ。

「まあ元々、このダンジョンがお前達のダンジョンとして、分不相応だったってことだな。力不足ですまない」


 もっと年季の入ったダンジョンだったらなあ。

 50階層、いやせめて100階層はいるか。うーん、もっとか?

 そんな状態で、むしろここまで良く頑張ってくれたと思う。


「おい、なに諦めようとしてんだよ。勝てるっつってんだろ、見てろよ」

「軍の者達を倒した分のPが手元にあります。それを使えば、まだ打てる手は多数ありますね」

「……負けない……余裕」

 現在持っているPは……うわお凄く多い。6人転移させても、こんだけ余ってるのか、半端ねえよ追撃……。でも――。

「余分に使えるPはないな。お前らはP、めっちゃくちゃ使うからな」

 いやはや、高いよ本当に……。


「竜因魔法と神威魔法を無効化する。10分くらいで良いや」

『10000Pを使用し、竜因魔法、神威魔法に対するプロテクトを10分間構築します。よろしいですか?』

「やってくれ」

 許可を出すとダンジョンの何かが変わる。


「マスター? おい、マスター何やってんだよっ」

 マキナが俺の襟首を掴む。

 怒っている表情だ、……なんだか最初からずっと怒らせてしまっている気がする。申し訳ない。


「この6人を、ダンジョン消滅時に追放する」

『31000Pを使用し、個体名マキナ、セラ、オルテ、ローズ、キキョウ、ニル、の6体のモンスターをダンジョンコア消滅時に追放します。よろしいですか?』

 俺はまた許可を出す。これで良い、何も問題ない。


「ご主人様、お止め下さいっ」

 セラが俺の腕を掴む。

 やはり察知適性はつけるべきじゃなかった、生成してからこっち、困ることばかりだ。


 俺はマキナとセラの腕を掴んで、そっとどける。

 2人共、痛いくらいに、思い切り力を入れて俺を掴んでいたが、その手は、まるで力が入っていないかのように、スルリと解けた。


 ダンジョンマスターはダンジョンモンスターからダメージを受けないが、動かされはする。しかしそれは、ダンジョンマスターが意思を示していない時だけのこと。

 動かない、と意識していれば、ダンジョンモンスターがいくら押してこようが、ダンジョンコアなど同様に、ダンジョンマスターは動かされない。

 だからダンジョンモンスターは誰1人として、ダンジョンマスターの動きを阻害することはできない。


 2人の手は、俺に握られたまま、下へとおりた。

 柔らかい手だ、比べたら多分、俺よりも小さな手。


「そうだ、酒とケーキ。お前達、頼みすぎだよ、俺こんなに食べられないから持ってけ持ってけ」

 俺は、冷蔵庫に入っているケーキや酒を取りだして机の上に置いて行く。


「オー駄目っ、駄目っ」

 すると、後ろからオルテに抱き付かれ、捕まえられた。


「主様っ」

「主殿っ」

「あるじ様ーっ」

 さらには、もう3人。

 みんなは必死の力で掴んできていて、声も、手も、震えてしまっている。

 だからこそ、間違っていない。


「みんな、大丈夫だ。離してくれ、別になんてことないよ。大丈夫だよ」

 俺はそう言って、いや、命令して、作業を続けた。


 ダンジョンマスターの命令とは、あまり役立つものじゃない。

 マスプロモンスターには全く効果がなく、ノーマルモンスターにもほとんど効果がない。使えるのはユニークモンスターとネームドモンスターだけ。

 しかもネームドモンスター相手だと、命令を拒否されることも多々ある、それが命令だ。


 しかしそれは、本気で命令していない場合に限る。


 本気の力を乗せた命令は、自我なきマスプロモンスターであろうとも。

 性格や自我を持つ、ネームドモンスターであろうとも、言葉の通りに全てを強制させる。未来永劫、例え尊厳を無視してでも絶対に。


 とは言え使いたくはなかった。誇りというのはダンジョンマスターにとってとても大事なものだから。

 けれどもだからこそ、今が使うべきときである。


「あるじ様ーどうしてー」

「おい主殿、主殿っ、考え直せっ」

「主様、勝てます、我々は勝てますから」


 彼女達は、俺から少し離れたところで、そんなことを言っている。


 酒もケーキも用意し終わったのに、誰1人としてそれを手に取らない。まあ、後から送れば良いか。

 俺は、6人それぞれの顔を目に焼きつけた。いつでも思い返せるダンジョンマスターで良かった。


「この6人をダンジョン1階層北部に転移。以後2階層以降への侵入を禁止する」

『1640Pを使用し、個体名マ――』

「じゃあ、まあ、頑張れ。楽しかった。さよならだ」


「オー、駄目ーっ」

「ご主人様っ」

「マスターっ」


 俺は、ネームドモンスター達を、全員転移させた。

「酒とケーキもね、アイテム転送。――よろしく」

 きちんと、酒とケーキも、同じ場所に。

「それから……、残りの全Pを使って心理プロテクト。仇討ち……するかどうか分からないけど、そういうことの禁止時間、延長」


『残存Pの全てを使用し、個体め――』

「やってくれ」

 そうして、俺は1人残った我が家で、耳を済ませば喧騒が聞こえてくるような我が家で、軽く伸びをした。


「ふう」

 そして、マップを確認する。

 もう近くに青い点は1つもない、あるのは赤い点が1つ。

 内訳は簡単。多くのダンジョンにとって、最強最悪の敵、そして多くのダンジョンにとって、最後の敵、勇者。

「中々、異常なダンジョンマスター生を歩んできた自覚があるけど、最後は案外、普通な終わりだ」


 しかしまあ、Pが勿体なかったなあ。

 あの子達、高過ぎるよ。

 まあ、だから、ダンジョンの外でも上手くやっていけるだろう。人型だし、人の世界に混じるのも良いかもしれない。全員頭が切れるからね……ニル以外。

 俺はよっこらしょっと、と言いながら、いつもの椅子に腰掛けた。勇者が到着するまで1分ほど。


 目を瞑る。

「……」


 見えるのは、まぶたの裏側の景色。

 俺の知識によれば、そこは真っ黒で、何も映すことはない。理論的に考えても、何かを映す余地はない。

 けれど。

 今の俺のまぶたの裏側には、様々な景色が映しだされていた。


「……ぷふっ」 

 こんな時でも笑ってしまう、そんな、とても楽しい思い出がそこには映しだされ、これでもか、と溢れ出していた。

 楽しかった、とても楽しかった。

 ダンジョンマスターに状態異常はない、だから悲しむことはできない。それすらも状態異常だから。

 でも、楽しむことと笑うことはできる。あと泣くことも……。


 だから俺にはそれしかなかった。


 思い返される3ヶ月、本当にそれしかなかった気がする。


 楽しくて面白くて、たまに泣ける……いやたまにじゃなく泣けた、大好きな彼女達との思い出。


 60数億年分の知識があると言うのに、こんなときに思い返されるのは、たった3ヶ月のことばかり。それは……なんて幸せなことなんだろうか。


 扉が開く音に、閉じた目を、ゆっくりと開けると、そこには、美女がいた。


「ようこそ。俺のダンジョンへ」


 俺は、椅子に座ったまま、挨拶を交わす。


「お前がここの主か」

 納刀したままの刀の柄を掴み、構える女勇者。

 その目と構えには、何の余地も無い。


 遠くで、みんなの声が聞こえる。だから、まあ、良いか、と思える、今日はそんなダンジョンマスター90日目。

 朝日がゆっくり顔を出す。

お読み頂きありがとうございます。


質問や感想など、どうぞよろしくお願いします。

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