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第23話 27階層の守護者、オルテ

悪逆非道のダンジョンマスター格言その5

ダンジョンマスター同士は、仲間と書いてライバルと読む。助けて下さい。

 この星において、人類の支配領域はとても狭い。

 人の生活している街から目に見える範囲にですら、前人未到の領域が、当たり前に存在している。


 そこに人は辿り着けず、まして住むことなどできない。

 しかし、前人未到、人跡未踏との場所には、必ず先住の者がいる。それは、人よりも圧倒的に生物として優れた、魔物だ。


 そう、星の大半は人以外の生物、すなわち魔物の住処。

 魔物こそが世界の支配者であった。


 しかしもし、この世から魔物が全て消え失せたなら、人は、世界の支配者になれるだろうか。

 全ての場所に、辿り着けるのだろうか。

 この星は人の住処であると、声を大にして言えるだろうか。


 不可能だ。


 人は、世界の支配者にはなれない。

 なぜなら、辿り着くことすら不可能な場所が、わんさかあるのだから。


 例えば深海。魔法で耐圧能力を向上させたとしても限度がある、体力と魔力にも。どの人種も活動には酸素が必要であるから、そちらでも不可能が生じる。

 他にも限りなく寒い地域や、限りなく暑い地域など、様々な場所には、到底辿りつけない。


 世界は大きい。その矮小なる身には、あまりにも。

 

 魔物がこの世から消え失せ何十何百年と経ったなら、人の支配領域は莫大に増えるだろう。それは確か。

 しかし、それでも星の大半、地上の半分、いや、その半分すらも人の支配領域にはなり得ない。

 生きていけない過酷な環境として、自然はそのまま残り続け、人の世界を侵略しようと蠢き回る。


 人の中には、人の支配領域外での活動を主とする者が多い。

 魔物を倒すことを生業に生きる冒険者や、珍しい植物等を探し回る採取家。職業は多岐に渡り、人数も多い。

 前人未到の領域を目指す命知らずすら、意外と思ってしまうほどに多いだろう。


 彼等は、日々の生活に必要な小金や、一生遊んで暮らせる大金を、そして夢と浪漫を追い求め、過酷な環境へと繰り出して行く。


 とは言え、何も裸一貫で繰り出すわけではない。

 周到な準備に準備を重ね、生きて帰ることができるようにして、繰り出すのだ。

 そんな彼等に必要なものは、まず、魔物と戦える装備と技術。


 爪も牙もない人では、魔物の体に傷をつけることなどできない。それはすなわち、魔物からすればノーリスクで狩りをできるチャンスである。

 毛も鱗もない人では、魔物から体を守ることなどできない。それはすなわち、魔物からすればハイリターンな狩りをできるチャンスである。


 それを避けるために、剣でも魔法でも毒でもなんでも、とにかく魔物にリスクを背負わせられるような武器を持つこと。

 盾でも鎧でも服でもなんでも、とにかく魔物のリターンを減らせるような防具を持つこと。

 これに尽きる。


 そしてそれらを使いこなし、魔物の狩りを食い止められるような戦闘技術や、逃走技術を持つことが、彼等にはまず必要だ。


 もちろん魔物への知識も必須である。

 魔物は、人であれば生活できないような、過酷な環境で生き延びている。

 過酷な環境とは、自然環境の過酷さだけでなく生存競争の過酷さも含めての意味。


 ならば、弱い魔物であるように見えたとしても、隠された武器や、思わぬ長所を持っていることは最早必然である。

 初見殺しの毒や隠形の技など、知らなければ対処できないことは山のようにあるだろう。

 目的のためには、そういった知識も必ず必要と言える。


 それから、人の支配領域外での活動であれば、食料など、日々を過ごす上での物品も準備しておかなければいけない。


 食べられる物があるか分からない、思わぬトラブルが起こるかもしれない。備えあれば憂い無し、と言うが、備えがなければ憂う暇もなく死ぬことすら多々あるのが、人跡稀な領域外。

 備えも必ず必要だと言える。


 さあ準備は万端。

 必ず生きて帰ってこれる、そう確信し、彼等は繰り出し、その何割かが毎年のように帰らぬ人となる。


 そう、例え準備があったところで、彼等の命はあまりにも容易く潰えてしまう。


 人類がこの世に誕生してからずっと、気の遠くなるような長い年月をかけて、広げてきたはずの支配領域の狭さが、それを証明している。

 意外に多いと思われる、命知らず達の努力の成果が、毎日のようにそれを実証している。


 なぜ、必要だと思われるものを準備しているのに、そんな結果に終わってしまうのか。か。


 それが、先の理由。


 地上の半分以上ですら、人の生きていけない過酷な環境だからである。


 溶岩が吹き出る火山でも、吹雪が吹き荒れる雪山でも、毒に覆われた湿地でも、雲を突き抜ける高地でも、霧に覆われた砂漠でも、人は暮らしてなどいけないのだ。


 現在、400名の先遣部隊が森の中に潜んでいる。


 魔物の時間帯と言える夜を乗り越え、光輝く朝日を浴びんとする、400名の先遣部隊が、魔境と呼ばれる森の中に潜んでいる。


 そう、魔境だ。

 魔境とは、その名の通り、魔物の住まう魔物の世界。


 町に近い場所こそ、人跡稀なだけだが、それ以上進めば、魔境の直径の1%にも届かない位置で、人跡未踏の地に切り替わる。


 先の上級竜討伐も、人が踏み入れたことのない未踏地域での戦いだった。しかし竜を倒さないことには王国の未来が無いと決断し、3年がかりで侵攻したらしい。

 魔境を進むには命を失う覚悟と、そんな覚悟すら意味を成さない事実を受け入れる、強い心が必要だった。


 しかし、今は事情が違う。

 かつて化け物の巣窟として人々の繁栄を阻み、肥沃な大地として人々の繁栄を助けてきた魔境は、上級風竜の出現で様相を変えたのだ。


 周辺から、知性と力ある魔物が逃げ出し、魔境の奥深くへと、また人の活動領域へと移動を開始した。

 そしてその上、級風竜が討伐されてからは、そこはダンジョンとなった。

 そのダンジョンは、ダンジョン内に侵入した魔物を容赦無く討ち滅ぼし……、挙句にはダンジョン外への侵攻を……、侵攻を……、ごめんなさい。


 ともかく、魔境と呼ばれた広大な森には、ポッカリと、魔物が存在しない空間が出来上がってしまったのだ。


 魔境が、人跡未踏、人跡稀だったのは、過酷な自然環境が理由ではなく、苛酷な生存競争によるものが大きい、つまりは魔物の力だ。


 もちろん、自然も十分深いため、暮らしていくには難ありであったし、上級竜討伐のためにも、かなり苦労したようだったが、もしも魔物がいなくなれば、という先ほどの例え話が現実にあったなら、この魔境は、ただの深い森に成り下がり、人の活動も生活もいずれは許してしまうことだろう。

 3年で、上級竜の住処まで踏み込んだ歴史が、それを証明している。


 だから、5000名の軍隊が、このダンジョンに侵入できた。

 森を行軍することなど珍しくはない、経験を積んだ者達が何名かいれば、慣れない者達を抱えながらも、目的地まで安全に、そして健全に辿り着ける。


 最早このダンジョン内は、魔境と呼ぶには相応しくない環境になってしまっている。

 彼等の中の誰しもが、そう思ったことだろう。


 侵入してきた軍隊、特に、地形や分布などの情報を集め、過酷な環境かを判別する役割を持つ400名の先遣部隊は、特に。

「昨日も、確認できた魔物は無し、今日もおそらくはいませんね。生活の気配すらない」

「そうだな。しかし、情報によれば時折急襲されることはあるようだ、気を抜くなよ」


 彼等は再び潜み、かつて魔境と呼ばれた森を進んで行く。


 彼等の役目は、地形や環境の情報収集。

 5000名の軍の中で最も先端に位置し、その後ろに続く軍が、安全に行軍できるよう務める。


 部隊の大半は、市民からなる義勇兵や奴隷兵だが、山歩きをしたことのある者や、それが本職の狩人、または、比較的身軽な者や体力がある者などで構成されており、これまでもきちんと責務を果たしてきた。

 魔境と言う名との乖離激しい、楽な楽な責務だが。


 ダンジョン内に魔物はいない。

 かつていたのだろう痕跡は残っているが、真新しいものはどこにもない。既に住めるような場所でなくなったことは、あちこちに残る尋常ならざる破壊痕や、実という実が全てこそぎ落とされた森の恵みが証明している。


 そしてダンジョン内には、危険な植物などもない。

 かつて魔境には、危険極まりない植物が山ほど自生し、近づくだけで体から血を流し死んでしまうような鉱石などが、ゴロゴロ転がっていたのだが、3年がかりの上級竜討伐の際に、ほとんどを取り除いていた。

 したがって、ここにあるのは、ただひたすらに安全な道のり。


 もちろん、ダンジョンになっているのだから、そこには昨日までなかった物があったり、罠が仕掛けられている可能性は常にある。しかし、ダンジョンの罠などは、基本的に注意していれば見極められるものばかり。特に、低階層の罠は。

 そういったことができる者がいるなら、やはり以前の魔境とは比べ物にならないほど安全な森だ。


 面倒と言えば、行く手を阻む、木々の枝葉や、雑草の薮くらい。

 命の危険などどこにも感じられない道を、400名の部隊は進む。


 けれど、そんな森は、突如として終わった。


 侵入者達に対して、なんの報告もなく。


 切り替わってしまったのだ、魔境に。

 ……いや、人が踏みいることのできない、大自然に。

 そこは、最早、死神の住処だ。


「いてっ。なんだ? ちっ、葉っぱで切っちまった」

「おいおい大丈夫か? ――ってどうした?」

「え……いや……なんだか、フラつく……っゲホ、ゲホッゴホッ、うえええええ」


 安全だった道に、突如として生えていた、毒草。

 食する以外にも、その鋭い葉で体を傷つけることで、毒に侵され、耐性のない者なら数分の後に、死に至る。


「解毒ポーションを出してやれ。……群生地か、迂回する、葉には触れるな」

 指揮官の一声で、場のざわめきはすぐに収まる。解毒ポーションで葉に触れた3名も事なきを得て、400名の部隊は、毒草の群生地に足を踏み入れることなく奥ヘと進む。


 その奥ヘと行ける道に、誘導されているのだと気付かぬまま。


「こっちにも毒草の群生地だと? まさか、ダンジョンが? ……いや、それならこんな露骨にはしてこないはずだ」

「この木……、見覚えがある。――っ、おい急ぐぞ、周囲から生命力を吸収する魔生樹だこれは」


 魔境は、魔素が、元々非常に濃い。

 そのため植物などにとっても肥沃の大地で、とてもとてもよく育つ。

 よく育つとは、つまりどういうことか、それは、植物間においても、生存競争が過酷なまでに行われる、ということだ。


 植物の中にも、強い弱いが存在し、その強い物がここでは生を勝ち取り育つ。

 強い植物とはすなわち、他者を害する、特異な効果を持ち得た植物である。


「おい、どこへ行くっ、止まれっ。急に隊列が乱れ始めたな、それにこのざらついた感覚……、もしや幻妖花か」

「うおっ瘴気か。こっちは無理です、耐性がない奴等だと呪われます」


 それら植物は、自身が持つ効果を存分に発揮し、その場にいた400名の部隊は成す術なく巻き込まれた。


 1つ2つであれば対処もできる。

 しかし1つ2つどころではないのだ。


 高Lvの者達は対処できる。耐性にも優れた指揮官達は、巻き込まれる程度ではビクともしない、だからこそ高Lvまで生きてこられた。

 だが、それ以外の者達には到底不可能だ。


「こっちの花からは強い催眠効果を感じます。抜いても焼いても増すばかりです」

「ん、この香りは……黒死――、呼吸をするな、退避っ、吸えば死ぬぞっ」


 ただ、ここでは高Lvの者達とて、耐え続けることは叶わない。


 こんな、まるで死神がガーデニングでもしているかのような、様々な害を持つ植物が、一同に会している庭では。


 そう、その死神こそ、花や草木を育てる可愛らしい趣味を持つ者こそ、オルテである。

 勝手に自分の庭と指定したその場所には、綺麗な花が、たくさん咲いている。


 こんな場所で、人は生きていけない。

 そう、例え魔物が消え失せたとしても、人より強い物なんぞいくらでもある。

 恐ろしいのは、人の支配領域が広がらないのは、過酷な自然環境だけではない。


 綺麗な、煌くような、朝の太陽の光。

 夜の間、眠るように閉じていたたくさんの花は、太陽の光を楽しむかのようにその顔を覗かせた。


 それはとてもとても美しい、咲き誇る絶望の光景。


 この世界では、一輪の花すら、100年続いた町をも滅ぼす。


 400名の軍勢は一目散に逃げ出した。


 しかし、彼等は忘れてしまっている。

 そんな植物が咲き誇る中でも生き、世界の覇権を握る魔物のことを。


「が……は……」

 矢が1本、飛来した。

 気付いたのはたった1人。刺された瞬間の、本人のみ。


 誰しもが様々な害に苦しめられる中、告げられたさらなる恐怖。

 ほとんどの者は、我先にと退避した。


 殿を務めたのは、そんな凶悪な植物にすら、抵抗する力を持つ強者達。

 先ほどの指揮官を含めたその者達は、弱い者を先に逃がし、自分達は後ろを守った。

 遅れる者や倒れる者を見つけ易いように、いれば手助けできるように。


 だから、1番強い者が後ろにいて、だから、1番強い者を誰も気にしなかった。


 1人、また1人と射抜かれる。


 400名の部隊は、まるで手の平から何かを零すかのように、死体をポロポロ零して行った。

 それに誰も気付かない。


 弱者が強者を倒す為に取れる、最強で最後の手段、暗殺が。それが、強者が弱者を倒す為に使われているのだ。それはまさしく、死神の仕業と言う他ない。


 人がいなくなり、先ほどまでの喧騒が、嘘のようになくなったその場所。

 植物達が、まるで血を吸ったことを喜んでいるかのようなその場所に、オルテはひょっこり顔を出す。


「27階層守護者、右党のシリアルキラー、オルテ……。……人の庭を……踏み荒らす、なんて最低な行い……成敗、完了。……でも、またのお越しを……お待ちしてます」


 そうして、静かに静かに、森は魔境となった。


 人が生きていけない過酷な環境は、この星に山ほど存在する。

 人の生活している街から目に見える範囲にですら、前人未到の領域が当たり前に存在する。


 しかし、そこが本当に生きていけない場所なのかどうか。人がそれに気づくのはいつだって……。


「指揮官殿? 指揮官殿、どこです?」

「嘘だろ……」

「なんで、なんでだよ、うわああああ」

 何かを失ってからなのである。



「うるさいですよご主人様」

「俺まだ何も言ってないっ、言いたいことはあるけどねっ。どうして自分のお庭を自分の階層の外側に作っちゃうんだっ、そこは15階層よっ。普通自分の階層だろっ、それでもおかしいけどっ」


『 名前:オルテ

  種別:ネームドモンスター

  種族:ハイダークエルフ

  性別:女

  人間換算年齢:16

  Lv:55

  人間換算ステータスLv:242

  職業:ダンジョンの暗殺者

  称号:右党のシリアルキラー

  固有能力:無音の暗殺者 ・暗殺行動時全ての成功率が上昇し、暗殺行動時全ての効果が上昇する。

      :必中必殺の射手 ・遠距離から放つ射撃攻撃に対し補正。

      :魔弾生成 ・矢を生成できる。

      :殺戮制御 ・攻撃威力上昇。蘇生不能付与確率上昇。

      :千里の魔眼 ・左右、障害物明度関係なく全方位を遠くまで見通す。

  種族特性:森魔法 ・森魔法使用可能

      :森の恵み ・森からの恵みを受けることができる。

      :森地同化 ・森や大地と同化できる。体の少しを精神体へと変換できる。

      :太古の知恵 ・脈々と受け継がれてきた知恵を授かる。

      :半精神体化 ・体の少しを精神体へと変換できる。

  特殊技能:エナジードレイン ・生命力と魔力に干渉するたび吸収する。

      :カラミティアロー ・地脈に干渉し物理現象を曲げる。

  存在コスト:3000

  再生P:20000P 』


 弓の攻撃力に加えて、植物など、森全体を使った攻撃を得意とするオルテ。

 その強さは、きっと魔境じゃあ無類の強さを誇るんだろう。しかし、それなら27階層で発揮して欲しかったと思います。

「27階層には、あまり植物を植えておりませんよ」

「どうして自分の階層に植えないんだ……」


「飴を舐める際に、別の匂いが混ざるのが嫌なのだとか」

 自分の守護階層は飴を舐める場所ではありません。


「そこのところ、分かっているんですかオルテさん」

「……」

 オルテは御褒美に用意した……わけじゃないが、それら大量の飴の中の1つを、幸せそうに舐めている。


「……オルテさん?」

「……オー。飴を舐めてる時は?」

「……。話しかけてはいけない、飴への冒涜である」

「……よろしい。さあお前も1本」

「……」


 このダンジョンは悪逆非道だ。ペロペロ。

 それぞれの階層に鎮座するはずの守護者達は、気の向くままに別階層へと赴き、侵入者を蹂躙する。ペロペロ。


 確かに、明確なルールには違反していない。ペロペロ。

 そもそも定められているルールは、ダンジョンの仕様上、破れないようになっているのだ。ペロペロ。


 ダンジョンモンスターからのダンジョンマスターやダンジョンコアへの攻撃は、全てが無効化無力化される。

 コスト制限を越えているなら、ダンジョンモンスターはそこの階層へどうやっても入ることができない。

 そんな風に。ペロペロ。


 だから彼女達は、別にルールを破ったわけではない。彼女達の行動には、なんら問題ない。

 階層守護者としての役割を担っているものの、そのエリアから動いてはいけないなんて取り決めも無く、また、他階層への移動も、コスト制限の範囲内であれば許可されているのだから。


 それに、階層守護者たる彼女達を倒さなければ、次の階層へ行けない、というギミックも設定していない。

 そもそも、その階層に侵入者が辿り着いてもいない。

 彼女達が動けないという理由は一つもなく、動いて良い理由ばかりがある。

 ……。


 ……。

 階層から出て行ってはいけない、その設定を怠った、私の不徳の致すところであります……。


 でもそんなに動き回ると思わないじゃないか。30階層のダンジョンですよ?

 普通なら600P台の魔物が、最終階層の守護者として出てくるくらいですよ?


 6人は最低でも、ニルの900P。あとは1000Pを越えている魔物達ばかり。そして生成時のPはローズキキョウニルの3人ですら、18000P。

 本来の階層にいて、階層守護者としての役割を全うしていたとしても、能力にどれだけ制限がかかると思う。

 実力の半分も出せちゃいないだろうさ。


 そんなところから、さらに低階層へ。階層守護者としての役割も無くなるので、マイナス補正はさらにかかる低階層へ赴き、戦うだなんて、一体誰が考える。


 彼女達さ。

 考えてたさ。


 驚きさ。

 甘いはずの飴がしょっぱい味に変わるはずさ……。


「……味、変える……、冒涜か?」

「甘いなーこの飴、凄く甘い、美味しい」

「……飴を食べている時は?」

「……。喋ってはいけない、飴への冒涜である」

「……よろしい。続けろ」


 真っ当なダンジョンって、どうやって作るんだろう。

 他のダンジョンは、どんな雰囲気でやっているんだろうか。

 我がダンジョンは、アットホームな雰囲気でやってます、個性を大切にし、プライベートを重視しております、求人はいつでも募集中です。経営者もいつでも募集しております。


 俺は飴を食べ、いや舐め終わる。

「……セラさん」

「なんでしょう」

「……、1つ、君には頼みたいことがある」

「経営者の交代ですか? 承りました」

「違うっ、クビにしないで。さっきのは言葉のあやさ、言葉にしてないけど」


 このダンジョンのネームドモンスター達は、きっと少しだけ、他のダンジョンのネームドモンスター達と違う。

 しかし俺は知っている。

 その違いの中には、優しさに溢る、そんなことも含まれている。……多分、そのはずだ。2割はある、だから10割ある、つまりある。

 だから僕はお願いするのさっ。


「どうか28階層に来るまで、今回の侵入者には、手を出さないで頂きたいっ」

「良いですよ」

「くそう、やはりダメか、一体どうすれ――、……え?」


 今、なんて?

「良いと言いました。今回の侵入者に限り、28階層に来るまで、私は手を出さないとしましょう」

 な……なんと……、セラさん。


「ちなみにそれ、次回からの適用は不可なんですか?」

「不可能ですね。調子に乗らないで下さい」

 ダンジョンマスターとしては、正当なお願いのように思うが、そうなのか。


 いや、しかし、今回だけでも良いじゃないか。

「ありがとう、ありがとうセラ」

「構いません。代わりに明日の夜に、良いワインを所望致しますが、頂けるのでしたら29階層までは戦いに行きません、その際の1回だけにしてさしあげましょう」

 セラさん……。


 正直29階層で戦わずに28階層だけで戦って欲しいのだが、両方で戦われるよりはマシ。

 今までのことを思えば、それはなんて胃に優しい。

 

「ああ、良いさそのくらい、何Pのワインだい? 50Pくらいのワインいっちゃおうか?」

「良いですね」

「なんなら今夜からいっちゃおうかい? 祝杯さ」


 初めての……、初めての……なんだろう。ダンジョンモンスターが自分の階層で戦ってくれる記念?

 なんて悲しい記念だ……。

 いや自分の階層じゃなかった……。結局自分の階層じゃないが、少なくとも低階層ではない。

 俺は嬉しいよ。


「いえ、祝杯とするなら、尚のこと明日お願いしたく思います」

「……え、なんで?」

「明日の夕方から夜にかけて、侵入者の中にいる、私が魅了したスパイとの打ち合わせを行います。29階層での勝利を確定させてから、一息つきたいので」

「……」


「ご主人様は、我々のことをよく考えて下さっておりますね。一配下として、これ以上無い喜びです。それでは、よろしくお願いします。ローズ、ご主人様が訓練開始だと張りきっていますよ」

「なんとっ。私としたことが見逃すところだった、セラよ今回ばかりは感謝する。さあ主様、参りましょう、今日も明日もローズ特別コースでおもてなし致しますっ」

 ……。


 ……。


 ……。

 87日目を迎えたダンジョンマスター生活。

 長いような短いような月日を終え、ここで一言。


 悪逆非道のダンジョンを経営されたい方、経営者はいつでも募集しております。

お読み頂きありがとうございます。


今日はもう1話投稿します。

戦争編の半分がそれで終わりになります、最後までお付き合いよろしくお願い致します。

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