第19話 戦争準備だ皆の者っ。
悪逆非道のダンジョンマスター格言その1
ダンジョンマスターとは何よりも誇りを重んじ、最後のその瞬間まで誇りと共に在る者の名である。
「カタストロフブラストーっ――、くそっ、くそっ」
「ご主人様は、ご主人様、どうして」
「カラミティアローっ。もう一発っ」
「ランサートラッシュっ息をあわせるんだ、一緒にっ」
「マジックバースト、クアドロマジック、くっ」
「バニッシュフードっ、うぅ、ううう、ええええんえええええん」
「馬鹿、ニル、泣くなっ。ちゃんとやるんだよっ、神威魔法持ってんのお前だけなんだぞっ」
「でもーでもーあるじ様ーうええええん」
「ご主人様ぁ……」
「セラ、立つんじゃっ、この結界を壊せばまだ間に合うんじゃっ」
「千里眼……、ローズ、隙間探してっ全部っ、南は薄いかもしれないっ」
「やっているっ、やっているさっ、でも――どこにもっ。主様を死なせて……死なせてなるものかっ」
ダンジョンマスターになってから84日目。
「ご主人様、軍がダンジョン内に侵入しました」
「あいよ」
ついに戦いの火蓋が切って落とされた。いやはや、生まれて100日も経っていないというのに、戦争をすることになろうとは、思ってもいなかったよ。生まれてから数分間くらいは。
俺はセラからの報告を受け、開いていたマップを改めて確認する。
味方を青、敵を赤、と表示する、簡易的に示すだけの状態になっているそれは、呆れるほどに、真っ赤に染まっていた。
「うわー、赤点だらけ。恐ろしい」
「5000名の軍勢ですからこうなりますね」
あの、呪われし初日から3ヶ月近い月日をかけ、ダンジョン近くの町に集結した軍隊。
そいつらが一昨日、とうとう進軍を開始。
あっと言う間にダンジョン内へやってきて、今もどんどんどんどん侵略してくる。
まあそりゃそうですね、1階層から23階層までは何にもないからさ。
ただただ23km森の中を、歩いてくるだけで良い。進軍を阻む魔物も、何一つとして存在しない超安全な空間。
Pをかけるべき所にかけた結果、そんな素通りゾーンができてしまった。
「見てごらんセラ、何もなさ過ぎて不安になっているぜ。はっはっは、作戦どおりさ」
「お見事です」
……。
ダンジョンをこんな風に攻略されてくのは俺の精神衛生的にとても良くない、ストレスマッハだよ。
「一人一人確認するのは骨が折れますので、全体を、ざっとおさらいしましょう」
セラさんは、そんな胃のもたれを置いて、さっさと会議を進めてしまう。
セラの巧みな情報戦術において、5000の軍隊を率いる指揮官などの情報は、既に大量に保持している。
細かいスキルなどはダンジョンの機能でも不明だが、戦い方や性格、特徴や能力、軍隊においての役割や町での役割、そして地位。他にもたくさん。
一体どれだけの情報を仕入れているのだろうか、人間同士の戦争でも、ここまで事前に情報を仕入れるんだろうか、という各国スパイもビックリの諜報能力。
もちろん、1つ知る度に俺の胃は荒れていく。
ダンジョンマスターだから最善が保たれるし、本当に荒れるわけじゃないんだが、心の模様は大荒れさ。
しかしそれだけ知っているのだから、作戦は既に万端。
「進入してきた5000名の、人と亜人の混成軍。軍人がその内1200名、義勇兵が2500名、奴隷兵が1300名となります。その内、優先的に討ち取るべき者がこちらの35名」
あまり広くない我が家の中。
ダンジョンの機能によって映し出された人を、セラが棒で指し示し他の5人と俺に説明していく。
この戦争は、全滅させれば勝ちじゃない。
もし全滅させてしまえば、さらなる大軍を送られてしまい、確実に滅びる。それこそ、勇者なんかを送られてしまえば、ひとたまりもなく滅びてしまうだろう。
だから俺達の勝利条件は、倒して良い侵入者だけを倒し、お帰り頂くこと。
あくまでメリットとデメリットの提示を行うだけ。
我々を倒して得られる栄誉は、そんなありません。
ただし、これくらいの人は死にます。そんな風に。
「反対に、絶対に討ち取ってはいけない者達が、この8名です。そして、できれば討ち取らずに済ませたい者が、こちらの44名となります」
だから、倒してはいけない侵入者も存在する。
もし倒したなら、遺族や国がメリットデメリットを無視してダンジョンを滅ぼしにくる可能性がある、そんなやつ。
この危険度が高い割に得られる栄誉が少ない戦いに、そんな優遇された立場の者は少ないが、いることはいる。5000名の内の8名。そいつらは絶対に殺しちゃいけない。
倒して良い人を狙い撃つ。
ダンジョン的に、この人は倒す、この人は倒さない、っていうのは重要なこと。
育てて倒すっていうのがお仕事だからね、育ちそうな侵入者を倒さず生かしたりは良くするし、反対に育たなさそうな侵入者は、再生Pも勿体ないからすぐ倒したりする。
よってこの行為はとてもダンジョンらしい行為、精神が安らぐ。
「めんどくせーなー、巻き込みそうだったら巻き込んじまっても良いだろ?」
「その場合は仕方ありませんね」
ダメだ、安らがないっ。
「……貫通しそうでもオーケー?」
「オーケーでしょう」
安らぎを、俺に安らぎをくれ。
「お任せ下さいご主人様。軍を追い返し、安らぎをもたらしてさしあげましょう」
「違う、そこじゃない」
人間と亜人による5000名の軍勢。
平均Lvこそ、義勇兵や奴隷兵がいる分低いが、トップのLvは、先日来ていた竜殺しの軍よりも、少し劣る程度。つまり軍人、騎士達のLvは高いってことだ。
最高Lvは211。
それに継ぐLv200以上が4名。
それからLv180以上も8名いるし、Lv150以上に至っては、30名近くもいる。
一体なんだって、志願してきたんだか。
名誉や功績を大して得られるわけじゃないと言うのに。
恨みかね、そんな恨みを買うことを俺はしたのかね。
以前、上級風竜の討伐にと、この辺りにやってきた軍隊は総勢2万名、その内のほとんどが、Lv120以上で、最高Lvが250だったことを思えば、随分と弱い軍隊。
1対1で戦っていけるなら、30階層、という低階層ゆえにかかるマイナス補正があっても、負けやしない。
しかし1対1になることは絶対にないし、侵入者達は軍勢でこそ強い力を発揮する。
対抗してこっちも、ネームドモンスターを複数揃えたいところだが、そんなことをしても意味はない。
階層毎によるコスト制限は撤廃されているが、低階層に戦力をつぎ込んでしまうと、マイナス補正が大きくなるのだ。
おそらく1人だろうが、6人集まろうが、総合的な実力は変わらないだろう。さすがに軍勢相手なら1人で戦うよりは強くなるかもしれないが、その程度だ。
そして、その場合は、ダンジョンマスターの胃へ、多大なダメージがあることが予想される。
推奨はしていません。
ともかく、彼女達は、30階層程度じゃ満足な力を発揮できない。
そのため、戦力は常にこちらが、絶対的に下だ。
ダンジョン攻略は、この世界の人達にとって、よくあること。戦争も含め。よくあることならば、やり方も確立されていて当然。
家のような、強力な魔物を主体に置くような自然型ダンジョンには、義勇兵や奴隷兵をたくさん揃えて、雑魚魔物や罠を防ぎつつ、Lv200以上を越える者を複数揃え、ボスを1体ずつ撃破していくってのが定石。
まさにそれは、1番やって欲しくないことである。
ネームドモンスター、つまりボスを同一階層に置いても戦力が変わらないなら、こっちの最高戦力の上限は決まっているわけだ。そこさえ越えていればもう負けはない。
そんな理屈の元、階層分同じことを繰り返せば良いだけ。
……。
マキナもセラもオルテも、軽口を叩いちゃいるがきっと、それはみんなの気分を和らげようとしたりしようとしてるからさ。
本当にそんなことを考えてるわけじゃない。
「んー、アタシが相手するのは6から8。こうやって追い込むと、こう来るだろ? ならこっちから撃てば巻き込めるな……。いやもっと前から」
「……、……、指揮官のこいつとこいつ……、が隣同士……。指揮官同士話し合わせるように……仕向けたら一緒に……」
そうだよね、そうと言ってよっ。
「主様、私も見事、想定以上の成果を出してみせます」
「主殿、めんどうじゃから、一帯を吹き飛ばす方向で良いかの」
「あるじ様、残さないから全部食べて良い?」
そうだよね、そうと言ってよっ。
「もちろんそうです」
「嘘つきーっ」
そんなこんなで、全軍前進中の5000の大軍。
こちらで待ち受けるのは、24階層の守護者ニル、25階層の守護者キキョウ、26階層の守護者ローズ。
そして27階層の守護者オルテ、28階層の守護者セラ、30階層の守護者マキナの計6名のネームドモンスター。
それから、復活不能の使い捨てゴブリン達が、29階層に2000体。
ゴブリン達は先ほど生成したのだが、復活不能にするだけなので手間はなく、2000体はあっと言う間に生成終了。この子達とは違い、文句も言わずに29階層で生活している。
なんて良い子なんでしょう。
そして3ヶ月近く、6でずっと止まっていた我がダンジョンのダンジョンモンスター数が一気に2006へ。
なんだか感慨深いものがあるよね。
「え、あれ含めんなよ。馬鹿じゃねえの」
「一緒にしないで頂きたいですね」
「あんな雑魚」
「復活不能なのですから、アイテム同様ですよ」
「納得いかんの」
「あれはいらなーい」
全員不満気。
「なんてことを、ゴブリン達だって俺が生成した仲間じゃないか」
俺は6人に語りかける。
「弱かろうが、役割がなんであろうが、ココ、このダンジョンで一緒に戦う仲間だろう? 仲良くしろとは言わない、でも受け入れてくれよ」
そう、俺達は同じ船に乗る――。
「やだ」
「結構です」
「断る」
「申し訳ございませんが」
「いやじゃ」
「絶対やー」
説得不可っ。
あのゴブリン達は、ダンジョンモンスターの仲間として受け入れられなかったようだ。
でも大丈夫さ、ゴブリン達。
俺は、俺だけはお前達のことを想っている。創造主が彼等を愛さずして、誰が彼等を愛するというのか。親というのは、子へ無償の愛を降り注ぐものなのさ。
もちろん、マキナ、セラ、オルテ、ローズ、キキョウ、ニル、お前た――。
「作戦開始にゃまだ日もあるよな、英気養おうぜ」
「そうですね、ではご主人様、食事とお酒を」
「お菓子も」
もちろん、マキナ、セラ、オルテ、ローズ、キキョウ、ニル、お前達を――。
「腹が減っては、戦ができぬと言いますからね」
「働かねばいけん分、今日は喰っちゃ寝じゃ」
「わーい、ご飯、ご飯っ」
もちろん、マキナ、セラ、オルテ、ローズ、キキョウ、ニル、お前達を愛し――。
「ちっ、しつこいなっ」
「しつこいですね」
「しつこい」
「うーん」
「はあ」
「ご飯は?」
言わせてくれよっ。いや口に出してねえけどさ。
「なんなの嫌なの? 反抗期なの?」
「反抗して良いのか?」
「ごめんなさい」
「ご飯ーご飯ー」
「分かった、分かったから、出すよ出すから。よだれが、あーあー、ちょっともうほらこれで拭きん
しゃい、全く、いやハンカチは食べちゃだめ。それじゃあえーっとー、何出そうか、まあいつも通りで良いか」
「変わり映えしませんねえ」
「そうなんだよなあ」
俺はPを使って、テーブルの上に料理を生成していく。
美味しそうな匂いがしてきたが、どの料理も食べたことのある料理。
基本的な定食だからね。
「色々あろうに」
「あるんだけど、むしろ色々あり過ぎてねー。というか俺も食べたことないしな」
「飴」
「はい飴だよー。でもお前ら凄い食べるじゃん、それを思うと色々出して、もし舌に合ったりなんかしたら……」
「主様が出される食料はどれも美味なるものばかりです、楽しみにしておきます」
「分かったよ、まあ、でも今日は抑え目にね。Pが入ったらそうしましょ」
俺はテーブルの上に、いくつかの料理を出し終えた。
すると目の色を変えて、自分の座席に着く6人。
各々のお気に入りの椅子、お気に入りの食器、そして並ぶ美味しそうな料理。
Pの無駄遣い、かもしれない。
ダンジョンマスターとして、Pっていうのは凄く重要なものだって、理性でも本能でも分かっている。1P足りとも無駄に使うべきではないと。
しかし、良いじゃないか。
6人はそれぞれの幸せそうな表情で、テーブルの上に並んだ料理をパクパクと食べている。
こんな幸せな光景が見られるなら、どんだけP使ったとしても無駄じゃないさ。
「ほーう」
「左様ですか」
「ナイス」
「なんと」
「豪気なもんじゃ」
「やったー、わーいわーい」
……。
どんだけP使っても、無駄じゃない、か……。
「嘘ついた。俺今嘘ついたよ。今の嘘、嘘だからなーし。なーしだよー」
俺は慌ててそう口にする。
「あ? んなもん認められるわけねーだろ」
「全く、Pが溜まる気がしませんね」
「飴は元々タダ」
「主様は嘘をつくような方ではない、私は知っています」
「だそうじゃ。良かったのう」
「……嘘だったら、どうなるのかなあ」
やばい、やばいぜ。
えらいことを言っちまった。いや言ってないんだけどさ。俺は嘘だよー、部分しか口に出してないんだけどさ。
どうしてこいつらは全員心を読んでくるんだ。一体どうやっている。
そして俺は、この状況をどう乗り切ればいい。
知っているかい?
食事っていうのは、1日3回あるんだぜ?
塵も積れば山となるんだぜ?
しかもこの場合、積もるのは塵じゃなくてきっと土砂だぜ?
そう、負債と言う名のなあっ。
「どうすれば……どうすれば……」
この子達も、Pをダンジョン強化に使う大切さは知っている。ダンジョンマスターだけでなくダンジョンモンスターも、本能的にダンジョンの強化を望むからね。
しかし、しかしだ。
知恵ある者は本能よりも、理性を優先できるから知恵ある者なのだ。
高い知能を有する種族、そして高い知性を授かるネームドモンスター。またダンジョンモンスターは、生成された際に設定された特徴や適性の知識を有する。
だから彼女達は高い知能と高い知性、そして幅広い知識を持つ。
結果、彼女達の知は留まるところを知らず、本能で求めているものがあっても、容易く抑えることができるのだ。
つまり、食べようと思ったら、P消費を気にせず食べられる。
……え? 知恵と理性の使い方間違ってません?
ダンジョンマスターの悩み事ってこれで合ってます? これはよくある質問に載ってますか?
「いやあマスターも太っ腹だなあ」
「ええ本当に。まさか我々6人と2000の下等種のためにPを惜しまないとは」
マキナとセラが言う。
いつの間にか対象人数が300倍以上になっていた。ダンジョンモンスターの全てが対象となれば、今後ダンジョンが拡大されていく度に、対象数が増えていく。
そうなってしまえば、ダンジョンの維持すらできなくなるから、きっと拡大の選択を取ることは不可能。
彼女達にとってもそれは不本意なはず。
しかし、ネームドモンスターとは時にダンジョンにとって、不利益な選択も取れるからこそネームドモンスターなのだっ。
……え、それってネームドモンスターの長所ですよね?
使い方を絶対間違えてるよ……。
「あ、え、えっと……、ゴ、ゴブリンはダメかなあ? ほら、ちょっと多いし……、だ、大事なのはお前達だけさ」
「なるほどな、あいつらはつまり、ダンジョンモンスターの数に入んねえと」
「そういうことでしたら、我々6人だけですか。ええそうですね」
すまないゴブリン。俺の未来のために、君達を仲間にカウントすることができなくなってしまった。
「はい、我がダンジョンの総人員は現在6名ですっ」
俺が生成したと言うのに、俺が見捨てるとは……すまない、すまない……。
でも君達を取ると、お金が、そしてこの子達の機嫌が……。
おそらくだが、こういう会話になり、ダンジョンの経営が危うくなってしまったのは、俺がゴブリン達を気にかける発言をしたからだと思う。
ゴブリン達同様、彼女達も俺が生成している。
しかし彼女達からして見れば、ゴブリンは自分より明らかに弱い種族であり、生成Pにも天と地程の差があり、出来得る仕事にも大きな差がある、自分より遥かに劣った存在。
言わば父親である俺が、自分達をそんな奴等と同列に扱ったことが、とても腹立たしいものだったに違いない。
頑張っている子と頑張っていない子を同じように褒めたら、頑張っている子がいじけてしまう、みたいなもんで、今回はそうして起こった出来事。
俺の不手際さ。
本来、ここでゴブリン達を突き放す、というのはダンジョンマスターとして褒められた行いではない。
しかし、ネームドモンスターを1番大事にするというのは、ダンジョンマスターとして大切なこと。なぜならネームドモンスターとは、ダンジョンマスターの右腕であり、生命線であり、相棒なのだから。
俺が幸せを願う子は、ネームドモンスターだけにしよう。
そしてその分、ネームドモンスターを大切にしよう、何倍も何倍も幸せにしてみせよう。
そう決めた。
……そう決めたよ?
俺はそう決めたよ?
だから、機嫌が悪くなった原因はなくなったんじゃないかな?
みんなの機嫌も治るんじゃないかな?
もうPを大量に消費して食事したり、ダンジョンから出て殺戮を行ったりは、しなくて良いんじゃないかな? 俺は君達を凄く大切にするんだよ?
「さーて、何食おうかなー」
「んー、食事のリストを頂きたいですね」
「甘いの、何? フルーツは?」
「力がつくものが良いです」
「わっちは旨いならなんでも良い。食べ易さも重要じゃが」
「たくさんが良いー」
ダメだっ、何一つ変わっていない。
すまないゴブリン、君達の尊い犠牲は何一つ意味を成さなかったっ。
「あ、あははー、そっかー。……えっと、あれだよね、みんな、冗談だよねー」
「冗談? んな言葉聞いたことねえな。なあセラ」
「そうですね。オルテはありますか?」
「ない」
「あ、あははー、そっかー、……えっと、あれだよね、みんな、遠慮って言葉は知ってるよねー」
「いいえ存じ上げませんね、キキョウは?」
「ないのう。ニルはあるかの?」
「それって食べられるのー?」
くそうっ。
最後の奴以外、全員知っているはずなのにっ。
「食べられる?」
「食べられないよー」
「本当は? 食べられるんでしょー」
「食べられないよー、ほら、スルメをあげよう」
「わーい」
くそうっ。
「マ、マキナ、肩でも揉みましょうか?」
「あん? 揉みたいっつうならやってもらおうじゃねえか。おー、そこそこ」
「セラ、今日の食器洗いとか掃除は、俺がするよ」
「かしこまりました。隅々まで、しっかりとお願いします」
「オルテー、飴だよー」
「良い心がけ」
「ローズ、ブラッシングするぞー、おいでー」
「ありがとうございます。んー、すみませんもっと力を入れて下さい、そこは優しく」
「キキョウ、ほうら科学の本だよー」
「実験器具の方が良かったのう、そっちも早くの」
「ニル、あるじ様だよー」
「ガジガジ、スルメみたいに味がでない。お塩お塩、ガジガジ」
……。
……。
……。
戦争中なのに、なぜこんな熟年夫婦のような真似を……。
「次に雑魚と同列扱いしやがったら、ただじゃおかねえからな」
「今回はその茶番に乗って差し上げますが、これは恩情です」
「分かった?」
「はい、以後気をつけます」
というわけで、すったもんだはありましたが、素晴らしいの一言に尽きる交渉術のおかげで、上手く収まり、無事戦争に臨むに足る戦意が生まれた。
ネームドモンスターの戦意を高揚させる、これもダンジョンマスターの仕事ってわけさ。
「流石です主様」
「眠いのう、寝て良いか?」
「んー、お腹空いた」
「ありがとうローズ、寝ないでくれキキョウ、さっき食べたでしょニル」
さて、現在進入してきた軍は5階層にいる。
1階層1kmなので、ダンジョン侵入から既に5km近い移動をしているということだね。
いつの間に……。
ダンジョンに対して、人や魔物といった侵入者が、どんなタイミングで仕掛けてこようとも、ダンジョン側がやれることは変わらない。
人対人だったら相手の準備が整っていない内に攻める、なんてことがあったり、夜襲であったり、色々あるんだろうけれど、ダンジョンは昼も夜もなく、季節もなく、常に誘いこんでいるのだから、当然準備万端。
うち以外。
しかし一般的に、行軍スピードを上げても良い結果が得られないので、侵入者達は幸いにも、無理のないゆっくりとした移動。
いやあ、速い行軍でなくて良かった、本当に。
無理のないゆっくりとした移動であれば、もちろんダンジョン内では、そこら中にいるコモン魔物に絶えず襲われることになる。しかしそれでもダンジョンの仕様上、そこまで膨大な戦闘数にはならない。
命令しようにも、コモン魔物ってことは大体全部マスプロモンスターだからね、言うことなんて聞かない。
5000名なんて膨大な数を目にしたら、基本的に撤退の判断を下す。
野生の魔物も大方は同様だ。
5000名の軍隊にかかっていく命知らずな魔物なんて、滅多にいないだろう。いるとするならアホ過ぎるか弱過ぎる。
しかしまあ、うん、あれだ、だーれもいないよね。
ダンジョンモンスターも、野生の魔物も。
1階層から23階層、いや1階層から28階層まで、この6人の、可愛くも無法の荒くれ者達が、散々暴れた結果、魔物が一切出ない空間となってしまっている。
凄く安全で急ぐ必要性は全くない。
だから軍隊はスローペース。
目を離したとしても問題なかったわけさ、作戦通りっ。
……。
冷静になるな、冷静になるんじゃない、俺っ、勢いでごまかせっ。
ゆっくり進むことで、疲労をためないように行軍している軍隊。
しかしそんな軍隊も、もう6階層に。いつの間にという他ない、俺は一体、何時間奉公していたんだろうか。
「諸君、作戦概要を再度説明する」
「いやいらねえよ」
「……諸君、作戦概要を再度説明したいと思うのですが」
「必要ありません」
「……諸君、作戦概要を再度説明させて頂けないでしょうか」
「……いい……」
……。
作戦概要はこうだ。
24階層にニル、25階層にキキョウ、26階層にローズ、27階層にオルテ、28階層にセラ、30階層にマキナが待ち受ける我がダンジョン。
そこに来る5000名の大軍に対して、彼女達が随時戦っていく。
そして初の戦いとなる24階層のニルは、侵入者の食料などを狙い撃つ。
兵糧というのは、戦いに絶対必要なもの。無くなれば、早期の撤退が余儀なくされる。ここ、魔境には様々な森の恵みが実っていたが、ニルの積極的な活動により、既に食料危機に陥っている。補給は不可能。
まさに死の森だ。
基本的に、兵站は軍隊の後方に設置されることになるのだが、ダンジョン内は魔物で溢れ返っていることが多い。
よって後方で警備が薄くなってしまうと、周囲の魔物に集られることとなる。このダンジョンではそういったこともないのだが、だからと言って後方に設置する勇気はあるまい。何が起こるかなんて分からないんだから。
ゆえに兵糧庫が24階層にまで来るはず。
ニルの役割は、メインの部隊を無視し食料庫を強襲、全ての食料を平らげ軍隊の撤退を早めることにある。
現在6階層、24階層に来るのは明後日か明々後日か。それまでは色々とちょっかいをかけて疲弊させねば。
「やるぞ、俺はやるぞっ」
「あるじ様ー、あるじ様ー」
「やる――、なんだニル、俺は今気合を入れるのに忙しいんだ」
「お腹空いたから、あっちにある食べ物食べてくるねー」
「木の実とかか? まだあったんだな、それはいけない。軍隊に見つかる前に取っておこう。……え?」
ニルが、指差した先は……。
「行ってきまーす」
玄関の扉を開けて、ニルは出て行く。
「おー、行ってらー」
「行ってらっしゃいニル、気をつけるんですよ」
「ファイト」
「うむ先陣を頼むぞニル」
「ではの」
……。
……。
……。
「え?」
戦争が、始まる。
第二章までお読み頂きありがとうございます。
第二章も楽しんで頂けるよう頑張ります。
質問、感想などなど、お待ちしております。
激動の戦争編をどうぞお楽しみ下さい。




