第0話 悪逆非道のダンジョンマスター
ダンジョンマスターとは
世界に10000しか存在することを許されない貴き存在であり、世界で最も誇り高い魔王であり、世界と敵対する絶対悪であり、世界の生物達の調和者であり、そして、世界へ羽ばたく者達の踏み台でしかない、儚い英雄である。
「くくく、はははは、はーっはっはっはっは。この俺のダンジョンに足を踏み入れるとは、愚かな侵入者め。その過ちを、無知を、そして罪を、あの世で悔いるが良いっ」
こんな妄想もしました。
「流石はダンジョンマスター様っ。素晴らしいですっ」
「素敵っ、抱いてっ」
こんな妄想もしました。
だって、ダンジョンマスターだから。
ダンジョンマスターとは、ダンジョンを作り、侵入者である魔物や人を倒して、ダンジョンを強化、運営していく者のこと。
また、神から、世界の調和と発展、という使命を授かり誕生する者のこと。
やりがいは大きく、その生き様はカッコ良く、それでいて誇り高く、そして夢がある。
俺達ダンジョンマスターは、自身がダンジョンマスターとして生まれたことを、実に幸運なことだったと思い、いついかなる時も、自身の輝かしい未来に思いを馳せているのだ。
だから、色んな妄想をしてしまっても仕方ない。
例えば、勇者のような強力な侵入者を、軽く捻りつぶしたりだとか。
支配下にあるダンジョンモンスターに、賞賛されたりだとか。
あるいは、我が覇道に心をうたれた侵入者が体を差し出してくるほどに、陶酔したりだとか。
特に俺は、10000体のダンジョンマスターの中でも変り種。
他の9999のダンジョンマスターの種族が、魔物であるのに対し、俺は人間種族のダンジョンマスター。
人間とは、他の種族に比べて頭が良く、中でも自由な発想に長けている。
それはダンジョンを作り上げることにおいても、きっと重要な役割を果たしてくれるのだろうが、妄想力をも加速させる。
空想や想像は、人間の得意技なのだから。
したがって、俺はたくさんの未来を思い描きながら、この素晴らしい世界に舞い降りた。
……でも、まさかこんな状況になるとは、思いもよらなかった。
俺は右を見た。森である。
今度は左を見た。まごうことなき森である。
確かにここは、俺がダンジョンを作ろうと選択した、森の中、そのままの風景である。
太陽が高く昇ったこの時間、明るい日差しに、一葉一葉が照らされているような、森のせせらぎを、あたかも目で感じられてしまうような、そんな森。しかし――。
俺は、左に向けていた顔を、前へと向けた。
やはり、俺が選択した森の中そのままの風景で、明るい日差しに一葉一葉が照らされていた。だがその下には、ほんの少し、森とは違う風景があった。
緑ではなく、銀色に光っている。
森の中には絶対にないだろう色合いの物が、とてもたくさんあったのだ。
その銀とは、鎧の色。
そう、そこには、人間の大軍、いや、武装した、人間の軍隊がいた。
仲間を失った悲しみと、戦果を失った嘆きと、戦友の亡骸を奪われた憎しみを、溢れんばかりに宿す、2万名に迫る人数の、人の軍隊がいた。
その矛先が、今まさに、俺へと向いている。
ダンジョンマスターになってから、まだ1時間。
つまり、生まれてから、まだ1時間。
神様に作られた存在であるから、俺は生まれた瞬間から成人であるが、ダンジョンをこの森と繋げてからは、わずか1分ほどしか経っていない。
たった1分で恨みを買うなど、そんなことが果たしてできるのだろうか。
できるわけがない。
彼等は、とても強いのだ。
それこそ、今しがた、2万名の仲間の内、3000名近い犠牲を出しはしたものの、天変地異と同列に語られる上級竜を、打ち倒せたほどに。
俺は、とても弱いのだ。
それこそ、今しがた誕生したばかりで、ダンジョンには、ダンジョンモンスターなど1体もおらず、ダンジョンの環境はただの森、ギミックも1つもなく、半径1kmの円がダンジョンだから、俺を守ってくれるのは、たった1kmの距離だけ、そう言えるほどに。
そんな実力差があっては、恨みを買おうと思っても、無理に違いない。
竜を相手に、見事に勝利を収め、未来永劫語り継がれるような、栄誉を獲得した彼等に。
散った仲間達すら、故郷と、家族の元へ、英雄として凱旋し、見守られ惜しまれ、賞賛を浴びながら見送られるだろう彼等に。
こんな、そこいらの成人男性と殴りあっただけで敗北を喫するような俺が。
俺にできることと言えば、そうだなあ。
ダンジョンの機能を利用した、死体の回収くらいかなあ。
彼等が多くの犠牲を出して打ち倒した竜の死体と、そのために犠牲となった戦友達の死体を、回収するくらいかなあ。
……。
……。
……。
なんてこったい。
やっちまったよ。
ともあれ、俺の人生、いや、ダンジョンマスター生はこんなところから始まる。
こんな……、え、もう終わるんじゃない?
……。
俺は、後ろを振り向いた。
美しい森がそこには広がっていて、首を上に傾けていくと、青い青い空が見えた。俺は目を細めてそれを見る。まるで遠い、遠い過去を懐かしむかのように。
なぜだか、滲んで見えるけれど。
俺は目を瞑り、二度と戻ることのない時間を、せめて記憶の中だけでもと、巻き戻した。
物語は1時間前、俺の誕生から始まる。
そう、多分永遠に続く、涙と胃痛なくしては語れない、悪逆非道のダンジョンマスターの物語が。
プロローグ部分です。
他の話は長いですが、お付き合い頂けると嬉しいです。